必死に考えています

 五月の優しい風が教室を吹き抜けていく。今日も穏やか日が僕を通り過ぎていく。


「暇だな……そして、ここだけ静かだ」

 徹がポツリと呟く。うん、徹の言う通り僕達の周りだけ静かです。

 静かなのは当たり前。今日は僕と徹二人で昼ご飯を食べている。

 秋吉さんは女子陽キャグループとご飯だし、夏空さんは桃瀬さんと一緒らしい。


「竜也も午前来なかったしね。どっか具合でも悪いのかな?」

 担任の先生が“相取君は用事があって、少し遅れます”って言ってから、遅刻やさぼりではないと思う。竜也は、そんな性格じゃないし。

 鞄から弁当を取り出そうとした瞬間、教室のドアがガラリと開いた。入って来たのは竜也だ。


「竜也、何があったの?……ど、どうしたの?」

 竜也は僕と目が遭う、、真顔のまま近づいてきた。


「信吾、お願い!僕に賄い料理を教えて」

 涙目で懇願してくる竜也。一体なにがあったんだろうか?

 あまり人に聞かれたくないとの事で、裏庭に移動。


「僕で良かったら、喜んで教えるけど何があったの?」

 なんで賄い料理なんだろう?範囲が広過ぎだよ。


「うん。今度習い事をしている教室で、先生を料理でもてなす事になったんだ。テーマはイタリア料理店で出される賄い料理。でも、僕の料理を見た先生が怒っちゃって」

 どう見てもお遊びのノリだと思うんだけど、竜也は何を作ったんだろう?


「怒る意味が分からないな。竜也は何を作ったんだ?」

 徹も僕と同じ意見らしい。賄いのルールを外さなきゃ、怒られないと思うんだけど。


「先生はイタリア料理が好きなんだ。だから、前に先生が食べていたオッソブーコっていう肉料理を作ったんだ」

  オッソブーコ……なに、それ?

検索して分かった。これは賄ない料理に不向きだ。


「イタリア料理なんだ。子牛のすね肉を使う煮込み料理なんだね。柔らかくなるまで、時間かかりそうだな」

 すね肉は、美味しいけど硬いのが難点だ。オブなんとかも作るのに、時間が掛かると思う。


「すね肉じゃなくて、骨付きのリブロースを使ったんだけど……これが写メだよ」

 写メを見てみると、凄く美味しいそうに見える。でも、これじゃ駄目だ。


「これは賄いに不向きだよ。確かにリブロースは柔らかくて、美味しいよ。でも、こんな良いお肉は賄いに使えないよ」

良い肉はお客様にだすもの。こんな高いお肉を賄いに使っていたら、赤字になってしまう。使っても切れ端位だ。


「美味いだけじゃ、駄目なのか?」

 イタリア料理を作れ、なら合格だったと思う。でも、今回のテーマはイタリア料理店で出される賄い料理。


「賄い料理の一番の条件は、パッと食べられる事なんだ。店によっては立ちながら食べる所もあるし。だから、骨付き肉を使うオッソ……ブーコは賄い料理に不向きだと思う」

 煮込み時間が掛かるし、骨の後始末が面倒だ。丼物にすれば、いけるかもしれないけど。


「そうなんだ……他に気を付ける事ある?先生、もう一度チャンスをくれたから、次こそ合格したいんだ」

 なんでも、次不合格だと、レッスンが受けられなくるらしい。

竜也、君はなんの習い事をしているの?料理で合格しなきゃレッスン受けられないって。


「仕事をしながら作るから、手間のかからない料理の方が良いんだ。どんなジャンルの店でもカレーは賄いの定番だし」

 うちは洋食屋のカレーと称して、小さな鯵やエビをフライにしてカレーに乗せている。今度、賄いでカレーを出してみよう。


「難しいよ……信吾君、僕でも作れる賄い料理を教えて」

 洋食は自信がないけど、賄い料理ならちょっとだけ自信がある。なにより竜也は大事な友達だ。


「良いよ。でも、どこで教えれば良い?それと、使える調味料に制限とかあるの?」

 うちでもパスタ料理やピザを出すから、イタリア料理の知識はある。でも、あくまで洋食屋のイタリアン、本格的とは言い難い。

イタリア本国の調味料や食材限定とか言われると厳しい。


「東京にあるイタリア料理って設定だから、制限はないと思うよ」

 お祝い企画なのに、設定まであるんだ……その先生、こだわりが強すぎない?


