ギャップ萌え?
バスでの会話は盛り上がり、あっという間にホテルに着いた。
掛かった時間は三十分位だけど、体感的には五分位だ。
「ここが泊まるホテルだ。チェックインは俺がやっておく。一休みしたら、ロビー集合な」
徹はそう言いながら、夏空さんにカードキーを渡した。嬉しそうな夏空さんと対照的に、受付の人はガチガチに緊張しています。
「信吾君、後からね」
女性陣を見送りながら、ホテルをチェックする……ごめん、徹。普通のホテルって感想ししか出てこないです。
強いて言えば築年数経っていいるから、古く感じる。しかもレトロまでいかない中途半端な古さだ。
(ホテルなんて会合でしか来ないもんな)
ここはホテルに泊まる機会が多い竜也に任せよう。僕の専門は料理なんだし……でも、その料理も僕よりずっと格上のコックさんが作っているから、口出しなんて出来る訳がない。
「お待たせ。それじゃ、行くぞ……荷物は持たなくて良いです。あくまで一般のお客様と同じサービスでお願いします。他のお客様が見たら、どう思うか考えて下さい」
ホテルの人が荷物を持とうとした瞬間、徹が駄目出しをした。
確かに他の宿泊客は徹がマーチャントグループの跡取りだとは知らない。見たら不満に思うだろう。
「申し訳ございません。以前は全てのお客様に対応していたのですが、コスト削減を命じられまして」
徹の言動にカチンときたのか、ホテルの人が言外に“お前等が指示したんだろ”って感じで反論する。
それを見た遠巻きに様子を見ていた視察団一行の顔色が険しくなった。遠くでホテルの偉い人が顔を青くしている。
秋吉さん達がいなくなった途端、空気が変わり過ぎだよ。なんか僕まで胃が痛くなってきているんですが。
「徹様、申し訳ございません。この者にはきつく言っておきますので」
偉い人が駆け寄ってきて、さっきの従業員の頭を押さえつけた。徹の顔がさらに険しくなっているんだけど。
「百合崎支配人、勘違いなされていませんか?この方はマーチャントグループの社員です。パワハラ的な行動は慎んで下さい。何より他のお客様が不快に思われます」
普段の徹からは、想像がつかない位顔つきが厳しくなる。これがビジネスマン庄仁徹の顔なんだと思う。
「と、徹。部屋に行こう。約束の時間もあるし」
噛みまくりながらだけど、何とか言えました。モブの高校生がビジネスの会話に割って入るなんて不可能なんです。
「そうだな……ちょっと、待ってくれ」
そう言って視察団の一人に話し掛ける徹坊ちゃま。支配人さんの顔色が、土気色になっています。
◇
良かった。部屋は普通の部屋でした。これでスイートとかだと、僕の胃が持たないと思う。
「凄い!海が見えるよ。オーシャンビューってやつ?」
強引にテンションを上げてみる。部屋のグレードは普通だけど、海が見える場所を選んでくれたんだと思う。
「今時、それだけじゃお客様は来てくれないよ。海以外も色々見えるしな」
徹の言う通り、海以外にも他のホテルや工場が見えている。正確に言うと、そっち割合の方が多いです。
「向かいのホテルが視界に入るから、カーテンを開けない人も多いかもね。まずは着替えて、ビーチに行こう」
いつもと変わらない笑顔で話す竜也。流石は現役アイドル。度胸が据わっている。
「そうだね。折角来たんだから、楽しまないと」
好きな女の子と海で遊べるなんて漫画の中だけだの話だと思っていた。でも、もう少しでそれが現実になるのだ。
「そうだな。たまには俺等も楽しまないと……信吾は別だぞ。バスの中で、イチャイチャし過ぎだっての」
イチャイチャって……普通に話していただけなんだけど。
徹だってと反論しようとしたけど、言葉を吞み込んだ。さっき見せたビジネスマン庄仁徹は、夏空さんが嫌う人種だと思う。
「でも、バスの時間楽しかったよ。久しぶりに皆と話せたし」
竜也は夏休みに入ってから、寝る間もない位忙しかったらしい。
(竜也の恋も複雑だね)
竜也は桃瀬さんの事が好きだと思う。でも、桃瀬さんが好きなのはスリーハーツのユウ。そのユウは竜也な訳で……この場合は、何角関係になるんだろう?
