第7話 白い天使と黒い天使
ショコラが、左手に持っていた剣を振り下ろし、メルはそれを右手に持っていた剣で受け止める。
次にショコラは右手に剣を出してもう一方の剣を消しながら横に斬る。メルはそれを後ろに飛んで躱した。
左手の上に黒いゴルフボール程の球を四つ出して、メルに向かって発射する。その様子を見て、同じように光の球を出し、向かって来る球にぶつけて消す。
「むっ!?」
突然、消した球の影から二つの別の黒い球が迫ってきていた。それを、左手に同じ個数の光球を出しながら、横に躱した後に再びぶつけて消し去る。
「むむっ!?」
だが、球を消すことに気を取られて、迫ってきていた黒い板の様な物に気付くのに遅れてしまう。ちらっとショコラの方を見ると、巨大な剣を出していて、その腹をメルに向けていたようだ。
メルは左手に自分を隠せそうな程大きな盾を出して防ごうとするが、勢いを殺せず、その上からひっぱたかれるように攻撃されて地面に叩きつけられた。
「全く。たるんでるんだから」
出した武器を消しながらショコラはぽつりと言った。
「はぁ……私が、メルの事言えないか」
両手を腰に当て、溜息までつく。
「うーむ。やっぱり、全然痛くないのだな」
物凄い速さで地面に叩きつけられはしたが、服が少しだけ汚れた程度で傷一つ付いていない事に、メルは、自分の力について改めて自覚する。
服の汚れを払っていると、ショコラが近付いてきて空中で止まった。
「前々から思っていたが、ショコラは強いな」
「強い?私が?冗談でしょ」
「冗談ではないぞ。こうやってやられてる訳だし」
「それはあんたが、無意識のうちに手加減してるからよ」
「そんな事はないぞ。私は本気で――」
「だから言ったでしょ。無意識だって」
メルの発言を遮るようにどこか不機嫌そうにショコラは言う。
「前からそうなのよ。あんたは。親しい人に本気を出せない。それがあんたの弱点でもある」
「おー。全然気づかなかった」
「全く。あんたが本気を出せば、私なんて、足元にも及ばないわよ」
「そんな事無いと思うが」
「だから」
ショコラが左手を掲げると、周りに黒い球が浮かび上がってくる。
「本気で殺しに来ないと、死ぬわよ」
掲げた手を振り下ろすと、黒い球が一斉にメルに襲い掛かった。
翼を羽ばたかせて、一気に上昇し攻撃を躱す。
「ショコラ!私は、ショコラと殺し合いに来た訳ではない!」
「じゃあ何しに来たのよ」
今度は振り下ろした手をひっくり返して拳を握る。
「!?」
咄嗟に、メルが止まったその場でバク転をする。そこに、二つの黒い球が通り過ぎていった。先程撃った無数の球の内の物だろう。それはショコラの元に戻っていき、周りを無造作に飛び回る。
「ショコラ!話を聞いてくれ!」
「話はもう終わってるの。私が死ぬか。あんたが死ぬか。二択なのよ」
飛び回っていた球がショコラの両隣にぴたりと止まる。そして、後ろから円形に、新たな球がゆっくりと姿を現す。
「覚悟を決めて、殺しに来い!」
右から左へ左腕を払うように動かすと、球達がメルに向かってバラバラに飛んでいく。
「くっ!」
飛びながら一旦後ろに下がり逃げつつも向かって来る球を一つ一つ丁寧に球をぶつけて消していく。だが、球の生成速度がショコラの方が早く、消しても消しても減らず逆に増えていく球に次第に追い詰められていく。
「どうしたの。あんたが本気を出せばすぐにこんな状況ひっくり返せるでしょ」
「そんなこと……言われてもなっ!」
「本気でやりなさい!本気で!じゃないと……」
ショコラは下唇を噛む。
(安心して、逝けないじゃない)
払った左腕を今度は左から右に、胸に引き寄せるように動かす。
「むっ!」
メルは後ろに何かを感じ、振り返らずに光球を飛ばす。何かがぶつかり弾けるのを感じた。しかし、そのわずかの間、気を散らしてしまい、前からの圧を捌ききれなくなり、咄嗟に右手首に大きな盾を出して全ての攻撃を受ける構えを取った。
「ぐうぅ!?」
猛攻が続き身動きが取れないでいると、いつの間にかに、メルを包囲するように黒い球が設置されていた。
「これは、どう避ける?」
