それは無茶振りです

  林間合宿の料理は僕が担当する事になった。勉強にもなるから、それは良い……ぶっちゃけ何を作れば良いか、全く思いつきません。

 キャンプ料理って、なんでも作れるから逆に何が良いか分からなくなっています。

 鍛冶屋の義斗兄ちゃんの趣味はアウトドア。良く奥さんとキャンプに行っているから相談をしたんだ……したんだけど……。

義斗 『分かった。秋吉さんを連れて店に来い』

 なんてライソが届きました……兄ちゃん、無理だって。

 今までは、話の流れで誘えていたの。休みの日に出掛けようなんて、まるでデートの誘いじゃん。

 当たって砕けろって言葉があるけど、砕けたらバイトやランチ会が気まずくなってしまう。

 つまり僕のささやかな幸せが遠ざかってしまうのだ。


「信吾、真剣な顔してどうしたんだ?……まさか、まだ林間合宿のメニューで悩んでいるのか?焼きそばとかカレーで良いだろ」

 徹、僕が悩んでいるのは、その前の段階なんだけど。

 焼きそば、キャンプの定番なんだけど、それだけじゃ物足りないんだよね。

 カレー、同じくキャンプの定番。煮込み時の火加減が不安です。


「知り合いにアウトドアが趣味の人がいるんだ。それで相談したら……」

 徹に義斗兄ちゃんとのライソを見せる。女の子をデートに誘った事がないから、なんて声を掛ければ良いのか分かりません。


「宝長包丁店の店主さんか。海外からの注文も多いんだってな……お前も包丁を持っているのか?」

 徹は文章より兄ちゃんの方に食いついた。ってか、宝長包丁店の事知っているんだ。


「そんなお金ないって。なにより僕の注文は、まだ受けてくれないと思うな」

 基本受注生産だから、一本でもかなりの値段がする。


「僕の知り合いで、そこの包丁を持っている人いるよ。その人は趣味で料理している人だから、今の信吾君なら作ってもらえると思うよ」

兄ちゃんも商売でやっているから、客の選り好みはしないと思う。でも、付きあいが長い分、僕には厳しい。


「ちゃんと兄ちゃんに料理の腕を認めてもらって、自分の稼ぎで包丁を買いたいんだ」

 これは僕が勝手に決めた目標である。兄ちゃんにも『料理の腕を認めてくれたら、注文を受けて』ってお願いしてある。その為に、こつこつお金を貯めています。


「普段は心配になる位、お人好しの癖して、料理の事になると融通が利かないよな。それなら秋吉さんと出掛けてくれば良いじゃねえか」

 やっと本題に入れました。


「それが出来ないから、悩んでいるんだって……休みの日に誘うなんて、デートだと思われそうだし」

 二人がジト目僕を見てくる。そしてあきらかに呆れている……まさかデートって、単語に引いた?


「竜也、こいつに付ける薬持ってないか?」

 徹、そんな重症扱いしなくても!


「自信をつけさせる薬なんて、持ってないよ。信吾君、秋吉さんと今まで何回出掛けたの?」

 二人で出掛けたのは、花見の買い出し・兄ちゃんの店に行った時・竜也に料理を教える為に食材を買いにいった時。

夏空さんも一緒だったのは、百均に寄った時と、マーチャントスーパーでの買い物。


「五回位かな?でも、殆んど買い出しだった訳だし」

 兄ちゃんの店に行った時以外は全部買い出しだ。デートとみなすのは厚かましいと思う。


「一回でも秋吉さんに断れた事があった?嫌なら五回も行かないと思うよ」

 そう言われれば、そうだけど……今まで僕からきちんと誘った事はない訳で。


「……お前、調理実習の時とキャラ違い過ぎだろ。包丁でも持てば上手く誘えるんじゃないか?まずは予定を聞けば良いだろ……好きな人を、誘えるだけでも幸せな事なんだぜ」

 それってただの危険人物なのでは?徹は夏空さんと仲良くなっているけど、遊びに出掛けたなんて話は聞いた事がない。徹も何か、事情があるんだろうか?

 断れて元々、誘えるだけ誘ってみよう。


「二人共、ありがとう。バイトの帰りでも誘ってみるよ……流石に、あの壁はまだ突破出来ない」

 今日も秋吉さんは、陽キャの皆様に囲まれています。声を掛けるだけなら、なんとかなる。流石にあんな大勢の陽キャの前でデートに誘うのは無理です……織田君もいるし。


 自分でもチキンだと思う。学校の帰り道や賄いを食べている時……いくらでも誘える機会はあったのに、ずるずると送りの時間になってしまいました。

 初めて送った時波に緊張しています。


「今日もお疲れ様。もう少しで林間合宿だね」

 ずっと、どうやって話を切り出すか考えていました。凄く自然な会話だと思う。


「うん、楽しみ。陽菜も楽しみにしているって」

 どうする僕?桃瀬さんの話を広げる?それとも、天気カードを切る?


「桃瀬さん、忙しそうだもんね。林間合宿の時は、ゆっくり休んでもらえると良いな」

 ……誘うどころか料理からも遠のいた感じがします。


「うーん、調理実習の時みたいに皆でワイワイと作業した方が、気分転換になるんじゃないかな?」

 今、大事な事に気付いた。うん、これはプランを見直す必要がある。


「林間合宿って、料理と肝試し以外なにするんだっけ?」

 いつもの癖で丸一日料理に時間を費やすつもりでいました。イタリア料理のラグーも候補にあったのに。あれって半日位煮たりするんだよね。


「学校を出た後、レストランでお昼ご飯。コテージに着いた後は、野外散策。その後、夕食の準備。ご飯を食べたら肝試しだったと思うよ」

 朝ご飯は簡単な物作れば良いらしい。簡単なアウトドア料理ってなに?


「料理に割ける時間は思ったより少ないか……朝ご飯の事を考えると、肝試しはパスしたいな」

 怖いし、時間の無駄だ。


「本当に料理に一生懸命だよね。皆、信吾君が作ったお味噌汁美味しいって誉めてたよ」

 そいえば裏切り者って、なんだんだろ?聞く勇気はないです。

 今がチャンスだ。


「よ、義斗兄ちゃん覚えている?兄ちゃんキャンプが趣味なんだけど、今度アウトドア料理教えてくれるんだ。その時、秋吉さんにも声を掛けろって言ってたんだけど」

「行く!何日?信吾君が作るんだよね。楽しみだなー」

 秋吉さんは、食い気味に了承してくれた。ドッキリじゃないよね?

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