第2話 各々の戦場

研究所に向かうヘリの中、初めての乗り物という事ではしゃいでいる子供が一人いた。

 「これは押してもよいものなのか?」

 「あっ、安易に押さないで下さいね。最悪、墜落してしまいますから」

 「そうなのか」

 「メルお嬢様。押しても宜しいですけど、その時は仰ってくださいね。悲しいですが、エミリーだけ犠牲者として置き去りにしますので」

 「なんで!?私も連れてってよ!」

 メルが操縦席にいるエミリーと助手席にいるアメリアにふざけ合いながら色々教わっている。

 「楽しそうね。メルちゃん」

 「そうですね」

 横に取り付けてある座席に座り、その光景を微笑ましく見ているのはサリアとマリアの姉妹だ。

 「子供は可愛いと思うけど、メルちゃんは別格に可愛いわね」

 「そうですね」

 「あの街の子供って、たまにとんでもなく悪いのがいたりするもんね」

 「そ、そうなんですか?」

 冗談なのか本気なのか分からず、マリアは苦笑いで返す。

 「お前らなぁ。出発前にも言ったけど、今向かってるとこにピクニックしに行くんじゃないんだぞ。分かってんのか?」

 反対の席には、足の上に肘を立てて頬杖をつくシュヴァルと頭の後ろで両手を組みヘリに完全に寄りかかっているハウンドが座っている。

 「分かってるわよ。あんた、ぴりぴりし過ぎ」

 「お前らが能天気過ぎんだよ」

 「何ですって?」

 「何だよ?」

 二人の間に火花が散り始め、慌ててマリアが止めに入った。

 「お二人共!?喧嘩はやめて下さいね!?」

 「マリア。私、こいつとは絶対に分かり合えないわ」

 「それはこっちの台詞だ」

 「研究所に着く前に殺されたいんですの?」

 「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 マリアの健闘虚しく、火花が一層激しく散る結果になってしまった。