ショコラが開いた左手を伸ばし、ぎゅっと握る。止まっていた球が一斉に襲い掛かっていく。
「むむむ!」
一瞬焦りはしたが、すぐに冷静になり、左手を上にかざす。すると、瞬時にメルを包むようにカプセルのような光の膜が形成されていき完全に包み込む。と、同時に、迫っていた球が膜に衝突して弾けて消える。
「ふぅ。危なかった」
「驚いた。そんな事出来たのね」
「初めてやったが、上手くいってよかった」
役目を終えたからか、張った膜が霧のように消える。
「そうだったの。やっぱり、あんたは本気を出せば強いのね」
「たまたまだ」
「そう」
一呼吸おいてまた口を開く。
「少しはやる気、出す気になった?」
「言ってるだろう。戦う気は無いと」
「じゃあ何しに来たのよ」
「研究所を破壊して、ショコラを連れていく為に来た」
「……はぁ?」
思ってもいない発言に、言葉を詰まらせてしまう。
「あんた、何言ってんの?」
「今言ったとおりだ。ショコラ、一緒に行こう。あの二人だったら受け入れてくれる」
「あの二人ね……ここに乗り込んできた連中の中に見慣れない顔ぶれもいたようだし。本当に良い人達に巡り合えたようで良かったわ」
「そうだな。本当にいい連中だ。だから、ショコラも一緒に――」
言葉を続けようとしたメルの顔の横を、黒い球が通り過ぎていった。
「さっ。続きをしましょうか」
「ショコラ!」
「口を動かす暇があるなら、私を倒すために体を動かせ!」
左手を天にかざし、周りに黒い球を無数に出現させる。腕を振り下ろすとバラバラのタイミングでメルへと向かっていく。
「ふっ!」
両手を広げて同じように光の球を出現させて、抱き着くように腕を振り、同じように球を飛ばす。今度は押されることもなく消しきった。
(もう対処されてる。成長が早いんだから)
顔に出さないように気を付けたのだが、我慢できずにフッと笑ってしまった。
「何か可笑しかったか?」
メルが不思議そうに尋ねる。
「……別に、何でもない」
声を掛けられて顔を横に振る。左手に黒い剣を出してメルに突っ込んでいく。
メルも右手に剣を出して迎え撃つ準備をした。
ショコラは振り下ろし、メルは薙ぎ払うように振り、お互いの剣が当たり鍔迫り合いになる。
「どうしてそんなに、頑なに戦おうとするのだ!」
「あんたが私の敵だからよ」
ショコラの右手に別の剣が出現して、下から斬り上げてくる。その攻撃を後ろに飛び躱して距離を取った。
腕を交差して剣を構え、追いかけるようにメルとの距離を一気に縮めて斬りつける。メルはそれを上に飛んで回避した。と同時に、光球を飛ばそうとして躊躇ってしまう。
「迷ってんじゃ……ないわよ!」
両手の剣を消し、左手に大剣を出現させて両手で持ち、体を上に向かせるように動きながら追撃をしてくる。今度は剣の腹ではなく、刃を向けて本気で斬りに来ていた。
メルは盾を出し、迫ってきていた剣を払うように受け流した。
攻撃を躱されてもすぐに体勢を正し翼を羽ばたかせてメルへと真っ直ぐ向かって行く。その際、黒い球を出してメルに飛ばす。
「?」
その行動に対して何かを感じたが、先程と同じように光球を出してぶつけて消した。すると、消した黒い球の後ろから少し小さい球が迫っていた。
「なっ!?」
対処しようとした瞬間、それは目眩ましをするように目の前で弾けた。ショコラの狙いがそうだったのかはメルには分からないが、怯んだのは確かだった。
近付いていたショコラはその隙を突き、知らぬ間に大剣から戻していた先程まで振るっていた普通の剣で斬りかかる。
剣で受けるのはもう遅いと思い、出してあった盾で受けに行く。
苦虫を噛み潰したような顔でショコラを見る。その瞳は冷たく、だが、奥の方は悲しみ、それと、苦しみを孕んでいるのを、何と無くだがメルは感じ取った。
勢いよく振り下ろされた剣を盾で防ぐ。先程までと違った、明確に殺意がこもった一撃だった。
剣を流しつつ、左手に光球を出してショコラのお腹辺りに突き当てる。その行動に移るのが早く、ショコラは反応出来ずにもろに入った。
「ぐぅっ!?」
光球が弾けると、後ろに大きく吹っ飛んでいく。ある程度距離が離れた所で止まり、ショコラは攻撃を受けた部分を触ってみる。痛みこそあったがそれ以外は何もなっていなかった。
