第6話 外伝2 不完全な天使
ショコラは、所謂、戦災孤児という物で、人災とも呼べる大戦の犠牲者の一人である。
しかしながら、どこか達観しており、家族を失っても悲しいとは思わずに、そういう運命かと受け入れていた。
そんなショコラは他の戦災孤児と一緒に施設で、そこまで裕福では無かったが食べていく事に困る程でもない所で過ごしていた。
子供達の中ではしっかりとしており、大人にも頼りにされていて、騒がしくも忙しい日々だが楽しく暮らしていた。
そんなある日、一人の男が訊ねてきた。白衣を着ていて、どこか胡散臭そうな雰囲気をショコラは感じていたが、特に気にも留めずに施設の先生との会話の成り行きを見守っていた。
話終わった先生がショコラの傍に寄ってきて
「ショコラ。貴女を引き取りたいと仰ってるのですが、どうしますか?なんか、怪しい感じがしますが」
怪訝な面持ちでそんな事を小声で言ってくる。この先生の事は信用していて、自分と同じような感想を抱いていてうっすらと笑ってしまう。
「私、行くよ」
「行くのですか?」
「ええ。ここも、少しは楽になるでしょうし」
「そんな事、気にしなくていいのですよ」
「それに、別の世界とかにも興味あるし。いい機会よ」
「そうですか……?寂しくなりますね」
「あの子達を制御出来る私が居なくなって、大変になるの間違いじゃないの?」
「何を言ってるんですか」
「冗談です」
ショコラは表情を緩めて自室へと戻っていく。
数日後。書類等の整理がつき、ショコラが施設を出て行く日になったのだが、突然の別れに、子供達は泣きじゃくり、中には抱き着いて離れない子までいる。必死に説得し、何とか離れてもらいながら、自分はここまで好かれてたのかと思い、少し寂しさを覚える。
「別に、一生の別れじゃないんだから。その内、また会えるわよ」
「ショコラ。元気でね」
「先生達も。あんた達、ちゃんと先生の言う事聞いて、迷惑かけんじゃないわよ」
泣きながらも返事をする子供達を背に、ショコラは施設から出て行く。
施設の外には車が止まっていた。その前にはあの胡散臭そうな男もいる。
「お待ちしてましたよ。ショコラちゃん」
「はいはい。で、貴方のお名前は?」
「これは申し遅れました。私は、ティレックといいます。宜しくお願いしますね」
「ええ。宜しく」
軽く挨拶を交わすと、ショコラはさっさと車へと乗り込んでしまう。
「おやおや。素っ気ないですねぇ」
そんな独り言を呟き、車へと乗る。
ショコラが施設の方を見ると、先生や子供達が出てきていて手を振っている。その姿を見て、フッと笑った。
「それでは、行きましょうか」
「ええ」
車は施設を後にして走り出した。
「ねぇ。何処に向かっているの?」
目的地も告げずに走り続けている車の中で、黙って乗っていたショコラが訊ねる。
「ショコラちゃんには会って欲しい子がいるのですよ。ショコラちゃんなら仲良くなれるはずです」
「私の問いに対する答えになってないんだけど」
「着けば分かるのですから良いじゃないですか」
「はぁ……まぁ、別にいいけど」
そこから、またしばらく走る。そして
「着きましたよ」
そう言って、車が止まった場所は古ぼけた外見をした研究所の様な建物の前だった。
(あからさまに怪しさしかないわね)
ショコラの第一印象は悪かった。元々、怪しいと思っていたので驚きはない。
「こちらですよ」
いつのまにか車から降り、すでに建物の中に入っているティレックが、手招きをしている。
一度息を吐いてから車を降り、後に付いて行く。
中は所々錆び付いていたり苔が生えていたりと、長年人の手入れがされてない様子が窺える。進んでいくと地下に通ずる階段が見えてきて、そこを下りていく。
下りきると機械の扉があった。ティレックが隣に付いている認証機に手をかざすとスッと開き、白い壁や天井や床に囲まれた通路が現れる。
「さぁ。行きましょうか」
「……」
「緊張しているのですか?」
「別に。なんともない」
言葉の通り、ショコラは平常だった。緊張も怖さも何も感じずに、目の前に現れる光景をただ見ている。
二人は歩き始める。通路を進んでいると、一室をガラス越しに見る事が出来た。そこは、上から見れるようになっており、広い空間の作りになっている以外は何もない部屋だった。
