雨降って地ぬかるむ

 状況の整理が追いつきません。竜也がシャワールームに入ったら、出てきたのは芸能人ユウでした。


「あの、ドッキリか何かでしょうか?あっ、ラジオいつも聞いています」

 いつの間に入れ替わったんだろうか?でも、シャワールームに入るには、僕等の前を通る必要がある……まさかユウはずっとシャワールームに待機していたとか。


「体型も声も竜也と似ている。それに竜也は時々、学校を休んでいただろ。それでさっきのセリフ……竜也はユウだったんだよ。そうだろ?」

 ……嘘でしょ?でも、そう言われたら腑に落ちる事がある。

竜也はカロリーの低い食事を好んでいた。アイドルにとって体型維持は大事。

 そしてレンコンサンドイッチの件。考えてみれば、あまりにもタイミングが良すぎた。

 後は、賄い料理を教えた事。ユウが出演するドラマもイタリア料理の話だ。先生は監修したイタリア料理のコックだとすれば、辻褄があう。


「うん、今まで黙っていてごめんね……徹はあまり驚かないんだね」

 逆に僕は驚き過ぎて、言葉が中々出てこない。見慣れた竜也なのに、イケメン過ぎて顔をまともに見られないです。

 織田君グループが束になっても敵わない位のイケメンだ。


「スリーハーツのユウが、ブロッサムに入学したって噂は聞いていたからな。でも、入学してみたら、誰も騒いでいない。って事は噂がガセか、正体を隠しているって事になる。それでもって、お前は怪しい点が満載だったろ?なんとなく予想はつくさ」

 竜也の謎は解けた。でも、徹の謎は深まるばかりで……なんか大事な事を忘れている気が。


「出来たら、この事は内緒にして欲しいな。ブロッサムは、相取竜也に戻れる数少ない場所なんだ」

 お約束で竜也は小学生の時にお姉さんが事務所に履歴書を送って、アイドルになったらしい。

 でも中学の時、学校中が芸能人と仲良くなりたいって下心で近づいてきたそうだ。そして誰も相取竜也じゃなく、スリーハーツのユウとしか見てくれなくなった。

 高校生になって上京したのに合わせて、変装して学校に通う様になったそうだ。

 ……芸能人って大変だな。


「当たり前だろ……スリーハーツ、大忙しだし、学校位ゆっくりしたいよな。だから、桃瀬の事を気に掛けていたのか」

 桃瀬さんをランチ会に参加する時、竜也は『僕は賛成だな。四六時中、人に囲まれていたら食欲が落ちて当たり前だよ』そう言っていた。テレビにラジオ、そしてコンサート。もちろんレッスンも忙しいと思う。

(竜也の習い事って、レッスンだったのか……ラジオ?)


「……あー!だから、僕のメッセージを読んで笑っていたの?」

 恥ずかしくて二人に相談出来ないから、スリーハーツのラジオに送ったのに……思いっきり竜也に見られていたとは。


「メッセージ?なんだ、そりゃ?」

 墓穴を掘ってしまった。徹に知られたら、いじれるに決まっている。なんとか誤魔化さないと。


「な、な、何でもないって……二人共、小腹とか空いていない?手軽に作れるおやつがあるんだ」

 竜也いやユウさん、色々察して下さい。


「少しもらおうかな……コックを目指している高校一年生君」

 竜也がニヤリと笑う。わざとラジオネームで呼んだな!


「コックを目指している高校一年生?……まんま信吾じゃねえか」

 いや、コックを目指している高校一年生は全国に沢山いるよ。


「うちのラジオに、こんなメッセージが来たんだ。ちゃんと本名と住所がついていたし」

 そこから竜也はユウの口調で番組を再現……そりゃ、知り合いがあんなメッセージを送ったら笑うよね。


「お前は中学生か!五回もデートして寝むれないって……そんなに織田の事が気になるのか?」

 徹、突っ込みながら核心を突くのは止めて下さい。気にならない訳ないだろ!


