奇跡が起きました
僕は朝五時に起きて仕込みを始める。仕込みと言っても、野菜や肉を切って魚を捌くだけなんだけど。
(昨日ライソグループ変な空気にしちゃったんだよな。陽キ連中に、からまれたりしないかな)
竜也のお陰で、話題が変わったけど
「信吾、海老の下処理を頼む……でかい溜息を漏らしてどうしたんだ?」
仕入れから帰ってきた父さんが調理台に海老を置く。エビフライはうちの人気商品で、結構な数が出るのだ。
「昨日学校でちょっとね……そうだ!友達の分も弁当作って良い?」
昨日のお礼を含めて竜也に弁当を作っていこう……僕の弁当は商品にならならい食材で作っている。でも、出所は店のお金だ。勝手には作れない。
「経費はバイト代から引いて置く。後、きちんと感想を聞くんだぞ」
責任のない料理は手抜きになる。それが父さんの持論だ。それにバイトしているんだから、自分の金でお礼がしたい。
……遊びに行く相手がいないから、バイト代を使う予定もないし。
弁当のメニューはオムライス・エビのピリ辛炒め・特製サラダに決定……男の作ってきた弁当ってひかれないよね。
◇
僕は間が悪いだけじゃなく、詰めも甘い。肝心の竜也が休みでした……先にライソで聞いておくべきだった。
「昨日のスリーハーツのラジオ聞いた。今度新ドラマを撮るんだってね」
「ユウが主演のやつでしょ?絶対に見に行く」
そして絡まれるかと思いきや、教室はスリーハーツの話題で持ち切りに。昼休みになっても話題は途切れず。
絡まれるどころか、僕は声もかけられません……完全な独り相撲でした。
「スリーハーツのドラマが始まるんだ。絶対に人気出るよね」
スリーハーツは、ある意味僕にとって救世主だ。今度ラジオを聞いてみよう。
ちなみに竜也がいないから、徹と二人で話をしている。会話量だけで言うと男子校レベルだと思う。
「イタリアンレストランを舞台にしたやつだろ?見習いコックが恋と料理に大活躍って感じになるらしいぞ」
それで見習い料理人ブーム来ないか……来ても無理だよね。僕、活躍していないし。
「良里、昨日はごめんね。巻き込む感じになって」
ご飯を食べようとしたら、夏空さんが話し掛けてきた。出来れば蒸し返さないで欲しかったな。
「結局、僕が空気を悪くしただけですし……謝らなくても良いですよ」
同い年だけど、敬語で話す。僕には親しくない女子とため口で話せる度胸なんてありません。ましてや夏空さんはカースト最上位にいる人だ。適度な距離を保とうと思います。
「硬いなー。同じクラスになったんだから、もっとフランクに話そうよ。ねえ、ジュースおごるから外でご飯食べない?」
ジュースか。あのさらし者扱いのお詫びがジュース……でも、夏空さんはクラスの女子全員と仲が良い。ジュースで手を打った方が良いかも知れない。
(徹は……物凄く嬉しそうな顔している。友達の為だ。ジュースで手を打つか)
「徹も一緒で良いなら……それで、どこで食べるんですか?」
まだ入学して日が浅いから、昼ご飯は教室でしか食べていない。陽キャの人達は、部室や中庭で食べているみたいだけど。
ちなみに夏空さんも、昼休みは教室にいない。
「オッケー、オッケー。あたいも、その方が良いな。裏庭にベンチがあるから、そこに集合。人が少ないからゆっくり食べられるよ」
少ないか……僕達と一緒にいる所を見られたくないんだと思う。
「分かりました。先に行ってて下さい」
可能性が限りなく低い秋吉さんを想っていても、時間の無駄だと思う。僕が秋吉さんと付き合える可能性なんて草野球の選手がメジャーのピッチャーからホームランを打つより低い。
でも夏空さんと仲良くばれれば、誰か紹介してもらえるかも知れないんだ……あくまで仲良くなれればだけど。
「信吾、裏庭に行こう。今すぐ行くぞ……お前と友達になれて良かったよ」
徹のテンションはかなり高い。
オーバーなと思ったけど、織田君がクラスの女子全員を独占しているから、女子とご飯を食べられるチャンスはかなり貴重なのだ。
◇
奇跡が起きた。夢かと思って頬をつねったらやっぱり痛い。
「良里君、昨日はごめんね」
なんと夏空さんと一緒に秋吉さんがやって来たのだ。僕にとっては、高級レストラン並みの価値があるサプライズである。夏空さん、ジュースがどうとか文句を言ってすいませんでした。
てか秋吉さん僕の名前覚えていてくれたんだ。かなり嬉しいんですけど。
「竜也のお陰で何もありませんでしたら、気にしなくて良いですよ。秋吉さんが一番の被害者なんですし」
でも佐藤君や田中君を責める気にはなれない。僕だって秋吉さんとライソしたら、テンションが上がると思う。
「良里って女子に対して、独特の壁があるよね。オタクグループみたいに露骨に距離をとってくる訳じゃないけど、一定の距離を感じる」
夏空さん、正解。わざと、一定の距離を取っているんだもん。これはやたらモテる幼馴染みを持った僕なりの処世術だ。
恋路や恵美ちゃんの前では親しげに話してくれても、二人きりなると態度が変わる人が沢山いたのです。
「あの……前から気になっていたんだけど、そのお弁当って良里君が作っているって本当なの?」
秋吉さんの視線は僕の弁当に釘付け。これは仲良くなるチャンスなのでは?
