第9話 それぞれのその後

「あ……あ?」

 シュヴァルが目を開けた時、最初に目に入ったのは見た事のある白い天井だった。

 「たす……かったのか?」

 独り言を呟くと

 「あぁ。全く。お前らは悪運が強いな」

 近くから返事が返ってくる。

 体を起こさずにゆっくりと声がした方を向くと、火の付いていない煙草を咥えた白衣を着ている女が居た。何かを紙に書いているようで、恐らくは自分の容態とかだろうとシュヴァルは思った。

 「やっぱり、姉御が助けてくれたのか」

 「クソボケが。何度お前らを助ければ良いんだ?若い奴が一々死に急ぐんじゃねぇよ」

 「この街に住んでる以上はしょうがねぇだろ」

 「ったく。こんなんじゃ、医者がいくらいても足りねぇ」

 「それでも、助けてくれるのが姉御だろ?」

 「けっ。そんだけ元気なら、追い出しても問題なさそうだな」

 走っていたペンが止まる。どうやら何かを書き終えたようだ。そのまま部屋から出て行こうとする姉御と呼ばれた女は、何かを思い出したように立ち止まってシュヴァルに向かって言葉を発した。

 「そういや、あの白い嬢ちゃんと、どこで引っ掛けたのか知らない女達に感謝しとけよ。お前らをここまで運んできて私を叩き起こして緊急手術をやらせたんだからな」

 「ははは……怖いもの知らずな奴らだ……」

 すっかり不機嫌になり、悪態をつきながら姉御が部屋から出て行った。

 「はぁ……」

 緊張感のある会話から解放され安堵する。するとそこに

 「俺達は、あの世にいる訳じゃねぇですよね?」

 隣のベットから声がした。見ると、ハウンドがそこに寝ており、天井を見つめている。

 「あぁ。幸いなことにな。まぁ、俺達はまだあの世にはくんなってことだろ」

 「確かに。お嬢がいやすからね。助かって良かったでさ」

 二人が顔を見合わせてうっすらと笑い合っていると、ドアが勢いよく開き、メルとパンプキンの姉妹が入ってきた。メルの表情から感情を読むのは難しいのだが、とても嬉しそうな様子が今だけは分かった。

 「シュヴァル……ハウンド……」

 「よう。メル。久しぶりな気がするな」

 「シュヴァル、そんなに経っていないぞ」

 「そうか」

 「お嬢はお変わりないようで」

 「ハウンドはいつも通りだな」

 「死にかけた程度で、そうそう変わりやしやせんよ」

 「そうなのか」

 「生還しての一発目の会話がそれでいいの?」

 肩を竦めて会話に入ってきたのはサリアだ。

 「あんた等、ほんとにあの時死にかけてた奴ら?しぶとすぎでしょ」

 「まぁ、それを一番思ってるのは俺達だけどな」

 「俺達の生命力もですけど、ここの医者も優秀ですからねー。姉御だったら死人も生き返らせれるんじゃねぇですかい?」

 「ちげぇねぇな」

 「あやつにはそんな力があるのか……!?」

 「ちょっと!メルちゃんに変な事教えんじゃないわよ!この子はとっても純粋なのよ!」

 呆れて溜息をつき首を左右に振る。

 「と言うか、まず私達に最初に言わなきゃいけない言葉を聞けてない気がするんだけど?」

 「あぁ。ここまで運んでくれてありがとな。助かった」

 「なっ……や、やけに素直じゃない……気持ち悪いわね」

 「何だその言い草。言葉を求めたのはお前だろうが」

 妹のマリアの後ろに隠れて気味悪がるサリア。

 「で、ここまで運んできてくれた経緯は聞かせてくれるんですかい?」

 ハウンドが寝ながら訪ねた。

 「あー。大変だったわよ。メルちゃんが今にも泣きそうな顔で戻って来たと思ったら、二人を助けてくれって言ってきて。何が何やら分からないまま案内されたとこにはあんた達が倒れてるし。急いで皆でが・ん・ば・って!ヘリに運んで、病院に直行よ。あの先生にめっちゃくちゃ嫌そうな顔をされたわ。殺されるんじゃないかとも思ったくらい」

 サリアが一部の言葉を強調して語る。

 「そうか……」

 「全く。メルちゃんを不安がらせるんじゃないわよ。あんた達がいなくなったら、私達でメルちゃんを引き取る気ではあったけど、一度心に空いた穴は、絶対に埋められないんだからね」

