僕の過去2

 調査書を読んだ竜也の顔が険しくなる。普段はアイドルの仮面を被っている竜也が、ここまで怒りを露わにするのは珍しい。


「信吾君、正義気取りのチューバ―の動画が原因で、青森に行く事になったんだ」

 信吾が祖母と暮らす事になった切っ掛けは、投稿サイトにのった数本の動画にあった。


「当時ヨシザトは、ヨシュランに掲載されるって噂がたってた。それを快く思わないライバル店が告発動画を撮らせたのさ」

 アルバイトの時間外労働、産地偽証。どれも根も葉もない噂話だった。


「一番騒ぎにまったのは、店主の孫が店を遊び場にしているって動画なんだね。しかもフェイクだったんだ」

 無論、信吾が店を遊び場にした事は一度もない。撮られたのは信吾が家に入っていく動画と、信吾と体型の似た子供が店内を歩く動画。どちらもモザイクが掛かっており、同一人物だと分からない仕組みになっていた。


「今は嘘だと分かっているけど、当時は信じる人が結構いたらしいぞ。ヨシザトには誹謗中傷の電話が殺到したらしい。親御さん達も事態の鎮静化、そして信吾を守る為に、帰ってきても店内に近づかない様に命じた」

 信吾も両親や祖父母の言いつけを守り、店に近づく事はなかった。忙しさもあり、信吾は家族と会話どころか顔を見ない日もあったのだ。


「結果、熱も出しても言えず倒れた所を青森のお婆さんが発見。そのまま、青森に連れて行ったんだね」

 不幸中の幸い、青森の祖母は信吾と一緒にいる時間を多く作ってくれた。料理を一緒にしたし、休日は色んな所に連れていってくれたのだ。


僕は青森に行く事になった内容を優紀さんに伝えた。結果、優紀さんが目を丸くして驚いている。まあ、そうなるよね。


「あの……信吾さんは寂しくなかったんですか?」

 優紀さんは、気まずそうに尋ねてきた。なんか不幸マウントみたいになって嫌です。


「友達とも離れ離れになったし、最初は寂しかったよ。事情を理解出来なかったから、皆、僕をいらないんだって思ったし」

 少し離れた所ですすり泣く声が聞こえてきた……あの声は、秋吉さんだと思う。


「まだ三年生だったんですよね」

 優紀さんの声が沈んでいく。僕の方が小さいかったんだぞって、マウントを取りたい訳じゃないのに。


「でも婆っちゃが、側にいてくれたから。料理がきちんと出来る様になれば、元に戻れると思って頑張ったんだ」

 その料理で秋吉さんと仲良くなれたんだから、今となっては良かったと思う。


「でも、友達と離れ離れになるのは。好きな人もいたかもしれないのに……あっ!」

 何かに気付いたらしく、優紀さんが声をあげた。


「戻ったら、幼馴染みポジションを取られていたけどね」

そりゃ、小三から小六まで一緒にいた幼馴染みの方が有利になるよね。恋路の方がイケメンだし。

武田さんは幼馴染みだけど、恋路は幼馴染みって感じがしなかった。


「そっか……私も大人にならないと駄目ですね」

 すっきりした顔で頷く優紀さん。やばい!このままじゃ、ただの説教おじさんだ。


「良い顔になったね。そこで、僕から提案。優紀さん、料理覚える気ある?味噌汁一品でも作れれば、親御さんと話せる時間を増やせるよ」

 僕は婆っちゃから、色んな事を教えてもらった。今度は僕が優紀さんに伝える番だ。


「お味噌汁ですか?」

 もしかして味噌汁飲まない家なんだろうか?晩御飯だし、違うメニューの方がピンと来たのかもしれない。


「お味噌汁じゃなくても、サラダでも良いよ。お風呂掃除だって構わない。優紀さんがご両親を迎える準備をするんだよ。芸は身を助くって訳じゃないけど、料理が出来ると便利だよ」

 僕の場合は、料理しか出来ないんだけどね。


「信吾さんが教えてくれるんですか?」

 良かった。優紀さんの顔が明るくなった。


「僕で良ければ、時間が合った時にね……でも、その前にお父さん達にちゃんと自分の気持ちを話してきて……ほら」

 秋吉さんが連絡したんだと思う。優紀さんのご両親らしき人が公園に来ていた。


「信吾さん、ありがとうございました……こりゃ、どう足掻いても兄貴は絶対に勝てないな」

 何かを小声で呟くと、優紀さんはご両親の元に走って行った。ちなみに織田は姿形も見えません。


「信吾君、ありがとう……それとごめんなさい。立ち聞きしちゃった」

 今度は秋吉さんが、気まずそうに話し掛けてきた。聞いているの分かっていたんだけど。


「いつか話そうと思っていたんだけど、切っ掛けがなくて……優紀さんから言い辛いだろうから、料理の事は秋吉さんに任せても良い?」

 あまりしつこいと強制になってしまう。後、出来たら織田君の家以外が良いです。


「うん、分かった。あっ、紅葉達には連絡しておいたから」

 探か……乗りかかった船だ。行ける所まで行こう。


「秋吉さん、動物園に優紀さんを誘ったら駄目かな?」

 余計なお世話かもしれないけど、夏休みにどこへも行けないのは寂しいと思う。


「信吾君……良いけど、一つ約束して。そんな優しさあまり見せちゃ駄目だよ誤解じゃ済まなくなっちゃうから」

 今のは優しさじゃなく、自分の境遇を思い出したお節介なんだけど。


「それじゃ、お弁当一人前追加だね……子供も喜ぶ動物園弁当か……何作ろ」

 ……秋吉さんに気持ちを伝えるのは、延期にします

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