空気の読めない少年と読み過ぎる少年

 野外散策、早い話がハイキングだ。目的は自然と触れ合う事。


「コ、コースは初心者向けとなっており、時間は約四十分です。疲れたら無理せず休憩をとって下さい」

 職員さんが案内してくれるみたいだけど、なんか物凄く緊張されています。お金持ちの子供が多いから、トラブルが起きない様に気を使っているのだろうか?

(随分と整備されたハイキングコースだな)

しかも一本道だから、迷う心配もない。従業員さんが心配性なだけかも知れない。


「晴れて良かったな……整備は問題なしと。信吾、なにか気になった事あったら教えてくれ」

 気になる事……なんでおまえがハイキングコースの事を気にするの?なんだけど。


「ここって、初心者向けなんでしょ?歩きやすくて良いんじゃないかな……自然と触れ合うって意味じゃ、少し物足りないけど」

 道は歩きやすい様に整備されていて平坦。道の脇には、ラベンダーや向日葵が植えられている……どっちも自然には咲かない花だよね。


「怪我や行方不明が一番怖いからな。虫刺されでも、クレームがくるんだってよ」

 あの花は境界線と道案内の役割もあるのか。いくら一本道でも草むらに突っ込めばアウト。

 今は映えの為なら、火の中水の中って人が結構いる。草むらには有毒な虫がいるし、森の中とかって、方向が分からくなるんだよね。


「蜂とか怖いもんね。自分で近づいたら自己責任なんだし……あの人達、大丈夫かな?」

竜也の視線の先にいるのは、花の前で写メを撮っている女子。近くにあぶが飛んでいるけど平然としている。蜂だけが刺す虫じゃないんだよ。


「あっちも、あっちで凄いけどな」

 徹の視線の先にいたのは、代わる代わる織田君と集合写真を撮る陽キャグループ……今からは散策開始なのに、そんなに写真を撮りまくってバッテリー持つの?


「相手にするだけ時間の無駄だよ。信吾君、ビニール袋、何に使うの?虫捕まえるとか?」

 秋吉さん、僕もう高校生だよ……クワガタ見つけたら、テンション上がるだろうけど。


「貴重な山野草以外は取っても良いって書いていたから。前に職員さんのブログを見てら。良い物見つけたんだよ」

 あれ、東京じゃあまり食べないんだよね。でも、あれを放置するなんてもったいない。


「取る前に言えよ。それと職員の許可取ってからだぞ」

 珍しい植物じゃないし、大量にあったから大丈夫だと思う。


「分かったよ。さて、行くぞ。早く帰ってこれたら、料理作る時間が増えるし」

 予習はしておいたけど、アウトドア料理は初挑戦だ。時間はいくらあっても良い。


 気の合う仲間、そしてゆっくり流れていく時間……これでもう少し静かだったら最高なんだけどな。


「正義君、ジュース飲む?疲れていない?マッサージしよっか?」

 癒し系女子の手が織田君の足に伸びる……まだ昼ですよ。


「織田君、見て!可愛い小鳥さん……私とどっちが可愛いかな?」

 小悪魔系女子が、織田君に密着しながら尋ねる。それって、ほぼ誘導尋問だよね。


「正義さん、今日は腕によりをかけて、お料理を作りますから期待して下さいね」

 家庭的な雰囲気の女子が織田君にアピールする。

 そこかから代わる代わるアピールタイムが勃発。

 一人一人の声は小さくても、集団になると騒音です。仲が良いの分かるけど、周りの迷惑を考えて欲しいな。


阿里あざとさん、ジュースありがとう。マッサージは帰ってからお願いしようかな……有枠ありいきさん、小鳥も君も可愛いよ……百合崎さん。うん、楽しみにしているね」

 それに満面の笑みで対応する織田君。きちんと全員に満点な受け答えをしていて、恋愛聖徳太子って感じです。

 違うクラスの女子の名前を覚えているんだ……イケメン・運動神経よし・コミュニケーションお化け・女性に優しい・マメ・お洒落・正義感が強い・成績優秀・友達が多い……僕が勝てる要素ゼロなんですが。


「信吾君、見て見て。小川が流れているよ」

 でも、秋吉さんは僕の隣にいる訳で……しかも、当てつけとは思えない自然な笑顔……謎です。

(この川はブログに載っていたやつだ)


「おっ、あった、あった。徹、これは取っても良いか?」

 小川の近くに生えている草を指さす。数は沢山あるし問題ない筈。


「……その草をか?少し待て……すみません、この草は採集可能ですか?」

 草を連呼するな。食わせてやらないぞ。


「はいっ!なんのご用事でしょうか?……うわばみ草ですね。取ってもかまいませんが」

 うわばみ草か……正式名称とはいえ、東北以外で人気がないのは、名前の所為だと思う。

 蛇が好む湿地に生えているから、うわばみ草と言うらしい。でも僕にとっては婆っちゃっとの思い出の味ミズである。


「それじゃ遠慮なく……これぞ正にミズ畑だな。太いし、絶対に美味しいぞ」

 ミズは植えたかのの様に一か所に大量に生える。僕も婆っちゃと住んでいた時は、良く取りに行った。


「美味しいって……その草食えるのか?」

 徹が驚いた顔をしている。これだから都会っ子は。


「東北じゃメジャーな山菜だぞ。本当はホヤと合わせたかったのに」

 今の反応を見ると、ミズもホヤ同様ハードルが高かったのかもしれない。


「ミズでしょ?僕一回食べた事があるよ。美味しかったな」

 竜也、えらい。今日の晩御飯は大盛りにしてやろう。


「良崎君、草なんて食べるの?お肉の方が美味しいのに」

 不思議そうに呟く織田君……悪気はなさそうだけど、かちんとくる。それと僕は良里です……女子の名前を憶えていなかった手前、文句は言えませぬ。

 竜也も徹もムッとした顔をしていた。いや夏空さんや桃瀬さんも、嫌な顔をしている。


「信吾君の苗字は、良里っ!興味がないなら、わざわざ絡まないでもらえるかな?ほら、仲良しの女の子達が待っているわよ」

 どうしようか悩んでいたら、秋吉さんが注意してくれた……でも、織田君はポカンとしている。


「実ちゃんも仲が良い女の子だよ。幼馴染みだし」

 子供の言い訳じゃないんだから。

 そうか……織田君って悪気がないんだ。色々恵まれ過ぎて、純粋に育ち過ぎたんだと思う。


「正義君、行こっ。あんなモブ覚えていなくて、当たり前だよ」

「わざわざ草を取って、知識アピール?うざ」

「これだから貧乏人は嫌ね……秋吉さんも素直になれば良いのに」

 そしてファンも全面的に肯定してしまうから、成長出来ない。


「俺のダチを貧乏人扱いか……信吾、ミズ楽しみしているぞ。それと、ちょっと良いですか?」

 徹が職員さんを呼んで何か耳打ちする。青ざめながら頷く職員さん。


「そうそう、信吾君の料理が美味しいのは、僕達が知っているし」

 夏空さん達も色々とフォローしてくれた。よし、美味しいキャンプ飯作るぞ。

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