「そこは実験室ですよ。これから使っていこうと思っています」
「ふーん」
興味なさげに返事をして、再び通路を進んでいく。中に何もない入れ物が沢山並んでいる部屋や機械類が並んでいる部屋等、色んな部屋を横目に見ながら歩いていると、目的の場所へと着いたようでティレックが足を止め振り返る。
「私は少し用事を済ましてきますので、中に居る子と仲良くしていて下さいね」
「どんな子?」
「会えばわかりますよ。それに、あの施設で子供達を相手にしていたショコラちゃんなら、対応出来るでしょう」
「そう。分かった」
開かれた扉の先は大小様々なぬいぐるみがあり小さな丸いテーブルが一つ、床には本が何冊も転がっている。そして、テーブルの横に座って何かの本を読んでいる、長い白髪に白いワンピースを着た自分と同い歳に見える女の子がそこに居た。
「むっ。誰なのだ?」
「あの子が言ってた子?」
「はい。それでは、私はこれで」
ティレックは歩いて行ってしまう。
残されたショコラは取り敢えず中に入り、女の子へと近付いて行く。
「初めまして。私はショコラ。貴女は?」
向かい合うように座りながら訪ねる。
「私はメル・スライスなのだ。宜しくな」
「ええ。宜しく。メルはどうしてここに居るの?」
「よく分からぬ。意識するようになった時からここに居たからな」
「何よそれ」
「博士からは生まれた時からここで暮らしていると聞かされているぞ」
「ああ。そう。成程ね」
ショコラは悟った。このメルと言う少女も【訳あり】なんだと。
「ショコラはどうしてここに来たのだ?」
今度はメルが質問をする。
「新しい生活に興味があったから」
「おー。チャレンジャーだな」
「どういう返しなのそれ」
どこか不思議な感じのする子だとショコラは思った。と同時に、頭の出来はそこまで良くはなさそうだとも。それと、ずっと無表情なのは何かあるのかと勘繰ったが、あまり聞かない方がいいかな、と判断する。
「ティレック……博士はここで何をしているの?」
ずっと聞きたかった事をショコラは聞いてみた。
「よくは知らぬが、私が持ってる力の研究をしているみたいだぞ」
「メルが持ってる力?」
怪しむショコラの顔を見て、メルは立ち上がる。そして
「これが私が持ってる力だ」
そう言うと、唐突にメルの背中から綺麗な白い透明な翼が出現した。
「な、何よ……それ……」
流石のショコラもびっくりして目を丸くしている。
その反応に慣れているのか、メルは淡々と次の力を使ってみせた。左手の甲に盾の様な物を掌の上には白く光る球を出現させる。右手には白い透明の剣を発現した。
「こんな感じなんだが、どうだ?」
「はぁ……」
目の前で起こっている事が夢なんじゃないかと疑いたくなってくる。
「あんたは……メルは一体何者なの?」
「うーむ。私もよく分からないんだが、天使らしいぞ」
「天使?急に胡散臭くなったね。でも……」
メルは剣を消して、両手の上に光の球をいくつも出して自分の周りを漂わせて遊んでいる。
(これは、どう見ても人の力に見えないし。でも天使って……)
顔を伏せて唸っていると、出した物全てを消して不安そうにメルが訊ねてきた。
「やはり、私はどこかおかしいのだろうか」
「えっ?なんて?」
「ここの人達にこの力を見せたら驚かれたのだ。博士は楽しそうにしていたが、殆どの奴は怖い物を見るかのように怯えていた」
ずっと無表情で話しているが、どこか寂しそうで、その時見た科学者たちの反応に傷ついたのであろうことが空気で感じ取る事が出来た。
だが、ショコラは驚きはすれど、別に怖さを感じなかった。どちらかと言うと温かさがあるというか、安心感があるというか。とにかく、人とは違った不思議な力がある少女としか思わなかった。
「ふーん。それはそいつらが悪いけど、仕方ないね。見た事無い力は恐れるものなの。だって、どういうものか分からないんだから。知らないものは怖いの」
「そういうものなのか」
「そういうものよ。でも、気にする必要は無い。他の人が持っていない力を持っているなんて、凄い事なんだから。それに何か言う奴はメルの事を羨ましがってんのよ」
「そうだったのか」
「そうよ。だから、あんま考えすぎないようにね」
「うむ。分かったのだ」
本当に理解しているのか分からないが、本人が分かったと言っているので、それでいいか、と思った。
一度息を吐き、ずっと引っかかっていたことをメルに聞いてみた。
「それよりもさ、メル、あんたのその喋り方はなんなの?」
「む?昔からこんなんだぞ?」
「そうなの?その喋り方は変よ?」
「そ、そうなのか?」
「うん。変」
「そんなにはっきり言わなくても良いのではないか?」
「変なものは変だからね」
「お、おぅ……」
初めて言われたのか、あからさまに元気を失ってしまったメルを見て、特に気にする様子も無く、ショコラは改めて部屋を見渡してみる。
「この部屋ってメルの部屋?」
聞かれたメルは俯いていた顔を上げて答える。
「いや違うぞ。私の部屋は他にあって、ここは遊ぶ為の部屋だ」
「だとするなら遊べる物が全然無いじゃない」
「と、言われても、ずっとこんな感じだからな」
「あーそう」
頭を掻きながらショコラは思った。
(あいつが悪いのかメルが悪いのか。多分、遊ぶって事がどういうものかが分かってないのかな)
無表情で首を傾げているメルをみて息を吐く。
「まぁいいや。これからは私が一緒にいてあげるから、色々教えてあげる」
「おー。宜しく頼むな」
能天気なメルに向かってもう一度、今度は大きく息を吐いた。そこに、扉を開けて入ってきたのはティレックだった。
「仲良くしていましたか?」
「ええ。まぁ、なんとか」
「うむ。もう仲良いぞ」
「それは良かったです。ショコラちゃん。ちょっといいですか?」
「ん。何?」
手招きをするので部屋から出て行く。
「それじゃ、また後でね」
「うむ。またな」
ショコラとティレックは部屋を後にした。
ティレックに付いて行き着いた部屋は、中央に椅子がありその部屋をガラス越しに見れる部屋が隣にある一室だった。白衣を着た研究員らしき男も数人いる。
「ショコラちゃんはそこの椅子に座ってください」
「何をやるのよ」
笑顔で促すティレックを不審がる。
「なに、たんなる実験ですよ」
「その実験の内容を教えなさいよ」
「メルちゃんの力は見せてもらえましたか?」
「まぁ。天使とかいう胡散臭い力の事でしょ?」
「胡散臭いって……あれは本物ですよ。私は、あの力を他人に移植出来ないかを研究しているのです」
「その被験者として選ばれたのが私って事ね」
「話が早くて助かりますよ」
鼻から息をはき、促された椅子に座る。
「なんで私だったの?」
「戦災孤児でメルちゃんと同い年くらいの子を探していた時に街で見かけましてね」
「それ、ようは、たまたま目に入ったからって事でしょ」
「いえいえ。ちゃんと理由を話したじゃないですか。メルちゃんと同い年くらいでですね」
「あーはいはい。分かった分かった」
ティレックの言葉を遮り話を終わらした。
何か、自分に特別な物でも感じていたのかと思っていたが、そうではない事を知り、ほっとしたような残念なような、複雑な気持ちを抱いた。
ジェスチャーで腕を伸ばすように指示されたのでそうすると、何かの液体が入った注射器を見せられる。
「これを、今から入れますよ」
「ん。やるなら早くね」
「これが何か聞かないのですか?」
「何かは分からないけど、どうせ入れるんだから聞く必要ないでしょ」
冷静にしているショコラを見てティレックは驚いているようだ。
「怖くないのですか?」
「怪しいあんたに付いて行くって決めた時から、どんな事になっても自分で決めた事だって覚悟してたし」
「ははは。怪しいって。どこがですか」
「自覚がないのはやばいわね」
液体を注入した後、男達は隣の部屋へと移動する。そこから、ティレックは喋りかけてくる。
「どうですか?何か体に変化はありますか?」
「特に……なんとも」
「ほうほう……では、メルちゃんに見せてもらった力を出せるかやってみて下さい」
「……」
ショコラは両手を広げて一応念じてみる。しかし、何も起こらない。
「うーん。今回も失敗でしょうか」
隣の部屋の研究員達が顔を見合わせて何かを言い合っている。それを無視して、一人考える。
(メルの力……光の球……ボールを掌に出すイメージかな?)