「……」
握りこぶしを作り、わなわなと身を震わせるショコラ。
「む?」
メルは空気が変わった事に気付き唾を飲み込んだ。
「いい加減にしなさいよ……」
剣を掲げると、今までの数とは比較にならない程の黒い球が出現した。そして、四枚の羽が新しく生えてきていた。
「こっちは……時間が無いのよ!」
振り下ろしたのを合図に、黒い球が一斉にメルへと襲い掛かる。タイミングをずらして、ショコラも突進する。
向かって来る黒い球の間を、剣を振り球を消しながら真正面から向かって行く。二人の天使は自分の剣を思いっきり振った。甲高い音が響き鍔迫り合いになる。
「さっきの、時間がないとはどういうことだ?」
「そのままの意味よ」
「それが分からないから聞いているのだ!」
「教える訳――」
言葉を続けようとしたその時、ショコラが咳き込んだ。鍔迫り合いがとけ、そこらじゅうの球が消える。メルは不安そうにショコラを見た。
口元を覆った右手を離して見ると、ショコラは苦い表情を浮かべ、メルは驚きと戸惑いの表情をして、ショコラの言葉の意味を理解する。真っ赤に染まる右手と、赤い雫が垂れる口元。
「それは……それが、理由なのか……?」
恐る恐る聞いてみる。
「そうよ。もう、もちそうにないの。体が悲鳴をあげているのが分かるわ」
「なんでだ?ショコラは、成功例なのだろう?何故そんな事になっているのだ?」
「成功例……そうね……でも、人の姿を保ったまま力が使えるだけ。私は、あんたと同じになった訳じゃない。所詮、過ぎた力を持った愚かな人間にしかならなかった」
「そんな……!」
「残念ながら、変えられない現実よ。だから――」
左手の剣の切っ先をメルに向けて険しい表情をしメルに言い放った。
「私を、安心させて。一人でも、優しいあんたでもやっていけるって事、示して」
「ショコラ……何か、助かる方法はないのか?」
「あんたは……まだそんなこと言って!」
ショコラが接近してきて剣を振り回す。それを、躱したり剣で受けたりする。一撃一撃がどこか躊躇をしていた今までのどの攻撃よりも重く、完全に吹っ切れて殺しにかかってきているものに変わっているのを空気で感じた。
色々考えていたからか、気持ちで押されていたからか、ショコラの突きに一瞬反応が遅れてしまい、ぎりぎりで躱しはしたのだが、頬に切り傷が付き血が滲む。
一旦距離を離し、深呼吸をした。右手に出してある剣と同じような物を左手にも出して、迷いながらもショコラに向かって行く。
「やっと本気を出す気になったのかしら」
近付いて右手の剣で斬りつけてきたメルの攻撃を軽々と受け止める。だが、すぐに左手の剣が迫ってきた。受け止めていた剣を弾き、飛び上がって回避する。そして、素早く降りて来ながら剣を振り下ろした。
メルは後ろに下がって躱す。ショコラは攻撃の手をゆるめずに近付いて斬りにくる。なんとかいなしながらも、迷いのある者と覚悟を決めた者では力の差が出てきてしまい、再び押されて始めたかと思いきや、戦いに慣れてきているのか即座に押し返し始める。
(やっぱり。メルは戦闘の天才だ。同じ手法は通じないし力でも押し切れない。戦闘が長引けば長引く程その中で成長していって手に負えなくなる。私では、もうこの子に敵わない。後は、覚悟さえあれば、ね)
斬り合いの最中に、ショコラはそんな事を思っていた。
現に、何度もやれる機会があったにもかかわらず、メルは止めをさせないでいるのが分かった。
(全く。どこまでお人好しなのやら。あの街って結構危ないって聞いてたけど、ちゃんとやっていけるのかしら)
剣を横に一振りしてメルを吹き飛ばしながら、そんな事考えている自分に、思わず苦笑してしまう。
そんな姿を不思議に思いショコラに聞いてみた。
「どうしたのだ?」
「いや。何でも無いわよ。私も、まだまだ甘いなって思っただけ」
「どう言う事だ?」
首を傾げているメルの背後から黒い球が接近していたが、振り向きもせずにメルはそれを光球を出して迎撃した。と同時に、再びショコラに向かって突進する。構えたショコラの前で急に直角に曲がった後に、右手の剣を構えて真っ直ぐショコラに急接近して、思いっきり斬りつけた。
