これはデート?

……誰かなにがあったのか、僕に教えて下さい。待ち合わせ場所に着いたら(三十分前)既に秋吉さんがいました。しかも一人で……家が近いから夏空さんと、一緒に来ていると思ったのに……これ、あれだ。時間になれば夏空さんも来るパターンだよね。

(やばい……滅茶苦茶緊張してきた)

 挨拶は、おはようで良いよね?夏空さんが来るまで天気の話題で繋いで……よしっ!

 深呼吸して気合を入れる。


「秋吉さん、おはよう……晴れて天気で良かったね」

 あっ、お天気カード使っちゃった。どうしよう。しかも、晴れて天気ってなんだよ。


「信吾君、おはよう。今日は河童橋に行くんだよね?」

 秋吉さん、今日も可愛い過ぎる。服誉めた方が良いのかな?でも正式なデートじゃないし、僕から可愛いって言われてもキモいだけか。


「うん、爺ちゃんの代からお世話になっている包丁屋さんがあるんだ。秋吉さんって、凄くお洒落だよね」

 これが僕の精一杯だ。可愛いなら人を選ぶけど、センスを誉められて喜ばない人はいない筈。ちなみに僕は前回の着回しです。


「ありがとう。折角、信吾君と二人でお出掛けするんだもん。気合いれちゃった」

 まじで?僕の為にお洒落してくれたんだ。社交辞令でも凄く嬉しい。しかも二人でお出掛けって……二人?


「あの……夏空さんは?」

買い出しの時は心の準備をしていたから、何とか乗り越えられた。でも、不意打ち過ぎて、心の準備が整いません。


「祭ちゃんは、用事があるんだって。さあ、行こう」

待って、待って。買い出しの時はメニューの話題でしのげたけど、二人っきりの時って、何を話せば良いいの?

(天気カードとお洒落カードはもう使っちゃったし……趣味を聞けば良いのかな?)

 でも、プライベートに立ち入るの良くないし。包丁の話題……絶対興味ないよね?

 待てよ、包丁?そうだ!

義斗兄ちゃんが前に言っていた。

『良いか、信吾。女と話す時は聞き役に徹しろ。そして相手が言った事をちゃんと、覚えておくんだぞ』

でも、兄ちゃんは奥さんに頼まれた買い物をたまに忘れるらしい。それでも、凄く助かるアドバイスだ。


「そうなんだ。まあ、折角のお休みだしね。秋吉さんは、休みの日、何をしているの?」

 上手い。これなら、何の問題もない筈。


「中学までは、部活ばっかりだったよ。今はお友達と遊びに行ったりかな」

 確か秋吉さんは、事情があってバドミントン部を辞めているんだった。

僕の馬鹿!思いっきり地雷踏んじゃってるじゃん。だから義斗兄ちゃんは話をちゃんと覚えておけって言っていたのか。

どうする、僕?


「そ、そうなんだ。夏空さんとかクラスの人達とも遊びに行ったりしたの?」

ちなみに僕はアルバイトばかり。休みの日は料理の動画みたり、レシピ本を読んだり……あの花見は奇跡の様なイベントでした。


「クラスの子達とは、一回カラオケに行ったよ」

 陽キャオンリーのカラオケ、絶対に、僕は耐えられない空間だ。その前に誘われないんだけどね。 


「秋吉さんは、カラオケで何歌うの?」

 カラオケか。商店街の集まりで行った事はあるけど、友達と行った事はなかったな。

(ここから好きな歌手の話に持って行けば間が持つ……筈)

 実践して分かった。聞き役って難しい。


「色々だよ。アニメ縛りや、懐メロ縛りで歌うのも楽しいよ」

 そう来たの?どう返したら、盛り上がるんだろう?

