第11話 私は盛り上がりが欲しい
二人は順調に奥へと進んでいった。
ほぼ一本道で、二人で協力して開く扉の仕掛けもチュートリアルレベルの簡単なものだ。
戦闘のほとんどはフィアットの魔法で片付けられていた。
目の前に現れる低級モンスターが、まるで溶けるように消えていく。
「さっきから使ってる魔法はなんなんだ?」
「炎魔法です」
「嘘だろ! 素人でもわかるわ」
「は? レベル1の木こりに魔法の何がわかるんです?」
最初から小生意気なところがあったが、ダンジョンでしばらく一緒に過ごすうちに、ますます遠慮がなくなってきた気がする。
好意的に取れば気心が知れたとも言う。
「おっ、いかにも最奥でございと言わんばかりの大きな石の扉があるぞ。この先に『曙の印』があるんじゃないのか?」
暗がりの先に現れたのは、両開きの大きな石の扉だ。
ご丁寧にも扉の左右にはかがり火が焚かれ、ポーションの無人販売所が設置されている。
(いくら初心者ダンジョンとはいえ、こういう趣のないことをされると気が抜けるわ~)
ラノベ的にいえば、ここは盛り上がるシーンだ。
何か大きな事件が起きて、読者を引き込む仕掛けを作るように新人作家には指導している。
どんなドキドキする展開が待っているのかと、期待に胸を膨らませつつ石の扉を開ける――「チョララ~ン」というファンファーレの音が頭上から聞こえた。
扉の向こうには広々とした空間が広がり、古びた神殿の中央には手作りの台座が設置されていた。
くたびれた花輪で台座は飾り付けられて「おめでとう!」と気の抜けたメッセージが添えられ、『曙の印』と書かれた木札が二つだけ置かれている。
『初めての冒険、お疲れさまでした! 旅の疲れはぜひ、宿屋パンケをご利用ください』
おまけに木札の後ろには、宿屋の割引チケットが張り付けられている親切さ。
神殿の石柱には、スポンサーらしき武器屋や道具屋の名前が羅列している。まるで京都の稲荷神社の鳥居に書かれた企業名を彷彿とさせた。
(さすがにこれは……冒険者を萎えさせるのでは?)
初心者ダンジョンだからこんなものかと思ったが、ボスらしき姿もないため肩透かしである。
オージンはがっかりしつつ『曙の印』を手に取った。その一つをフィアットに差し出す。
「はい、お前の分だ」
「ありがとうございます」
「あとは冒険者ギルドに戻るだけだが――」
ふとオージンは奇妙なことに気付いた。
(なんでここには、印がきっちり二人分しかないの? まるでここに入った冒険者が、私とフィアットくんだけだと知ってて、後から置いたみたい――)
考えすぎだろうか。
それとも、こういうのは「ご都合主義」だと片付けるべきか。
「あれ、こっちに何か……壺?」
他に何か収穫物はないかと見回していたフィアットが、古びた壺を見つけた。
そこには『踏破した勇者へのプレゼント。この壺を擦って下さい』と書かれたメモが貼られている。
(あの壺がクエスト報酬かな? だけど――)
気になるのは、床に残された足跡だ。
土のついた足跡はまだ真新しく、それはこの最奥の部屋に来るまで見かけなかったものだ。自分たちより先に到着した冒険者がつけたにしては妙である。
(この足跡……入り口からじゃなくて、神殿の奥から来てる? まさかこのダンジョンには裏口でもあるの?)
初心者が冒険中に万が一のことがあった時に、緊急救助をするための非常口があってもおかしくはない。ここはまるで遊園地のアトラクションのようなダンジョンなのだから。
(だけど……なんだろう、嫌な予感がする。その壺は本当にクエストの報酬なの?)
トラップの可能性が頭をよぎったのと、フィアットが壺を擦るのは同時だった。
その瞬間、もくもくとした灰色の煙が辺りに充満し、壺の中からおぞましい気配が飛び出してくる。
「ククク……フハハハハッ! やっと外に出られたぞ!」
灰煙の中にぼんやりと見えてきたのは、人型のシルエット。だが、そこには人間にあるはずのない二つのツノと、コウモリのような羽があった。
そのツメは虎のように鋭く、赤黒い肌は人間のものではない。
オージンはソレを初めて目にするが、この世ならざる恐ろしいものであることを肌で感じた。
すさまじい怒気に、大気が震える。
「我は魔人ネルロなり。人間よ、怯えて声も出ないか?」
最初は凝った演出かと思ったが、その魔人が放つ魔力は本物で、役者なんかではない。このチープなダンジョンにはあまりにも不釣り合いである。
本当に、壺の中に封印されていた魔人を解き放ってしまったようだ。
だが、こんな低級ダンジョンで遭遇するレベルのモンスターではない。明らかにラスボス級だ。そんなものがなぜここに?
「魔人……ネルロ……」
フィアットがかすれた声で呟く。
「そうだ、怯えろ、泣け、助けを乞って無様に這いつくばれ! 伝説の魔人ネルロをその目に焼き付けよ! フハハハハッ!」
高らかな笑いがダンジョン内に響いた。
魔人はふんぞり返って、見るからに楽しげである。いつでもいたぶれる虫ケラを前に、余裕しゃくしゃくだ。
オージンはこの圧倒的な気配に、自然と背中が汗ばむのを感じた。
「おい、フィアット。こいつは何者だ!?」
「伝説の……魔人……さぁ、聞いたことないですね」
魔人が自信満々に言うものだからさぞかしこの世界では有名人なのかとオージンは思ったが、フィアットはポカンとして首を傾げた。
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