 「あー、ど、どうすれば……」

 今にも言葉通りの行動を起こしそうな二人に焦っていると、ハウンドがそのままの体勢で口を挟んできた。

 「ほっときゃいいんですよ。喧嘩するほど仲が良いって言いやすでしょ?二人はそれでさ」

 「「それはない!」」

 「ほら。息が合ってるじゃねぇですかい」

 同時に叫ぶ姿を見て、確信を得たように言った。指摘をされた二人はふてくされてしまう。

 「もー。お嬢様方、少し静かにして下さいねー」

 後ろが騒がしかったようで、エミリーが前を見ながら注意する。

 「ふん!全く!研究所にはまだ付かないの!?」

 「メルちゃん。どうなんですか?」

 「うーむ。もう少しで見えると思うぞ」

 「もう少しですって。お姉様」

 「聞こえてるわよ」

 ふくれっ面になるサリアに、シュヴァルも不機嫌そうに問う。

 「つうかさ、こいつらも一緒に来るのかよ」

 ヘリの後方を見ると、ロボット三姉妹が笑顔で立っている。

 「当たり前でしょ。私のメイドよ?付いて来て当然じゃない」

 「本当に大丈夫なんだろうな?プログラムを書き換えたとか言ってたけど」

 「大丈夫ですって。その子達は安全です。ね!」

 「「「はい。マスター」」」

 エミリーの問いかけに、三姉妹は声を揃えて返事をした。その姿を訝しげに見る。

 とてもじゃないが、今から向かっている場所に何をしに行くのかを知っていると、暢気すぎるような気もする。しかし、その空気が壊れるのは突然だった。

 「むっ!?いかん!」

 そう言って、メルは急に走り出しヘリの扉を開けて飛び降りた。

 「メルちゃん!?」

 サリアとマリアは慌てて扉に近付き下を見てみると、翼を出して優雅に羽ばたきヘリよりも少し前に出て空中で停止した。その姿にほっと胸を撫で下ろす。

 シュヴァルとハウンドは席から立ち、急いで操縦席に向かいそこから正面を見る。

 「何だ?何か見えるか?」

 「……正面に何かいやすね」

 見えたその何かから、黒い小さな丸い塊が無数に飛んできた。

 「させぬ!」

 メルは両手の上に白い小さな光球を同じくらい作り、黒い塊に向かって放った。二つの無数の物体は衝突し同時に消えていく。

 「何!?何!?何なんですか!?」

 エミリーがしっかりと操縦をしつつも慌てふためいている。

 「エミリー、落ち着きなさい。お嬢様方。どうなさいますか?」

 「えっ!?うーん……」

 サリアが腕を組んで考えていると、シュヴァルが割って入った。

 「あれは、多分メルが言ってたショコラって子だろ。あの子はメルに任せて良い。それよりも、早くどこかに降りれないか?近くで飛んでたらメルの邪魔になる」

 意見を交わしているこの間も攻撃が続き、メルが対処している。

 「分かりました。エミリー」

 「あっ、はい!」

 言われた通りに、すぐさま行動に移す。

 「わ、私の従者なのに……」

 「お姉様。気を落とさずに」

 サリアは自分の従者達が他の人間に何か言われて行動する姿を見て呆然としてしまい、マリアはそれを慰めた。

 指示された通り着陸しようとするのだが、どこも整備されていない森林が広がっており、とてもじゃないが出来そうにない。

 「ど、どうしましょうー!?」

 「……見えてる範囲だと、研究所の近くぐらいしか無さそうか」

 シュヴァルが急いで扉近くまで行き、メルに大声で呼びかけた。

 「メル。あそこにいるのがショコラって子なんだろ。ヘリを研究所付近に下ろしたいから注意を引けないか?」

 「分かった。任せろ」

 「気を付けろよ」

 「シュヴァル達もな」

 翼をはためかして物凄い速さで近付いて行った。

 黒い透明の綺麗な翼を生やした、黒いワンピースを着た少女、ショコラが不満そうにして飛んでいる。

 右手に剣を出して、叫びながら斬りつけた。

 「ショコラ!」

 左手に黒い透明の剣を出してそれを受け止める。

 「何で戻って来たの?心変わりでもした?」

 冷たい表情で淡々と言う。

 「研究所を壊しに来た」

 「へー。凄いじゃない」

 「それと、ショコラを連れていく為にも来たのだ」

 「こんなことしといて?」

 「これは、流れでこうなっただけだ」

 「なにそれ。馬鹿な事考えてないで、さっさと帰りなさい」

 語気を強めて剣に力を入れ斬り払ってメルを後ろに飛ばす。

 横を見ると、遠回りで研究所に近付こうとしているヘリがいた。

 「はぁ」

 一つ息を吐いて、吹っ飛ばしたメルに向かって距離を詰める。

 「あいつ……今、見逃したのか?」

 ヘリの中から二人の事を見ていたシュヴァルは、ぽつりと呟く。それに気付いたのはハウンドだ。

 「だんな?」

 「あのショコラって子、手を抜いてる感じがする」

 「なんでそんな事するんで?」

 「俺が知るか。ただ、天使としちゃあ偽物だから、力を扱いきれてないのかもしんねぇな」

 十分研究所に近付き、下を覗き込んでいたサリアが叫ぶ。

 「エミ!そろそろ下に降りてもよさそうよ!」

 「あっ、はい!でも、一応誘導がいて欲しいかなって」

 「お任せください。マスター」

 そう言ったのは03だった。

