実力の差

 基本、僕は用事がない限り教室から出ない。他のクラスに知り合いがいないし、ブロッサムにまだ慣れていないからだ。

 だって、渋谷や新宿みたいにお洒落な人が多いんだもん。自分でも、浮いているって自覚しています。

 先輩や他のクラスの陽キャに絡まれたくないから、教室に引き篭もり状態。そんな僕でも登下校の時や、移動する時は教室から出る。


「桃瀬さんって、凄い人気なんだね」

 グランドに行こうとしたら、偶然桃瀬さんと会った……正確に言うと桃瀬さんと、その取り巻きだ。男女合わせて十数人の生徒が桃瀬さんを取り囲んでいる。その他ファンらしき人達が遠巻きに見ているし。

(なんか笑顔がぎこちないな。なんか無理している感じがする)

 公園で見た笑顔より、硬い感じがする。


「ネットでも良く特集が組まれているもんな。いつも前向きで元気な美少女アスリートってな。まあ、俺達には縁のない世界だよ」

 徹の言う通り、僕達には縁のないキラキラした世界だ。あんなに大勢の人に注目されていたら、ストレスが凄いと思う。


「信吾君は、人気者やアイドルになりたいと思う?」

 竜也、即断言出来るよ。なりたくないです。その前にどう足掻いても、アイドルにはなれないけどね。


「嫌われるより、好かれる方が良いとは思うけど僕には無理かな。だって、ずっと誰か

の理想で居続けなきゃ駄目なんでしょ?芸能人って、色んな意味で凄いと思うな」

 桃瀬さんだってそうだ。彼女だって一人になりたい時もあるだろうし、だらけたい時もある筈。でも周囲は勝手に元気で前向きなスポーツ少女のレッテルを張ってくる。

 ホールに出ると、厨房の倍疲れてしまう僕からは想像も出来ない世界だ。


「桃瀬さんにはスポンサーも付いているしな。この前に公園での言葉からすると、きちんと意識しているみたいだけど、大変だと思うぜ」

 折角の休みだったんだから、あの日少しでも気分転換出来たら良かったんだけど。


「桃瀬さんにも気が抜ける場所が出来たら良いんだけどね……それと、今日の体育はマラソンみたいだよ」

 竜也の言葉で一気にテンションが下がる。いくら過ごしやすい四月後半とはいえ、マラソンは嫌です。


「マジかよっ!なんでお前は、そんなに余裕があるんだよ……あー、竜也は体力あるもんな。俺達は頑張ろうぜ、信吾」

 徹が溜息を漏らしながら、僕の肩を叩いてくる。竜也は僕等三人の中で、一番運動神経が良い。体育会系の生徒より活躍する時もある位だ。


「まじかー。今日、団体のお客様の予約が入っているんだよな」

店としては嬉しいけど、疲れるのも事実。少しでも体力温存しておきたかったのに。


「商売繫盛で良いじゃねえか。でも、賄いの手を抜いて秋吉さんをがっかりさせるなよ」

 例え賄いであっても料理だけは手を抜けない。僕がこうしていられるのは、料理が出来るからなんだし。


「こうみえて賄ない歴三年になるんだよ。レシピも増えているし」

 皆のお陰で綾里の腕に自信が持てる様になった……ただ肝心の洋食は未だに自信が持てません。


 マラソンで体力を消費しまくったのに加えて、団体客に提供する沢山の料理。賄いの仕込みをする余裕なんてありません。

(ストックにあるのは、ベビーホタテか……よし、決めた)

 鍋に和風出汁を作り、砂糖を少しだけ入れる。続いてベビーホタテとネギを投入。そこに味噌を混ぜ合わせる。飲んで少ししょっぱい位が丁度良い。

 荒く溶いた卵を投入。鍋肌から中央部に向かって、かき混ぜていく。卵が半熟になる位で火を止めて蓋をする。


「団体客のオーダー終わりだ。信吾今のうちの秋吉さん達と休め。それと特別サービスだ。海老フライを持って行け」

 爺ちゃんがフライを揚げながら指示を飛ばしてきた。手元にあるのは揚げたてのエビフライ。食べないでも分かる。絶対に美味しいやつだ。僕の賄いとは、レべルが違い過ぎる。


「お前と一緒なら、あの子達も休みやすいからな。俺からはこれだ」

 父さんはハンバーグをくれた。二人共、嬉しいけど僕の面目が丸つぶれになるんですが。

(爺ちゃん達はまだ休めそうにないな……一休みしたら、戻ろう)

