第8話 メルの決着 何でも屋の結末

出した剣を強く握りしめ、今度は先程よりも早い速度で近付きティレックに攻撃を加えようとする。しかし、それを見抜いていたかのように接近に合わせて突き上げるように拳が迫ってくる。

 「っ!?」

 攻撃を諦め、咄嗟に左手の甲に盾を出して防ぎは出来たものの、後ろに大きく殴り飛ばされた。

 「むー!?」

 翼を羽ばたかせて勢いを弱めて空中で止まる。

 「何をそんなに怒っているのですか?あなたと違って、人間は簡単に死んでしまうのです。それが今日だっただけの事じゃないですか」

 「お前っ!」

 メルの周りに無数の光球が現れ、その姿を見たティレックも同じように周りにどす黒い球をメルと同等の数、浮かび上がらせる。そして、お互い動く事無く球を飛ばし合い始める。衝突し弾けるのを十秒ほど続けると、メルが翼を動かして距離を詰める為に動き出した。弾幕の間を縫い近付いて行く間に、光球をティレックの顔目掛けて発射する。

 「ふっ。そんなもの」

 手を伸ばして防ごうとすると、それは目前で弾けた。

 「おっ!?」

 ティレックが怯んだその隙に、詰めていたメルの一振りが下ろされる。

 ニヤリと笑ったティレックは、翼を交差させて受け止める。

 すかさず左手に剣を出して斬りつけようとするが、それよりも早く、肥大化した手に掴まれてしまう。そして

 「がら空きですよ!メルちゃん!」

 拳を握ったもう一本の腕が勢いよく振り上げられて、メルに一撃が入り大きく吹っ飛ばされた。

 「おやおや。メルちゃん。こんなに弱かったでしたっけ?簡単に攻撃が入ってしまいましたよ?」

 「ううぅぅ」

 「まぁ、入ったとはいえ、貴女にはこの程度の攻撃、傷一つ付かないんでしょうけどねー」

 ティレックの言う通り、メルは無傷だった。

 「ですが、これはどうですか!」

 起き上がろうとしているメルの頭上にどす黒い球が数個出現し、針のように鋭く形を変え襲い掛かる。

 「むぅ!」

 翼を動かし素早くその場から離れて難を逃れる。

 「あははは!純粋な天使といえど、同じ力ならばその無敵の装甲も抜けますからねぇ!」

 同じような形の物を飛ばしてきたので、今度は飛び上がって回避をした。

 「ふふっ……」

 「んっ?」

 不敵な笑みを浮かべたティレックを不審に思ったその時、針のようだったそれは、針山に似た形になり無数の先端がメルに襲い掛かる。

 「ぐっ!?」

 上半身は盾で防ぐことが出来たが、足にはいくつかの傷が付く。

 更に高く飛んだあと距離を離す。

 「あはははは!やっぱり!やっぱりだ!この力でも攻撃が通りますねぇ!」

 手を叩いて子供の様に喜ぶその姿は、メルの怒りを爆発させるのには十分過ぎる程だった。

 「こいつ!」

 剣を構えて再び突進する。

 「突っ込んでくるだけでは勝てませんよ。メルちゃん」

 メルの周りにどす黒い球が出現し、また針になって突き刺そうとしてくる。

 しかし、針はメルに刺さる事は無かった。

 ショコラとの戦いの中で出した自分を包むシールドを、なんの動作も無く出してみせた。

 「おやおや。それは」

 「これで終わりだ!」

 驚いているティレックを射程圏内に捕らえ剣を振り下ろした。だが

 「甘いんですよねぇ」

 「なっ!?」

 横を向くと、巨大などす黒い手が現れておりメルはそれに掴まってしまう。

 「ぐっ!?この!」

 「メルちゃんが成長しているのと同じくらい、私だって成長しているんですよ!」

 巨大な手は大きく振りかぶると、メルを勢いよく投げて壁に叩きつけた。

 「ぐあっ!?」

 そして、そのまま力無く地面へと落ちていく。

 「あれあれ?流石に力が強かったですか?ダメージありですか?」

 意地悪な笑みを浮かべけたけたと笑うティレック。ことごとく攻撃を躱されながらも、なおも立ち向かうべく立ち上がろうとしているメル。

 そんな光景をずっと見ていた二人が居た。

 「だんなぁ。起きてやすかい」

 「あぁ?まだ寝ててぇんだがなぁ」

 シュヴァルとハウンドだった。

 「寝ててぇって、うちの新入りが頑張ってるんですぜ。俺達が何もしないのは、おかしいんじゃねぇで すかい?」

 「お前がそんなに働き者だとは知らなかったな。だからって、動けんのかよ」

 「いやぁ、結構厳しいですねぇ。体中いってぇんですよ」

 「俺もだ。色んなとこの骨も折れてるかもしれん」

 「こっちは確実にやっちまってやすよ。これ、労災とかおりるんですかい?」

 「さぁな。おりるかもしれんし、おりないかもしれないな」

 「マジですかい。とんだブラック企業にいついちやしたね」

 「今更かよ」

 こんな会話をしている最中にも、メルは果敢にティレックに攻撃を仕掛けているが、全てを躱され反撃を受けてしまっている。

 「あーあー。ありゃあ、頭に血が上ってやすね。冷静なお嬢だったら、あんな奴楽勝でしょうに」

 「あーくっそ。時間外労働に労災、誰に請求すればいいのやら」

 「全くでさ」

 二人は、近くにあった各々の武器を手に、よろよろと立ち上がり始める。

 「はぁ……はぁ……」

 躱しきれなかった攻撃が蓄積されてぼろぼろになったメルは、この勝負を諦めかけていた。その様子を察したのか無意識なのか、ティレックも終わらせたがっているようだ。

 「メールちゃーん。そろそろ終わりにしましょう。メルちゃんが死んでも、あの方なら新しい天使のあ てがありそうですし」

 「何を言っている……?」

 「おっと。これは関係ない話でしたね」

 右手を掲げ、一際大きな針を出す。

 「それでは、さようなら。メルちゃん。良い研究が出来て楽しかったですよ」

 「……」

 抵抗しようにも、気力が湧いてこない。

 右手が振りかざされて針が射出される。

 (もう……いいか……)

