調理実習と殺気?
これ調理実習なんだよね?
教室で見慣れている筈なのに、こうしてみると異様な光景だ。多分、他校の生徒が見たらファンミーティングか何かだと思うだろう。
「ストーンサークルならぬ織田サークルだな」
徹が呆れ顔で呟く。そう、織田君を女子生徒がぐるりと囲んでいるのだ。
女子の大半が、参加していると思う。そして、それを同じ班の男子が囲んでいる。
お陰で僕の班は、隅に追いやられています。
「なんか皆ピリピリしてない?」
織田サークルの女子は皆笑顔だけど、目が笑っていません。殺気がだだ漏れで、滅茶苦茶怖いです。
「気にしない、気にしない。さあ、料理しましょう」
そう言って微笑む秋吉さんだけど、皆と同じく目が笑っていません。なんかピリピリしています。
(やっぱり織田君の事が気になるのかな?)
僕等は男三人で良かったのに……夏空さんが徹と同じ班になりたいから、付き合いで入ったのかもしれない。
「今日皆さんに作ってもらうのは、ご飯・鱈のみぞれ煮・焼きナス・汁物です。それでは始めて下さい」
家政科の先生が淡々と開始の合図をする。前に織田君グループを注意した先生がいたんだけど、物凄いバッシングをくらっていた。逆に放置しておけば、授業は真面目に受けるし無害な存在だ。
「さて、信吾まずは何をするんだ?」
ここから僕が見るのは陽キャグループでも、秋吉さんでもない。まな板と食材だ。
「僕はかつお節と昆布で一番出汁の準備をする。秋吉さんと夏空さんは野菜の下拵え。竜也は米を研いで」
鍋に昆布を入れて、ゆっくり沸かす。火加減を見ながら、次の作業に移る。
「信吾君、大根の皮剥いたけど、こんな感じで良い?」
秋吉さんが皮を剥いた大根をチェック。
「うん、良い感じだよ。でも、もう少し厚く剥いて……竜也、鍋の火加減を見て……僕は鱈の下拵えをする……徹、洗い物をお願い」
鱈の身を触り、骨の有無をチェック。身に切れ目を入れて骨を取り出す。
「良里、あたいは、なにすれば良い?」
夏空さんが手持無沙汰になっていたらしい。爺ちゃんや父さんは従業員に的確な指示を飛ばす。料理以外にも覚えなきゃいけない事が山ほどある。
「鱈に塩を振って。少しすれば水が出てくるから、それを拭いてもらえるかな?」
人に指示を出すって難しい。自分でやった方が早いんだけど、今日は調理実習だ。皆で作らなきゃ意味がない。
「信吾君、大根こんな感じで良い?」
秋吉さんから、大根を受け取る……うん、これなら大丈夫だ。
「オッケーだよ。秋吉さん、大根おろせる?」
大根を半分に切って、一個を秋吉さんに手渡す。
「出来るけど、信吾君もおろすの?」
どうせなら美味しい料理を作りたい。その為には手間暇を惜しむ気はない。
「僕は鬼おろしを作るんだ」
鬼おろし用のおろし金を取り出して、擦っていく。
「早い……私も負けないぞ」
秋吉さん、気合を入れてくれるのは嬉しいけど、それ危険だから。
「大根をおろす時はゆっくりお願い。その方が辛味も少ないし、手を怪我したら元も子もないでしょ?」
おろし金で出来た傷って、地味に痛いんだよね。
「信吾君、鍋が良い感じだよ」
鍋の方を見ると、良い感じで昆布から出汁が出ていた。
「竜也、ナイスタイミング」
鍋から昆布を取り出し、予め削っておいたかつお節を投入。
「……あそこの班だけ、動きが料亭みたくなってない?」
「良里がアグレッシブに動いている?いつもは、目立たない主義なのに」
「ガチプロじゃん。調理実習じゃなく、あれは和食屋の調理だよ」
クラスメイトが騒いでいるけど、気にしない。がちの料亭の厨房は、こんな物じゃない。一回見学に行ったけど、まじで殺気立っていました。
「凄く綺麗。琥珀色だ」
秋吉さんが目を煌めかせている。一番出汁って、美味しいだけじゃなく綺麗なんだよね。
「ちょっと、待っててね……これ、味見してみて」
鰹節をざるでこせば、一番出汁の完成。
「良いの?……上手く言えないけど、幸せな味だー」
僕は秋吉さんが喜んでくれて幸せです。
「しかし、随分大量に出汁を作ったな……俺も飲んで良いか?」
