第4話 研究所の攻防戦
ハウンドは代わる代わる襲い掛かってくる生き物の首元や脳天や心臓を狙って、小刀や苦無で突き刺したり切り裂いたりして応戦しているのだが
「あー。これはいつになったら終わるんですかねー」
数が多く、殺したと思った生き物ですら殺しきれておらず、むくりと起き上がり、再び、攻撃をしてくる集団に交じってくる。
生き物達の攻撃は単調なので、無傷でやり過ごしてはいるのだが、確実に体力は奪われていた。
ちらっと博士の方を見ると、この光景をうっとりとした表情で見つめている。まるで実験の成果を楽しむように。
その姿にイラっとしたので、生き物の隙間から苦無を投げてやるが、その苦無は簡単に防がれてしまった。
「こっちに構う余裕があるのですか?」
「へっ。こんなん余裕でさ」
「ははは。流石、あの街に住んでるだけはありますね。それとも、大佐がそういう人物を引き付ける力でもあるのでしょうか」
「マジですかい。だんなは疫病神かなんかなんですかね」
「ははは。そうなのかもしれません」
二人は楽しそうな会話をしているが、生き物の死体が転がり、さらに数を増やそうと武器を振っているのだから、状況は酷いものである。その時、唐突に事態が動く。なんとか切り抜けていたハウンドだったが、疲れがたまったのが原因か足がもつれてしまい、その場に膝をついてしまった。
「ちっ……」
「楽しい時間も、これで終わりですか」
飛び込んできている生き物の対処が間に合いそうにない。
(あーあ。結局、だんなの事、何も分からず終いか……)
覚悟を決めた瞬間、誰かが、迫っていた生き物に対して蹴りを入れ、持っていた武器で数体を斬りつけ、生き物達の攻撃から守られた。どうやら助けられたようだ。
「おい。さっきの会話聞こえてたぞ。誰が疫病神だ。俺からしたらお前の方が疫病神じゃ」
「だんな……!」
助けに入ったのはシュヴァルだった。
「ったく、好き勝手言いやがって。で、こいつらはなんなんだ?」
「実験の成果らしいですぜ。だんなの知り合いはやばい奴しかいないんですかい?」
立ち上がりながら、状況を説明する。
「実験?知り合い?」
言われたシュヴァルは辺りを見渡し、遠くにいる男を見付けた。
「博士って言われてたのはあんただったのか。ティレック」
ティレックと呼ばれた男は、嬉しそうに両手を広げて笑顔を向けてきた。
「おー!シュヴァル大佐!お久しぶりですねー。大きくなられて、元気にしていましたか?」
友達に会ったようなテンションで話しかけてくる。
「あんたも生きてたんだな。まぁ、よく考えれば、博士で実験って言ったらあんたが候補に挙がるか」
「いやー。覚えててくれたのは嬉しいですねー。隊長には会いましたか?あの方も生きておられるんですよ」
「ああ。会ったよ。で、あんたらは一体何をしようとしてるんだ?こんなもんまで作って」
「隊長は何て?」
「教えねーとよ」
「でしたら、教える訳にはいきませんね」
「そうかい。だったら、あいつの今の居場所を教えてくれ。直接聞きに行く」
「それも、教えられませんねー」
いたずらっぽく笑う。
「けっ。だろうな。期待はしてなかったわ」
二人は、生き物の大群に向かって背中合わせに立ち
「どうしやす?だんな」
「こいつらをぶっ倒して、力尽くでも教えてもらうさ!」
お互いタイミングを計ったように、お互いそのまま走り出していた。
シュヴァルは、生き物達の首を斬ったり心臓を貫いたり脳を貫いたりして数を減らしていき、ハウンドもまた同じようにしつつ、その中に体術を組み入れつつ――02にしたようなものよりかは手間を省く、首に足を絡ませて一気に地面に叩きつけて首を折る技――減らしていった。
「ふむふむ……成程成程……」
そんな光景をティレックは興味深げに見続けていた。
とうとう最後の一体を倒し、二人は拍手をしているティレックを睨みつける。
「いやーお見事ですよ。あれだけの数を、まさか倒されてしまうだなんて」
「余裕そうじゃねぇか。今度はてめぇの番だぞ」
「いえいえ。内心はとても焦っておりますよ。とても恐ろしいです」
「全然そんな風には見えやせんけどね」
二人は、左右に分かれてゆっくりと距離を詰めていく。
不意に、ハウンドが走り出す。生き物達が入っていた入れ物の影に入りながら接近していく。それに合わせるように、シュヴァルも走り出した。
「くっくっくっ。本当に恐ろしいです。私のこの力がどこまで通用するのか、考えるだけで恐ろしいですね!」
右手に出現させたどす黒く濁った野球のボール程の球をハウンドに向かって先読みをするように放つ。それはあっさりと躱すのだが、ティレックがかすかに笑ったのを、シュヴァルは見逃さなかった。
「ハウンド!気を付けろ!」
濁った球は躱された後、少しだけ真上に向かっていき急に止まる。するとその場で弾けてハウンドに向かって数えきれないほどの小さな球が襲い掛かる。
生き物達が入っていた容器を盾にして縫うようにしながら回避していく。
「ははは!いいですねー!」
「おらぁ!」
接近していたシュヴァルは右から左に横斬りをするように刀を振った。ティレックは左手にどす黒く濁った剣を出して受け止める。
「さっき女と戦ったよ。別の形だったが力が宿ってた。でも、膜だか言うのは無かったから、あんたにも無さそうだな」
「おや。それを知っているんですね。何故です?」
「ちょっと、こっちにも色々あんだよ」
