まさかのお料理勝負?
閉店作業のついでに、賄いストックの中が心許なくなってきた。メインで使っているのは余り食材やお客様に出さない物。でも、それだけじゃ料理は作れない。
だから賄い用に食材や調味料を買っている。
「父さん、ちょっとス賄いストックが寂しくなっているから、買いに行って来るよ」
いつもなら事前に補充しているんだけど、賄いを食べる人が増えたから減りが早い。
「賄いは、お前の担当だから任せるぞ……お前、高校に入ってから、料理の腕を上げたよな」
まだ高校に入って一か月しか経ってないんですけど……初心者ならともかく、僕は料理をする様になって八年位になる。一か月で急激に腕が上がる事はないと思う。
変わったのは、僕の内面だ。この一ヶ月で大きく変われたと思う。
前は義務感で料理をしていた。でも、今はやり甲斐を感じられる様になったのだ。
(ブロッサムに入って、大事な人達に会えた。それで料理をする楽しさを知れたんだ……皆に感謝しなきゃ)
「それじゃ、行ってきます」
もう商店街は閉まっている店が多い。行くとしたらスーパーになる。
久し振りに間の悪さを発揮……でも、何があったんだ。
(あれは恋路?チャらくなっている!)
僕がよく使うスーパーの向いには、ディスカウントストアがある。そこの駐車場にガラの悪い奴等がたむろしていた。
その中に恋路がいたのだ。髪を茶色に染め、仲間と大声で騒いでいる。
高校に入学して一か月が経った。時間は皆に平等に流れる。
(一体、恋路に何があったんだ?まさかの高校デビュー?)
高校に入ってまだ一ヶ月なのに……でも、僕の変化を考えると、もう一ヶ月の方なんだよね。
この一か月で、色んな事があった。つい数か月前までは、落ち込んでいたのは嘘の様に笑えている。
仲の良い友達が出来たし、新しい恋も見つける事も出来た。何より料理が楽しくなってきている。
(巻き込まれたくないし、情報を集めておこうかな)
僕と恋路の家は、結構近い。面倒事に巻き込まれるのは、勘弁だ。
とりあえずまだ繋がりがある中学時代の友達にライソしておこう。
気分転換にラジオをつける。丁度スリーハーツのラジオが入っていた。
「こんばんは。ユウです。ようやくドラマの詳しい内容をお伝えする事が出来ます」
舞台は都内のイタリアレストラン。亡父にイタリア料理を教えてもらったユウ演じる少年料理人が恋に料理に大活躍するドラマらしい
(天才料理人の技術を継いだ少年が、閉店の危機にある幼馴染みの店を盛り立てる……現実は、そんなドラマみたいな事ないと思うんだけど)
良くある設定だけど、なぜだか違和感が覚えてしまう。釈然としない思いを抱きながら、教科書を開くと中学時代の友達から電話が掛かってきた。
「久し振り……それ、本当?……うん、ありがとう」
リアルにドラマなみたいな展開を送っている奴がいました。でも、ジャンルは大違いなんですけどね。
◇
うん、高校生になったら大人になると思うんだけどね……多分、ブロッサムに入ってから一番テンションが低いと思う。
「信吾、暗い顔してどうした?とうとう秋吉さんに振られたか?」
徹がからかう様な口調で聞いてきた……まだ告白も出来ていません。
「いや、中学の知り合いが、ガラの悪い人達と一緒にいてさ」
なんでも恋路は高校に入って直ぐ質の悪い連中とつるみ始めたらしい。そして僅か二週間でバスケ部を退部。夜遊びしまくりで、学校もさぼっているそうだ。
「信吾君は、その人と話したの?」
竜也が心配そうに聞いてくる……恋路と話さなくなって、何か月経ったんだろう。
「色々あってライソも消したんだ……まあ、お陰で二人に会えたんだけどね」
当然、美恵ちゃんとも話していない。元気にしていれば良いんだけど……。
(僕、いつから美恵ちゃんの事を考えなくなっていたんだろ?)