 「どうするのよ?」

 「こうします」

 扉に近付くと、何の前触れも無く飛び降りた。

 「あんたも!?」

 立ったまま落ちていくその姿はシュールだった。地面に落ちる前に足の裏から火を噴いて威力を殺し無事に着地する。そして、笑顔で手を振り始める。

 「……まぁ、ロボットだから平気か」

 多少の焦りを見せたが、ロボットだという事を思い出して安心をした。

 「よし。エミ!着陸!」

 「あいさー!」

 ヘリが徐々に高度を落としていき、やがて着陸をする。その瞬間

 「お前らはメルを見ててくれ。ハウンド行くぞ」

 「りょうーかいーっす」

 「えっ、ちょっと!?」

 シュヴァルとハウンドはすぐにヘリから降りて研究所の方へと走っていった。それを見送りながら、サリアは愚痴をこぼす。

 「全く。あいつら勝手すぎるでしょ」

 「追いかけなくて良いんですか?」

 「別にいいでしょ。好きにやらせときなさい」

 マリアの心配を軽くあしらう。

 「ふぅ。ん?」

 アメリアが一息ついた時、研究所の影からメイド服をきた人物が現れ、こちらに歩いて近付いて来ているのを確認する。

 「お嬢様。誰かがこちらに接近してきています」

 「えっ?誰よ」

 言われて、ヘリから降りてその方向を見る。スマートで背は高く美しい女がいる。

 「……」

 警戒しつつも声を掛けた。

 「あんた何者?こんなとこにいると危ないわよ」

 無言でどんどん寄ってくる女に危機感を感じ始めた時

 「お下がりください。サリアお嬢様」

 03が右手首を曲げて刃を出し、女に向かって走っていく。

 「ちょっと。穏便に済ませなさいよ」

 腕を組みヘリにもたれ掛かって成り行きを見守る。

 右腕を引き一気に突き出す。女はそれを左腕で弾きながら、右手首を曲げて刃を出し、03の腹部目掛けて突き刺した。刃は腹を貫通した。その光景にその場に居た全員驚く。

 「なっ!?なんで!?」

 「ロワちゃん!?」

 「ありゃりゃ。貫通されちゃった」

 刺された本人は特に痛がる様子も無くけろっとしている。

 女は刃を引き抜きながら左手を握りしめ03ことロワの顔面を殴って吹っ飛ばす。

 飛ばしてからすぐに跳躍をして飛ばされて寝転がっているロワの首を狙って刃を突き立てて、胴体から分離させた。

 ロワの機能が停止したのを確認した後に、サリアの方に振り向いた。

 わなわなと体を震わせるサリアが大声で怒鳴りつける。

 「お前!私の従者に何してんだ!」



 研究所に入ったシュヴァルとハウンドにも、敵が立ち塞がっていた。

 「あんた達が、博士の邪魔をする悪い奴?」

 若い女が髪をいじりながら立っている。どこかの学生服を着ているが大人っぽく、挑発的な態度で二人を待ち構えており、その後ろには地下へと続く階段が見えている。

 「ちっ、めんどくせーな」

 「あんたは博士が何をやってるのか知ってるんですかい?」

 いじっていた髪を払い、腕を組んでから答える。

 「知ってるよ。それが何か?」

 「何とも思わねぇんですかい?」

 「可哀想だとは思う。実験に使われた人達も、そうじゃない人達も。でも、しょうがないんじゃない?それに、あの子供達、生きていく為に必要な事だったんじゃないの?」

 「だとしても」

 「あんた達みたいにたまたま出会ったから正義をふりかざして助ける奴と、実験に協力する代わりにお世話をする博士、私は博士の方がいい人だと思うけど」

 「……」

 確かにその通りだとほんの少しだけでも思ってしまった。こういう世界を見ようとも見つけ出して助けようと考えた事すら無かった。

 「それでも俺は……俺達は、ここを潰す。これ以上の被害は出させない」

 複雑な心境を振り払うように、自身の決意を表明した。

 「そ。なら、衝突は避けれないわね」

 腕を伸ばし、人差し指を下から上へ動かした。その時、爪が伸びて地面を裂きながらシュヴァルに襲い掛かる。それを間一髪で避ける。

 「こいつも天使の血を入れられてんのか!?」

 言ってる間に伸びていた爪が戻っていき、今度は中指を向けて爪を伸ばしてきた。

 刀を抜き伸びてくる爪を斬り落とそうとするが、甲高い音が鳴り弾くことに成功はするが斬り落とすことは出来なかった。

 「膜とか言うやつか!?それも力として開眼すんのかよ」

 「膜?何の事?」

 「だんな!」

 「貴方はこないの?こっちから仕掛けてあげよっか?」

 そう言って、左手の人差し指を向け伸ばしてくる。即座に小刀を抜き身構える。そこに、シュヴァルが近寄ってきてもう一本の刀を抜いて向かってきていた爪を斬るように叩き落した。

 「ハウンド、お前は先に行け。二人で相手してる暇はねぇ」

 シュヴァルが小声で提案をする。

 「……死なねぇでくだせぇよ」

 「誰に言ってんだよ」

 「ははは。ちげぇねぇや」

 言い終わると、ハウンドは階段に向かって走り出していた。

 「いかせないよ」

 ハウンドに向けて爪を伸ばそうとするが、いつの間にか接近していたシュヴァルが斬りつけて阻止をする。攻撃を躱しているその間に、ハウンドは女の後ろに見えていた階段を駆け下りていく。