その動きについていけずに、盾を出して防ぎはするものの、衝撃は殺せずに吹き飛ばされる。
「ちっ!?」
飛ばされた勢いで体勢が崩れた所に、メルが更に攻撃を加えようと剣を構えて横に振った。それは、すんでの所で上に羽ばたいて躱したのだが、攻撃の勢いで体と右手の剣の切先をショコラの方へ向け、そこから光球を出し射出した。咄嗟に盾で防ごうとする。しかし、それは着弾する前にはじけ飛んだ。
「なっ!?」
瞬時に、さっき自分がしたことをやり返されたのだと理解した。すぐにメルの姿を探すが見当たらない。
「こっちだ!」
声がした方を見ると自分よりも上におり、剣を消して右手を突き出し、光球を出して近付いてくる姿を確認したが、顔の前に腕をクロスさせてガードするのが精一杯だった。
押し付けられた光球はメルの手を離れてショコラを凄い速さで地面へと押していく。
「ぐうぅぅ!?」
地面に激突する前に光球を弾き飛ばし、羽を思いっきり羽ばたかせて勢いを消そうとするも、消しきれずに激突した。それでも、羽をクッション代わりにして何とか致命傷は避ける事に成功する。
「いっつぅ。いきなりやる気出すなんて。遅いのよ。ったく」
地面に倒れたまま、ぼそりと呟いた。
「ショコラ。平気か」
空から心配そうにメルが訊ねる。
「あんたがやったんでしょうが」
「う、うむ。やり過ぎたかもしれないと思ったぞ」
「全く……今私達は何をやっているのか忘れそうになるわ」
溜息をつきながら立ち上がり、空に戻ろうと翼を動かそうとした時、またもや咳をしだして血を吐き出した。
「ショコラ……!」
「来るな!」
不安そうな顔をして近付いてこようとしたメルを大声で制止した。
(もう、時間がない……)
血が付いた手を握り、決意を新たにしてメルに向き直る。剣を構えて、力強く羽を羽ばたかせたと思ったら、メルに急接近していた。そして、通り過ぎる瞬間、斬り裂こうとする。メルはそれをたやすく受け流した。
諦めずにまた接近して何度も攻撃を繰り出すが、赤子の手を捻るように躱したり弾いたり、まるで遊んでいるかのように見えるが、メルの顔はとても苦しそうである。
「ショコラ!それ以上力を使うな!ほんとに死んでしまう!」
メルの悲痛な叫びを、ショコラは無視して攻撃を続ける。
「……っ!」
剣を振りショコラを自分から吹っ飛ばして離した。
ショコラはすぐさま接近して剣を振り上げて襲いかかる。
「……」
メルは両手の武器を消して目をつぶった。
「なっ!?」
メルに刃が届く寸前で振り下ろした剣を止める。
「あんた、何考えてんの!」
怒りと戸惑いの気持ちを込めた声でメルに問いかけた。
「ショコラがこのままいなくなってしまうのなら、そんな世界に、私はいたくなどない」
「何言ってんの!馬鹿なの!?」
止めた剣を引っ込めて、メルの胸倉を掴む。
「折角、あんたがあんたのままいられる場所が見つかったのに、何いなくなろうとしてんのよ!」
「その場所に、ショコラもいなきゃ嫌なのだ!」
「っ!?子供みたいな我が儘を!」
「私は子供だ!我が儘を言ってもいいはずだ!」
「このっ……そういう事じゃ」
言葉を続けようとした時、みたび咳き込み始めた。
「ショコラ!?」
心配したメルを突き飛ばし、剣を出して攻撃しようとするのだが、剣を出すことが出来なかった。それにあわせるかのように、黒い翼がキラキラと粒子になって徐々に消えていく。
「時間……の、ようね」
自分の手を見つめながらぼそりと言った。そこからも、粒子があふれ出してきていた。
「ショコラ……?それは……?」
不安げに、メルが訊ねる。
「分かってるんでしょ。お別れの時が来たのよ」
「そんな……!?」
羽が無くなりかけて落ちそうになっているショコラに駆け寄り、体を支えながら下へと降りていく。
「どうすれば良い!?どうすれば助かるのだ!?」
慌てふためくメルを優しく諭すように言う。
「どうしようもないのよ。諦めなさい」
「まだ!まだ何か方法があるはずだ!」
「メル……」
「輸血か?私の血を輸血すればいいのか?直接でだいじょ――」