もう一度、今度は具体的な物を思い浮かべて念じてみた。すると、両手の上に黒い球が浮かび上がる。
「で、出来た……!」
「おお……!おお……!これは!ははは!」
横を見ると、男達が喜び合っているのが見える。
「ショコラちゃん!?今度は翼を出せますか!?」
興奮気味にティレックは指示を出す。
黒い球を消し、言われた通りに翼を出そうとしてみる。
(背中の翼のイメージは……やっぱり天使かしら?さっきのメルのような……)
目を閉じ、背中に意識を集中させて念じてみる。ゆっくりとだが黒い透明の翼が形成されていく。
「おおっ……!おおっ……!」
「これが、私の翼……?」
ティレックは感激して他の研究員達と喜びを分かち合っているようだ。
ショコラは少し首を横にして自分の背中に作られた翼を見た。それはとてもきらびやかで、つい見とれてしまう。好奇心で触ってみると、羽毛の様な柔らかさは無く、どちらかというと硝子を触っているような感触だった。
「ショコラちゃん!ショコラちゃん!その羽は動かせるのですか!?」
浮きたつ気持ちを押さえられないといったように隣の部屋でティレックが前のめりになって聞いてくる。
指示通りに翼を動かそうとしてみる。とてもぎこちないが何とか動いている。
「……っ!?」
突然、背中にひりつくような痛みが走り、翼が一瞬にして消えてしまう。
「……」
「あー……消えてしまいましたね。持続時間はまだまだ短いようですか」
「えっ……あっ……そうね……」
「どうかしましたか?ショコラちゃん?」
「何でも無い」
「そうですか。体になにか違和感とかありますか?」
「別に。なんとも無い」
「……分かりました。それでは、先程の部屋に戻っていて大丈夫ですよ。場所は覚えていますか?」
「ええ。平気」
先程の痛みの事は言わなかった。初めて使った力なのだから、体がまだ慣れていないだけだろうと思ったから。
ショコラは部屋から出て行こうとする時に、一瞬大人達を見る。実験が成功したのを子供の様にはしゃいでいる姿は微笑ましく、それを自分が手伝えたことに心の中で一緒に喜んでしまう。
しかし、ショコラはまだ知らない。研究所で行われている実験が何をもたらすのか。
ただの人間が、行き過ぎた力を、人ならざる力をその身に宿すとどうなるのか。
ショコラが力を発現してから数週間が経っていた。メルとトレーニングをしている内にすっかり力を自分の物にしており、今は、二人の特別な力を持った子供が自由に飛び回れるくらい広い一室で、模擬戦形式で力がどういうものかを調べる実験をしている。
メルが出す白い球と、ショコラが出す黒い球がぶつかり弾けて消滅する。
続いて、メルは右手に白い剣を、ショコラは左手に黒い剣を出して、斬り合う。金属同士がぶつかり合うような音が響き渡る。
「いやー素晴らしいですねー。まさか、ここまであの力を使いこなすとは」
子供達が戦っている姿をガラス越しに見ているのは、ティレックを含む数人の研究員だ。
「やりましたね。博士」
「ええ。ですが、これはまだまだ始まりですよ。この成功を次に生かさなければなりませんね」
「はい」
戦いを続ける少女達を見ながら、男達はほくそ笑むのだった。
その夜。
「……寝れない」
寝つきが悪くショコラがベットの上で体を起こす。
ショコラがいる部屋は、メルが遊びの為の部屋と言っていたとこと間取りは一緒で、メルとは別の部屋を与えられていた。置いてある物も殆ど一緒で、どっちがどっちの部屋か分からなくなる時がある。
「はぁ……水飲も」
ベットから降り、自室から出て行く。
廊下は明かりがつけっぱなしで昼間と同じで明るく、時間の感覚が狂いそうになる。
