第14話 私に服をください
「イテテ……何が起きたんだ……?」
暗がりの中でのっそりと大きな人影が起き上がる。
ごつごつした石畳の上でしばらく横たわっていたオージンは、体のあちこちに痛みを感じた。
しばらく状況が呑み込めずにぼんやりしているうちに、ハッと魔人との戦いを思い出す。
いや、あれは戦いというよりも一方的ないたぶりだった。
「俺、死んだはずじゃ――」
慌てて視線を自分に向けると、そこで見たのは穴の開いた自分の胸ではなく、しがみつくようにして眠っている幼い子供の姿だった。
疲れ切った顔をして、その男の子は熟睡している。
(あれ、この子……冒険者ギルドの前で股間に飛び込んできた子じゃない?)
揺すり起こそうと思ったが、熟睡しているようなので起こすに忍びない。
(というか、私……怪我が治ってる?)
確かに胸に大きな風穴を開けられたはずだが、それはすっかり塞がっていた。胸を触っても、どこも傷一つついていない。
(フィアットくんが治癒魔法で助けてくれたの?)
そのフィアットの姿がどこにも見えず、オージンは焦燥しつつキョロキョロと首を巡らせた。
ダンジョンはシンと静まり返っている。
ただ男の子のスヤスヤという寝息だけが聞こえた。
(フィアットくん……きっと無事だよね? 急いでいるみたいだったから、先に帰っちゃたのかな。それとも、助けを呼びに行ったの?)
こんな巨体を彼一人の力で運べるはずもなく、仕方なくい置き去りにされたのかもしれない。無情にも見捨てられたとは思いたくなかった。
戦いのさなか、かすかに芽生えた友情を信じたい。
(――で、この子供は?)
どこから湧いてきただろう。
とにかくいつまでもここで横になっているわけにもいかないため、オージンは子供を起こさないようそっと体を抱き上げつつ、自分も立ち上がった。
そして、この時になってやっと自分が素っ裸であることに気付く。
「きゃぁぁ、のび太さんのエッチィィ~って、なんで裸なの!? 傷の手当をするために上裸になるのはわかるけど、下着もなーんにもないすっぽんぽんだなんて! お嫁に行けないじゃないの!」
動揺のあまりおねぇ口調になって腰をくねらせたが、少し考えて「あ、自分はおじさんだから、全裸でもはずかしくないもん」と考えを改めた。
もし自分が前世の姿のままここで全裸気絶していたらそれは一生の恥じだが、おじさんだからこんなのは問題にもならない。
大胸筋も晒し放題だ。
「ふ~危ない、危ない。おじさんでよかった」
一人で慌てたり怒ったりしていると、眠っていた男の子がゆっくりとまぶたを開いた。
オージンは彼の横にひざまずき、顔を覗き込む。
「ぼうず、大丈夫か? ケガは?」
「……っ!」
ぼーっとしていた子供は、数秒してから目を見開き、暗がりにもわかるほど顔を赤くして、それから俯いた。
「あ、ああ……あの……ごめんなさい」
「どうした? ぼうずは一人でここに? パパやママは?」
「ああ……僕、魔法が……」
顔を真っ赤にしたまま男の子は自分の手元を見て、何か悟ったように呟いた。
「安心しろ、おじさんが外まで連れて行ってやるよ」
「……」
恥ずかしがりやなのか、俯いたまま返事もしない。
「しかし困ったな。このまま町に戻ったら変態扱いされるぞ。さすがにフルチンはまずい」
神様にリクエストした通り、立派なイチモツがぶら下がっている。こんなものをブラブラさせてギルドに戻れば、あの窓口嬢に半殺しにされかねない。
とはいえ、所持していた革の財嚢もどこかに消えてしまい、服を買うお金もない。
葉っぱで腰みのでも作るかと半ば本気で考えていると、少年が腕をいっぱいに突き出して、古びたローブを差し出した。
「これ……使ってください」
「おお、悪いな、ぼうず」
大人サイズのローブだが、オージンには小さくて前が全開になってしまう。これでは春先に出没する変態だ。
仕方なく腰に巻くことにした。
これで最低限は隠せる。
「どれくらい寝てたのかわからないが、早く戻らないと。フィアットも待ってるかもしれない」
「あ……えーと……」
「ぼうず、歩けるか? 随分と疲れた顔をしているようだから、おじさんが背負ってやろうか? 肩車でもいいぞ~」
その男の子を見ていると、ふとオージンは元の世界に残してきた甥っ子のことを思い出した。
この子と同じくらいの歳で、とても懐いてくれていた。もう会えないのだと思うと急に寂しくなる。
「あ、あの、オージンさん……ぼ、僕です……」
「ん?」
「僕が、その……フィアットです」
もじもじと照れた様子も可愛く、男の子は真実を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます