二対一?の勝負
正直に言います。漫画じゃないんだから『調理実習で料理勝負なんて無理でしょ』って高をくくっていました。
もし実現しても、料理経験のない沖田は断ると思っていたんだけど……。
「信吾、まじで料理勝負するのか?あいつ等、漫画の見過ぎだろ」
徹も唖然としている。巻き込まれた僕が一番困惑しています。
「まさか家庭科部を巻き込むとは思わなかったよ」
流石に先生が許可する訳なく、お流れになると思っていた。でも先日、沖田サイドから、試合?の申し込みあったのだ。
「条件は、沖田君に助っ人を認める事。何でも家庭科部の女子が助っ人に入るみたいだよ」
竜也もあきれ顔だ。
何でも家庭科部に織田君のファンがいて、話がついたらしい。当然、僕は一人で料理する……物凄いアウエーになりそうなんですけど。
「メニューは、鮭のムニエルとほうれん草の胡麻和えで良いんだよね?」
勝負は明後日。でもメニューや審査員を誰がやるかとかの詳細情報は一切なし。
分かっているのは、家庭科部が仕切るって事だけ。
「沖田の事だから、何かしてきそうだけどな。でも、きちんとバックアップしておいたから、安心しろ……噂をすれば、何とやらだぜ」
徹の言う通り、にやけ顔の沖田が近づいてきた。なんか凄く嬉しそうです。
「よお、なんちゃって料理人。メニューが決まったから、教えに来てやったぞ。作るのはアジフライだ!」
アジフライ……それで本当に良いの?
誰が相手か分からないけど、かなり僕に有利な料理なんですけど……もしかして、あの会話で僕がアジフライを作れないと思ったんだろうか?
作るのはアジフライ定食。
ルール
審査員は五人。家庭株の顧問・家庭科部部長・織田君・桃瀬さん・秋吉さん。
公正を期して鯵は家庭科部で用意する。
ご飯は家庭科部で炊いた物を使う。
調味料等は家庭科部にある物を使う。
予算三千円以内なら、好きな食材や調味料を買って良い。
「アジフライか……どうしよう」
定食ならサラダや汁物をつけたい。口直しなる物もあった方が良いよね。
「もう謝っても無駄だぜ。当日、先生も見に来るんだぞ。結果は理事長の耳にも入るし」
理事長?徹を見たら、ニヤリと沖田君以上に悪い顔をしていた。
この間の会議室の件で分かったけど、徹は学校になんらかのコネを持っている。
もし沖田君の好きにさせたら、審査員は全員自分の仲間にしていたと思う。だから理事長先生を巻き込んだのか。
「三千円以内なら何を買っても良いんだよね?」
調味料はある程度揃ってると思う。それならあれを使いたい。
「自信ながいなら、総菜を買って来ても良いんだぞ。ちなみに俺のパートナーは、中学の時も家庭科部だったんぜ」
……いや、君がメインで動こうよ。がっつりパートナーにお任せしようとしていない?
◇
事前に使える食材と調味料を見せてもらった。肝心の鯵は、その場で見せてくれるらしい。
「調味料は、一通り揃っていますね。パン粉は、これだけですか?」
調理実習室に置いてあるパン粉は一種類のみ。付け合わせ用のキャベツは自由に使って良いそうだ。
「ええ、そうよ。私がこんな事を言うのもあれだけど、君に勝って欲しいな」
家庭科部の部長が溜息を漏らしながら、お願いしてきた。ちなみに部長さんはおっとり癒し系の美人で巨乳です。
「それじゃ、信吾君……買い出しに行こうね。部長さん、失礼します」
なんか秋吉さんが怒っている感じがするんですけど……気の所為だよね。
なんでも沖田君は、家庭科部の部室に来て、ただ飯を食べて行くらしい。自由過ぎて引くんですけど。
「分かりました。僕は、料理で手を抜くもりはないので」
僕が買ったもの ・粗目のパン粉・キュウリ・大根・人参・ラッキョウ・トマト・豆腐・ネギ。
もちろん商店街で買いました。
◇
……テレビの見過ぎだろ。調理実習室は、ド派手に飾りつけられ、テーブルの上には食材が並んでいた。多分、白い布が掛かっているのが、鯵だと思う。
(ギャラリー多過ぎない?)