 針が刺さろうとしたその時

 「勝手に人の人生に、他人が終止符を打ってんじゃねぇよ」

 甲高い音が鳴り、針はあらぬ方向へと飛んでいった。

 「おや。貴方は」

 「……シュヴァル!」

 刀を構えているシュヴァルがメルの前に立ち塞がっていた。

 「ったくよ。メル。何でも屋の一員なら、こんな奴、軽くのせるようにならないと駄目だぞ」

 メルの方を向かずに、ティレックを睨みつけながら言う。

 「ははは。それは、死にかけている貴方が言える言葉ですか」

 「全くですぜ」

 「んっ」

 どこからともなく苦無が飛んでくる。それは、うねって動く翼によって叩き落とされる。

 「貴方も、生きていたんですね」

 「ハウンド!」

 ティレックがゆっくりとにやけながら睨みつける先には、ハウンドが苦無を投げ終えた姿で立っていた。

 「勝手に殺さねぇでくれやすかい」

 「申し訳ありませんねぇ。ですが、これで、まだまだ力を試せるんですね」

 「んなもん、試せると思ってんじゃねぇよ」

 言い終えると、シュヴァルはティレックに向かって走り出す。

 「普通の人間では、もう私にはとどかないんですよ!」

 上に飛び、シュヴァルから距離を離す。

 「普通の人間ならな!メル!いつまでもへたり込んでる場合じゃねぇぞ!」

 言われてメルはすぐに立ち上がり、ティレックに向かって一直線に進む。

 「メルちゃん頼みですか」

 手の形をしたものや球体のものや針の形をしたものをいくつも出して、それを同時に発射する。

 弾幕の合間を綺麗に縫うように動いたり、剣で斬り払いながら接近していく。

 「ですが、これで!」

 さっきと同じように、今度は両方から大きな手の形をした球が現れる。

 「その技は、もう効かん!」

 言い終わった途端、対抗するように白く輝く大きな手の形をした球が出現し、それを食い止めた。

 「ちっ」

 「うらぁ!」

 メルが剣を振り下ろす。それを両手をクロスしてその上に盾の様な物を出して防ごうとする。

 「うぐぅ!?重い……っ!?」

 思っていた以上の力の前に、防ぎきれずに地面へと叩きつけられた。

 「くそぉ……」

 「よぉ。早速だが、消えてくれ!」

 すぐさま、近付いていたシュヴァルが斬りつけようとする。

 それは掌に出した盾で防がれた。

 「まぁ、簡単には殺らせてくれないか」

 「当たり前ですよ」

 シュヴァルは何かを察知し、後ろに飛ぶ。すると、先程まで居た場所から針が飛び出てきた。

 「あぶねぇあぶねぇ」

 距離を取った隙に、ティレックは再び空に飛び立とうとする。

 「一対多数はうぜぇでしょ」

 どこからともなく苦無が飛んでくる。飛ぼうとした先に投げられたので、咄嗟に地に付いた。

 「次から次へと!」

 苦無が飛んできた方向とは別のとこから、ハウンドが小刀を構えて突っ込んでいく。