「メル!」
ショコラが大きな声を出すと、今にも自分の腕を傷つけようとしていたメルは辛そうな顔をしながら黙って固まってしまう。今にも死にそうな消えかかっている状態で、ショコラは語りかける。
「全く……さっきも言ったけど、あんたのそういう、優しいとこは、弱点なんだから、時には非情にならなきゃ駄目よ。でないと、大切にしているもの、失っちゃうわよ」
「うむ……」
「あの二人……せっかく見つけた、あんたらしくいれる、大切な場所なんだから、今回みたいに、迷うんじゃないよ。でないと、取り返しがつかない事になっても、何も……してあげれないからね」
「うむ……」
「あんな、よく分からないものにならなくて良かった……ちょっとだけ、怖かったんだ。あんなになって、メルを襲っちゃうんじゃないかって」
「うむ……」
「それから――」
苦しそうにしながら、それでも、笑顔で言った。
「あんたと……それと、せっかく誘ってもらった、あの場所で……一緒に、暮らしたかったなぁ」
「!」
その言葉を最後に、ショコラの体が大量の粒子となって消えてしまう。
「あ……あぁ……」
取り残されたメルは、体を震わせ、自分を抱きしめて、目に涙を浮かべながら目一杯叫ぶ。
「あああああああぁぁぁぁ!」
大切な友人を失った悲しみ、原因となった自分への怒り、ショコラに力を与えた男への憎しみ、その他の感情も一気に押し寄せてきて、心がぐちゃぐちゃになりどうすればいいのか分からなくなってしまう。
「うぅ……うぅ……」
それでも、ひとしきり泣くと、涙をぬぐい深呼吸をしてから立ち上がる。その顔は、何かを決心したような、どこか怖さを秘めた表情をしている。
翼を羽ばたかせて空に上ると、研究所の方へと向かって行った。
「ふー。これで全部かしら?」
手を叩きながら、ヘリの中に壊れたロボット達やまだ使えそうな部品を載せていたサリアが言う。
「ありがとうございます。お嬢様方」
「お姉様。あの方はどうしますか?」
マリアは、自分達を襲ってきた壊れた敵のロボットを見ながら言った。
「えっ?捨てておきなさい。あんなやつ」
ぷいっとそっぽを向く姉を、苦笑しながら見つめる。
するとそこに、メルが空から降りながら近付いてきた。
「皆、無事か?」
「メルちゃん!」
なんとも無さそうな姿を見てマリアがほっと胸を撫で下ろす。
「ロボの子達が壊されちゃったけど、エミ―が直すって言ってるから、無事と言えば無事ね」
ヘリからサリアが降りてくる。
「そうか。それは良かった」
「そっちも、勝ったようね。あの子はどうし――」
「シュヴァルとハウンドは何処に行ったのだ?」
サリアの発言を遮るように、凄みのある声で訊ねた。
「えっ……あぁ、あの建物に入って行ったけど」
「そうか」
そう言うと、さっさと建物に向かって歩いて行く。
「メルちゃん!」
サリアが声を掛けるが立ち止まることなく建物の中へと入って行ってしまった。
「……」
「お姉様……何か、怖くなかったですか?」
メルの様子を見て、マリアは怯えていた。
サリアが妹を安心させるように優しく言葉をかける。
「何かあったんでしょうね。とても、言いたくない出来事が。だったら、聞くのは止めときましょ」
「……そうですね」
(無事に、帰ってくると良いけど……)
不安な気持ちを抱えながら、二人は無言で建物を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
建物に入ると、一人の女が壁に寄りかかって宙を見つめていた。
「お前は……?」
声をかけられた女はメルを見て笑顔を向ける。
「貴女がメルって子?写真で見た事ある」
「そうだ」
「そう。貴女だけがここに来たって事は、ショコラは負けたんだ。殺したの?」
「……」
女の言葉にムッとはするが、ぐっとこらえる。
「まっ、どっちでもいいけど。ただ、答えて欲しい事があるんだけど」
「……なんだ?」
「ショコラは、どういう死に方をしたの?」
「……」
「答えて欲しいなぁ。私にも、知る権利はあると思うんだけど」
そう言うと、右手の人差し指の爪を伸ばして見せる。
「お前も、そうなのか」