「その事について聞きたいのですが。まぁ良いでしょう。あの能力だけは宿す事が出来ないみたいなのですよね。メルちゃんの様な、天使として生まれた特別な存在にしか発現しないのでしょう」
「なら話は簡単だな。あんたをぶった切ればそれでこの戦いもお終いだ!」
右手の刀を左から右へ払う。それは後ろに飛ばれ躱されるのだが、着地した場所の下から金属音が鳴り見てみると、ピンが抜かれた手榴弾が転がってきた。
「おやおや」
ティレックが足をつくのと同時に爆発した。
「やりー。ありゃ?」
「なんだそれ?」
爆発が起こった場所に、どす黒く濁った球体が出来上がっている。
「はー。びっくりしました」
中から声が聞こえたと思ったら球体の中央から左右に開いていき、ティレックの背中に羽のように収まる。
「そんな事も出来んのかよ」
「案外出来るものなんですねー」
子供の様に自分の力にはしゃぐ姿は、とても危険な実験をしている者と同一人物とは思えない。
「余所見してる暇はねぇですぜ!」
後ろから走って近付いて来ていたハウンドが首を狙って小刀を突き立てようとするが、片翼が動き、払うようにハウンドを吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらも地面に着地したのだが、片翼が蛇のようにうねりながら追い打ちをかけてきた。それから走って逃げ回る。
「こいつ!」
ハウンドの事を気にかけつつ、シュヴァルは再び斬りつけようとする。
もう片方の翼が動き出し、ハウンドの時同様にシュヴァルに襲い掛かってくる。
「くそっ!?」
接近するのを諦めて逃げに転じた。その際、左手の刀を仕舞い拳銃を取り出し、撃ちながら後退していく。ティレックは左手を前に出して更に前に大きな盾を出して防ぐ。
「いやー。人間でこれだけこの力を使えるのなら、本物のメルちゃんはどれだけ使えるのでしょうね。それを考えるだけでわくわくが止まりませんよ!」
「昔から全く変わんねぇな。イカレ具合がよ」
右手の上に今度はサッカーボール程の濁った球を出して上に飛ばす。弾けて無数の小さな球に分裂するとシュヴァルに向かっていく。ハウンドと同じく、入れ物の間を縫うように躱していく。その内、数が少なくなったのを見て逃げ回る足を止めて、向かって来る球を斬って対処し始めた。
ティレックがさっきと同じくらいの大きさの濁った球を両手に出現させて上空に飛ばし破裂させて先程よりも多くの小さい球に分散させてシュヴァルに向かって放った。
数個の球を弾いた後、捌ききれない残りの球に襲われて飲まれてしまう。
その光景を不気味に笑いながら見ているティレックに、忍び寄る影が一つある。
「いつまでも、暴れさせとくかってんだ」
ハウンドがぼそりと呟きながら、いつの間にか視界外から急接近しており、思いっきり小刀を振りかざして心臓目掛けて突き刺しに行った。
「……っ!?」
しかし、手のように見える盾のような物がハウンドの小刀を受け止めており、突き刺すのに失敗していた。
「危なかったですねー。楽しいと、ついつい注意力が散漫になってしまっていけませんね」
「そのままやらせてくれれば良かったんですぜ」
一旦距離を取ろうとするが小刀が抜けない。すると、刃の部分がぐにゃりと曲がり始めたので、小刀から手を離して後ろに飛んだ。
刃が曲がり使い物にならなくなった小刀を手に取り、ティレックは不敵に笑いながら言った。
「これは……申し訳ない事をしてしまいましたかねぇ。そろそろ武器も無くなってしまいましたか?」
「心配はいりやせんよ。そこら辺は計算してやすからね」
腰に差してあるもう一本の小刀を出して答える。
「そうですか。それは良かった。まだまだ楽しめそうですね」
「それはどうでしょうね」
いつの間にかティレックの背後に回っていたシュヴァルが勢いよく走ってきていたのだが、ティレックが突然苦しみだし、なんだか雲行きが怪しくなってくる。
「うぐっ……ぐぉ……」
「おいおい、もしかして……」
「こりゃぁ……見た事ありやすね……」
二人は立ち止まって様子を見ていると、二枚だった羽が六枚になり、うねるように動き出しシュヴァルに襲い掛かってくる。
斬り払ったり躱したりしたが、対処しきれずにお腹に一撃入れられて宙に舞う。そこに、上からはたかれて、地面に勢いよく叩きつけられた。更に、圧し潰すようにとどめを刺しにきた。
「くっそ……」
起き上がろうとするが間に合わずに攻撃を食らってしまう。
「だんな!」
その光景を目の当たりにしている間に、ハウンドにも魔の手が迫っていた。
両脇の下から新しい腕が二本ずつ生えてきて徐々に肥大化していき、両腕を前に出すと、それは高速で近付いていく。軽い身のこなしで躱していくが、シュヴァルを襲っていた物も追加され物量には敵わずに、やがて捕まってしまう。それは大きく振りかぶったかと思うと、ハウンドを壁に向かって思いっきり投げつけた。
「がはっ!?」
壁に叩きつけられた後に、生えた腕を握り拳にして追撃される。
拳をどけると、ハウンドは力無く地べたに落ちていった。
「グハァ!ギャハァ!ガハァ!」
ティレックだった生物は笑っているのか何なのか分からない声を上げている。
その姿を、薄れゆく意識の中、シュヴァルは見つめていた。
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