僕の過去

 不思議というか現金なもので、熱帯夜でも秋吉さんと一緒だと心地いい。


「動物園、楽しみだね」

 週末は、前から計画していた動物園だ……探と照山さんは恋人同士。徹と夏空さんは両想い。これはグループデートと言っても過言……だよね。目標は,徹と探の邪魔をしない事です。


「うん。動物園なんて小学生以来だよ」

 僕は動物園に行った想い出がない。牧場とかなら視察で行くんだけど。

 それより、お弁当どうしよう。やっぱり生々しいから、肉系は避けた方が良いのかな?

 ラム肉とか、顰蹙ひんしゅく買いそうだし。


「秋吉さんは見たい動物とかいる?」

 そう言えば動物園って、何がいるんだろう?象、キリン、ゴリラ位しか思いつきません。


「子供っぽいけど、パンダが見たい。それとお猿さんも見たいな。信吾君は,見たい動物いるの?」

 猿か……嶽キミを取りに行った時、野生のニホンザル見たけど、怖かった記憶しかない。

 ライオンも虎も檻の中にいるから、楽しめるんだけどね。


「僕は白熊かな。動きがあって面白いって雪華さんが言っていたし」

 雪華さんはリポーターをしていたから、都内のレジャースポットに詳しい。

(僕は秋吉さんと一緒なら、何を見ても楽しめると思うよ……思い切って言ってみようかな?)

 流れ的に変な空気にはならない筈。ここでは無理でも、動物園で二人っきりになれれば言える……と思う。


「一緒に見に行こっ……ちょっと、待ってね」

 言おうと思った瞬間、秋吉さんのスマホが鳴った。惜しい、折角のチャンスだったのに……でも、少しだけホッとしたのも事実です。


「はい、実です……大丈夫ですよ……本当ですか?それは何時頃なんですか?……私も心当たりがある所を探してみます」

 電話をしている秋吉さんの表情がこわばっていく。声も悲痛な物になり、何か大変な事があったんだと分かる。


「大変!優紀ちゃんが家出しちゃったみたいなの」

織田優紀さん、秋吉さんの隣に住んでいる小学六先生の女の子。そして秋吉さんの幼馴染みである織田正義君の妹さんだ。


「まずは落ちついて。良かったら、何があったか教えて」

 ……昔の僕と一緒だな。

 切っ掛けは親御さんの一言だったそうだ。


「優紀ちゃんのご両親って、二人共夜遅くまで働いているんだ。それもあって優紀ちゃん、寂しがっていたの」

 帰宅したご両親に色々話し掛けようとしたら『疲れているから、明日にしてくれないか?』と言ったらしい。

 そうしたら優紀さんは『夏休みなのに、どこへも連れて行ってくれないし……私なんていなくても良いんでしょ』そう言って家を飛び出したらしい。


「仕事で疲れているのは分るけど……織田君は、どうしているの?」

 こんな時こそお兄さんの出番だと思う。優紀さんの気持ちを一番分かるのは、織田君なんだし。

織田君の汚名返上に繋がりそうだけど、そうは言ってられない。


「朝から女の子とデートだって……あれは、あてにするだけ無駄なの」

 織田君は夏休みに入ってから、部活とデートに忙しいらしい。帰って来るのも、いつも夜中。

 つまり、優紀さんは家に独りぼっち……本当に昔の僕と同じだ。とりあえず探にライソでアドバイスを求める。

(照山さんも優紀さんと顔見知りなんだぞ……頼む)


「来たっ!優紀さんが行きそうな所に心当たりある?家族や……秋吉さんと織田君との思い出の場所とか」

 探からのアドバイスは『このパターンは、ご両親とかに探しいって気持ちが強くなるんだ。まずは思い出の場所を探してみろ。俺も紅葉と動く』でした。


「それなら公園だと思う。昔、皆で良く行った公園があるの」

 秋吉さんは、言い終える前に駆け出していた。


 優紀さんは一人でブランコに乗っていた。じっと地面を見つめて、今にも泣きだしそうな顔をしながら……。


「良かった……優紀ちゃん」

  駆け寄ろうとする秋吉さんを手で制する。


「僕に任せて……優紀さんの気持ちは、僕の方が分るし」

 これは、いつかは秋吉さんに達にも話さそうと思っていた事。僕が料理人を目指そうとした切っ掛けでもある。


「分かった。優紀ちゃん、信吾君の事、尊敬しているみたいだし……お願いね」

 多分、似た者同士だからだと思う……年が離れている人からは人気があるんだよね。


「隣、良いかな?」

 出来るだけ、優しくゆっくり話し掛ける。あの時の婆っちゃみたいに。


「信吾さん!……もう聞いているんですよね」

 優紀さんは、そう言うと恥ずかしそうに笑った。でも、その笑みは心からの物じゃない。


「うん。丁度秋吉さんといたから。この場所も秋吉さんが思い出したんだよ」

 秋吉さんも心配している事を言外に伝える。僕も義斗兄ちゃんからの手紙が嬉しかったな。


「親に構ってもらえないで、家出なんて恥ずかしいですよね。でも、誰も私を必要としてくれないんだって思ったら、悲しくなって」

 分るよ。僕も、布団の中で泣いていたし。


「そんな事ないよ。僕もそう思った事があったし」

 あの時、婆っちゃが来てくれていなかったら、多分、僕はここにいない。


「信吾さんでも、そんな時があったんですか?」

 あった。だから、僕は必至で料理を覚えた。家族に必要とされる為に。


「僕ね……小三から小六まで、青森の婆っちゃの所にいたんだ。色々あって婆っちゃが引き取ってくれんだよ」

 そして温かさを教えてくれたんだ。


 同刻。テレビ局の一室。スポンサーでもある庄仁徹は、スリーハーツのユウこと相取竜也の元を訪ねていた。


「久し振り……でも、ないか。調子良さそうだな」

 徹はビジネスマンの仮面を外し、友人として竜也に話し掛ける。


「息抜き出来なくて、辛いけどね……どうしたの、徹。わざわざ局まで来て」

 竜也も友人の顔を見て、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ああ、恋愛ネガティブな奴の事でちょっとな。これを見れば、あいつがなんで、自信を持てないのか分かるぞ」

 徹は複雑な表情を浮かべながら。調査報告書と書かれた書類を竜也に手渡した。


「それって信吾君の事だよね?」

 中学時代アイドルとしてしか見られず友達が出来なかった竜也にとって、信吾と徹はかけがえのない親友である。

 それだけに手を伸ばす事をためらっていた。


「ああ、この間旅行に行った時、法務部の中で信吾の事を知っている奴がいてな。大まかな話を聞いたんだけど、気になる事があったから正式に調査してもらったんだ」

 徹は溜息を吐きながら“あの界隈じゃ、かなり有名な話で公然の秘密みたいなもんらしいぞ”と付け加える。


「これって……だから、信吾君は、いつも皆に気を使っていたんだね」

 書類を見た竜也はこの場にいないもう一人の親友を想い、深い溜息をついた。

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