まさかの

ライソってどんな内容を送れば良いんでしょうか?徹や竜也とは良くライソしているけど、秋吉さんになんてライソすれば良いか分かりません。

(交換が社交辞令だった可能性もあるよね。調子に乗って送ったら、ひかれる?)

 織田君と電話している可能性もある。そうしたら、佐藤君や田中君の二の舞だ……あんな、いきったライソしなきゃ良かった。


「信吾、ちょっと良いか?」

 今日はありがとうって送ろうとしたら、父さんが声を掛けてきた。仕込み失敗していたのかな?


「なに?」

 よし、父さんは怒っていない……それなら、何の用だろう?


「明日お前の学校の生徒がバイトの面接に来るんだ。もし、声を掛けられたら、案内してもらえるか?」

 うちは学生のアルバイトを結構雇っている。主に雇っているのは、ホール担当……厨房に篭りっ切りな僕は話す機会が殆んどない。


「分かった。ブロッサムの人がアルバイトに来るのは初めてじゃない?」

 高校生が面接に来る事自体が珍しいのだ。多いのは近くにある短大や町内の主婦の人達。


「親父が校長先生から頼まれたんだよ。うちなら問題もないし、学校側も安心らしい」

 なにしろ経営者同士が知り合いなんだもんね。労働条件も問題なし……未婚の男性スタッフは僕だけだけど、家族や従業員の目がある。特に奥様方は僕をからかって楽しんでいます。


 ……父さんの嘘つき。誰も話し掛けてこないじゃないか。放課後、僕は一人で帰り支度をしていた。

 クラスメイトは話に花を咲かせているけど、僕にはそんな余裕がない。急がないとアルバイトに遅れてしまう。

 アルバイトとはいえ、僕は経営者じいちゃんの孫。従業員の手前遅刻する訳にいかないのだ。


「良里、ちょっと良い?」

 声を掛けてきたのは夏空さんと秋吉さん。なんで、こんなタイミングで……やっぱり僕は運も間も悪い。


「良いけど、そんなに時間ないよ。今日もアルバイトなんだ」

 僕の安面は定休日の水曜とアルバイトさんのシフトで決まる……お婆ちゃんは“デートや友達と遊びに行く用事が出来たら、休みをつけてあげるよ”って言うけど、肝心の予定がないんです。竜也も徹も、予定が一杯みたいだし。


「それなら丁度良かった。あたいと実、ヨシザトの店でバイトの面接を受けるんだ」

 今、何て言った?秋吉さんがうちの店で働くだと!お願い、爺ちゃん合格させて。


「面接の希望者って、秋吉さんと夏空さんだったんですね。でも、僕自転車通学なんですよ。ライソでうちのホームページのリンクを送っておきますね」

 ブロッサムは元お嬢様高校だけあり、お金持ちの子供が多い。だから親御さんに、車で送ってもらっている人も少なくない。うちはそれなりに流行っているけど、時間的に厳しいのだ。


「それなら大丈夫。あたい等も自転車で来ているから」

 等?ってことは秋吉さんも自転車通学なんだろうか?場合によっては、一緒に下校出来るのでは?……神様、ありがとうございます。


「分かりました。それじゃ、駐輪場で待っていますね」

 秋吉さんも夏空さんも超がつく美少女だ。当然、クラス内の注目度が高い。そんな二人と僕みたいのが話している所為なのか、男子の視線が痛いです。

 特に陽キャグループが不機嫌そうな顔で睨んできている……君達いつも、女の子とお話しているじゃん。


「それなら一緒に行こうよ。お仕事の話も聞きたいし」

 秋吉さん、凄く嬉しいけど織田君が見ているんですけど……でも秋吉さんは織田君に無関心。付き合っていると思っていたのは、僕の勘違いなんだろうか?