しかも、二人共大っぴらに恋愛出来ない立場にある。
「時間はまだあるんだし、海を楽しもうよ」
今日は思いっきり羽根を伸ばすんだ。
◇
ここは天国でしょうか?
ロビーで少し待っていると、秋吉さん達がやって来た。三人共、校内有数の美少女だけあり、ロビーが一気に華やぐ。
上に一枚羽織っているけど、三人共スタイルの良さが際立っている。
「信吾君、お待たせ。ビーチボール持ってきたから、皆で遊ぼう」
秋吉さんは薄手のパーカーを羽織っているけど、紺のビキニが隙間から見えてまともに見れません。
「う、うん。それじゃ行ちょう」
噛んだ。思いっきり噛みました。試着室で一回見た筈なのに、照れ臭くて顔が赤くなってしまう。
「こうしてみると信吾君って腕太いんだね。筋肉が凄い」
僕は半袖のTシャツを着ているので、腕が出ている。
「毎日重い物を持っているから、自然とね」
業務用の調味料に、野菜が入った段ボール。調理は意外と力仕事だったりする。
「海だー。やっぱり近くで見るとテンション上がるね」
桃瀬さん白のワンピース。部活で日焼けしている桃瀬さんに似合っている。
「電車で見る事はあっても、海水浴は久しぶりだもんな」
夏空さんは黒のオフショルダー。いつもより大人っぽく感じる。僕達の中では徹が一番大人だと思う。その徹に並ぶ為だろうか?
「ビーチパラソル借りて来たぞ……思ったより人が少ないな」
遊ぶ側としては嬉しいけど、経営者としては残念らしく徹が溜息を漏らした。
「近くに大きい海水浴場があるから、そっちに行ってると思うよ。ここはホテル専用なんだし」
僕と徹は地味な海水パンツだ。いや、竜也もそうなんだけど、足の長さが違い過ぎて、別物に見えてしまう。
ビーチにいるお姉様方が、ガン見しているし……これでアイドルスイッチ入れたら、ビーチがパニックになると思う。
◇
ホテル専用のビーチなので、海の家系の物がない。食べ物や飲み物は、ホテルに電話すれば届けてくれるらしい。
海水浴っていうより、リゾートって感じだ。
「気軽に買いに行ける店があれば良いのにね」
夏空さんが不満気に漏らす。徹の話だと、最初は遊園地とセットのリゾートホテルが売りだったらしい。
それだと確かに海の家は似合わない。でも、今から海の家を作っても赤字な訳で。
「自動販売機でも良いよね。ジュ―スだけでなく、焼きそばやフランクフルトが買えるやつ。でも、あれは目の前で焼くから、美味しく感じるのか」
見た所学生は僕等位だから、この方が良いのかも知れない。
「ちょっと離れた所のコンビニが合っても良いかもな……会合関係の人も多いから、赤字にはならないか……いや、コテージ風の店の方が」
徹がポツリと呟く。まさか今の会話だけで、店を建てないよね?
「徹、日焼け止めクリームを塗ってくれない?ちゃんと万遍なく全身に塗ってね」
ビジネスマンモードの徹が気に入らなかったのか、夏空さんがいたずらっぽく笑う。
「なっ……嫌な所ははっきり言ってくれよ……秋吉さんと変わるから」
ビジネスマンから純情少年に変わった徹の顔が真っ赤になる。今日は絶対に楽しくなると思う。
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