徹達にも一番出汁の味見をしてもらう。一番出汁は四つの鍋に分けておく。
「今回は全部に出汁を使うから。竜也、アサリを洗ってもらえる?」
今回はアサリの味噌汁を作る事にしました。
「分かった。メモの通りにすればいいんだよね」
竜也は手馴れているから、安心して任せる事が出来る。
「良里、鱈の骨って捨てて良いのか?」
夏空さん、それを捨てるなんてとんでもない。
「待って。それ使うから」
骨を包丁で細かく砕き、出汁パックに入れる。それを鍋に入れて、火を掛ける。そこへ醤油・酒・みりんを入れれば、みぞれ煮用の汁の完成。
冬になったら皆にジャッパ汁を振る舞おう。
「信吾君、あさり洗ったよ」
竜也から受け取ったあさりを鍋に入れて火を掛ける。
「竜也、煮たたない様に見てい……夏空さん、茄子に切れ目を入れて……そして」
鬼おろしを鍋に入れて弱火で煮ていく。
「み、実。レベルが違い過ぎて参考にならないよ……あの出汁って、そんなに美味しいの?」
他班の女子が秋吉さんに話しけてきた……作っている汁物が違うから、参考にならなくて当たり前なんですが。
「美味しかったよー。でも、ここから、もっと美味しくなるんだよね」
秋吉さんが自慢気に答える。これは気合を入れないと。
小さい鍋に入れた出汁に醤油・酒を入れて冷ましておく。これで焼きナスに掛ける出汁の完成。
「竜也、鱈に片栗粉をふってフライパンで焼いてもらえる?」
僕だけが動いていたら、絶対にまずい。お願い出来る所は、任せよう。
「うん、任せて」
竜也と場所を代わり、鍋に味噌を混ぜ合わせる……アサリの味噌汁って、なんでこんなに美味しいんだろ?
「良かったら、味見してみませんか?」
さっき秋吉さんと話していた女子に小皿に入れた味噌汁を手渡す。僕が使ったものとは、別物です。
「良いの……美味しいっ!これは家庭科部の部長が狙う訳だわ。実、任せてね」
秋吉さんは、いったい何を撒かせるんでしょうか?
「夏空さん、茄子焼いてもらって良いですか?皮は僕が剥くので……秋吉さんは、生姜をすって」
出汁で似ておいた鬼おろしと大根おろしを、みぞれ煮用の汁に投入。
「良里、焼けたよ」
茄子を皿に移し、菜箸で皮を剥いていく。
「こっちもオッケー」
盛り付けは竜也に任せて、僕は荒い物に参加。
「信吾君、皆が味見して欲しいって」
秋吉さんに呼ばれたので、振り返ると数人の女子が並んでいた。そしてなぜか秋吉さんが仕切っています。
「麵つゆを小さじ一杯入れてみて……具はなに?……それなら顆粒出汁を、もう少し入れても良いと思うよ」
頼られるの嬉しいけど、織田君に喜んでもらう為なんだよね?敵に塩を送るってやつなんでしょうか?……魅力値が違い過ぎて、
◇
皆で作った事もあり、時間内に洗い物も終わらせる事が出来た。
「わざわざ出汁を作っただけあって、焼きなす上手いな。特に焼き加減が最高だ」
さらりと夏空さんを誉める徹。それを聞いて嬉しそうに微笑む夏空さん。
このリア充一歩手前め。上手くいったらラーメンでも、おごってもらおう。
「みぞれ煮も美味しいね。やっぱり、皆で何かするって楽しいね。林間合宿楽しみだな」
竜也も喜んでいる。皆笑顔だ……一人を除いて。
「アサリの味噌汁、美味しい……部長さん、何かご用事ですか?……ううー、裏切り者めー」
秋吉さんが敵意丸出しで、部長さんを睨んでいます。
そんな秋吉さんの視線の先にいるのは、織田君と料理を食べている女子。何をどう裏切られたんでしょうか?
「あら、私が会いに着たのは、良里君よ。良里君、私達にも味噌汁もらえるかしら?」
達?部長さんの後ろにいるのは、家政科の先生……これは断れないです。
「はい、どうぞ。あの、何かあったんですか?」
部長さんが僕に用事?なんだろ?
「うん、流石ね。今日はこれで帰るわ。またね、良里君」
それだけ言って部長さんは帰っていた。なんか後ろから、凄い殺気がするのは、気のせいでしょうか?
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