 「なんだ、心配してくれてんのかよ」

 「メルちゃんを!ね!」

 シュヴァルの調子にうんざりする。

 「あーそれと。あんた達には伝えといた方がいいでしょうから言っておくわね」

 「なんだ?」

 今度は真剣な顔になり、不穏な空気が流れる。

 「あの後、一度研究所に行ってみたのよ。まだ仲間とか生き残りだとか、何かあるかもしれないと思って。でも、無くなってたわ。研究所」

 「……は?」

 「無くなってたのよ。綺麗さっぱり。跡形も無く。まぁ、クレーターは出来てたけど」

 「どういう事だ?」

 「知らないわよ。ただ、考えられるのは、証拠隠滅かなんかじゃないの?かなりやばいとこだったんでしょ?あそこ」

 「……」

 シュヴァルは考え込むように黙ってしまう。代わりに、ハウンドが口を開いた。

 「誰か見なかったんですかい?怪しい奴とか」

 「そんな奴、見てたら言ってるわよ」

 「ですよねー」

 寝ながら頭の上で手を組んだ。

 「ところで、見た所無傷そうに見えるんですけど、南瓜姉妹の方は被害出なかったんで?」

 「誰が南瓜姉妹よ!訳すんじゃないわよ!」

 ハウンドの言葉に瞬時に反応してつっこむ。しかし、すぐに暗い顔になって俯き加減で言う。

 「私達の代わりに、あんた達が置いてったロボットの子達がね……壊されたわ。今うちの従者が必死になって直してくれてるけど」

 「まだ良かったじゃねぇですかい。ロボは直せやすから」

 「直せるからって、壊されていい訳無いでしょ!」

 突然声を荒げて怒鳴りハウンドの近くに歩み寄ってくる。

 「いきなり何ですかい」

 「人間だったら、殺されてたのよ。三人。ロボットだからって、気持ちが割り切れる訳無いじゃない」

 「……そうですかい。それは、悪い事を言いやした。すいやせん」

 「良いわよ。別に」

 病室に重い空気が流れる。

 「あー。伝えたいことも伝えたし。マリア!帰りましょ」

 それに耐えかねたサリアは、ばつが悪そうに言った。

 「はい。お姉様。それでは、これで私達は失礼しますね」

 マリアは礼儀正しくお辞儀をする。

 「それじゃあね。メルちゃん」

 「うむ。じゃーなー」

 「あんた達も、さっさと治してメルちゃんを安心させなさいよね」

 「余計なお世話だよ。さっさと帰れ」

 「言われなくても!」

 サリアが力強く扉を開けて部屋からさっさと出て行った。それにマリアも続き、丁寧に扉を閉めていった。

 「はー。騒がしい奴らだったな」

 「まぁ。情報はありがたかったですけどね」

 二人は一息つく。

 「シュヴァル……ハウンド……」

 メルが二人に近付く。無表情だが、心配そうにしているのが分かる。

 「すまねぇな。メル。みっともない姿を晒してよ」

 「そんな事無いぞ。かっこよくて、立派だったぞ」

 「どこがだよ……子供に人殺しをさせちまった大人に、立派なとこなんか、ある訳ねぇだろ」

 「何を言う。この街に来る前から、私は人殺しだ」

 「メル……」

 「あそこで、研究所で、沢山の人だった者らを見殺しにしてきた。この街でもだ。隣にあるいつでも見れるもう一つの顔を、ずっと見ようとしてこなかった」

 「……」

 メルの言葉を聞いて、シュヴァルは気付きたくないことに気付いてしまう。

 (あぁ。この子供はもう、こっち側に来ちまってるんだな)

 まだ、助けられると思っていた。

 まだ、間に合うと思っていた。

 まだ、遠ざけられると思っていた。

 こんな、腐った世界に染められる前に、救えると思っていたのに、出会った時から既に手遅れだった。

 (くそ……)

 心の中で舌打ちをしつつメルを見る。

 「はっ。たかだか数か月の住民歴で生意気言うなよ。少なくても五年は住んでからこの街の事を語るんだな」

 虚勢を張りつつも思った事を口にした。

 「おー。そうか。まだまだなのだな」

 「お嬢、頑張ってくだせぇ。俺も微力ながら、お嬢がこの街に慣れるようにお手伝いしやすぜ」

 「うむ。頼むな」

 「おい。お前だけは案内すんな。街の変なとこばっか見せる気だろ」

 「そんな事ありやせんよ。一割は真面目なとこを入れやすって」

 「殆ど変なとこじゃねぇか!メルにいらない知識を植え付けんなよ!」

 「しかし、ハウンドが教えてくれる事はどれも面白いぞ」

 「メル……人は選んだ方がいいぞ」

 「それは一体どういう意味ですかい」

 こんな、何でもない会話をしていると、自分達の日常が戻ってきたような感じがする、シュヴァルだった。



 シュヴァル達の様子を見終わり、自宅へと帰宅したサリアとマリアは、以前、エミリーがロボット達を直していた地下へと来ていた。

 「アメー。今帰ったわよー」

 「お嬢様。お帰りなさいませ。申し訳ございません。お傍にいられなくて」

 トレーに食事を置いて今まさに扉を開けようとしていたアメリアが振り返って軽く会釈をする。

 「良いわよ、そんな事。それより、エミーは平気?」

 「はい。前回と違って、食事も睡眠もちゃんと取らせていますので」

 「任せちゃって悪いわね」

 「それが私の今の使命ですので」

 そう言って扉を開け、三人は中へと入って行く。部屋の片隅で、ぶつぶつと独り言を言いながら、ロボット達を直しているエミリーが居るので近付いて心配そうに声を掛けた。

 「エミー。調子はどんな感じ?」

 「あっ。サリアお嬢様にマリアお嬢様にアメリアちゃん。なんとか、直しつつありますよー。これを見て下さい。お手伝いが欲しかったので、ロアちゃんは集中的に直して手伝ってもらってますよ」