 上の翼をドリルのように回転させながらハウンドへと襲い掛かる。

 それを綺麗に躱していき距離を詰め、小刀を横に振る。

 それは簡単に躱されてしまうが、蹴りや殴りを入れつつ連続で攻撃を加えた。

 「ちょろちょろと……しつこいですよ!」

 右下の翼を槍のように尖らせて、下から突き上げる形で攻めてきた。

 「あらよっと」

 軽やかに横に回避するが、今度は左下の翼が横薙ぎで迫ってくる。

 「あーっと」

 バク転をするみたいに、後ろへ大きく飛び跳ねて後退しその場を切り抜けた。

 「ええい!鬱陶しい!」

 ハウンドに追撃の手が伸びるが、メルが勢いよく突っ込んできて、それを斬って防ぎつつ、ティレックに一撃加えようと剣を横に振った。

 「ちぃ!」

 ティレックは一度メルの攻撃を受け止めた後、その場から飛びのいた。

 「逃がさん!」

 無数の光球を出して追いかけさせる。

 対抗するようにどす黒い球を出して衝突させた。

 メルが対峙している間に、シュヴァルとハウンドは合流して、作戦会議をしていた。

 「くっそ。あいつ、最初にあの力出した時より強くなってきてないか?」

 「力の使い方に慣れてきたんじゃねぇですかい」

 「勝てんのかこれ」

 「まぁ、なんとかするっきゃねぇでしょ」

 「はぁ……ほんと割に合わねぇな。これは」

 「それとだんな」

 「なんだ?何か弱点とか見付けたのか?」

 「いやね、さっきので苦無使い切っちまいやして、投擲武器がありやせん。どうしやしょう」

 「知らねぇよ。拾ってこいや」

 「いやー、どこにどうやって投げたかなんて覚えてねぇですよ。なんか貸してくだせぇ」

 「ったく……武器の管理くらいしっかりしろよな」

 一丁の拳銃と残り少ない弾薬を手渡しながら言う。

 「あの状況じゃ無理ですぜ」

 手渡された拳銃と弾薬を受け取り、肩をすくめて見せる。

 「あっ、それから」

 「なんだ?」

 「俺ぁ拳銃を扱い慣れてないんで、流れ弾に気を付けてくだせぇ」

 「危険を事前に排除するためにぶち殺されてぇか?」

 「何をごちゃごちゃと、やっているんです!?」

 ティレックが一部の翼を刃物のようなものに変形させて攻めてきた。

 「シュヴァル!ハウンド!」

 メルの心配をよそに、二人は、迫ってきている攻撃を見ることなく、タイミングよく別々の方向へ綺麗に躱す。

 「全くよー。作戦会議ぐらい、ゆっくりさせろってんだよな」

 「いくらやっても、作戦らしい作戦なんざ出てきやしやせんけどね」

 「まっ、俺達じゃそうなるか」

 逃げ回る二人に追い打ちを仕掛けるも、ことごとく回避をしている姿を見て、ティレックはだんだんと苛立ちを隠せなくなってきており、シュヴァルとハウンドも、それに気付いていた。その証拠に、攻撃が大雑把になっており、怪我を負っている二人でもなんとか躱し続けることが出来ている状況なのだった。