「慣れないわ。これは」
独り言で愚痴ってしまう。ここでの生活にある程度は慣れてきたが、この無駄な明るさだけはどうしても受け入れられないでいる。
少し歩いたところに食堂があり、そこに台所があった。一般的な普通の台所なのだが「なんでこんなところに?」とショコラは最初見た時に思った。だが、研究所というものがどういう所か分からないので、あっても不思議じゃないのかな、と、すぐに納得していた。
食器棚からコップを一つ取り、水道から水を出し注ぐ。それを5回に分けて飲み干した。
コップを流し台に置き、自室に戻ろうと食堂から出た、そんな時、来た道の反対側から地響きのような音が聞こえてきた。
「何……?」
不審に思い、音がした方へと歩いて行く。すると再び、今度は続けて音が鳴る。同時にうめき声も聞こえてくる。
今朝、メルと模擬戦をした部屋を見れるガラスの前に来た。そこから見た光景は、目を背きたくなるようなものが広がっていた。
腕や足が何本も生えた爬虫類の様な生物、背中に腕を何本も生やし翼のようにしている人間の様な生物、手足の生えた芋虫の様な形をしている生物、と、3体のこの世のものなのか分からない生物が睨み合っている。そのどれもが、人間の顔をどこかに生やしている。全て苦痛に顔を歪めており、目からは赤い涙を流しているように見える。
「これは……?生き物なの……?」
流石のショコラでも、この光景には驚いているようで目を見開いている。
「おやおや。子供が夜更かしとは、感心しませんねー」
「あんた……!?」
後ろから声を掛けてきたのはティレックだった。
「あれは、一体何!?」
「珍しいですね。ショコラちゃんが狼狽えているなんて」
「はぶらかさないで答えなさいよ」
「分かりました分かりました。落ち着いて下さい」
ティレックはショコラの隣に移動し、生き物達を見ながら喋りだす。
「あれは、天使の血を入れた人間の、別の姿ですよ」
「……は?」
「まぁなんと言うのでしょう。力を手に入れ損ねた人間の成れの果て、とでも言うのでしょうかね」
「何よそれ……力って、もしかして」
「そうです。ショコラちゃんが手に入れた、その力ですよ」
「……」
あまりの事に言葉を失ってしまう。ティレックはというと、殺し合いを始めた生物達を見て嫌な笑みをしている。
「私は、どうなるの」
「んー。そのままの可能性もありますし、あのようになってしまうかもしれません。この実験はまだまだ途中ですからね」
「そう……」
少し取り乱しはしたが、すぐにいつものショコラに戻っていた。
「メルはこの事を知っているの?」
「いいえ。あの子には余計な情報でしょう?」
「そうね。言わなくて正解だと思う。メルは気にするでしょうし。まぁ、こんなの言える訳無いでしょうけどね」
「そうですねー。メルちゃんが反乱を起こすのは避けたいです」
「ふん」
生物達は激しい戦いを続けている。
「……寝る」
ショコラはぶっきらぼうに言って自室の方へと歩き始める。
「お休みなさい。夜更かしはいけませんが、実験が見たくなったらまた来て良いですからね」
後ろから聞こえる声は、どこか弾んでいるようだった。その声を無視して行ってしまう。
「大丈夫ですよ。ショコラちゃん。君は貴重なサンプルです。こんな消耗品共と同じような扱いはしませんからね」
ショコラに聞こえないような声で言う。
生物達の殺し合いは終わっていた。肉片があちこちに飛び散っているが、すぐに全てが跡形も無く消えていく。残されたのは、そこに何かがいたであろう血だまりだけだった
あれから、更に一週間が経っていた。今のとこ、ショコラの体に異常は見られていない。