(織田君と付き合っていないからって、僕が仲良くれる訳じゃないんだよな)

 なによりこれから雇用関係になる。秋吉さんや夏空さんは当然、僕に気を使ってくれる……それを勘違いしたら、とんでもない目に遭う。

 ネットの評判は店に大打撃を与える事がある。『ヨシザトの孫がバイトの子にしつこく迫った』なんて噂が流れたら、とんでもない事になるのだ。


「具体的な事は祖父から話があると思います。ホールは母が担当していますし、しばらくは教育係が付きますので安心して下さい」

 素早くお店モードに切り替える。話が出来る様になっただけでもラッキーだと思う。

 でも、落ち着け僕。

また一人で浮かれないに様に、二人とは一定の距離を保つんだ。


 距離を保つと誓った筈なのに……二人が話し掛けてくれるから、ウキウキで下校しました。絶対顔がにやけていたと思う。


「ここが洋食屋ヨシザトです。自転車は裏に停めて下さいね」

 窓からホールの様子を見る。客足は、それなり……これから学校や会社を終えたお客さんが増えてくるので、早めに厨房に入りたい。


「噂には聞いていたけど、立派な店だね」

 夏空さんは驚いている様だ。

 商店街にあるレトロな洋食屋。それが洋食屋ヨシザトだ。

 明治に建てられた店だけど、未だに健在。それなりにリフォームもしているから、お客様からの評判も良い。


「ありがとうございます。祖父を呼んでくるので、お茶を飲んで待っていて下さい」

 二人を事務所に通して、爺ちゃんを呼びに行く。


「……あの良里君は、この後どうするの?」

 秋吉さんが意を決した様な大声で確認してきた。僕の予定を聞いてどうするんだろ?……帰り送られるのを警戒しているとか?

(秋吉さんは、そんな人じゃない……シフトが気になるんだろうな)

 恋路と恵美ちゃんの一件以来、ネガティブな考えが浮かんでしまう。


「シャワーを浴びた後、厨房に入りますよ」

 汗はそれ程かいていないけど、厨房に入る時は清潔にしておきたい。


「きちんとシャワー浴びるんだ。そう言えば、良里って身だしなみちゃんとしてるもんね」

 着崩した服が似合うのは、イケメンだけなんです。


「鼻毛や無精ひげが伸びた人の料理って食べたくないですよね?イケメンなら魅力になるかも知れませんけど、僕みたいなフツメンは気を使わないと……それじゃ、一緒に働ける事を楽しみにしています」

 まあ、一番の理由は家族チェックが厳しくて身に付いたんですけどね。


 信吾が出て行った事務室では、実が顔を真っ赤に染めていた。


「それで良里が思い出の彼だって、確証は持てたの?実、耳まで真っ赤じゃん」

 祭がからかう様な口調で実に話し掛ける。

 実には思い出に残っている少年がいた。出会った時間は本のわずかであったが、実にとっては大切な思い出なのだ。


「多分そうだと思う。隣町の洋食屋ヨシザトって言ってたし。良里君、面影があるし」

 実はその少年の名前を知らなかった。分かっているのは、少年の顔と洋食屋ヨシザトという店名。そして少年からもらったサンドイッチの味。


「しっかし、一途だよね。わざわざバイトまでするなんてさ。まあ、お陰であたいは時給の良いバイトが出来そうで、感謝しているけど」

 祭もある事情があり、地元以外でのアルバイトを探していた。時給も良く安全な洋食屋ヨシザトは、願ってもないバイト先なのだ。


「そんなのじゃないよ。まだ会って一週間しか経ってないんだし……話せたのも昨日が初めてなんだよ」

二人は小学校からの同級生で、仲も良い。実にとって祭は、信頼出来る唯一の幼馴染みでもある。


「でも本当にバドミントンやめちゃうの?あんなに頑張ってきたのにもったいないじゃん。あの馬鹿、本当に迷惑だよね」

 祭が深い溜息をもらした瞬間、ドアがノックされ面接が始まった。

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