「だから、知りたいのよ。本当に、あんなのになる道しかないのかなって」
「……」
一度目をつぶり、話すかどうかを考えてから、目を開けた。
「キラキラと、粒子みたいにキラキラと、散っていって、消えてしまった」
メルは、苦しそうに告げる。
「へぇ。そんな死に方もあるんだ。私も、そうなればいいな」
「……シュヴァルとハウンド。二人の男は何処に行った?」
女は、地下へと続く階段を指差した。
「と言うか、貴女の方がここの事よく知ってるでしょ。聞く必要ないじゃない」
女の言葉を無視して、階段を下りようとする。その背中に声がかかった。
「もしも、私が変わり果てていたら、殺してから帰ってね」
下りる歩みを止めずに、そのまま返事をする。
「その時は、全力で弔ってやる」
「ふふ。ありがと」
メルには見えていなかったが、声から察するに、女が安心したように笑顔を作ったんじゃないかと思った。
機械の扉。あの時は、ショコラがカードを使って開けた、ずっと通ってみたかった扉。今は、普通に開け放たれて、簡単に行き来出来るようになっている。
「……」
ゆっくりと歩きながら前へ進んでいく。少し前まで自分が暮らしていた場所、いつも見ていた景色、だが、少しおかしいと思い始める。人の気配を感じないのだ。博士以外にもそれなりに研究員がいたはずなのに、全く見かけない。
その時、何か嫌な空気を感じ取り、自然と早足になって進んでいた。誰も居ない様々な部屋を通り過ぎ、一番奥の大きな空間の一室へと辿り着いた。中は、何かを入れていたような装置が無数に壊れた状態で置いてあり、傍には今までの生き物達と同種であろう者達の死骸やそれがあったような痕跡、今にも死に絶えそうな者といろいろいるのが見て分かる。
「んっ……」
哀れに思いながら辺りを見つつ歩いていると、自分の目を疑ってしまうほど姿形が変わってしまっているが、知っている人物を見付ける。
「お前……博士……なのか?」
声を掛けられたその人は振り向くと、狂気をはらんだ表情で笑いながら答えた。
「おやー。メルちゃんじゃないですかー。そんなに日付は経っていませんが、随分と懐かしく感じますねー」
「うむ。お前は大分変わったな。なんなのだ、その姿は」
「これはですね、探求心に負けてしまい、自分にも血を。そしたらどうですか。こんなにも上手く扱えるのですよ」
そう言って、どす黒い球を何個も出現させて見せる。
「どうですか?上手いものでしょう?」
「お前の力などに興味はない」
「おやぁ。冷たいですねぇ」
出した球を消して肩をすくませる動作に、更に怒りが増し握りしめた拳が震える。
「そう言えば、ショコラちゃんは一緒ではないのですか?外にいたと思うのですが」
「ショコラは……消えた」
不機嫌な顔で言う。
「そうですか。メルちゃんもさぞ悲しかったでしょう。折角の貴重なサンプルでしたのにね。とても残念です」
メルの言葉を聞いて、博士はにやつきながら言った。その態度に今すぐに斬りかかりそうになるが、それよりも気になるものが目に入り疑問をぶつけた。
「おい……そこにいる二人は……」
一人はうつ伏せに、一人は何かの機械に寄りかかるように倒れている。シュヴァルとハウンドだ。
「んー?あぁ、この二人ですか。私の力の調整に一役買ってくれたのですよ。ただ、もう少し持ちこたえて欲しかったんですけどねぇ」
「殺したのか……?お前が……?」
「ええ。死んでいると思いますよ」
その言葉を引き金に、メルは博士に急接近しており、いつの間にか出していた右手の剣を振り斬りつけていた。博士は跳躍で後ろに飛び上がり、その一振りは、無情にも空を斬る。
「はははははっ!危ないですねぇ!」
「お前は私から、一体いくつ奪えば気が済む!」
「おや、その二人でしたか。メルちゃんと一緒にいる二人組の男は」
「お前は私の手で、必ず葬ってやる」
「ははは、怖い事を言いますねぇ。生活環境が変わると子供の性格も変わってしまうのは本当なんですねぇ」
無邪気に笑う男を見て何かが、自分の中で壊れたのをメルは感じた。
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