テンションの乱高下?

僕は、こんなに幸せで良いんでしょうか?秋吉さんと夏空さんは無事にバイトに合格。今日から一緒に働く事になったのだ。


「秋吉実です。今日からよろしくお願いします」

 そして秋吉さん、ウエイトレスの制服も似合う。うちの制服は黒のベストに黒のロングスカート。そして白いシャツといたってシンプルな物。

 でも着るあきよしさんが着たら、別物に見えてくる。

 これだけで僕はアルバイトを頑張れると思う。


「夏空祭です。不慣れな点も多いと思うので、ご指導お願いします」

 夏空さんも制衣服を着こなしている。何年着ても違和感満載の僕の調理服とは偉い違いだ。


秋吉さんと夏空さんは無事にバイトに合格した……したけど。


「信吾、皿が溜まっているぞ。早く、洗え」

 爺ちゃんの怒声が飛ぶ。普段は優しく穏やかな爺ちゃんだけど、厨房に入ると人が変わる。それだけ真剣なんだろうけど。


「信吾、鯵を捌いてくれ。それに芋の皮剥きも頼む……ったく、言われる前に動けよな」

 続いて、父さんからも怒声が飛ぶ。後継ぎだから特別扱いなんてされない。スパルタって意味では特別扱いなんだけど。

 秋吉さんと話すどころかホールの様子を伺う暇すらない。ひたすら洗って、下拵えをする追い回し君なのです。

(今日の賄いに使えそうな物は豚と大根か)

 時間を見つけて賄いストックをのぞき込む。余った食材や賄い様に買った物は、ここに入れてある。

 午前中に和風サラダが多く出たらしく、ストックには大根が多めに残っていた。和風サラダに使うのは主に大根の上部。根本は定食につけるピクルスに使っている。

 真ん中もサラダに使うけど、今残っているのは時間が経ってサラダには不向きな部分。

 問題は人数だ。これを読み間違えると、痛い目に遭う。多く作れば叱られるし、少なくつくれば僕が食べる分がなくなるのだ。

 うちの賄いはメニューからも選べる。三割引き位で食べられるので、殆んどのバイトさんはそっちを選ぶ。事前に食べたいメニューをメモに書いてもらうシステムだ。

 賄いを食べるのはうちの家族と、全メニューに飽きたベテランさんのパートさん位。

 僕の予想だと、六人と見た。


「母さん、今日の賄い希望は何人?」

 ホール担当の母さんに聞きながら、大根を細切りにしていく。


「八人だよ。信吾、今日は気合を入れなさい」

 部取りで余った豚肉を薄切りにしていたら、母さんが発破を掛けてきた……どういう事?


 賄いを食べるグループは調理場に集まる。基本はうちの家族ベテランのパートさん。

(女の子が二人もいると、こんなにも華やぐものなんだ)

 秋吉さんと夏空さんも賄いを選んでくれたのだ。少しは、話が出来るかな。


「今日の賄いは豚丼と大根の味噌汁。それとピクルスです」

洋食屋なのに、ピクルス以外は思いっ切り和食なメニューである……賄いを選ぶ人は、洋食に飽きている人が多い。なにより洋食だと逆立ちしても、爺ちゃんや父さんに勝てないんです。


「凄く美味しそう。本当にただで良いんですか?」

 夏空さんが大袈裟に驚いて見せる。実家がお店をしているだけあり、夏空さんは接客が上手かった。

(きちんと言葉キャラを使い分けられるんだ。僕も見習わなきゃ)

 接客でキャラを変えるのは、当たり前の事。ましてや、ここには雇用主じいちゃんがいるんだ。いつもの夏空じぶんさんを出されても困る。


「ああ、賄いは余り食材を使っているからな。それに信吾の練習にもなる。でも今日が初日だろ?メニューの料理じゃなくても良いのかい?」

 爺ちゃんも夏空さんを気にいったらしく、ご機嫌だ。


「はい。うちは肉屋をやっているんですけど、売り上げが芳しくなくて……少しでも協力したくて、アルバイトを始めたんです。だから、ただでご飯が食べらるのは、ありがたいんですよ」

 夏空さんは、成績が優秀で特待生としてブロッサムに入ったらしい。天は二物どころか何物も与えるんですね。


「偉いわねー。でも、お店を手伝わなくても良いの?」

 母さんも夏空さんを気に入ったらしく、終始笑顔だ。


「店は兄が手伝っていますので。それにちょっと事情がありまして……」

 なぜか言いよどむ夏空さん。これは触れちゃいけないやつだ。


「あ、秋吉さんは、どうしてうちでバイトをしようとしたの?」

 気まずくなったらしく、母さんはターゲットを秋吉さんに変更。お母様、ありがとうございます。


「私バドミントンをしていたんですけど、事情があって出来なくなったんです。なので、社会勉強を兼ねてアルバイトしようと思いまして……」

 二人共、偉いな。幼馴染みに嫌われたから、進路を変えた僕とは大違いだ……ふと見ると夏空さんが肩を震わせていた。感極まったんだろうか?


