期待?のバス旅行

 旅行当日、僕はバスターミナルに来ていた。ここにいれば迎えのバスが来るらしい。

 あまり、豪華なバスじゃなきゃ良いんだけど。

(徹は一発で分かるって言っていたけど、どんなバスなんだろうな?……うん、あれだね)

 見たら一発で分かりました。だって、でかでかとホテルの名前が書いてあるんだもん。


「すいません、宿泊客の良里ですけど……」

 徹に言われた通り、チケットを運転手さんに見せる。本物だと分かっているけど、緊張します。


「確認させて頂きました。お席が分からなかったら、声を掛けて下さいね」

 運転手さんが深々とお辞儀をしてきた。流石はマーチャントグループ、接客の勉強になります。


「信吾、おっす。こっちだぞ」

 声がした方を見ると、そこにいたのは徹坊ちゃま。その声で数人の乗客が僕を見てきた。

 今日の徹はラフな格好で、普通の高校生にしか見えない。どこから、どう見てもモブ学生だ。誰もマーチャントグループの跡取りだと思わないだろう。

(身なりが良い人が多いな……あれ、あの人うちの常連さんだ)

 確かマーチャントグループ傘下の会社で部長をしている人だったと思う。いつも自分の車で来てくれているんだけど……たまたま同じバスに乗り合わせたんだろうか?

 そしてなぜか皆、僕を見ている感じがします。


「おはよう。竜也はまだ乗ってないんだね」

 徹が座っていたのは、六人掛けのボックス席。僕の席は徹の隣でした。


「この後、テレビ局に迎えに行くのさ。あいつは仕事終わりで乗って来るからな」

 そんな事をしたら、他のお客さんにバレるのでは……そうか、もう皆知っているんだ。


「まさか、このバスって貸し切りなの?」

 そう考えたら、あのお客さんがいた事も納得出来る。僕を見たのは、大事な徹坊ちゃまの友人だからだ。どんな奴か気になるんだと思う。


「もう気付いたのか。今回は査察も兼ねているからな。竜也用にカメラマンも乗っているぞ」

 随分と金と手が込んだ仕掛けをするんだな。本当に査察だけなんだろうか?夏空さんにバレたくないってのが、本音かもしれない。


「皆用に朝ご飯作ってきて良かったよ」

 朝ご飯といっても、おにぎりと卵焼きだけなんだけどね。


「気を使い過ぎだっての……一応、言っておくけど査察だってバレないように頼むぞ」

 それは大丈夫。僕には査察なんて無理。それに、秋吉さんに釘付けになっているから調査する余裕なんてないし。


「要はいつも通りにしていれば良いって事でしょ?」

 いつも通りか……秋吉さんの水着を見て平常心でいられるだろうか?……考えなくても、答えは出ている。絶対に無理です。今でもドキドキしているんだもん。


「そうだな……っと局に着いたぞ。あのオーラを一瞬で消せるんだから、芸能人って凄いよな」

 バスが着いたのは、テレビ局の駐車場。周りが高級車ばかりだから、バスが凄く浮いています。


「遠くからでもユウって分かるもんね……マネージャーさんも乗っていくんだ」

 竜也は、青いシャツに茶色のチノパンっていう地味目な恰好だけど、素敵オーラが凄い。輝き過ぎて、周りが霞んで見えるんだもん。

 竜也の他に、マネージャーさんの他数人がバスに向かって来てた。


「ユウ専属のスタイリストさんやとヘアメイクさんだよ。ユウは事務所のドル箱スターだからな。イメージが崩れる写真は困るんだとさ」

 専属って事は、竜也の稼ぎで食べている様な物だ。そりゃイメージダウンな写真は嫌だよね。


「おはよう……疲れたー。今、眼鏡かけるね」

 竜也が鞄に鞄に手を入れた瞬間、カメラのフラッシュが光った。


「ユウ君、今の表情良いね。リラックスしている感じが最高だよ」

 僕はビックリしていたけど、徹と竜也は平然としている。いくらアイドルでも、酷くないか?


「ありがとうございまします。でも、友達は写らない様にして下さいね」

 それどころか、お礼まで言っている。これじゃ、ストレスも溜まるよね。


「次のターミナルから一般のお客様も乗りますので、撮影は控えて下さいね……それと写真を撮る時は、一声掛けて下さい」

 穏やかな口調だけど、表情は険しい。徹の言葉を聞いたカメラマンさんが顔が青ざめた。


「とりあえず竜也に戻るね」

 ユウが眼鏡を掛けた瞬間、素敵オーラ消えて地味な高校生に……あの眼鏡って、仕掛けとかないよね。


「次のターミナルで秋吉さん達が乗って来るんだよね。向こうに着いたら、何しようか?」

 去年まで海に来ても市場にしか行ってないから、何をすれば良いのか分かりません。


「とりあえず泳ぐか。今日は波も穏やかだって話だし」

 流石は計画立案者、抜かりがない。


「僕、海で泳いだ事ないんだよね。竜也は?」

 海水浴自体が久しぶりなんだし……女の子と海に来るなんて、中学時代は考えもしなかった。


「撮影ならあるよ。でも友達と来るのは、初めてだよ」

 竜也は中学生の頃からアイドルをしていたから、そんな暇はなかったのかもしれない。


「竜也、今日の夕方に撮影頼むぞ……着いたば。ここからはいつも通りで頼むぞ」

 バスがターミナルで停車する。そこには竜也とは違った輝きを放つ少女がいた、

(秋吉さん、今日も可愛いな)

 秋吉さんは水色のワンピース。夏って感じで素敵過ぎます。

 夏空さんは、白のオフショルダーにハーパン。活発な感じで夏空さんに良く似合っていた。

 桃瀬さんは上が白の長袖で、下はデニムのハーパン。いつも元気な桃瀬さん似合っている。


「祭、良いな……な、何でもないぞ」

 徹の視線は夏空さん釘付け。当然、マーチャント社員の視線も夏空さんに集中。そしてあちこちから聞こえる溜息。僕と秋吉さん同様、徹と夏空さんも釣り合いは取れているとは言い難い。

 徹にはマーチャントグループの跡取りって秘密兵器があるけど、夏空さんだとそれがマイナス要素になる訳で。

 社員さんから見たら徹の叶わぬ片想いに映っているんだろう。僕も似た様な扱いだと思う。

(でも、皆夏空さんの態度を見たら喜ぶんだろうな)


「信吾君、おはよー。昨日もお疲れ様」

 座席もチェックせず、秋吉さんは僕の向かいに座ってくれた。なぜかざわつく車内。


「竜也、久しぶり。元気だった?」

 桃瀬さんは竜也の向かいを確保……竜也が嬉しそうに微笑むと、マネージャーさんの顔色が変わりました。


「徹、おっす。今日はよろしくな」

 そう言って照れ臭そうに微笑む夏空さん。同時に車内で安堵の溜息がもれました。

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