敗者は誰?
沖田君達(殆んどおさげの子)が作ったアジフライ定食はご飯・大根の味噌汁・アジフライで構成されていて、ソースはウスターソース。
「ソースが三つか。自信のない証拠だな」
僕のアジフライ定食を見た沖田君が鼻で笑う。逆に聞きたいです。君の自信はどこから来るんでしょうか?
「衣はサクサクで、身はふっくらしている。何よりタルタルソースが美味しい!正義君、ソースそんなにドバドバ掛けたら、折角信吾君が作ってくれたアジフライがもったいないよ」
秋吉さんの言う通り、織田君はソースをドバドバ掛け、真っ黒なソースフライにしていた。
「信吾、怒らないのか?マナーに厳しい店だと、追い出されても仕方ないぞ」
徹があきれ顔で呟く。まあ、気持よくはないよ。
「食べ方は自由だよ。お客さんの食べ方には口出せないし」
今、そんな事をしたらネットで叩かれてしまう。見ないふりするのが一番なんです。
「だって味が濃い方が美味しいでしょ?実ちゃんのお父さんもソース沢山掛けるじゃん」
僕の言葉が聞こえていないのか、無邪気に笑う織田君……やっぱり二人は仲が良いんだ。
徹が僕の肩を優しく叩いてくれた……勝敗は友の目から見ても明らかと。
「実、正義に言っても無駄だって。甘酢漬けで口直しが出来るから、色んなソースが試せるな……よーしざーと、タルタルお代わりっ!」
桃瀬さんはキャベツにもタルタルソースを掛けていた。多めに作っておいて良かった。
「糖分の少ない粗目のパン粉を使っているから、食感が良いですね。それに、このお醤油は……煮切り醤油ですか」
流石は部長さん、気付いてくれたか。アジフライに醤油も合うんだけど、そのままじゃ芸がないから煮切り醬油にしてみました。
ふと、見るとおさげの子が不安そうな表情を浮かべていた。その視線の先にいるのは、不機嫌そうな沖田君……なんか僕が悪者になった感じです。
「
そういってアジフライをぱくつく織田君。こういう所がモテるんだろうな。 今、おさげの子の名前を知った僕とは大違いです。
『徹、徹。あの人、乙梨さんって言うの?』
周りに気付かれない様に小声で聞く。
『知らないのか。隣のクラスの乙梨静香さんだよ』
学級委員長をしている真面目な人で、沖田君と同じ中学校らしい。漫画と同じで、委員長って不良に弱いんでしょうか?
「あ、ありがとうございます」
ホッとした表情で笑う乙梨さん。僕が勝ったら、あの笑顔が曇るんだろうな。
「正義、本当か?そんなにソース掛けていたら,味の違いなんて分からないだろ?……乙梨さんのアジフライに煮切り醤油滅茶苦茶合う」
そう言ってアジフライをぱくつく桃瀬さん……僕の衣だと醤油を吸い過ぎるもんね。
でも、それ僕が作ったんだよ。そして、乙梨さんの笑顔がまた消えました。
「相手のソースを使ったら駄目だってルールはなかったよな?こりゃ得したぜ」
そう言って、得意げに笑う沖田君……桃瀬さんと秋吉さんが、ドン引きしているんですけど。
(好き勝手いってくれちゃって。ルールが緩すぎるんだよね……待てよ、これ、使えるかも)
ルールが明確化されていない分、僕も好き勝手出来る筈。勝負は結果発表の時だ。
◇
判定は単純明快で、審査員一人々が、感想と美味しいと思った方の名前を挙げていく形式。
「まずは僕から……味は、完全に良里なんだけど、良里はある意味プロなんだよね。ハンデも必要だと思うし……乙梨さんの勝ちで」
桃瀬さんの票は乙梨さんへ……料理勝負にハンデとかあるの?
「私は信吾君のアジフライに一票。タルタルソース美味しいし、味噌汁も最高。信吾君の千切りキャベツって、食感が良いんだよね」
秋吉さんは、僕に入れてくれた。身内票というか、バイト先が一緒だしね……でも、この一票が僕にとっては一番嬉しかったりする。
「実は良里の料理が食べたくて、審査員を引き受けたんだもんな……残念だな、沖田。脈なしだぞ」
桃瀬さんがニヤニヤしながら、秋吉さんに話し掛ける。沖田君、秋吉さんの事も狙っていたのか?