殆んどが、全員陽キャの皆様。僕の純粋な味方は徹位だと思う。ちなみに竜也は、今日も習い事だそうです。
「恰好だけは一人前だな。それで出来合いのアジフライを出して来たら、良い笑い物だぜ」
僕の格好は店と同じ厨房用の白衣。きちんと帽子もかぶっている。
「あ、あの胸に書いてあるヨシザトって、あのヨシザトですか?」
対戦相手の女の子が、僕の白衣を見て驚いている。やっぱり、この格好は気合が入る。
でも学校に持ってきたから、一回クリーニング出さないと駄目らしい。
「ええ、洋食屋ヨシザトです」
名前を聞いて唖然とする対戦相手。眼鏡を掛けたおさげ髪の女の子。きちんと三角巾もかぶっているから、本当は良い子だと思う。
「どうせ、はったりだよ。良里、お前は鯵を捌けるのか?俺のパートナーは、この日の為に練習してきたんだぜ。これが今日のメイン食材だ」
沖田が布を取る。刺身でも食べられそうな新鮮な鯵だ。
ちなみに鯵は、ほぼ毎日捌いています。
「信吾、お前なら勝てる。きちんと仕込みをしておいたから、全力で料理してこい」
徹が僕の背中を叩いて気合を入れてくる……仕込みか、竜也もそんな事言っていたよな。
「任せておいて。これと、これだな……さて、始めるか」
鯵を選んで、ボールに移し替える……良い型が揃っている。これなら美味しい鯵フライが出来る。
「まだ初めの合図していないだろうがっ!ルールをきちんと守れ」
ルールって、お前達が勝手に決めてたんじゃん。
「どうでも良いから、早く着替えて来て。まさか、制服のままで料理するなんて言わないよね」
ギャアギャア騒いでいる沖田君だけど、未だにブレザーのままだ。女の子は助っ人で、お前がメインなんだぞ。
最低でもエプロン位付けて欲しい。
ここは調理実習室だ。予備の調理着がある筈。
「ちょっと待ってろ。食材に触ったら、失格だからな」
うん、流石に食材は触らないよ。食材はね。
「あの、なんで包丁やまな板を洗うんですか?」
今日使う調理器具を洗い始めたら、家庭科部の女の子が聞いてきた。
「前に使った時の臭いが、残っているかも知れないでしょ?」
半分本当で、半分嘘だ。僕の使いやすい位置に、設置する事がメインである。
「待たせたな。時間は60分……スタート」
沖田君は頭に何も被っていないけど、無視しておく。ここからは自分の調理に集中する。
「信吾君、随分沢山卵を確保しているね。何に使うんだろ?」
審査員席にいる秋吉さんが、呟く。本来はフライの溶き卵の使うんだけど、数が沢山あったので、きちんと活用させてもらいます。
まずは野菜を切っていく。ネギを刻んで小鉢に移す。キャベツは千切りにしてボールへ移す。
「鍋に水を入れたから、ゆで卵を作るんじゃないかな?実ちゃんも、そう思わない?」
……織田君が秋吉さんに話し掛ける。幼馴染み特有の親しさがあって、心が折れそうになりました。
「凄い……手際が良いし、動きに無駄がない。使った調理器具も、都度洗っているし」
部長さんが誉めてくれたので、少しだけモチベーションがアップ……背中に悪寒が走ったのは、気の所為でしょうか?
キュウリは薄切りと千切りに、大根と人参は千切りにする。千切りにした大根と人参に塩ふって、もんでおく。ラッキョウはみじん切りする。トマトを切ったら、野菜の下拵え完成。
「信吾君は毎日の様に厨房に立っていますから……あれは信吾君の日常の一部なんですよ」
どこか誇らしげに語る秋吉さん……向こうの解説も聞きたいです。
「れ、零次も一生懸命頑張っているよ」
ちらっと見たらおさげの子の周りをウロチョロしていた。頑張って、おさげの子、超頑張って。
卵を茹でている間に、まな板と包丁を洗う。鯵のゼイゴを取り除き、背開きにする。身には塩と胡椒を振っておく。頭と骨を昆布と一緒に鍋へ入れて弱火にする。
「次はっと」
塩でもんでおいた千切りした野菜を軽く絞って、甘酢につける。まずは、一品完成。
「沖田君、見ているだけでなく、貴方も何かしなさい」
顧問の先生からの指導が入る。うん、洗い物位しようね。
ゆで上がった卵は水につけて冷ましておく。
鍋から昆布と鯵の骨を取り出し、ねぎと豆腐を投入。少ししたら、火を止めて味噌を溶く。二品目完成。
「完成すれば、直ぐにお出ししても良いんですか」
揚げ物は熱々が美味しい。出来たら揚げたてを食べて欲しい。
「調子乗るなよ。まだアジフライ出来ていないだろ?」
……僕の中では、もう完成間近なんですが。
卵の殻をむき、荒く刻んでく。ボールに移し、マヨネーズ、酢、塩・胡椒を入れる。そしてそこに刻んだラッキョウを入れて混ぜる。
「タルタルソースじゃん。僕、タルタル好きなんだよね。アジフライにタルタルか。楽しみー」
桃瀬さん、正解。そのままマヨネーズとケチャップを混ぜてオーロラソースを作る。
皿に千切りキャベツを敷き、キュウリとトマトを乗せていく。そこへオーロラソースを掛ける。
そして小鉢に野菜の甘酢つけを取り分けていく。
「公平を期す為にも、時間は一緒にして下さい」
残り時間は二十分……あれを作っておくか。
頃合いを見て、鯵をバッター液に入れる。そして衣をつけて油へ投入。
「出来ました。即席アジフライ定食です。お好きなソースを付けて召し上がって下さい」
僕が用意したのは、タルタル、中濃ソース、醤油の三種類。
美味しく出来たと思うけど……とりあえず油を処理しよう。
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