 名前を呼ばれたロアが頭を下げた。

 「そう……直って良かったわ。ごめんなさいね。守ってあげれなくて」

 「いいえお嬢様。私達は機械です。いくらでも直せますからいくらでもお使いください」

 「……っ!」

 ロアのその言葉に反射的に殴り掛かろうとしたが、ぐっとこらえて、諭すように言う。

 「ロア。妹達にも言っときなさい。その機械だから後で簡単に直してもらえるとか言って危ない事しても大丈夫って考え方を改める様にって」

 「何故ですか?」

 「何故って……」

 純粋目を向けながら言うロアに嘆息をもらし続ける。

 「直すエミーだって大変だし、それに、私達は家族なの。家族が、そういう、怪我とか病気とかすると心配するの。だからーえっとー……とにかく!家族が悲しむから!以上!」

 強引に締めたサリアに、何を言っているのか分からないと言わんばかりな顔をしてロアは詰め寄る。

 「よく分からないのですが、それは具体的にどうすれば宜しいのでしょうか?」

 「あああもう!それがどういう事か考えなさい!これは私からの宿題です!」

 「宿題ですか」

 「そうよ!」

 (逃げた)

 (逃げましたね)

 (逃げられたー)

 サリアがぷいっと顔を横に向けた姿を見て、マリアとアメリアとエミリーは同時に同じことを思った。

 「そう言えば、あの場にもう一グループ居たのですが、お気づきになられましたか?」

 ロアが突然そんな事を言い始めた。

 「何よそれ?全然気づかなかったわよね」

 「そうですね」

 サリアの問いに、マリアは同意してアメリアは首を縦に振って賛同する。

 「どんな奴らだったか分かる?」

 「女性が二人、大男が一人でした」

 「ふーん。誰かしら」

 「私達を見ていたというよりも、あの研究所の関係者とかで、事の成り行きを観察していたのでは?」

 「それだわ!さっすが私の妹!」

 「あはは……」

 マリアの考えに何故かサリアがふんぞり返り、その姿をマリアは苦笑いをして見つめる。

 「それでサリアお嬢様、どうしますか?その三人を探しだして正体を暴きますか?」

 アメリアが口を挟む。

 「んー。そうねー」

 腕を組んで少し考えた後

 「あのタイミングで手を出してこなかったって事は、別の勢力か、仲が悪いのか。まぁ、メルちゃん関係はひと段落したんでしょうし、ほっといていいでしょ。どうせ、何でも屋の連中の関係者でしょ」

 「あのお姉様。メルちゃんも一応、何でも屋のメンバーだと思うんですけど」

 「……それはそれ、これはこれよ」

 「そうですか」

 姉のこういう感じには慣れているマリアは、深く追及せずに、この会話は終わりを告げる。

 「それじゃ、私達はそろそろ行きましょうか。エミ―。前みたいに、張り切り過ぎるんじゃないわよ」

 「はーい」

 「アメ、ロア、ちゃんと見張っといてね」

 「お任せください」

 「了解しました」

 エミリーの事を二人に頼み、姉妹は部屋を後にする。



 「お姉様」

 自室に向かっている途中で、マリアは疑問に思っていたことをぶつけてみた。

 「ロアさんが見たという三人、ほんとに調べなくて宜しいんですか?」

 「んー?んー……」

 歯切れの悪い姉に、心配になってくる。

 「まー。気にならない訳じゃ無いけど、気にした所でしょうがないしね。それに、どうやってその素性を知るかってとこも難しいでしょう?」

 「まぁ……それは……」

 「だから、気にしない。マリアも、そんな事一々気にしてちゃ駄目よ。そんな顔するくらいならね」

 「え……?」

 自分がどんな顔をしているか、姉は振り向かずに言う。心配で不安な顔をしているのを当てられてしまう。

 「もー、マリアは真面目なんだからー。もう少し、不真面目を取り入れても罰は当たらないわよ」

 「……はい。もう少し、お姉様を見習ってみますね」

 「ちょっと。それはどういう意味よ」

 姉の声は少し弾んでいるように聞こえ、微笑みながら振り向いたので、妹も微笑んで返した。

 「はーあっ。マリア―。小腹が空いたわー。なんかお菓子とかないかしら」

 「はい。すぐにご用意します」

 姉妹は楽しそうに、自室から食堂へと目的地を変えて、歩き始めた。

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