僕の精一杯
徹は、どんな手を使ったんだ。朝一で来たライソで呼び出されたのは、第二会議室。職員室が近いから、ここなら取り巻きも来ないと思う。
「午前から昼まで借りておいた。だから、弁当を置いても大丈夫だぞ……しかし、今回も沢山作ったな」
僕が持ってきたのは、いわゆるクーラーボックスと保温機能が付いた水筒。これを教室に置くのは流石に目立つので助かる。
「なにしろ六人分だから。でも、よく会議室を借りれたね」
量が量だけに、かさばるからどうしようかと言ったら、徹が心配するなって言ってくれたのだ。まさか会議室を借りるなんて。
「桃瀬さんは学校の顔になりつつある。その彼女が他の生徒が原因で、食欲不振なんて学校側としては笑えない話なんだよ。理事長先生も快諾してくれたぞ」
理由は分かるけど、良く理事長先生を説得出来たよな。徹は、なにか特殊なコネでも持っているんだろうか?
「僕は、お昼までプレッシャーで笑えない時間を過ごすんだけどね」
理事長先生の名前を聞いた途端、更にプレッシャーが増大。考えれば考える程、胃が痛くなる。自分用にお粥を作っておけば良かった。
「もう少し自信を持てよ……へえー、そう来たか」
クーラーボックスを開けてニヤリと笑う徹。それが僕の精一杯なんだぞ。
◇
とうとうお昼休みが来てしまった。徹から預かっていた鍵で会議室を開ける。
(桃瀬さん、取り巻きを上手くまけたたかな……てか、誰も来なかったら、どうしよう)
完全にネガティブモードに入って、一人でドキドキしている。
「信吾、ご苦労さん。誰にも見られていないよな?」
「信吾君……今日は、クーラーボックスで持って来たんだね」
最初にやって来たのは徹と竜也だった。自転車の荷台に乗せて持ってきたのです。
その時は、目立ちました。
「僕を見ている人なんていないよ」
クーラーボックスを持っていた時は目立っていたけど、教室では注目されていません。
「桃瀬さん、大丈夫かな?」
あの集団から逃げるのは、一苦労だと思う。
「桃瀬さんはスポーツ科、取り巻きの連中は普通科だ。それに昼は顧問に呼ばれているって事にしてもらっている。真っすぐ
なんでも徹が考えたらしいんだけど、ばれたら不味くないか?
「秋吉さんは、夏空さんと一緒に来るみたいだよ。信吾君、待ち遠しいでしょ?」
珍しく竜也が僕をいじってきた。待ち遠しい様な、胃が痛くなる様な不思議な感覚です。
「お待たせっ!信吾君、百均でいっぱい買った使い捨て容器はどう使ったの?」
僕が百均で買ったのは、小さい使い捨て容器。それを大量に買ったのです。
「この子ったら『今日のお弁当何かな?』って、ずっと騒でいるんだよ。クラスの連中にばれないかって冷や冷やしまくりだっての」
楽しみにしてもらえるのは嬉しいけど、今はプレッシャーでしかないです。特別な物は何も作っていないんだし。
「だって、信吾君の作る料理美味しいし……陽菜ちゃんからライソだ。もう少しでつくって」
いつか料理を超えられる日は来るのでしょうか?……まあ、無理だよね。
いつもの五人が集まった所為か、話が盛り上がる。
「あの……今、大丈夫?僕、邪魔じゃない?」
ドアの方から声がしたので見てみると、桃瀬さんが気まずそうに立っていた。うん、これは入り辛い状況だと思う。
「陽菜。ゲストが来ないと、ランチ会が始まらないんだぞ。それじゃ、良里、お願い」
皆の視線が僕に集まる。不味くはないと思うんだけど、期待を裏切ったらどうしよう。
「色々作ったから、好きなのを選んでね。ご飯とおかずは一人三個ずつだから」
クーラーボックスから容器を取り出していく。
ご飯もの