 「あーあ。一人通しちゃったー」

 守ってた事を破られたのにも関わらず、平然としている。

 「余裕そうじゃねぇか」

 「まーねー。あんた達は物好きで死地に来たと思ってるし」

 「はっ。ちげぇねぇな」

 突っ込んでくるシュヴァルに向かって、左手の全ての爪を伸ばした。

 体を捻りながら躱し、そのまま斬りつける。それは右手の爪を盾を作るように伸ばして防がれるが、盾のうえから吹き飛ばす。

 「あんた、容赦なさそうね」

 「物好きで死地に来てはいるが、無駄死にする気はねぇからな」

 二人の間に、緊張が張り詰めた。



 先に進んでいたハウンドは、一つのドアの前にいた。重厚感のあるそれは近づいてみると、まるで誘い込むように独りでに開く。

 「……まっ、行くしかねぇんですけどね」

 自分自身を奮い立たせるように言い、足を進める。

 ドアの先は一面が白く清潔感のある廊下がどこまでも続いている。所々、ガラスの窓が張られている部屋があり中が見れるのだが、窓から見れる下の一部屋に驚いて目を見張った。

 「こりゃぁひでぇや……」

 その中は、血が飛び散っており所々には肉片のような物までこびりついており、とても凄惨な現場になっている。

 別の部屋にはホルマリン漬けにされた何かの生物が沢山置かれていたり、ある部屋では機械類が並べられていたり、様々な部屋があるのを横目に進んでいく。

 「これが、アニメやゲームの映像なら楽しいんでしょうがね」

 独り言を呟きつつもある疑問が生じる。人の気配がまるでないのだ。

 「こんだけの施設なのにどうしてだ?逃がした?いや、逃げた?」

 考えを巡らせながら歩いていると、今までとは存在感が違うドアに突き当たった。

 「こん中か」

 この先に誰かがいるのを感じ取り、気合を入れなおす。そして、ドアに近付くと、先程と同様に勝手に開かれる。

 中に入ると、そこは、大きな空間に円柱のガラスの入れ物の中に何かの液体と一緒に大人程の人間の形をした生物が入った物が等間隔に大量に並べられており、奥には巨大なモニターや小さなモニター、キーボードがいくつも置かれている。その前に白衣を着た人物が立っていた。

 「あんたが、博士とか言われて調子に乗ってる奴ですかい?」

 「博士とは言われてるけど、調子に乗ってる訳ではないかな」

 振り返った人物はハウンドを見て少し驚いたように言った。

 「あれ?大佐も一緒じゃないのですか?」

 「大佐?だんなの事ですかい?なんだか最近、だんなの知り合いによく会いやすよ。呪われてるんですかねぇ」

 「呪われてるんじゃなくて、必然と言った方が正しいかな」

 「それは、どういう意味ですかい?」

 「さぁ?どういう意味でしょうかね」

 「食えないやつですね」

 何の前触れも無く苦無を取り出して投擲をする。それを落ち着いて腕を払うようにして苦無を弾いた。武器を持ってる様子も無く、素手のようだ。

 (まぁ、予想はしてやしたけど)

 「そんなに焦らなくても。もう少しお話ししましょうよ」

 「じゃあお言葉に甘えて。あんたも普通の人間じゃないんですね」

 「やはり実験をしていると、ついつい自分の体も使ってみたくなるのですよね。これはその一環です」

 「そうですかい」

 「未知なる物の解明はわくわくします。貴方もそう思いませんか?」

 「その考えは分かりやすけど、あんたのやり方には共感出来やせんね」

 「そうですか。とても残念です」

 口ではそう言っているが態度はそう見えない。

 「話は終わりですぜ。じゃあ早速、あんたを消しやす」

 「そう言わずに。私の実験の成果を見てくださいよ」

 「はぁ?」

 何をするのか不審がっていると、カタカタとキーボードを叩いたと思ったら、ガラスの入れ物が一斉に割れ、中にいた生き物がその場に横たわる。そして一人、また一人とゆっくりと起き上がり始める。

 「何ですかい。こいつら」

 嫌な物を感じ始めるが、一度息を吐き、小刀を握り締め直す。

 「さぁ。実験の最終段階です。存分にデータを取らせてくださいね!」

 その一言をきっかけにして、生き物達がハウンドに向かって襲い掛かってきた。

 「あーあ。生きて帰れやすかねー。これ」

 迫りくる生き物達を前に、弱音ともとれる愚痴をこぼすのだった。

 こうして、各々の戦場で、戦いの火ぶたが切って落とされた。

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