「問題は、どこで作るかだよね」

 調理実習室って、家庭科部っじゃなくても使えるのかな?


「仕方がない。俺がなんとかしてやるよ。その代わり俺にも賄い料理食べさせろよ」

 徹はもう腹案が出来ている様だ。竜也の習い事も謎だけど、徹の計画力と実行力も謎なんだよね。


「水曜日ならアルバイトが休みだけど、二人の都合はどう?」

 ……もし用事があっても大丈夫。次の休みも予定がないから……予定なんて、ずっとないけどね。


「僕は大丈夫だよ」

 スマホを見ながら、予定を確認する竜也。どれだけ習い事しているの?


「俺も大丈夫だ。それじゃ、レンタルキッチンを抑えておくぞ。でも、材料は、どうするんだ?」

 徹もスマホを弄りながら、報告してきた。そんな簡単に予約できる物なの?


「僕が買いに行って来るよ……どうせならご飯も炊こうか?」

 賄いはおかずだけで完成しない。主食と併せて考えないと。


「男三人でレンタルキッチンか……信吾、秋吉さんを誘わなくて良いのか?」

 誘いたいけど、その日は定休日だ。秋吉さん達も用事がある筈……『ごめーん。放課後は正義とデートなんだ』とか言われたら、どうしよう。

 きっと泣くぞ……その前にのメニューを考えないと。


 何を作れば良いか思いつかないまま、あっという間にバイトが終了。


「信吾君、何か悩み事でもあるの」

普段通り話をしていた筈なのに、なぜか秋吉さんにばれました。


「悩みって程の事じゃないんだけど……」

 僕は昼の話を秋吉さんに伝えた。


「私も行きたいー。信吾君の薄情者―。私も誘ってよー」

 秋吉さんがぷっと頬を膨らませながら、すねてみせる。可愛い過ぎるんですが。


「声かけるか迷ったんだけど、まだ何作るか決まってないんだよ」

 今回の条件はイタリア料理で使う食材である事。竜也でも作れる賄い料理。

(オッソブーコは知り合いに手伝ってもらいながら、作ったって言ってたもんな)

 そして当然美味しい事……全てを満たす料理なんてあるのかな?


「信吾君は優しいんだね。友達の為に一生懸命になれるんだもん」

 だって、僕が役立てるの料理位しかないし。友達の為でも、ケンカや恋愛アドバイスは絶対に出来ない。


「竜也は大事な友達だから。困っているなら助けたいんだ」

 竜也や徹がいてくれなかったら、ブロッサムでぼっちになっていたと思う。

 そしてまだ恋路や恵美ちゃんの事を引き摺っていた筈。

 それに竜也にはファッションアドバイスの恩がある。僕はあいつと同じ事をしているだけだ。


「でも、なんか変な話だよね。習い事の試験に落ちたって言うなら、分かるけど」

 それは僕も思った。結局、なんの習い事か聞けなかったし。


「詳しく聞こうとすると、言葉を濁されるんだ。仲良くなれたと言っても、まだ一ヶ月しか経っていないし」

 竜也はあまり詳しく聞かれたくないって感じだった。


「皆と知り合ってもう一ヶ月が経ったんだよね。初めてのアルバイトにお花見、ランチ会。色々あったから、あっという間だったよ」

 まだ一ヶ月、もう一ヶ月……感じ方は、人それぞれだ。


「帰ったら、もう少し考えてみるよ……ブロッサムに入学した時、馴染めるか、凄く不安だったんだ。でも竜也や徹と知り合えたお陰で毎日楽しく過ごせている」

 そのお陰で秋吉さんと仲良くなれたんだし。何より竜也は大事な友達だ。僕に出来る事なら協力したい。


「うん、良い顔しているね。水曜日、私も参加して良いでしょ。祭と陽菜ちゃんには私から言っておくね」

 嬉しい。嬉しいけど……これで作る物決まらなかったら、どうしよう。


「桃瀬さんか。フルーツサラダ喜んでいたから、皆の分も作ろうかな……そうか、料理以外でも応援出来るんだ」

 先生の前で、料理を作るのは竜也なんだ。そしてそこまでこだわる先生なら食いつく筈。

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