 そうして改めて思った。秋吉さんは、完全に陽キャグループに所属している人間だ。

 友達同士でカラオケなんて怖くていけなかったし。縛りまで楽しめるなんて、それなりに行ってなきゃ無理だと思う。


「凄いね。僕は料理ばっかりだもんな……」

 今大事な事に気付いた。最初は一人で出掛けるつもりだったから、河童橋で調理器具を見るつもりだったんだ。流石に秋吉さんを付き合わせる訳にはいかない。

 包丁を、受け取ってさよならじゃ寂しすぎる。

カラオケ?唄える歌がないです。絶対に盛り上がらない。

映画?今何やっているか分かりません。何よりいきなり映画は無理だと思う。


「夢中になれるものがあるって素敵な事だよ。信吾君のお料理美味しいし」

秋吉さんから見たら、夢中に見えるんだろうか?爺ちゃんや父さんについていくのに必死で、無我夢中だったのは確かだけど。


「ありがとう。今まで誉められた事が少なかったから嬉しいよ」

 うちの家族のハードルは、とんでもなく高い。合格ラインは店に出せるか、どうかなんだし。


「友達や幼馴染みのには食べさせなかったの?」

 友達や幼馴染みの娘だと思っていた人には食べてもらった事はあります。


「食べてもらった事はあったけど、感想とかお礼はなかったよ。着いた。このお店だよ」

 今思うと二人に嫌われたくないって思って、何も言わなかった……ううん、言えなかったのが原因だと思う。


 宝長刃物店、ここが義斗兄ちゃんの店。包丁作りや研ぎが主だけど、最近が販売にも力を入れている。


「お邪魔します。洋食屋ヨシザトの信吾です」

 店内飾られている様々な包丁。目移りしてしまうけど、欲しいのは、お値段が高いのです。


「包丁が沢山……信吾君も、こういう包丁持っているの?」

 欲しいけど、持っていません。何より、この手の包丁は使い手を選ぶ。それに、こういう包丁は管理が難しい。


「ここにあるのは、プロ用ばかりなんだ。僕にはまだ早いよ」

 多分、義斗兄ちゃんが売ってくれない。


「お前、信吾だよな……隣にいるのは観光客か?」

 現われたのは角刈りで強面の青年。この人が義斗兄ちゃんだ。


「友達だって!同じクラスで、うちでアルバイトしてくれているんだよ」

 兄ちゃんが茫然としている。そんなに僕が女の子といるのが、おかしいのか?

 確かに僕と秋吉さんじゃ、釣り合っていないけどさ。


「初めまして、秋吉実です。いつも信吾君にはお世話になっています。それと今日は無理を言って付いてきたんです」

 にこやかに返事をする秋吉さん。なぜか目が点になっている義斗兄ちゃん。


「うん、俺は嬉しいぞ。料理にしか興味がないと思っていたら、ちゃんと友達を作っていたんだな」

 兄ちゃんは、満面の笑みで僕の肩を叩いてきた。女の子を連れて来ただけど、そんなに喜ばなくても。

それだけ僕と秋吉さんじゃ、格差があるって事か。友達でも、このハードルだ。やっぱり、恋人になるのは無理って事か。


「ブロッサムに入ってから、友達が増えたんだ。兄ちゃん、ナイフ見せて」

 僕のペティナイフが、やっと戻ってくるんだ。


「へい、へい。ほら、これだよ」

 兄ちゃんが出してくれたナイフを手に取る。やっぱり、手に馴染むんだよな。


「可愛い包丁っ!これが信吾君の言っていたナイフ?」

 秋吉さんがのぞき込んでくる。自分が誉められたみたいで、嬉しい。


「うん、野菜の皮むきとかに使うんだ。小さいから子供でも使えるって、青森のお婆ちゃんが買ってくれたんだよ」

 婆っちゃは僕に料理や家族団らんを教えてくれた。いつか秋吉さんを紹介したい……流石に無理か。

(どうしよ……もうナイフで話を引っ張れないぞ)

 助けをこう目で兄ちゃんを見る。どうか伝わって。


「そうだ、信吾。最近出来た喫茶店なんだけど、パフェが人気らしいぞ。お前の店スイーツも出してるだろ。良い勉強になるんじゃねえか?」

 伝わっていた。兄ちゃんを見ると、こっそり親指を立てている。神様、仏様、義斗様……パフェの話は、せつかさんから聞いたんだと思うけど、感謝します。


「そうなんだ。秋吉さん、付き合ってもらっても良いかな?」

 凄く自然に誘えたと思う。こんなファインプレイは、もう出来ないと思う。


「うん。パフェ好きだから、行ってみたいな」

 なんか、本当にデートみたくなってきました。これはもう友達だと言っても良いんじゃないだろうか?


「今、店の場所を書いてやる……信吾、恋人なる事がゴールじゃないんだぞ。それをきちんと覚えておけ」

 地図を描きながら兄ちゃんが小声で話し掛けてきた。その恋人ゴールが、果てしなく遠いんですけど。


「そ、そ、そ、なんじゃないよ……僕じゃ、釣り合わないし」

 下手に夢を見るから破れて傷つくんだ。だったら、好きって気持ちを抑え込めているうちに諦めた方が良いと思う。


「態度でバレバレだっての……恋愛は付き合ってからの方が大事なんだぞ。自信がないなら、自分を磨いて隣に立てる様に頑張れ。その努力は、無駄にならねから」

 多分、兄ちゃんなりの励ましだと思う。

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