 まだ他のお客さんが残っているけど、僕が休むチャンスは今しかない。うちは色々あって労働時間にはかなり気を使っている。


「お疲れ様。忙しかったでしょ。これ、爺ちゃん達からの差し入れ」

 あの忙しい中、注文にない料理を作るんだから、やっぱり爺ちゃん達は凄い。


「海老フライとハンバーグ!これは卵の料理?」

 夏空さんは爺ちゃん達の料理を見て目を輝かせる。そして僕の賄いを見て明らかにトーンダウン。

 うん、実力の差は自分でも良く分かっています。


「卵味噌って料理。これも青森の婆っちゃから教えてもらったんだ。ご飯に掛けて食べてね……出来たら海老フライやハンバーグより先に食べて」

 先に食べられたら、僕のだけ残される可能性がある。


「でも揚げたての海老フライじゃん……なに、これ?サクサクのプリプリッ。海老フライって、こんなに美味しいの?ハンバーグもジュ―シで肉の味が凄い」

 夏空さん、テンション爆上がり。だって、どっちもうちの名物ですもん。雑誌とかにも載ってますから。


「この卵味噌って美味しい。初めて食べたけど、なんかほっとする味だね」

 秋吉さんありがとう。君は空気を読める優しい人ですね。


「本当だ。トロトロの卵と味噌が合う。これご飯何杯でもたべられるやつだ」

 夏空さんも喜んでくれた。でも。爺ちゃん達の料理には勝てず。実際爺ちゃんの海老フライは何回食べても美味しいし。


「そう言えば信吾君はゴールデンウイークどうするの?」

 ゴールデンウイークか。もう、そんな時期なんだ。長期の休みに父さん達とどこかへ出掛けた思い出はない。

 覚えているのは忙しそうに働く家族の後ろ姿だけ。


「バイトだよ。料理屋にとって、祭日は稼ぎ時だし。でも、二人は無理しないでね」

 僕は朝から晩まで厨房に篭っていると思う……休んでもする事ないし。

徹も竜也も用事があるって言ってたし……まじで休みの日どうやって暇を潰そう。


「店長が心配する訳だ。なにか楽しみないの?」

 夏空さんが溜息漏らしながら、ジト目で僕を見てくる。爺ちゃん、僕を心配していたんだ。

確かに青春とは程遠い生活をしていたけど……だからブロッサムに入れたんだろうか?


「楽しみ……研ぎにだしておいた愛用のペティナイフが戻ってくるんだ!普段は自分で研いでいるんだけど、ずっと使っていたからプロにメンテナスを頼んであるんだよ。やっと戻ってくるんだ」

昨日、義斗兄ちゃんから、研ぎが終わったって電話があったのだ。

預けていたのは小三の時から愛用しているペティナイだ。ブランド物じゃない安物のナイフだけど、僕にとってはかけがえのない相棒である。


「良里らしいというか、何と言うか……おーい、実。なにボーッとしているんだ。早く、戻ってこーい」

どうやら秋吉さんは、退屈過ぎて呆けていたらしい。まあ、ナイフの話なんて興味ないよね。


「ま、祭……でも信吾君、嬉しそうだね。ナイフ取りに行く時、私達も付いて行って良い?」

 奇跡が起きました。ゴールデンウイークに女子とお出掛けです。しかも、相手は秋吉さん。僕が二つ返事で了承したのは、言うまでもない。


 信吾は賄いを食べ終えると、直ぐに席を立った。


「僕は厨房に戻るけど、二人は時間まで休んでいて」

 ウキウキで去って行く信吾を確認すると祭がぽつりと呟く。


「私達か……あたいは行かないからね」

 確かに付いて行くと言だしたのは実で、祭は参加の意思を示していない。


「えっ……なんで?私一人じゃ恥ずかしいよ。それじゃまるでデート……」

 何かを想像したのか、実は顔を真っ赤にして押し黙る。


「だって、あんたナイフの事を話す秋吉の事を、乙女モード全開で見ていたじゃん。あたいはお邪魔虫になりたくないっての」

 ペティナイフの事を話している最中、実は信吾の顔に釘付けなっていた。そんな友人についていっても、虚しいだけ。

 何よりゴールデンウイークもアルバイトをする祭にとっては、貴重な休日なのである。


「だって、信吾君、子供みたいに目をキラキラさせて可愛かったから……」

 信吾は今まで実の側にいた男子とは違っていた。気遣いが出来て優しい。何より料理ゆめに一生懸命。


「恋愛補正って凄いね。あんた、そのノリで良里の幼馴染みをコテンパンにしたんでしょ」

 中学時代、実はバドミントンの試合で恵美と対戦していたのだ。実力的に実の方が圧倒的に格上であった。しかし嫉妬や信吾への態度で腹が立ていた実は、恵美に大差をつけて勝っていたのだ。


「そ、そういう事もあったね……ハ、ハハ。祭は良いなって思う人いないの?」

 無理矢理作り笑いで誤魔化そうとする実。


「あたいは恋愛とか良いよ。面倒臭くなるのが、目に見えているし。でも、あんたも気を付けなよ」

 祭はある事情から男子と一定の距離を置いている。実達と出掛けないのは、巻き込んで迷惑を掛けたくない言うのもあった。

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