チキンで小市民

 僕は料理が出来ると言っても、男子高校生にしてはって注釈がつくレベルだ。プロの世界でもまだまだ通じないし、同い年の人でも僕より上手い人は沢山いる。

 早い話が他人様に教えるレベルにはなっていない。

それに最終的に料理を作るのは竜也だ。せこい策でも準備しておいた方が良い……じゃないと、僕が不安です。

そして更に不安が増しました。呼ばれたのは、都内の一等地。普段は近づきもしない場所だ。

(準備があるから、僕が先に来たけど……徹、なんでこんな所にしたんだよっ!)

 今日の流れは、まず僕が買い出しと下準備をする。落ち着いたら、竜也に連絡。調理開始。時間を見て皆にも連絡って手筈だ。


「ここだよね……」

 徹から教えられた場所に着くと、そこにあったのは超高級マンション。圧力が凄いんですけど。

 ガードマンみたいな人もいて、周囲を警戒しているし。


「君、なにか用かな?」

 何度もチラ見していたら、ガードマンさんに声を掛けられました。やばい心臓がバクバクしているし、冷汗が止まらないんですけど。


「あ、あの友達に言われてきたんですけど……しょ、庄仁徹って言えば分かるって……分かりませんよね」

 きっと徹が陰で見て笑っているんだ。こんな高級マンション、あまりにも別世界過ぎる。


「もしかして良里信吾様ですか?これは失礼いたしました。さあ、こちらです」

 深々と頭を下げてくるガードマンさん。まじで、このマンションで料理作るの?

 汚したら、いくら払わなきゃ駄目なんだろ?


「あ、あのこの辺にスーパーありますか?」

 買い出しに行きたいけど、この辺は土地勘がない……スーパーに入るドレスコードとかないよね?

 ちなみに今日の僕の服装は、チェックのシャツに、ベージュのチノパン。そして黒のディバッグ。思いっきり普段着なのです。


「後から地図を印刷しておきますね。まずはお部屋にご案内します」

 やめて。大人の人に敬語使われると胃が痛くなるの。商店街のおっちゃんなんて、ヨシザトの坊主って呼ぶんだぞ。


 徹……僕は、君を心の底から恨んでいます。この豪華な部屋で、料理をしろと……ビニールでも敷かないと無理だって。

(調味料や料理道具は一通り揃っているな。まずはお米を炊いといて)

 ディバッグから米を取り出して、研いでいく。炊飯器にセットして完成。


「それじゃ、行くか……秋吉さんから、ライソだ」

 最近、グループじゃなくて個人でライソする事が増えました。もう、怒られないよね?


実『信吾君。私も買い出し、一緒に行くよ』


 二人でお喋りしながらの買い出し。三回目だけど、楽しみ過ぎる。

 ワクワクしながら。秋吉さんとの待ち合わせ場所へと向かう。

(か、可愛い。やっぱり秋吉さんは、魅力的過ぎる)

 今日の秋吉さんは、ピンク色のシャツにブルースキニーのデニム。大勢の人なかでも、一際輝いてみえる。

当然、周囲の男は秋吉さんを見ている感じがする訳で……僕が待ち合わせ相手ですって、大声で自慢したくなる。

(待てよ、僕なんかが待ち合わせ相手だったら、周りから怪しまれないかな?)

 それ以前に秋吉さんが恥ずかしいと思うから自重します。なら、なんて声を掛ければ良いんだろ?


「あっ、信吾君だ!もう来てくれたんだね。さあ、行こ」

 どう声を掛けるか悩んでいたら、秋吉さん駆け寄ってきてくれた。こんな展開漫画でしか見た事ないんですが。


「お待たせ……秋吉さんの顔を見たら、なんかホッとしたよ。あそこのマンションにレンタルキッチンがあるんだ」

 東京生まれと言っても、うちは都心から離れている。それにお洒落な町には、無縁な人間だから、どうも落ち着かない。


「マーチャントマンションだ。庄仁君って、何者なの?」

 竜也も不可解な所があるけど、徹も謎な所がある。ブロッサムに通っているから、親がお金持ちの可能性があるけど。

(徹も竜也もプライベートの事、あまり話さないんだよな)

 まあ、家の事なんて聞く必要もないんだけどさ。


「とりあえずスーパーに行こう……ここ?」

 ガードマンさんからもらった地図で辿り着いたのは、高級スーパー。お店だけじゃなくお客さんもキラキラしています。


「マーチャントストアだね。テレビでセレブ御用達のスーパーだって特集されているよ」

 店外から見ただけで、品揃えの良さが分かる。置いてある品はブランド物ばかりで美味しさが約束されている。


「他にスーパーは……秋吉さん、少し歩くけど付き合ってもらえる?きついなら、レンタルキッチンで待っていても良いし」

 品揃えも品質も抜群だけど、この店じゃ駄目だ。


「良いけど、ここじゃ駄目なの?」

 良かった。付き合ってくれるんだ。これでもう少しだけ、秋吉さんと二人でいられる。


「うん、このお店に置いてある物は美味し過ぎるんだよ。竜也が、本番で同じ物を用意出来るとは限らないし」

 それに僕が使いたいのは、旬の物。普通のスーパーにも置いてある筈。

 でも普通に考えたら、面倒くさい奴だよね。目の前にスーパーあるのに、入らないんだから。


「そうだよね。また不合格だと困るもんね。時間はまだあるし行こうか」

 でも、秋吉さんは笑顔で応えてくれた。これは美味しい料理を作らないと男が廃る。


「ありがとう。結局、全員参加になったね」

 秋吉さんが声を掛けると、夏空さんと桃瀬さんも参加する事に……僕が言うのもなんだけど、ご飯食べるだけなんだよ。


「ランチ会の皆は話しやすいもん。何より信吾君のご飯が美味しいし」

 秋吉さん達は三人全員魅力的な美少女だ。そしてブロッサムにはお金持ちの子供も多い。

僕なんか比べ物にならない位美味しい料理を食べに連れて行ってもらえると思うんだけど……それ分嫌な思いもしているのかもな。

僕達三人に共通しているのは、良い意味で無害だと言う事。徹も竜也も恋愛に積極的ではない。

 僕は、こうして話をするのが精一杯。料理を絡めないと、秋吉さんを誘う事も出来ないのだ。

(無害だから、仲良くなれたのか……勘違いしない様にしなきゃな)

 秋吉さんを悲しませない為にも、自重しないと。


「竜也も徹も自慢の友達だよ。ここなら安心して買えるね」

 僕達がやって来たのは、いわゆるチェーン店のスーパー。


「信吾君もスーパーやコンビニを使ったりするの?」

 秋吉さんは、僕をどんな人間だと思っているんでしょうか?


「そりゃ使うよ。でも、商店街で買う方が多いかな」

 コンビニで買うのはジュースや漫画だ。

 仕入れは父さんの担当だし、肉とかは卸の業者さんが持ってきてくれる。 

賄いは余り食材を使う事が多い。でも、どうしても使いたい物があれば、買ってくるのだ。店で使わない食材や調味料は、商店街やスーパーで買うのだ。


「信吾君、商店街の人気者だもんね。今日は何を買うの?」

 あれを人気と言って良いんだろうか?いじられているだけだと思うんだけど。


「イカ、トマト、ジャガイモ、卵、新玉ねぎ、ネギ、ツナ缶……秋吉さんは何か食べたい物ある?」

 六人も集まったんだ。賄い料理以外も何かあった方が良いと思う。


「良いの?でも、メイン料理は駄目だよね……買った食材で作れるもの……オムレツが食べたい」

 ……地味に難しい所を選ぶんですね。

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