勝負に勝って
料理漫画だとライバルに勝つと友情が生まれる。更に相手が異性だと、高確率で恋心が芽生える……筈なんだけど。
僕は乙梨さんに勝った。しかも、彼女は僕の料理を食べて感激したのだ。
そんな乙梨さんはうちの教室にいる。でも、いるのは僕の側じゃなく、織田君の取り巻きの一員になっています。
「乙梨さん、沖田から織田に乗り換えたんだな……信吾、お前は本当にお前だよ」
徹が満面の笑みで頷く。
そう、現実はそんなに甘くない。勝負に勝っても、料理をしただけで終わりました。
「そう言えば沖田君、事務所を首になったんだって?」
あの騒ぎが原因か分からないけど、沖田君はモデル事務所との契約を打ち切られたらしい。
「今の芸能界は、コンプライアンスに厳しいからね。誌名に傷をつける様なモデルは、早めに切りたいんだよ」
竜也が、したり顔で語る。もしかして、芸能関係者?……そんな訳ないか。漫画やラノベじゃあるまいし、クラスに芸能人なんている訳がない。
「その本人は、今日もサボりなんだね。だから、乙梨さんも織田君の取り巻きに加わっているんだろうけど」
沖田君は織田君達と距離を取り始め、学校をサボる事が増えた。でも陽キャグループは平常運転で、今日も明るく会話を楽しんでいる。
「女の方が切り替え早いっていうし……しかし、毎日雨で嫌になるよな」
徹が愚痴る通り、東京は梅雨に突入。毎日雨が降り、湿度と不快指数が高くなっている。
「食欲が落ちて大変だよ。なんで信吾君は、そんなに元気なの?」
竜也も心なしかぐったりしている。
「厨房はどうしても、高温多湿になりやすいんだ。もう慣れたよ」
でも食材が傷みやすいから梅雨は好きじゃない。何より秋吉さんがバス通学に変わったので、二人っきりになれる時間がなくなったのです……梅雨明けても、バス通学のまんまだったらどうしよう。
「うらやましい……俺なんて食欲が落ちているってのに」
徹も朝から元気がない。今度のランチ会はさっぱりした物でも作るか。
「おはよー。庄仁、どうした?元気がないぞー。ちゃんと飯食べているの?」
夏空さんは、いつも通りのテンション。昨日の賄いもおかわりしていたし、なんで、そんなに元気が良いんでしょうか?
「徹も竜也も、梅雨で食欲が落ちているんだって……夏空さん、何かあったの?」
夏空さんは女子と絡んでいる事が多く、教室で話しけてくるのは珍しい。
「調理実習の班とメニューが決まったから、報告に来たんだよ」
四月の家庭科は授業のみだった。ちなみに既に教科書は読破しています。
「班?僕達は三人で組んでいるけど、誰か一緒の班になってくれる人が見つかったの」
調理実習の班は、三から六人で一組。なんで、そんな半端な数になったかと言うと、織田君の人気が凄すぎて、班決めが紛糾。最終的にじゃんけんで決めるも、織田君の近くでなきゃ嫌だという女子が沢山でてしまう。
「後だしだって怒る子や、泣く人まで出たもんな。まるでアイドルだよ」
竜也が呆れ顔で話す。苦肉の策として希望者は、織田君の班を取り巻く形で調理する事になったのだ。その所為で、六人揃わない班がでてしまい三人でもオッケーとなったのだ。
「秋吉さんも大変だったみたいだよね。凄い真剣な顔で話し合っていたし」
竜也の言う通り、秋吉さんは班決めで大変な目にあったのだ。一緒の班になれば織田君と近づけると思った女子から引っ張りだこになっていた……やっぱり、周りからは、そう見えるんだ。
「あー、あの話し合いは、そっちじゃないんだよな。とりあえず、あたいと実が同じ班になったから。それで作るのは、鱈のみぞれ煮、焼きナス、汁物は自由だって」
秋吉さんが同じ班に?……これは織田君に勝ったと言っても過言では……うん、ただの妄想だよね。
「流石にこの時期に、ムニエルは作らないか……まずは役割分担を決めないとね」
僕一人で作れるメニューばかりだけど、これはあくまで家庭科の授業。全員で協力して料理をしなくてはいけない。
「信吾、料理の工程表を作ってもらえるか?竜也はある程度、料理が出来るし……夏空と秋吉さんは料理得意なのか?」
どうやら、徹が役割分担を決めてくれるらしい。出来るかどうかじゃなくて、得意かどうか聞くんだ。
「あたいは家の手伝いをする位だし、実も似た様なもんだぞ。庄仁はどうなんだ?」
……味付けは僕がやって、切ったり焼いたりは任せても良いと思う。
「料理した事はあるけど、人に食べさせる腕じゃねえ。だから、洗い物に専念するよ」
……そうなると工程に荒い物も加えた方が良いか。
「とりあえず作業手順を作ってみるよ。それで各々出来そうなところに丸をつけて徹に提出って形で良い?……なんかオタクグループが騒がしくない?」
いつもは陽キャグループに遠慮して静かなのに、今日はテンションが高い。
「キミテ4の発売が決まったんだとよ。宣伝はスリーハーツがするらしいぞ」
キミテは、僕が生まれる前に発売されたゲームで、今も人気がある。
「スリーハーツ凄いな。陽菜のやつ、スリーハーツの大ファンなんだぜ」
夏空さんの話では桃瀬さんは、スリーハーツのファンとの事。ファンクラブ十番代というガチ勢らしい。
「関係者以外で十番代なんだ……凄いね」
竜也はどこか嬉しそうだ。
「調理実習が終わったら、林間合宿だね……肝試しがあるって聞いたけど、本当かな?」
僕は、オカルトや心霊系が苦手だ。正直、参加したくない。
「残念ながら、毎年やっているみたいだぞ。林間合宿は、自立精神を養う為にキャンプをするんだってよ。当然、自炊だ」
……アウトドア料理って、経験ないんだよな。義斗兄ちゃんに聞いてみようかな。
「キャンプって、どこからやるんだろ?僕、火起こしとかした事ないよ」
今から練習して間に合うかな?山菜や茸の見分けがつかないし、不安になってくる。
「お前は、どうして何でも、ガチな方向に持って行こうとするんだよ。泊まるのはコテージだし、火は先生達がつけてくれるらしいぞ」
自立精神を養うんだよね……火傷されたら元も子もないけど、せめてテント設営からでしょ。
「定番なのはカレーだけど、何を作ろうかな」
でも、カレーって、人によって好きな辛さが違うんだよね。アウトドア料理検索して、作れそうな物を探しておこう。
「林間合宿も、このメンバーで良いよね。多分、陽菜も入ると思うけど」
スポーツ科は、遠征とかもあるので、参加できる人が限られているらしい。なので、普通科に混じっても良いそうだ。
「俺達は願ったり叶ったりだけど、夏空達は良いのか?」
徹が言いたい事は分かる。秋吉さん達三人は学校でもトップクラスの美少女だ。それに比べて僕達はモブ中のモブ。秋吉さん達が組むメリットが少ないのだ。
「あたいは庄仁達と話しているのが楽しいし、実と陽菜からも頼まれているんだよ」
夏空さんは、どこか照れ臭そうだ。そしてそれ見た徹の口元がほころぶ……これは気合を入れて料理をしなきゃ。
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