もしかして
草原の朝は爽やかだと思ったんですけど、空気が重いです。今のところ織田君に賛同しているのは、やらかした三人の友達……それと百合崎さんの取り巻きをしている男子。
でも、他の皆は及び腰……なんか怒って授業を中断した先生を迎えに行く時の空気と似ています。
「百合崎さんの取り巻きも行くんだ」
百合崎さんは織田君に夢中だって言うのに……僕も人の事言えないか。
「百合崎の父親は社長なんだよ。確かマーチャントのグループ企業らしいぞ」
徹の話ではそれなり大きい会社で、取り巻きは部下の子供だそうだ。そりゃ、必死になるよね。
「どうりで物腰が上品な訳だ……お嬢様って初めて見たよ」
うちもそれなりに売り上げがある会社だけど、僕をお坊ちゃま扱いする人はいない。
「信吾、竜也。秋吉さんを囲むぞ……秋吉さんは作業をするふりをしてしゃがんで」
徹が何かに気付いたらしく、指示をだしてきた。幸い朝ご飯の準備中だったから、自然に囲む事が出来た。
「実ちゃんも一緒に来て。君が来てくれたら、先生達の心も動くと思うんだ」
……へ?織田君何を言っているの?
「頭が小学生から成長してないんじゃないの?完全にお子様だね」
竜也があきれ顔で呟く。織田君m現役アイドルが呆れて毒を吐いちゃったぞ。ユウのファンがいたら、ぶち切れると思う。
「秋吉さん、大丈夫?」
ふと見ると秋吉さんの顔色が悪くなっていた。涙目で体を、抱える様にしてしゃがんでいる。
その顔は迷子になった子供の様に不安そうだ。
「信吾君、側にいて……離れちゃ嫌だよ」
秋吉さんが僕のジャージを、ひしっとつまんでいる。こんな時にあれだけど、ドキドキしています。
「大丈夫だよ。もし、あれなら僕も一緒に行くし」
半歩だけ下がって、秋吉さんに近づく。今だけは……こんな時だけでも、僕が一番近くにいる男でいたい。
「ありがとう……こうしていると、凄く安心する」
不謹慎かも知れないけど、凄く嬉しい。もう少し、こうしていたいです。でも、そうは問屋が卸してくれない様で……。
「実ちゃん、早く行こう」
織田君がうちの班に突撃してきました。まあ、ここにいる確率が一番高いしね。
(……夏空さんと桃瀬さんが怒っている?)
二人共、織田君が来た途端、今まで見た事がない様な険しい表情になっていた。
「悪い。秋吉さん、昨日の疲れがまだ残っているみたいなんだ……初夏とはいえ、夜は冷えるし……この状態で連れて行くのは得策じゃねえぞ」
流石は徹、角の立たない断り方だ。具合の悪い秋吉さんを連れて行っても、空気が悪くなるだけだ。
「でも、このままじゃ三人が停学になるかもしれないんだよ?」
いや、それ覚悟であんな事したんじゃないの?
「ここで騒ぎを大きくするより、学校に戻ってから嘆願書を集めた方が良いと思うぞ」
僕も徹の言う通りだと思う。今は刺激しない方が良い。
「織田、こんな冷たい奴等、放っておこうぜ……後から許して下さいって言っても遅いからな」
挑発的な態度を取って来たのは、百合崎さんの取り巻きをしている男子。
僕達が許して下さいって言うシチュエーションなんてあるんでしょうか?
「分かった……実ちゃん、僕は待っているよ」
織田君が背中を向けた瞬間、一台の車が猛スピードでキャンプ場にやってきた。
「来てくれた……あれは百合崎さんのお父様のだ」
取り巻き君が勝ち誇った顔をする……いや、君が威張る場面じゃないと思うんだけど。
「マジかよ……このネット社会で、そんな事するか?」
徹が溜息をつきながら、スマホを弄る。
「マーチャントグループ会社……やばいって。皆して謝ろう!」
夏空さんが顔を真っ青にしながら、震えている。確かにマーチャントグループは力を持っている。
漫画とからな不当な圧力を掛けてくる所だけど、そんな馬鹿な事はしない筈。
「心配しなくても大丈夫。秒で帰るから」
車のドアが開き、壮年の男性が降りてきた。かなり怒っている様で、乱暴な歩き方をしている。
「たかが教師が俺の娘を叱っただと……なんだ、お前は……嘘だろ……すいませんでしたー。ほら、帰るぞ。馬鹿娘が!」
昨日、徹と話していた従業員さんが何か言ったと思ったら。顔を真っ青にして秒で帰っていった。
まじで何があったの?
◇
朝ご飯を終えた僕達は、神社にお供え物をあげに行く事にした。
供えるのはミズの酢味噌和え。
「なんかバタバタした林間合宿だったね」
竜也の正体に迷子騒動。そして百合崎さんのお父さんのプチ乱入。色々あり過ぎて、疲れました。
「無事に終わったから、良いじゃないか」
徹はそう言うとあっけらかんと笑った。結局社長さんはなんで帰ったのか分からず仕舞い。
「あたいはドキドキしっぱなしで、心臓に悪かったっての……優しい風だ」
夏空さんの言う通り、境内に入ったら僕達を歓迎するかの様に優しい風が吹いてきた。
「気持ち良い……まずはお掃除だね。うわ、何も片付けていない」
秋吉さんが深い溜息を漏らす。だって、境内に花火が散乱しているんだもん。ネットに上がったらブロッサムの評判が地に落ちると思う。
「それじゃ、掃除しますか」
地面に散らばった花火を拾い集めていく。
「信吾君、これを見て……」
竜也の指さす先にあったのは、この神社の由来を伝える看板。そこには古めかしい絵も描かれていた。
「この人って……嘘でしょ」
そこには、昨日会った男性が描かれていたのだ。そう、あの幼馴染みに裏切られた男性である。
「き、きっと弟さんとかがいて、その人の子孫だったんじゃないかな」
うん、きっとそうだ。でも、境内は気合を入れて綺麗にしました。
帰り際お供え物をすると、誰かが優しく微笑んだ気がした。
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