 「本当に……死にかけのくせに、よくもちますねぇ」

 「はっ。死にかけだと思ってんのはてめぇだけだろ」

 「逆に、あんたの方が追い詰められてるんじゃねぇですかい?三人相手にこれだけやって、そろそろきついんじゃねぇですかねぇ?」

 「ははは!誰が!」

 数えきれないほどのどす黒い球や今まで変形させてきた色々な物が一瞬のうちに現して、何でも屋の三人に向かって放った。

 「おー」

 「あーりゃりゃ」

 「おい!無駄に挑発してんじゃねぇよ!」

 「さーせんさーせーん」

 軽口を叩きながら攻撃を掻い潜っていく。しかし、シュヴァルとハウンドは傷が痛むのか、動きが徐々に固くなってきており、何とかやり過ごしている状態なのは変わらない。

 そして、メルもまた、二人の事を気にかけているからか、疲労が蓄積してきているのか、どうも身動きにぎこちなさが出ている。

 「はっはっはっ!?なんだかんだ言って、皆さんの方が限界のようですねぇ!」

 「けっ!それを言うんだったら、限界なのはお互い様だってこったろ!」

 「減らず口を!」

 ティレックが両手を掲げ、振り下ろす。すると、全ての弾幕が一斉にシュヴァルに向かっていく。

 「シュヴァル!」

 メルがとっさに大量の弾幕をはりティレックの攻撃を撃ち落としていく。それでも、落としきれない球が襲う。

 シュヴァルとメルがティレックの攻めを凌いでいる間に、ハウンドは静かにティレックに忍び寄っていた。シュヴァルから借りた拳銃を構えて、引き金を引くのだが、銃弾は虚しく空中に出現した盾によって防がれてしまう。

 「貴方の相手は後でいくらでもしてあげますよ」

 「俺はさみしがり屋なんで、今相手してもらってもいいですかい?」

 「まだ、そんなくだらない冗談を言える体力があるのですね」

 翼の一部がハウンドに向かって伸びていく。それを、ぎこちない動きで避ける。その時、傷の痛みが響き、足をもつれさせて転びそうになってしまう。

 「やべっ!?」

 その隙を見逃すはずも無く、鞭のようにしなり襲い掛かる翼に殴られるように攻撃され勢いよく吹っ飛ばされて壊れた機械の一つに背中から打ち付けられた。

 「がはっ!?」

 地面に倒れこみ、ピクリとも動かなくなってしまう。

 「ハウンド!?」

 「くっそおおぉぉ!」

 左手の刀を仕舞い拳銃を取り出しティレックに銃口を向けて引き金を引いた。

 「大佐も、そろそろ逝きましょうか!」

 全ての銃弾を簡単に弾き、ハウンドにした事と同じように、翼が変形してシュヴァルに向かって行く。

 「シュヴァル!」

 援護をしようとメルが進もうとするが、片翼に行く手を遮るように間に入られて邪魔されてしまう。その間に、もう片方の翼がシュヴァルへと迫る。

 「くぅ!?」

 刀で迫りくる翼を一つ二つ斬り払い凌ぐが、最後の三つ目を凌ぎきれずにハウンドと同じような状況にされてしまう。そこに、追い打ちをするように大きな剣状に姿を変えた翼の先をシュヴァルへと振り下ろした。