「さ、冷める前に食べましょう」

 僕も料理人の端くれだ。折角作ったんだから、冷める前に食べて欲しい。なにより、この空気に耐えられません。


「いただきまーす。甘辛のタレが美味しい―。味噌汁の味付けも最高っ」

 秋吉はは満面の笑みで豚丼を頬ぼっている。料理なら織田君に勝てるかもしれない……料理以外は惨敗だけど。


「このピクルスうまっ……美味しいです。他の料理も美味しいけど、別格っていうか」

 夏空さん、ピクルスは爺ちゃんが漬けているんです。ピクルスちゃんの壁はまだまだ厚いのです。


「どれも美味しいよ。うーん、幸せー。ヨシザトで働けて良かったです」

 秋吉さんが満足そうに微笑む。明日も、賄い作り頑張ろう。


 真面目に生きていれば、良い事がある。爺ちゃんから秋吉さん達を送って行けと厳命が下ったのだ。何しろ秋吉さん達は常連さん兼爺ちゃんの友人である理事長の紹介。万が一の事があってはいけない。


「良里君も疲れているのに、ごめんね」

 秋吉さんが謝ってきた。むしろ、僕にとっては夢の様な時間です。


「僕は慣れているから、平気ですよ。二人共初日だから疲れたでしょ?」

 体力的には平気でも気疲れをしていると思う。


「慣れたって、良里はいつから店の手伝いをしているの?」

 普段の言葉遣いに戻った夏空さんが尋ねてきた。秋吉さんも夏空さんも、超が付くほどの美少女だ。二人と歩いていたら、僕もリア充に見えるんだろうか?


「店の手伝いを始めたのは小五からで、厨房に入る様になったのは中学生になってからです。小学生の時は芋の皮むきや皿洗いでしたけど」

 学生生活の大半を料理に費やしている事になる。でも、これもっちゃんのお陰だ。


「そんな小さい頃から……だから料理が上手だったんだね」

 自分では料理が上手いとは思わない。目指すは爺ちゃんや父さんのレベルなのだ。


「僕の居場所は厨房にしかないですので」

 人に自慢出来る様な特技はないし、胸を張って好きだと言える趣味もない。


「暗いなー。とりあえず、その敬語禁止。折角同じクラスになったんだから、仲良くしよ」

 リア充に言われると罠ではと警戒してしまうけど、夏空さんが言うと不思議な心地よさがある。


「分かった。でも、周りの空気を見て敬語にする事もあるぞ」

 仕事している時とか、リア充グループが周りにいる時とか。


「オッケー、オッケー。うちここだから……実の事、よろしくね。あたいより、実の方が良里と仲良くなりたいって思っているんだよ」

 夏空さんはクスリと笑うと、家に入っていった……冗談だよね?


「ま、祭ちゃんのばかー!」

 顔を真っ赤にして怒る秋吉さん。つまり僕と仲良くなりたいって事?

(か、勘違いしちゃ駄目だ。秋吉さんには、織田君がいるんだぞ)

 イケメンの幼馴染みに勝てない事は、僕が一番分かっているじゃないか。そっと鼻で深呼吸をする。まだ冷たい春の夜風が浮かれていた頭を冷やしてくれた。


「今日はお疲れ様。これからよろしくね」

 ため口にするけど、ある程度の距離を保っておく。勘違いしたら、また傷つくだけだ。


「うん、よろしくね……信吾君って呼んで良いかな?」

 信吾君?……勘違いしちゃ駄目だ。勘違いしちゃ駄目だ勘違いしちゃ駄目だ。勘違いしちゃ駄目だ。


「う、うん。良いよ。秋吉さん、賄いやお弁当で食べたい物ある?」

 僕には実ちゃんなんて呼ぶ度胸はありません。


「良いの?だったら、サンドイッチが良いな」

 よし、明日は気合を入れてサンドイッチを作ろう。


 世の中、理不尽だ。帰り道、織田君が二年の女子と歩いているのを見た。

 綺麗な人で、あの先輩を好きな人は沢山いると思う。

(僕がもっと恰好良かったら……ないものねだりだよね)

 行きのウキウキと打って変わって、帰りのテンションはだだ下がりだった。

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