今の今で、思い出す事もなかった。
「気になる発言だな。そういやお前なんでブロッサムに来たんだ?普通なら、調理科がある学校に行きそうな感じがするんだけど」
うん、行く予定だったよ。あの日まではね。
「いつかは言おうと思っていたんだよ……」
そこから僕はブロッサムに入学した経緯を二人に話した。
「ひくわー。なに、そいつ等?しかし、お前も本当間が悪いよな」
徹は自分の事の様に怒ってくれた。
「別に、放っておいて良いじゃない?関わるだけ、損だよ」
竜也の言う通りだと思う。僕も好き好んで関わるつもりはない。
「でも、おばさん達の事を考えるとね……何より、あそこのスーパーが使えないのは痛いんだって」
うちから一番近いスーパーだから、便利が良いんだよね。
「学校と家の間にマーチャントのスーパーがあるだろ?」
うん、知っているよ。一回も入った事ないけど。
「賄いだから、そんなにお金を掛けたくないんだよ。何よりも、セレブオーラが凄くて、入り辛いんだって」
セレブ御用達のお店だから、庶民には敷居が高いのです。
「変な所で小心者だよな。高いって言っても、小売価格は超えていなし、セールもしているんだぞ。それに客は客だ。堂々と使え」
徹、それは誰目線なの?まあ、不良に絡まれるよりましか。
「考えておくよ……なんか前より人が増えていない?」
一ヶ月経ったら、織田君の人気が更に上がったらしい。教室が手狭に感じる位人が集まっていた。
人が増えすぎて秋吉さんの顔が見えません……こうなると、住む世界が違うんだなと実感してしまう。
この陽キャグループを納得させられる男にならないと、秋吉さんと付き合えても上手くいかないと思う……まず、付き合うのが無理なんだけどね。
「織田君が、サッカー部の練習試合で大活躍したんだって」
ぼ、僕だって前菜……の一部を、任せてもらえる様になったんだぞ。
(確か秋吉さんが休みの日だったんだよな)
まあ、行くも行かないも秋吉さんの自由なんだし……僕が気にする事ではない。それに二人は幼馴染みだ。応援位は行くと思う。
こんな事で動揺していたらダサいよな……まずは、もっと強い男になろう。
「今度、家政科の授業あるだろ?俺達同じ班になろうぜ」
家政科か……衛生管理者の勉強出来るかな?
「なにやるんだろ?僕、高校卒業したら衛生管理者の資格取りたいから、楽しみだな。それとも、中華料理とか教えてくれるのかな?僕、トンポーロー覚えたいんだよね」
洋食は爺ちゃん達が教えてくれるけど、中華系の香辛料あまり詳しくないんだよね。
「お前、高校の授業に何を求めているんだよ。去年だと、最初の調理実習は鮭のムニエルとほうれん草の胡麻和え。それと汁物らしいぞ」
汁物は好きな物を作って良いらしい。鮭のムニエルに合う汁物か。
「信吾君なら簡単に作れるでしょ?」
作れるけど、簡単ではない。ムニエルも胡麻和えも調理工程は、シンプルだ。そでもシンプル料理だからこそ、誤魔化しがきかない。
「簡単な料理なんてないって。鮭のムニエルなら鮭の美味しさを引き出したいし、ジュ―シに仕上げたいんだ……それに僕にも自信がない料理もあるんだよ」
胡麻和えも、胡麻の風味を際立たせたいし、歯ごたえにも、こだわりたい。もっと美味しい料理を作れなきゃ、店の後は継げない。
「料理で人気取りしている癖に作れない物があるのかよ。だせーな。それで何が作れないんだ?」
半笑いで絡んできたのは、陽キャグループ所属の沖田零次。いや、プロの料理人だって作れない物あるぞ、大抵の人は専門外の料理は作れないって言うと思う。
パティシエに寿司を作れるかって聞いても、握れるとは言わない。作り方を知っていても、プロの味を出せないから言わないのだ。
「アジフライとハンバーグかな」
アジフライとハンバーグは、ヨシザトの看板メニューだ。
特にハンバーグは一番人気で、他県から食べにくる人もあの味に到達するには、まだまだ修行が必要です。
「だっせ。おーい、みんな。良里、ハンバーグ作れないんだってよ。あんなの、ひき肉を焼くだけじゃん」
そう言って陽キャグループに戻っていく沖田。
あー、こいつ、あれだろ。寿司なんて、おにぎりの上に刺身乗せるだけって言うタイプだ。
そのおにぎりも、難しいんだけどね。
「信吾、気にするな。しかし、あいつ、調理実習の事忘れてないか?」
徹が溜息を漏らしながら、フォローしてくれた。料理の事は気にしていない。僕はまだ半人前なんだし。
(人気取りか……そんな風に見えるんだろうな)
でも、僕が評価されているのは、料理の腕だけなんだし。料理が上手かったから、秋吉さんと仲良くなれたのも事実。
「でも、あれはないよね……沖田君が読モしている雑誌って、ストボだよね」
竜也がニヤリと笑う。なんか怖いんですけど。
「ストリートボーイだろ?……釘刺しておくか」
徹、高校生が釘なんて刺せないって。チクりメールでも送るつもりなのかな?
「二人共、なんか怖いよ。僕の料理の腕が半人前なのは事実なんだし」
流石に人気取りはへこんだけど。
「友達を馬鹿にされたら怒るのは当たり前だよ」
そうか。竜也は僕の為に怒ってくれたんだ。なんか嬉しい。
「俺もそうだぜ……でも、俺等以上に怒っている人がいるみたいだけどな」
他に怒りそうな人いたっけ?
「凄いねー、沖田君……そこまで言うなら、調理実習で信吾君より美味しい料理作れるんだよねー……女子全員で審査するから」
怒っている。秋吉さんが滅茶苦茶怒っている。笑顔だけど、凄く怖いです。
「おっ、良いな。やろうぜ……まさか、逃げないよな……沖田」
夏空さんも煽っていく。勝っても負けても、陽キャグループに睨まれそうなんですけど。
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