今はメルと初めて会った部屋で、別々の本を読みながら雑談をしているようだ。
「なぁショコラ?」
「何?」
「ショコラは外から来たのだよな」
「そうよ」
「外はどういうとこなのだ?」
「外?どういう事よ」
「ここから出た事が無いから気になるのだ」
「あー。そう」
読んでいた本を置いて、テーブルに片肘をつく。
「そうねー。まず凄い広い。どこまでも続いてるんじゃないかってくらい広い。まぁ、メルは飛べるから、他の人よりかは感動は薄いだろうけど」
「おー。それでも、遠くが見えないくらい広いのか?」
「ええ」
「それは見てみたいな」
「後は、こことは違って色んな景色があるわね」
「こんな感じか?」
メルが見せてきたのは世界の有名な建造物を写真と共に紹介している本だった。
「まぁそれもそうだけど、そこに紹介されてない物だっていっぱいあるね。自分で見付けてもいいし」
「自分で見付けるのか?」
「自分で、これは綺麗な景色だなって思ったら、それは、そこに載ってるやつと同じ価値になると思うよ」
「なるほどなー」
「後は、人も大勢いるね」
「おー。どれくらいいるのだ?」
「そんなの、ここよりも何万倍もいるよ」
「そんなにか。窮屈ではないのか?」
「外は凄い広いって最初に言ったでしょうが」
「おー。そうだったな」
「はぁ……」
「いつか出てみたいなー。外に」
「……」
無邪気に言い宙を見つめるメルを見て、やるせない気持ちになってしまう。
「ショコラ?」
浮かない顔をしているショコラを覗き込む。
「どうしたのだ?具合でも悪いのか?」
「ん。別に。何でも無い」
「うーむ。そうか?」
「気にしなくていいの。それより、メルは外に出たら何かやりたい事とかあるの?」
「うーむ。やりたい事かー」
「何も考えて無かったのね」
「そうではないぞ。これから考えるのだ」
「それを考えてないって言うのよ」
「おー。そうだな」
「はぁ。全く」
いつものメルの調子に呆れてため息が出てしまう。だが、いつもの変わらない調子だからこそ安心出来る。今、自分に迫ってきているかもしれないものを考えると、メルとの時間はとても大切で、自分を保っていられる時間だ。
「ほんと、メルと居ると退屈しないね」
「そうか?」
「ええ。色んな意味で飽きない」
「何か引っかかるが、嬉しいな」
二人でほっこりとしていると、ティレックが部屋のドアを開けて姿を現した。
「二人共、すっかり仲良しですねー」
「気楽に喋れるのがメルしかいないからね」
「おや。私もその相手に立候補しますよ」
「冗談は考え方だけにしなさいよ」
「おやおや、これは手厳しい」
「で、なんの用よ」
「そうでした。ショコラちゃん。少し良いですか?」
「ん」
立ち上がって部屋から出て行こうとする。
「また後でな」
後ろからメルが声を掛ける。
「ええ。また後でね」
それに応えてから、ティレックの後に付いて行った。
ショコラが連れてこられた場所はメルと模擬戦をした所であり、あの生物達が殺し合いをしたとこだった。
「今日は何をやればいいのかしら?」
「最近、メルちゃんとの模擬戦に身が入ってないように感じるんですよねー」
「はぁ?何を根拠に」
「と言う訳で、これから実験体と戦ってもらいます」
「えっ?実験体ってもしかして――」
「死なないように気を付けて下さいね」
「ちょっと!待ちなさい!」
ショコラの言葉をかき消すように、四足歩行の大小様々な生き物達が開け放たれた扉から一斉に襲い掛かってきた。
「あーもうー!」
黒い翼を出し、羽ばたかせて上に飛ぶ。そこに、小さい生き物が一匹飛び掛かってきていた。
「……」
