第5話 私はスイーツハンターになりたい

 始まりの町・シートン。


 この町の周辺に出没する魔物は比較的低レベルばかりで、うっかり高レベルのダンジョンに迷い込まなければ、冒険を始めるにはうってつけの土地である。


 町にいるのはほとんどが人間族だ。

 たまに獣人も見かけるが、人間と交配した血の薄い者が多くてパッと見て人間族と変わらない。


 市場もあって活気があり、通りを歩けばどこからともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。


「うわぁ~なんちゃって中世テンプレって感じね。世界観もありふれてて、こんな設定の小説が下読に回ってきたら、即終了ボタンをクリックしてるわ!」


 思わず心の声が口から出てしまい、行き交う人々が絵里――いや転生しておじさん戦士となったゴリム・オージンを振り返る。


 その姿は見上げるほど大きく、分厚い筋肉を鋼の鎧が覆う。顔には深い刀傷があり、歴戦の猛者のような風格を漂わせていた。


 そんな漢が急にオオカマのような口調で喋り出したものだから、皆怪訝そうな顔をしている。


 コホンと咳払いをして、オージンは気を取り直した。


(いけない、もう私は久保田絵里じゃない。ゴリム・オージンというゴリゴリマッチョおじさんなんだから、それっぽい喋り方をしなくちゃね)


 オージンは胸を張り、がり股でノシノシと市場を貫く大通りを歩いた。威風堂々としたその姿に、混みあっていても人々は道を開けてくれる。


(うーん、高い視界も最高ね。前はこんな混んでいる所にいたら痴漢に遭うこともあったけど、このおじさんの姿ならそんな心配もない!)


 わざと胸にぶつかってくる痴漢野郎を心配することもなく、オージンはキョロキョロしながら初めての町を歩いて回った。


「そこの立派な戦士のおにーさん、焼き串はいかが?」


 最初、オージンは自分のことだとピンとこなかったが、屋台のおばちゃんが手招きしているのを見て、にこにこと愛想よく笑う。


「おお、美味そうだ。どれ一本――」


 と、言いかけたその時、その屋台の向かいにある焼き菓子の店に目を留める。


「さぁ、さぁ、あまーい焼き菓子はいかが? リンゴパイも焼きたてだよ~」

「きゃぁぁ、美味しそうっ! おじさん、これと、これと、あとこれもくださいっ!」

「ま、まいど……」


 甘いものに目がないオージンは、欲望のままにお菓子屋台に飛びついた。


 この世界の通貨であるゼルクコインを、革の財嚢から取り出す。初期装備として、神様から5000ゼルクを授かっていた。


「焼き菓子三つで、5ゼルクだよ」

「わぁ、安い! それなら、これと、あれと、それも買っちゃおうかな! あっ、こっちは2つお願いね」

「はいよ。お子さんへのお土産かい? 全部で10ゼルクにまけておくよ」


 屋台の主人は手際よく焼き菓子を包んでくれた。

 それを待ちきれず、オージンは目をキラキラと輝かせる。

 自分の商品が気に入ってもらえたと知ると、商人は上機嫌になって「試作品だけど、味見してってよ」と蜂蜜がたっぷりかかった焼き菓子を差し出した。


「うわぁあ、いいの? いっただっきまーすっ。はぐぅっ、おいひぃぃ~ほっぺが落ちちゃう~」


 なんて幸せな味なんだ。

 これだけでも転生してよかったと、オージンは感慨にふける。


(メシまず設定の異世界ものもあるけど、どうやらこの世界はそれなりに文明も発展しているようね。そうだ、私の旅の目的は、この世界のスイーツを食べ尽くす旅にしましょう!)


 目的が出来ると、やる気も湧いてくる。


 そこでオージンは早速、意気投合した屋台の店主から情報を聞き出すことにした。


 コホンとまた咳払いし、緩んでいた頬を引き締める。


「ところで店主、この町に冒険者ギルドというものがあるそうだが、どこにあるんだ?」

「ああ、それならこの市場をまっすぐ行けば、突き当りにあるよ。看板も大きく出てるから、すぐにわかるさ」

「ありがとう」

「だが、この町にあるのは低レベル向けの冒険者ギルドだよ。あんたみたいな立派な戦士が何の用だい?」


 オージンは転生したてのレベル1だが、見てくれだけは百戦錬磨の猛将の風格があるため店主は首を傾げた。

 そんなことはお構いなしに、オージンは豪快に笑う。


「もちろん、冒険者として登録しに行くんだ」

「えぇっ? いや、何かきっと深い事情があるんでしょう……」


 オージンは手を振って屋台を離れると、焼き菓子を摘まみつつ市場の道を歩いた。


(この手の序盤チュートリアルは仕事で飽きるほどラノベを読んできたから、大体のことはわかるわ。まずは冒険者ギルドに登録して、稼ぎ口を確保しなきゃね)


 しばらく歩くと、遠くに冒険者ギルドの看板が見えてきた。オージンの身長は周囲の者から頭二つほど飛び出しているため見通しがいい。


 軽い足取りで冒険者ギルドの扉を開けようとしたその時、中から飛び出してくる小さな影があった。


「おっと、危ないぞ、ぼうず」


 飛び出してきたのは、小さな男の子だった。

 オージンにダイブするように突っ込んできたので、股間で受け止める。

 慌てて男の子はよろめきながら離れて、首が折れそうなほど傾けながらオージンを見上げた。


(わぁ、かわいい男の子! くりくりとしたお目目に、色白の肌! 黒髪だけど、目は日本人とは違って金色なのがミステリアスだわ!)


 男の子は10歳にも満たない年頃に見えるが、冒険者ギルドに何の用事だったのだろうか。


 彼の親が冒険者なのだろうかと扉からギルドの中を見回すが、それらしき親は出てこない。


「ぼうず、どうしたんだ? ママやパパは?」

「っ……うるさいっ!」


 男の子は身を翻すと、その場から逃げるように走り出した。身に合わない古いローブの裾を引きずりつつ、路地の角へと姿は消える。


(え、なんなの?)


 オージンはしばらくぼんやりと、男の子が消えた方向を見ていた。



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