第13話 僕はおじさんを死なせない
フィアットが育ったのは、魔法使いたちが作った小さな城街だった。
誰もが顔見知りで、親戚で、家族で、友達。
彼らは純粋に魔法を極めることに情熱燃やし、小さな世界で楽しく生きていた。
「わーん、ママ、ちょうちょさんが死んじゃったよー、魔法で元に戻して~」
「泣かないで、可愛いぼうや。ああ、この蝶々さんの魂はもうお空に還ってしまっているわ。生き返らせることはできないの」
「どうして? いつもママは魔法でパッと割れた食器を元に戻すでしょ。僕が怪我しても、治してくれるでしょ?」
「うーん、説明するのは難しいわ。ママの魔法でもできることと、できないことがあるの。『死』は元に戻すことができないのよ」
「えーん、ママなんてきらい~」
「あらあら、困ったちゃんね」
これは数少ないフィアットと母親との思い出だ。
少し前まではもっと記憶があったはずだが、時が流れるうちに記憶は薄れていった。
だが、自分が愛されていたことと、素晴らしい故郷があったことだけはハッキリと認識できる。
(ママ……ママは本当にいなくなってしまったの? それとも、みんな僕だけ置いてどこかに行ってしまったの?)
「時空の賢者の守護を我に――時よ遡れ。その者のあるべき姿に戻れ――時光回還<クロノリバース>!」
膨大な魔力は、時間すら逆行させる。
フィアットは全身の魔力を絞り出し、死にゆくオージンの体に注ぎ込んだ。
(もう僕は守られるだけの存在じゃない。この人を死なせないっ!)
オージンの体は光に包まれ、急速に傷穴が塞がっていった。
だが、死に至るほどの傷を戻すのは初めてのことでもあり、上手く調整することができない。
(魔力が吸われる……おじさんの体、今まで怪我を治してきた人とは何か違う――)
命まで吸われそうになる瀬戸際で、フィアットは踏ん張った。
「うわぁぁぁぁっ」
激しい痛みに体が引き裂かれそうになり、フィアットは全ての力を投げ出す。
それは自身にかけていた魔法を解くことでもあり、美しい青年の姿は光の中で小さくなっていく。
ほっそりとした頼りない手足に、あどけない輪郭。
つぶらな瞳は金色に輝き、フィアットの本来の姿をさらけ出した。
それはどう見ても10歳にも満たない子供の姿だった。
体に合わない大きなローブが、魔力のうねりの中で大きくはためく。
「いけぇぇぇぇっ」
頭の先から、足の先まで、全ての魔力を振り絞り、オージンへと注入する。
(とにかく、今よりも少しでも時間を前に戻さないと――お願い、死なないで、おじさんっ!)
意識朦朧とする中で、フィアットはオージンの体に異変が起きていることに気付いた。
刈り上げた短い髪は急速に伸び、明るいピンク色は海藻のように黒々とする。
屈強な肉体は痩せて縮み、丸みを帯びた体へと変化した。
(ママ……?)
その黒髪は、記憶の中に残る母親の面影と重なった。
一瞬、母親が戻って来たのかと驚くが、すぐにその顔を見て別人であることに気付き、落胆する。
(ママ……じゃない……誰?)
オージンを回復させたはずなのに、そこに現れたのは全くの別人だ。
顔も、体つきも、性別さえ異なる。
すぐにそれが女性だとわかったのは、オージンが身にまとっていた鋼の鎧までも時間が巻き戻った状態になったため、消えてなくなったのだ。
通常、物質の時間を巻き戻すと原材料になるはずだが、それは「無」に帰した。それはつまり鎧が「無」から生まれたことを意味するのだが、フィアットはそれを理解できない。
それよりも、目の前に現れた人物は誰なのか。
消えた鎧なんてどうでもよかった。
やがて魔力が尽きると、周囲を取り巻いていた光はゆっくりと元に戻った。
それと同時にフィアットは意識を失い、膝から崩れ落ちるのだった。
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