「そうですよ。僕の家ヨシザトって洋食屋なんです。弁当作りも修行の一環なんですよ……良かったら食べますか?」
秋吉さん、僕の話でなく弁当に夢中。だよね。僕が他の男子より勝っているのは、料理の腕位だもん。
その料理の腕も爺ちゃんや父さんに遠く及ばないし。
「名前聞いてまさかと思ったら、まじだったんだ。洋食屋ヨシザトって言えば超有名店じゃん」
確かにうちは名店と呼ばれている。店を開いたのは曾爺ちゃんで、僕で四代目だ。
雑誌にも何回も乗っているし、テレビが来た事もある。
それ分、凄く忙しくて家族旅行に行った事がないし、クリスマスや誕生日にパーティをした事がない。
「知っているんですね。嬉しいです。どうぞ、食べて下さい。竜也に作ったんですけど、あいつ休んだんで」
有名と言っても知る人ぞ知るレベルで、夏空さんみたいな若い子が知っているのは珍しい。
「だってうち肉屋だもん。実、先に食べて良いよ。この子見た目と違って、食べる事が大好きなんだ」
なんでも秋吉さんと夏空さんは同じ中学出身だそうだ。でも、夏空さんが織田君と話している所を見た事がない。
「祭ちゃん、良いの?いたっだきまーす……やっぱり、凄くおいひいよ。この海老ピリ辛でうまっ。オムライスの卵もなめらかで最高っ」
秋吉さんは口にオムライスを詰め込みながら、満面の笑みを浮かべる。好きな子に喜んでもらえるのって、こんなに嬉しいんだ。
恵美ちゃんは感想どころかお礼も言ってくれなかったもんな。お弁当作ったのに、まかれた事もあったし……気づけよ、僕。
「あたいも貰うね……これ、まじで店のレベルじゃね?良里って店の料理も作っているの?」
うん、料理頑張って来た甲斐がある。
「僕が任せてもらえているのは、仕込みと賄い位ですよ。お客様が食べに来てくれているのは、プロの料理人が作った洋食です。味が変わらないからって資格もない高校生が作ったら、信用を無くしていまいますので」
全部、爺ちゃんの受け売りだけど僕もそう思う。
お客さんは店にプロの料理を食べに来ているんだ。僕みたいな素人料理を出したら、店の評判が落ちる。そんなに味は変わらなくても、お客様の信用を裏切ることになる。
「商売にとって、一番大事なのは信用だからな。味が変わらないからって、ブロイラーを有名地鶏として売ったらアウトですよね」
徹、普段はおちゃらけているけど、しっかりした考えを持っているんだな。
「だから感想を聞ける機会は滅多にないんですよ。少し自信がつきました。良かったらまた食べて下さい」
しかも好きな子に褒められたんだ。やる気がもりもり湧いてくる。
「良いの!?……あの信吾君、ライソ登録しても良いかな?」
まじで?僕、今日で一生分の運を使ったかも知れない。
「こちらこそ、お願いします。食べたい物があったら遠慮しないでリクエストして下さい」
いきなりリクエストして来ないと思うから、いつでも分けられる様に弁当のおかず増やさなきゃ。秋吉さんのアイコンは、ペットの猫でした。
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