第15話 僕はあなたの秘密が知りたい
「――なるほど。子供だと冒険者ギルドに相手にされないから、魔法で大人の姿になってたってことか」
「はい……騙してしまい、すみませんでした」
オージンは納得して頷きながら歩いた。
その背中には、ぐったりしたフィアットが背負われている。
全ての魔力を使い切った彼はしばらくまともに動けないようなので、このままダンジョンの外まで運ぶことにしたのだ。
疲れているのか、騙したことに対する罪悪感なのか、生意気なフィアットの口調には棘がなかった。
「それにしてもすごい魔法だ。全く気付かなかったぞ」
「……オージンさんだって……」
「ん、何か言ったか?」
「い、いえ、何でも……」
背中でフィアットが身じろいだ。
その体重は羽のように軽く、こんな小さな男の子が必死になって命を助けてくれたのかと思うと感慨深い。
「あの……騙したこと、怒ってますか?」
「いいや。フィアットは魔法学校に行くために冒険者になりたいんだろう? きちんとした目的があり、それに向かいやったことだから何も怒りはしない。ただ、子供が一人で帝都まで旅するのは賛成できないな。両親とは相談したのか?」
「……」
その重い沈黙に、オージンはまずいことを聞いたのだと悟る。
「ひょっとして……いないのか?」
「マ……母は僕にこの魔力だけ残して、いなくなってしまいました。だから、この力を使いこなせるようになりたくて……」
だから魔法学校のある帝都を目指しているのだと筋道は通っているが、まだ幼い彼は焦りすぎだとオージンはため息をつく。
「お前はまだまだ子供なんだから、今じゃなくとももう少し大きくなってからでもいいんじゃないのか?」
「僕は16歳です! 学園に入学できる歳です!」
「え? いやいや、どう見たって10もいってないだろう」
ここにきてまだ嘘をつくのかと肩をすくめるが、背中でフィアットがジタバタと足を暴れさせて抗議した。
落っことさないようにオージンは背負い直し、再び歩き始める。
「僕の一族は時の魔法を使います。母が戦乱から僕を逃すため、僕は長く時間を止められたまま地下室にいました。魔力が消えて動けるようになった時には、故郷はもうそこにはなく――」
「大変な目に遭ったんだな、お前……」
こんな幼い子供の波乱万丈な人生を聞いて涙ぐむが、オージンは「それでも」と続けた。
「時間が止められていたなら、やっぱりその時のままの年齢じゃないのか?」
「肉体は成長していませんが、精神年齢は16です!」
「うーん……」
仮に植物状態の人間が何年も眠っていて、目覚めた場合にはやはり歳はカウントされるものだろう。
だが、どう見ても子供の彼を16歳扱いすることは現実問題難しいことだ。
「体の時間は止められていましたが、僕は母の魔法に抵抗して意識だけはあったんです。動けない状態で、ずっと独りで魔法の修行をしていました」
「お前……そんな苦労を……うぅっ、なんて健気なんだ。おじさんが間違ってたよ。フィアットは16歳だ」
元々涙腺は弱い方だが、45歳のこの体は更に涙腺ガバカバのようで、オージンはおいおいと男泣きした。
(フィアットくんの苦労に比べれば、私のセクハラ被害がちっぽけに思えてくるわ。彼には幸せになってほしい!)
鼻水ズビズビと汚らしく泣きじゃくるオージンに、フィアットはなんだかムズムズと恥ずかしい気持ちを覚えた。
こんなにも親身になってくれる人は初めてだったのだ。
温かな気持ちが、フィアットの中に流れ込んでくる。
「よし、わかった。そういうことなら、フィアットを帝都まで送り届けよう! この俺が保護者だ!」
「えっ……」
フィアットは背中にいるためオージンは見ていないが、彼の顔は途端にパァァと花が咲いたようにほろこんだ。
頬はピンク色に染まり、目が星をちりばめたようにキラキラと輝く。
だが、すぐにちょっぴりスネた照れ隠しの顔になった。
「レベル1のおじさんが、僕をどうやって送ってくれるんですか。魔人にも全く歯が立たなかったくせに」
「お前だってレベル5のくせに」
「あれは偽装です。僕の利き腕は右なので」
あの時、フィアットは利き手ではない方でレベルの計測をした。
なぜなら、時の魔法は貴重な古代魔法の一種であり、あまり部外者に見せてはいけないと母親から言われたことがあったからだ。
時を操るということは強大な力を持つことであり、悪用されかねないのだ。
オージンにもずっと「炎魔法」だと嘘をついていたが、これまでフィアットが使ったのは全て時の魔法だ。
モンスターは時を逆回転させて細胞レベルまで戻して粉砕し、ランタンは炎が灯っていた状態に再生。
治癒魔法は怪我を治すのではなく、状態そのものを怪我する前まで時を戻すことを指す。
「じゃあ、お前の本当のレベルは幾つなんだ?」
「秘密。僕はすっごく強いです」
「ガハハ、生意気を言えるくらい元気になってきたようだな。まぁ、俺に任せろ、お前をちゃんと帝都まで送るから」
どこからその自信がくるのかとフィアットは鼻で笑うが、すぐにそっとはにかんだ笑みをオージンの背中に押し付けた。
少し汗臭いおじさん臭に、なんだか心が落ち着く。
(パパみたいだ……パパの記憶は何もないけど……)
もし自分に父親がいるとしたら、こんな感じだろうか。
母はずっと父親のことには触れなかったため、何の情報もない。きっともうこの世にはいないか、母が言えないくらい悪い男だったのかもしれない。それなら知らないままの方がいい。
(一緒に来てくれたらいいなって旅の途中から思ってたけど、まさか本当になるなんて――嬉しい)
フィアットは長らく感じていなかった安らぎに身をゆだねるが、一つだけ気がかりなことがあった。
あの時見た、オージンの本当の姿について――。
(僕に話してくれないということは、言いたくないということなんだろう……一体、この人は何者なんだ?)
疑惑に胸がざわつくが、彼が悪い人物ではないことだけは確かだ。命がけで自分を守ろうとしてくれた事実だけを信じよう。
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