・鮭フーレクと白胡麻乗せ ・海苔おかかご飯 ・梅しらすご飯 ・焼きたらこ
・いわしのかば焼き ・鳥そぼろ ・いり卵 ・じゃこ炒め ・ゆかりご飯
おかず
・卵焼き ・鶏の照り焼き ・ミラノ風カツレツ ・金平牛蒡 ・雷こんにゃく
・ナスの味噌炒め ・牛肉のすき焼き風炒め ・蒸し鳥の梅和え ・ブリの照り焼き
サラダ類
・ポテトサラダ ・タラモサラダ ・水菜とじゃこの和え物 ・トマトとツナのサラダ
・フルーツ盛り合わせ ・マッシュカボチャ
汁物
・中華風かきたま ・ナスの味噌汁
これぞデパ地下の総菜をヒントに考えた『みんなで好きな物を選べば盛り上がるよね』作戦だ。一つ一つはインパクトが弱くても、好きな物を選んでいれば食欲も出てくるはず。
「だから小さい容器にしたんだ……どれにしようかな?」
さっそく吟味し始める秋吉さん。まずは第一関門クリア。小さい容器に入れたから三個食べたら、丁度一膳分位の量になる。
「ちょっと待て。まずは、陽菜からでしょ!」
すかさず突っ込む夏空さん。二人のやり取りを見た桃瀬さんの顔がほころぶ。
「えー、私食べたいのがあるにー……それじゃ、陽菜ちゃんが一つ選んだら、じゃんけんで決めよ」
そこからお弁当争奪戦が開幕。
「よしっ!じゃこ炒めゲット!信吾君の作るじゃこ炒め美味しいんだよね」
お目当ての物を手に入れてご満悦の秋吉さん。じゃんけんの時、目がまじでした。
「ミラノ風カツレツがある。イタリア料理のリクエスト覚えていてくれたんだ」
竜也も喜んでくれている。検索しまくって弁当に合いそうなイタリア料理を探したのです。
「うまく材料を使い回しいているな。これだけ種類があれば、同じ食材の物は選ばない。考えたな」
うん、必死に考えました。でも、問題は桃瀬さんが食べてくれるかどうかだ。
「この炒り卵バターで炒めてある。雷こんにゃくもピリ辛で美味しい……実、ブリの照り焼き、僕にもちょうだい」
良かった。桃瀬さんも、気にいってくれた様だ。味よりも。この雰囲気が食欲を増進させたんだと思う。
「雷こんにゃくとトレードでなら良いよ……信吾君、カボチャのサラダ少しちょうだい。スライスしたアーモンドが入っている!」
僕が返事をする前にカボチャのサラダをつまむ秋吉さん。僕も口を付けているのに、平気なんですか?
「このフルーツサラダ、綺麗にカットしてあるじゃん……こんな風に楽しみながら、ご飯食べたの久し振りな気がするよ」
桃瀬さんがフルーツサラダを見て目を輝かせていた。その笑顔は、とても自然で見ているだけで元気が出てくる感じがする。
「もしかして、あのペティナイフで作ったの?ひーなちゃん、お願いがあるんだけどー」
秋吉さんの言う通り、フルーツサラダはペティナイフを使って飾り切りをしました。
「断る。実は、いつでも作ってもらえるだろ?これは僕のフルーツサラダだもん」
皆、喜んでくれている。大変だったけど、頑張った甲斐があった。
「良里、大変だと思うけど、陽菜もメンバーに入れてもらえるかな?」
夏空さんが遠慮がちに聞いてくる。いや、僕に決定権なんてないんですが。
徹達の顔を見る。二人共、反対じゃない様だ。
「僕達より、桃瀬さんの気持ちが大事だと思うよ」
桃瀬さんはブロッサムのカースト最上位にいる人だ。僕達……僕と絡むメリットは少ない。
「大丈夫と思うぜ。俺からも頼むわ」
徹の指さす先には夢中で弁当を頬張る桃瀬さんがいた……うん、なんとか上手くいった。でもそれは僕の料理が美味しかったからじゃない。皆が桃瀬さんを仲間として迎え入れたからだ。
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