「芸能人並みのイケメンで運動神経抜群。しかもコミュニケーション能力は抜群で、誰にでも優しい。とどめに家は隣同士で、家族ぐるみで仲が良いんだもん。勝てっこないよ」

 漫画やゲームでも盛り過ぎって言われるスペックだ。まさにR《レジェンド》かSSRな存在。スキルが料理しかない僕じゃどう足掻いても勝てない。


「お前から見たらそう思うわな。でも、芸能人並みのイケメンっていっても、一流アイドルの竜也には負けるだろ?運動神経が良いって言っても、桃瀬みたいにプロから注目されている訳でもない。学校の中じゃ大差がついていても、社会に出たら誤差みたいなもんだよ」

 確かにそうだけど、暴論過ぎない?僕が織田君に負けているのは事実なんだし。


「それに織田君が誰にでも優しいって言うのは違うと思うな。織田君が優しいのは、女子か自分の仲間だけだよ」

 それは僕も思っていた……でも秋吉さんは女の子で幼馴染なかまみなんですが。


「二人共、ありがとう……でも、何で百合崎さん達は、あんな事をしたんだろ?普通は恋敵ライバルに差をつけたいじゃないの?」

 彼女達にとって秋吉さんはラスボスみたいな物だと思うんだけど。


「好きは好きだけど、ファンとか推しに近い感覚なんだと思うぞ。織田は、秋吉さんが構ってくれなくなったって寂しがっていたらしいぜ。私達が一肌脱いであげるって気持ちになったんじゃねえか?」

 そんなはた迷惑な。織田君が色んな女の子と遊びまくっているのが、原因だと思うんだけど。


「ファンって有難いけど、過激過ぎると困るんだよね。推しを変えたってだけで、仲間外れにしたりするし……僕等はスリーハーツ……ううん、事務所の誰かを応援してくれるだけでも嬉しいのに」

 現役アイドルが言うと重みが違います。なんでも竜也は盗撮やストーカーの被害にあった事あるらしい。


「先生に叱られて、反省してくれたら良いんだけどね。それじゃ、がっぱら餅を作るね」

 夕飯の残りで直ぐに作れる。


「餅?今から餅をつくのか?」

 徹が不思議そうな顔で聞いてくる。まあ、そう思うよね。


「がっぱら餅は、別名ごはん餅って言うんだよ」

 使うのは残りご飯、塩釜で使った卵の卵黄、塩釜で使った小麦粉の残り、砂糖、塩、明日使うと思っていた黒胡麻。

 まずは残りご飯を半殺し……早い話が潰していく。完全に潰さず、米の形が半分位残るから半殺しっていうらしい。

 そこに卵黄、塩、砂糖、小麦粉を加えて混ぜる。混ざったら胡麻を加えて焼いていく。


「完成!お茶を淹れるから食べよ」

 男三人で簡単手作りスイーツを食べる。なんか僕等らしくて嬉しい。


「美味いな、これ。外はカリカリで、中はもちもちだ」

「優しい甘さだね」

 そこから僕等は色んな事を話した。竜也はアイドルだけど、僕の大事な友達だ。

(雨降って路固まるって感じだな)


 ……雨降って地が固まったと思ったら、ぬかるみそうな事態になりました。


「百合崎さん達は悪気あって、あんな事をしたんじゃないんだ。昨日、実ちゃんに謝ってくれたし……皆で先生に許してもう様にお願いに行こう!」

 朝ご飯の準備をしようとしていたら、織田君から集合が掛かったのです……君が原因の一端なんだぞ。

 それに、どう見ても秋吉さんは許していなかったし。

(下手にかき回さない方が得策だと思うんだけど……)

 流石に陽キャグループの一人が、それとなく忠告したら……。


「三人共クラスメイト、仲間だろ!困っているなら助けてあげないと」

 そう言って聞く耳持ってくれません。行動するのは勝手だけど、周りの人を巻き込まないで下さい。

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