 「これでお終いです!」

 シュヴァルに刃が届きそうになったその瞬間

 「させぬ!」

 間に入り、攻撃を受け止めたのはメルだった。剣を水平に構えて苦悶の表情を浮かべている。

 「メルちゃ~ん。貴女も頑張りますね~!」

 一度剣状の翼を振り上げて、再び振り下ろす。その行動を何度も行い、メルを追い詰めようとしている姿は、どこか遊んでいるようである。

 「メル……お前だけでも……逃げろ……」

 瀕死状態でなんとか口を開いたシュヴァルが言う。

 「嫌だ!」

 首を横に強く振りながら言った。

 「ほ~ら。こっちに攻撃したらどうなりますか!」

 片翼を剣状に変形させて、今度は倒れているハウンドに向けて勢いよく下ろした。

 「やらせぬ!」

 ハウンドを守るように大きな盾を遠隔から出現させて攻撃を防ぐ。

 「そんな事も出来るようになったんですね。まぁそれも、いつまで持ちこたえられるか」

 二人に同時に攻撃が加えられ、それをメルが何度も受ける。

 「メル……!俺達の事は構うな……!お前までやられちまうだろ……!」

 「嫌だと言っただろ!二人共、ちゃんと助ける!」

 「折角自由になれたんだろ……!こんなとこで、一緒に死ぬ必要はねぇ……!体制を立て直して、あのお嬢様達と協力して、あいつを倒せ……」

 「もう……嫌なのだ……」

 「あぁ……?」

 シュヴァルの言葉を無視して、消え入りそうな声で、メルは続ける。

 「もう……目の前で、好きな人がいなくなるのは……嫌なのだ……」

 「……」

 「あんなの……一回で……」

 「……」

 『俺が手伝ってやろうか?』

 シュヴァルの心の中に、声が響く。その主は、シュヴァルと瓜二つだった。

 (うるせぇ……黙ってろ)

 『もう限界なんだろ?俺だって死にたくないからな。だから、俺がやってやるよ』

 (黙ってろって言ってんだろ)

 『かはは!ここから勝てる見込みなんかあんのかよ?あの戦いも、生き延びられたのは俺が変わりにやってやったからだろうが』

 (るせぇ……黙って見てろ)

 『きはは。本気でやばかったら、問答無用で変わるからな』

 声が消えたと同時に、シュヴァルは力を振り絞り、ゆっくり立ち上がりながら叫んだ。

 「ハウンドおおぉぉ!まだ寝るのははえぇぞぉ!仕事はまだ、終わっちゃいねぇだろうがあぁ!」

 今度はメルを睨みつけるように見て言う。

 「メル!もう一度、あいつを地上に落とせ!必ず、次で終わらせてやる!」

 「……分かった!」

 ティレックの攻撃を受け止めたと思ったら、力一杯にそれを弾き返す。

 「おっと」

 一撃を押し返されて、ティレックはよろめく。その間に、メルは羽を動かし間合いを一気に詰めて右手の剣を振り上げるようにして斬りつける。しかし、手の形の球がそれを掴み、メルの勢いを止める。

 「往生際が悪いですね~」

 「うるさい!私達は諦めぬよ!絶対にな!」

 いつの間にか構えていた左手の剣を勢いよく下ろす。それは、虚しくも空を斬った。距離を離すティレックを急いで追いかける。

 シュヴァルは、そんな二人の姿を見ながら、ちらりとハウンドの方へと目をやる。そこには、既にハウンドの姿は無かった。その光景に不敵な笑みを見せつつ、自分を奮い立たせて歩き始める。

 メルはと言うと、ティレックと空に上がって互角にやり合いつつも、攻め手にかけていた。するとそこに、ハウンドが駆け寄ってきて、敵を睨みつけながら怒鳴った。

 「お嬢!俺にそいつを叩き落させてくだせぇ!」

 いきなりの提案に戸惑いながらも答える。

 「むっ。それは、どうすればいいのだ?」

 「さっきの遠隔の盾みたいに、足場を作れたりしやせんかい?」

 「むー。やってみる」

 斬り払いティレックとの距離を取り意識を集中させて、イメージを頭の中に作り上げて、それを具現化した。無数の四角い足場が至る所に出現する。

 「さっすがお嬢。注文通りでさぁ」

 ハウンドは、すぐさまそれを軽快に渡っていき、ティレックがいる高さまで跳んでいく。

 「ふん。それがどうかしたのですか!」

 正面にある足場に来たところに攻撃を加えようとするが、それは素早く躱され、ついでと言わんばかりに一発の弾丸が顔の横を掠めていった。

 「くぅ!?」

 「ありゃ。外しちゃいやした。やっぱ扱いなれてねぇ武器は駄目ですね」

 そう言いつつも、足場から足場へ高速で移動しつつ一発二発と弾丸を撃ち込んでいく。

 「ええい!鬱陶しい!」

 翼を元に戻し、どす黒い球をナイフや針といった様々な鋭利な物に変形させて、やたらめったらに飛ばし始める。それでも、ハウンドの動きは止まる事も無く、自分に当たりそうな物は小刀で弾きながら、当たる気配が全く感じられない弾丸を絶え間なく撃ちこみ続ける。

 「ど下手糞!こうやんだよ!」

 近付いて来ていたシュヴァルは銃を構え引き金を引いた。

 ティレックは翼で自分を覆いシュヴァルの弾丸を防ぐ。だが、その行動はハウンドを一瞬にして近づけることになり、翼の影から周囲を窺う頃には、ハウンドのナイフが迫っていた。その一振りはなんとか躱す事が出来たが、振り抜いた体勢で今度は拳銃を構えて弾丸を撃ち込む。慌てた様子で目の前に盾を出現させて間一髪で弾いた。

 「ちっ。やっぱ銃は使えねぇや」

 そう言うと、持っていた銃を乱暴に投げ捨てた。

 「おい!借りといてその扱いかよ!」

 飛んできた拳銃をキャッチして、二丁の拳銃を仕舞う。

 シュヴァルの怒号を後ろに聞きながら、返す刀でナイフを刺すように突き出した。

 (距離を離そう。そして、離したところで遠距離から攻撃すれば……!)

 ティレックは強く羽ばたき後ろに飛びナイフを空振りさせる。小さくなっていくハウンドを見てにやついた顔は、すぐに崩れることになる。ティレックが飛んでいく軌跡に足場がいくつも出現し、それを渡って同じ速さでハウンドは追いかけて行った。

 「ぐっ!?だけど、その速度では!」

 逃げながら、どす黒い球を出してハウンドへと射出する。それは、ぎりぎりで躱されたり、ナイフで斬り落とされたり弾き飛ばされたり、当たる気がしないくらい、勢いが凄かった。