(最近、秋吉さんと仲が良い僕に勝って好感度を上げようって魂胆か……それに乙梨さんを巻き込むなよ)
もし料理で好感度が上がるなら、僕はモテモテな筈。第一、秋吉さんが好きなのは織田君なんだし。
「私も、良里君に票を入れるね。最初は一年生の男の子に、料理が作れるの?』って思っていたんだけど、私なんかより全然格上。やっぱり、プロは違うわよね……可愛い顔しているし、
部長さんが妖艶な笑みを浮かべる……家庭科部だと、女子多いよね……なんて答えようか悩んでいたら、背筋に寒気が走った。
「すいませーん。信吾君は家のアルバイトがあるから、部活は無理なんですよー。他を当たってもらえますか?そうだよね……信・吾・君」
秋吉さん目が笑ってないんですけど……最初から断るつもりだったけど。なぜか秋吉さんがにべもなく断ってしまった。
「秋吉さんの言った通り、僕はまだ修行中の身です。それに部活にきちんと顔を出せないと思うので、お断りさせて頂きます」
よく考えたら、女子の多い部活なんて僕には無理だ。交流をせず料理だけして終わると思う。
「うわー、祭の言っていた通りだ。まあ、良里はバイト以外でも料理しているもんね。部活をする暇なんてないか……良里、今度は麺類が良いな」
バイト以外の料理。弁当と賄い……それにランチ会か。
(麺類か。時間を置くと伸びちゃんだよな。でも、毎回レンタルキッチンを使う訳にはいかないし)
「次は俺の番だよね。俺は乙梨さんに入れるよ。やっぱり、女の子が作ってくれた料理の方が、嬉しいし」
織田君は乙梨さんか。まあ、元々沖田君側の人間だし……でも、女の子だから票を入れるって、ある意味乙梨さんに失礼だと思う。
(これで二対二か……負けたら、どうなるんだろ?)
沖田君の事だから、とんでもない事を言いそうだ。
残るは顧問の先生のみ。自然と視線は先生に集まる。
「
かなり冷や冷やしたけど、何とか勝てた。料理漫画で、性別やハンデで勝敗が付いたら大荒れすると思う。
「納得出来ねえ。良里、お前本気だして恥ずかしくないのか?」
勝敗に納得が出来ないらしく、激切れしまくる沖田君。うん、僕もこの勝敗結果には僕も納得していない。
「違いますよ、先生。乙梨さんは、あくまで協力者。敗者は沖田君だけです……本気出すに決まってるじゃん。僕は料理人だよ。手を抜いたら、食材や生産者の人に顔向け出来なくなる」
まあ、勝ったからと言って、どうこうするつもりはないんだけど……なんかしたら、絶対面倒な事になるし。
「俺が敗者だ!?不細工の癖に生意気なんだよ。ネットにやらせ勝負だって、晒してやるからな」
読モをしているだけあって、沖田のフォロワー数は結構いるらしい。そして沖田の言う事を信じると思う。
(また……ネットの所為で、離れなきゃいけなくなるの?)
暗澹な気持ちになっていると、徹が近づいて来た。落ち込んでいる僕とは真逆の平常運転だ。
「心配するな。後、少しであいつはそれ所じゃなくなるから」
徹がそう言った瞬間、沖田のスマホが鳴った。
「編集部からだ。人気読モは辛いぜ……はい、沖田です……えっ、それは、なんでですか?……ご、誤解ですよ……すいません、今から事務所に行きます」
沖田はスマホをしまったかと思うと、大荒で、調理実習室を出て行った。何があったの?
「知り合いにストリートボーイの編集者がいるんだけど、あいつ雑誌の名前を出して好き勝手していたんだとよ」
雑誌には、かなりのクレームが来ていたとの事。そこで徹は噂の確認を頼まれて、今の会話を編集者に聞かせていたらしい。
「あー、それじゃ引き分けって事にしようか。徹、味噌汁まだあるけど、飲む?」
捨てるのはもったいないから、二人で飲んでしまおう。
「まだ鯵もありますね……良里君、部員にも定食を作ってもらえませんか?」
部長さんの圧が凄いです。まあ、食材を無駄にするよりは良い。
何より秋吉さんと恋人になるなんて、夢のまた夢でしかない。これも新しい出会いに繋がると思う。
「信吾君、お味噌汁お代わりっ!」
……僕の分、減らせば良いか。
「美味しい……ソースを付けなくても、衣と鯵の美味しさだけで食べれます。キャベツも切り方だけで、こんなに違うんだ……悔しいな」
悔しいと言っているけど、乙梨さんの顔はどこかすっきりしていた。
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