一瞬、攻撃するか迷ったが、左手に黒い剣を出して生き物を真っ二つに切り裂いた。
「ははは!やっぱりショコラちゃんは良い!潔いですね!」
「あいつ……っ!」
手を叩きながら高笑いをしているティレックに怒りを覚えながらも、目の前の生き物達の対処を優先した。
一際大きな生き物の背中から、腕の様な触手が多数生えてきて、ショコラに向かって伸びてくる。
数本を斬り、触手の間を縫うように抜け、右手から無数の黒い球を出したと思うと、それを小さなナイフのように変化させて、大きな生き物に向けて発射した。ほぼ全てのナイフが生き物の全体に刺さった
生き物は呻き声を上げてその場に倒れて動かなくなった。
その後は単調な作業だった。向かって来る生き物達を斬って、斬って、斬って、斬り殺し続けた。複雑な動きをせず、只向かって来るだけなので、簡単に倒しきる事が出来た。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながらも落ち着いているようで、辺りを見回して気を張っている。そして、動いている気配を感じないのを確認してから、地上に降りてその場に座り込んだ。
「全く。胸糞悪い」
「お見事でしたよ。ショコラちゃん」
ショコラの気持ちなど知らずに、ティレックは満面の笑みで拍手をしている。その姿を、ただ睨みつける事しか出来なかった。
そして、初めて力を使った時の、背中にひりつくような感覚が全身にわたっている事に気付き、自分で倒した生き物達が消えていく様を見ながら、少しばかりの恐怖を覚え始めていた。
(メル……)
ここで出来た友人の名を心の中で呟き、ある考えを実行に移そうと、密かに決心する。
次の日、ショコラはティレックに呼ばれて研究室に来ていた。
「すみませんねぇ。今忙しくて手が離せなくて」
「別にいいよ。で、何の用なの?」
「メルちゃんを呼んできていただけませんか」
「何をする気?」
「これから、メルちゃんにあの生き物達と戦っていただきます」
「なっ!?」
「メルちゃんの力は一体どれ程あるのか、限界を引き出してみたいんですよ」
「私でいいじゃない」
「ショコラちゃんは、何時力が暴走して消えてしまうか分からないですからね。慎重に扱わなければなりません。貴重なサンプルなんですから」
(サンプル……ね)
目を伏せ少し考えて、顔を上げる。
「分かった。連れてくるから待ってて」
「ええ。頼みましたよ」
本当に忙しいのだろう、机にかじりついて一度もショコラの方を見ることなく、実験の準備やら、なにかの資料をまとめたり、せわしなく動いている。
その姿をしりめに、部屋を出て行った。
メルを探す間に、ショコラは考えていた。ここからどうメルを逃がそうかと。力を使えば楽に出れるだろう。だが、先程のティレックの言葉通り、自分がいつあの生き物達のようになるか分からないので使いたくない。
メルに頼もうと考えたが、こちらにも力を使わせたくないと思ってしまった。何よりも、これからやる事は、あまり派手に動きたくない。
考えを巡らせていると、前を通り過ぎようとした部屋の机の上の物が視界に入った。誰かのIDカードだろうか、無造作に置かれている。部屋の中には誰も居ないようだ。
「不用心ね。悪用されるから、次からは気を付けないと、危ないよっと」
誰に聞かせる訳でもなく言い、IDカードを手に取り部屋を後にする。
しばらく歩くと、メルの後ろ姿を見付けた。
(これが、どう転ぶのか、心配だけど……)
ショコラは深呼吸をして、メルに声を掛けた。
「メル、何やってるの――」
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