 「何故だ!?何故そこまで動ける!?もう限界のはずですよ!?」

 焦りを感じる声でティレックは言った。

 ハウンドは追いかけながら答える。

 「さぁね。体のあちこちはいてぇですし、自分でも、なんでこんなに動けてるか分かりやせん。けどね――」

 弾幕を潜り抜け、ティレックの近くまで追いつき、台詞を続けた。

 「てめぇだけはぶちのめさないといけねぇって思うと、体が動くんですよ!」

 腕を伸ばして胸倉を掴み自分の方へと引き寄せる。そして、持ち上げるようにして、ティレックの体を浮かし、地面へとぶん投げた。

 「ははは!その程度で!」

 翼を羽ばたかせ、地面へと向かう力を殺す。そこに

 「さっさと落ちろよ!サイコパス野郎!」

 足場を蹴り、上から激しくハウンドがぶつかっていく。

 二人は勢いよく地面へと落ちていった。

 「がはっ!?」

 ティレックは背中から落ち、ハウンドは投げ出される形で地面を転がっていく。

 「だんなああぁぁ!やってやりやしたよ!後は、だんなの仕事ですぜええぇぇ!」

 倒れたまま叫ぶハウンドの言葉に呼応するように、シュヴァルが二刀流で駆け付けて来た。

 「ご苦労!後は、任せろ」

 シュヴァルのその言葉を聞いて、ハウンドは、笑いながら目をつぶった。

 「ええい!また、空に上がれば!」

 翼を展開させて再び上がろうとするティレックに、シュヴァルは、左手の刀を振り下ろし、右手の刀を振り上げて、両翼を斬り裂いた。

 「上がろうとすんなよ。せっかく地べたに来たんだ、一緒に仲良く、地べたを這いつくばりながら、泥臭く戦おうぜ」

 言い終わるや否や、右足でティレックの腹を思いっきり蹴り飛ばした。

 「ぐふぅ!?」

 ティレックは背中を打ち一回転をして転がりしばらく地面を滑ってから止まる。その姿をみて、追撃を仕掛けようと走り出す。

 「おのれぇ……!」

 わなわなと震えながら体を起こしつつ、向かって来るシュヴァルにどす黒い球を数発飛ばす。それは、刀で斬り払うと簡単に消える。歩みを止めずに進んでいると、嫌な感じがしたのでジャンプをした。すると、地面から黒い針がシュヴァルの足元から飛び出してきた。ふと、ティレックの顔を見ると、不気味な笑みを浮かべていた。その男は右手を前に出すと、シュヴァルの周りにどす黒い球が四つ出現し放たれようとしていた。

 (まずは一人!)

 ティレックが勝ち誇ったその時、片方の二つの球に向かって光球が、もう片方には苦無とナイフが一本ずつ飛んできて、シュヴァルの周りの球を消し飛ばした。

 「っ!?」

 「やらせはしない!」

 「はは。一本だけ拾っといて良かったぜぇ」

 シュヴァルの後ろからメルとハウンドの声が聞こえた気がした。

 「ぐうぅ!?」

 「はっ!思うようにいかなくて残念だったな!」

 着地をしてからすぐに左手の刀をティレックに向けて右に振りかぶってから斬りかかるが、左手に出した盾で防御される。そこに、すぐに右手の刀も加えて防御の上から吹っ飛ばした。盾が破壊され、ティレックの掌に傷が付いた。

 「所詮、まがい物の力。ここにきて、ガタが来たってとこか」

 ぼそりとシュヴァルが呟く。刀を構え直して、追い打ちをかけに走り出す。

 「私には、まだまだやらなければいけないことが山ほどあるのです!それを、こんな所で!あなた達に邪魔されてたまりますか!」

 右手をかざし球を出し始めてその場溜める。そして、それを激しく下ろして一斉に球をシュヴァルに向けて放った。

 「そろそろ……覚悟を決めろよ」

 向かって来る攻撃をひらりひらりと躱したり刀で斬って球を消したりしながら近付いていく。

 近寄ってくるシュヴァルに焦るティレックは、右掌に力を集中させて、そこから棘の様な物を激しい勢いで伸ばした。

 顔に伸びてきたそれをぎりぎりで回避する。その際、顔に切り傷が出来たが、怯むことも無く進む。

 止まらないシュヴァルに、左掌に溜めておいた力を、さっきと同じようにしようとするが

 「もうおせぇよ」

 もう一つの棘が出る前に、左手の刀を構え、ティレックの心臓目掛けて真っ直ぐ突き、貫いた。

 「うぐぁ……!?」

 上げていた腕がだらりと下がり、首も力無く垂れ下がる。

 「終わったのか?」

 「勝負ありやしたね」

 ハウンドとメルが安堵している時、シュヴァルは妙な胸騒ぎがしていた。

 「……ぁ……ァ……」

 「……何だ?」

 心臓を貫き、確かに殺したはずの男が小刻みに震えだす。

 「……ア……アアアァァァ!!」

 「こいつ……まだ……!?」

 刀を引き抜き、急いでティレックから離れる。

 シュヴァルが離れてからすぐにティレックの顔がばっと上がると、体が膨れながら大きくなっていく。それと、背中から無数の腕の形をした触手も生えてくる。その一つが倒れこんでいるハウンドに向かって伸びていった。

