見ている物

  僕が返事をしていないのに、周囲が盛り上がっていく。

昔から家庭部とボランティア部は、夏祭りの時に児童館の手伝いをしていたらしい……うん、偉いと思う。

 でも、僕が手伝う必要はあるんでしょうか? 


「……もう少し詳しい話を聞かないと返事は出来ませんよ」

 さっきまでの盛り上がりが嘘の様にしんと静まり返る。家庭部の皆さんは信じられないって顔で僕を見るけど、屋台系って難しいんだよ。


「良里君は何を知りたいんですか?」

 部長さんが目を細めながら妖艶に微笑む……薄目で僕の様子を見ているのが、丸わかりなんですが。

 それと残念ですが、僕はモテないけど、そっちの誘惑には耐性がある。うちには水商売のお姉さんも結構きてくれる。中学時代に、散々からかわれたのです。

 そして得た対処法が、視線を額にロックオンする技。

 これで『どこ見ているの?』ってからかわれたり、顔が赤くなったりする事を防げます。

 

中学時代、どれだけこの手の悪戯にあっただろう。

料理を作らせる為におだてられ、ちょろいと陰で笑う。動画の為だと嘘告ドッキリをされた。緩めた胸元をチラ見したら、彼氏がでてきて絡まれる。

色仕掛けや恋愛フラフは疑って掛かるものだと悟りました。


「何がって……何も教えてもらっていませんよ?」

 今の状態で気軽に引き受けられる様な腕や自信は持っていないです。

(漫画の主人公や……織田君なら即快諾するんだろうな)

 でも、後から出来ませんって言うは無責任だ。


「児童館と地域の交流が目的なんだよ。親が忙しくて寂しい思いをしている子供に祭りを楽しんでもらいたいし」

 結城さんの言葉に家庭科部の皆さんが頷く。そして皆さん若干不機嫌……親が忙しくて寂しい思いをしている子供か。

 なんか教室の空気が凄く険悪です。しかも、空気を読めない僕が悪者って感じだ。中学時代も、こうして孤立した事があったな。


「信吾が聞きたいのは、そういう事じゃないと思うぞ。まず、信吾に何をして欲しいのか?拘束時間はどれ位になるのか?最低でも、その説明はしないと返事のしようがないだろ」

 そんな中助け船を出してくれたのは、徹だった。しかも、僕が聞きたかった事を、言ってくれた。

 お題目はそんなに気にしない。僕に頼むって事は料理絡みだ。そうなると知りたいのは、諸々の条件。ボランティアでも良いけど、手弁当は勘弁して欲しい。


「あっ……お願いしたいのは、メニュー作りと調理よ。もちろん私達も手伝うし。接客はボランティア部の皆さんがしてくれる。時間はお祭りが十時から二十時までだから、その間お願いします…っ…」

 部長さん、拘束時間長過ぎじゃないですか?うちだと完全にアウトな勤務時間だぞ。流石に気まずいのか、最後敬語になっているし。


「それとお祭りの規模や予算も知りたいと思いますよ」

 竜也も参戦?してくれた。流石は現役アイドル。イベントに詳しい。

 規模が分からなきゃ、食材の発注が出来ない。予算が分からなきゃ、メニューが決められません。


「規模は地域のお祭りなので、そこまで大きくないわ。予算は出来るだけ安く……」

 まじですか。クラスの皆がドン引きしている。部長さん、教室の空気が逆転していますよ。


「こ、これには事情があってね」

 まずいとおもったのか、結城さんが事情を説明してくれた。

 切っ掛けは三年前に児童館の館長が変わった事らしい。ここ数年、お祭りの出店は赤字続きで難色を示す様になったそうだ。

 予算を削られ、去年は家庭科部が作ったフェルトのマスコットを販売したそうだ。理由は学祭で人気だったから。


「酷い話よね。子供達はお祭りを楽しみにしているのに……お金、お金って」

 部長は憤慨しているけど、僕は館長さんよりの考えだ。うちでも売れないメニューは廃止を検討するし。

(子供達が手伝ったマスコットなら、親御さんとかが買ったんだろうけどな)

 学祭は高校生が作ったって前提で見てくれる。でも、出店だと人気キャラのマスコットやデパートやネット通販までもがライバルになってしまうのだ。何らかの付加価値がないと売れないと思う。


「前言撤回。信吾君は貸しません。信吾君を都合よく使いたいだけじゃないですか」

 秋吉さん、味方してくれるのは嬉しいけど……勘違いしちゃうよ。


「実は関係ないだろ。良里はどうなんだ?」

 どうと言われても受ける義務も義理もない。児童館か……。


「とりあえず保留で……児童館の場所を教えてもらえますか?」

 今僕が聞きたいのはどんな設備を使えるかです。


 今日はランチ会の日じゃないけど、なんとなくいつもの六人が集まった。


「信吾、どうするんだ?てっきり断ると思ったんだけどな」

 家庭科部とボランティア部には、恩義も何もない。受けるだけ損だと思う。


「僕も昔児童館の世話になったから、恩返ししたいんだ……でもメニューがね」

 うちは家族総出で店をやっているから、かなり早い時期からお世話になっていました。


「メニュー?お祭りの定番って言えばかき氷・フランクフルト・たこ焼き・綿あめ・苺あめとかでしょ」

 竜也が指を折りながらメニューをあげていく。洋食屋ヨシザトでは一口サイズのから揚げ売ります。


「条件は食べ歩きが出来る物、万人受けする物、生焼けを避けやすい物……特にこの時期は食中毒が怖いし」

 だから、うちでは店内で揚げたから揚げを売っていました。外でフライヤーは許可とか色々厳しいのです。虫が入ったりしたら、大問題だし。


「たこ焼きもかき氷も専用の道具が必要だもんね。レンタルしたら、そこで足が出るか」

 竜也が溜息を漏らす。

そしてタコ焼きや焼き鳥は商品価値がある物にするには、ハードルがかなり高い。焼き鳥なんて専門店が出てきたら太刀打ちできないし。

かき氷やフランクフルトなら家庭科部でも作れる筈。でもライバルも多いと思う。数は捌ける技術も期間内で身に付ける事は出来るだろうか?


「あいつらの数倍真剣に話し合っているね。見ている物が違うんだね。あたいと実も何かは手伝うよ。うちの店も祭に参加するから参考にしたいし」

 そんな夏空さんの視線の先には徹がいる訳で……給食設備がある児童館なら助かるんだけどな。まずは一回行ってみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る