 「おいおい。まじですかい?」

 起き上がって逃げようとするが、体に力が入らず簡単に捕まってしまう。

 「ハウンド!?」

 すぐに助けに入ろうとメルが動こうとすると、自分にも無数の手が近付いてきておりそっちの対処におわれて助けにいけない。

 「くそ!こいつ……!?」

 シュヴァルには大量の手の形をした触手が迫り、斬りつけながら下がっていくのだが、斬った傷から別の触手が生え、善戦するのだが遂には捕まってしまった。

 「シュヴァル!?二人共、今……!?」

 捕らえられた二人を救出しようとするが、ここまでの疲労が響き、上手く力を出せずに苦戦してしまっている。その間に、二人を掴んでいる手に力が入りぎりぎりと不穏な音が鳴り苦しめていく。

 「んん……ん……ぐっ……!?」

 「ぐぐ……くっ……が……!?」

 苦しそうな二人を見て、メルはフラッシュバックが発現していた。

 見殺しにしてきた実験体の人々。

 自分も加担した街中での研究員殺し。

 人型のロボットを破壊した経験。

 ショコラが消えていく光景。

 その中に、今まさに、大切な二人が加わりかけている事に、急速に不安と恐怖が襲い掛かる。

 「嫌だ……駄目だ……そんなの……嫌だ……!」

 するとその時、突如、シュヴァルとハウンドを握りつぶそうとしていた手が地面へと落下した。

 「ぐはぁ!?がは……がは……なんだ……?」

 「あぁ……お嬢……?」

 ハウンドの弱々しい声に反応しシュヴァルはメルを探す。

 「あれは……あれが……メル……か?」

 驚いているシュヴァルの目の先に居たのは、姿は少女のままなのだが、空気がいままでのメルではなく、とても重い、隠す気の無い殺意を身に纏っているように見え、背中の羽は二枚羽から六枚羽になっていた。それは、禍々しくも神々しくも見え、どちらとも言えない様子だった。

 その姿を見た元ティレックだったものは、人とは言えない声で何かを喋る。

 「オオオオ……メルヂャ……オオオオ」

 無数の手を祈るように上げて、メルを掴もうと近付いて行く。

 「メル……!」

 シュヴァルが咄嗟にメルを心配するが、すぐにそんな気持ちは無くなり、次に出てきた感情は、不安だった。

 「もう、消えろ」

 冷たい声と共に大量の光る剣がメルの周りに出現し、何の前触れも無くティレックに降り注ぐ。腕が切り離されていく痛みからか、悲鳴らしい声をあげている。

 右手に持つ剣を巨大化させて両手で持ち、頭上へと構える。その行動を見ていたシュヴァルが舌打ちをしつつ厳しい表情を浮かべる。

 「どんな相手にも、礼儀は大事だと言うな。だから、言葉をかけといてやろう。さようならだ。クソ野郎」

 そう言うと、剣を振り下ろした。ティレックだったものは真っ二つになる。

 メルが剣を消すのと、二つに分かれたそれが消えるのは殆ど同時だった。

 全てを終わらして地面へと降り立つと、駆け足で二人の元へと近寄っていく。

 「シュヴァル!ハウンド!もう……もう大丈夫だぞ!」

 メルの姿は、二人が知っている少女に戻っていた。

 「あぁ……そのようだな……」

 「終わったのだな……全部……」

 「あぁ……最後は、俺がかっこよく決めたかったんだがな……」

 「まだ、そんな事を言えるのだな」

 「ははは……実は……結構、きつい……」

 言い終わると、目を閉じてそのまま反応しなくなってしまう。ハウンドも、さっきから動く気配が無い。

 「シュヴァル?ハウンド?」

 胸を押さえて不安な気持ちが徐々に大きくなっていく。

 「シュヴァル!?ハウンド!?……嫌だ……嫌だぞ……動いてくれ……返事をしてくれ……」

 体を揺すりながら今にも消えそうな声で言った。

 「私を……一人にしないでくれ……」

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