終章 勇者の答え合わせ

 ここは迷宮の中、先程までリク様と剣鬼達との激しい戦いが行われていました。


 しかし、剣鬼達のむくろは加護の炎で跡形も無く燃やし尽くされており、この場を見てもリク様が大剣鬼を倒したと知ることができるものは誰もいないことでしょう。

 ——そう、私以外は。


 「ふふふ……」


 私の口からは思わず、喜びの声が漏れます。

 ——素晴らしい!!勇者様のお力がこれほどとは!!


 今回の迷宮で起きた一連の騒動。仕掛け人は私になります。


 勇者様は窮地きゅうちでそのお力を取り戻す。

 そう『神託』を受けた私は一計を案じることにしたのです。


 勇者様を探し求めて迷宮都市に入った私は、幸運なことにすぐにギルドでリク様にお会いすることができたのです。念願の勇者様との邂逅かいこうに、私は興奮を抑えることができず思わず口調を荒げるほどでした。

 

 ——あの肉達磨には生まれてきたことを後悔させてあげてもよかったのですが……リク様に、はしたない姿はお見せできませんので、あの場は手心を加えました。


 自然な形での接触に成功した私は、勇者様の話題を持ち出すことでリク様の興味を引き、私という存在をどんどんと大きくしていきます。

 

——実際、『愛』の加護を持つ私の存在は、今の力を失ったリク様に必要な

存在……お互いに惹かれ合うのは問題がありませんね。えぇ、そうですとも。


 勇者様と別れた私はその足で迷宮の中層まで赴き、一匹の剣鬼を見つけます。

 私がその者に活性魔を使うと、身体は段々と膨れ上がり、遂には大剣鬼へと進化したのです。

 

 『愛』の加護から得た力の一つです。



 大剣鬼が進化したのを見届けた私。

 翌日、リク様と合流し迷宮に潜りながら、周囲がこの異常事態に気がつくのを待ちます。


 ——リク様が剣鬼に斬られた時には怒りのあまり思わず足が出てしまいました。

反省。


 大剣鬼という大きな脅威に慌てふためくギルド。

 都市の為に自ら身を捧げると宣言した私は、さながら物語に出てくる囚われの姫君。

 リク様もきっと助けにきてくれるでしょう。 


 足取り軽く大剣鬼の元まで向かい、そこで勇者様を待ちます。

 獣達と迷宮五層でじゃれあっていると『愛』の加護によって勇者様が近くに来るのを感じました。

 

 ——流石勇者様……このアイビス、感激のあまりどうにかなってしまいそうです。

 

 

 後は、窮地を演出するだけ。

 

 私があえて隙を晒して攻撃を受ければ戦いに飛び込んでくるリク様。

 大剣鬼の巨腕が当たれば私が危ないと思われたのでしょう、御身おんみていして庇っかばてくださいました。

 

 ——なんという献身……素晴らし過ぎます。


 両脚を失い、傷だらけになった姿を見た私は感激のあまり、思わず涙が零れ落ちるほどでした。

 しかし、心動かしてしてばかりではいられません。万が一にもリク様のお命が失われるようなことがあってはいけないので、この茶番にもそろそろ幕を降ろさねば。

 ——そう、思っていた時です


 世界を、一瞬にして光が包みました。

 驚きのあまり、思わず自分にだけ『聖壁せいへき』を使用した私が見たのは青白い炎に燃え盛るリク様のお姿です。


 死の淵から蘇ったリク様は私に声をかけると、圧倒的な加護の力を以て剣鬼達を切り伏せていきます。


 ——綺麗……


 戦いに魅了されていた私が我に帰ったのは、一筋の流星となったリク様が大剣鬼にとどめの一撃を加えた時でした。


 激戦を制したリク様のお身体が、仰向けに倒れていくのが見えた私は慌てて駆け寄ります。

 まだ傷が残っているのかと、心配になった私でしたが。勇者様の満足気な表情を見て安堵しました。




 ◇◆◇◆◇◆




 帰り道を歩いてる私達。

 

 リク様はまだお目覚めすることはなく私が担いでいるので、背中に預けられた彼のお身体を感じることができ、幸せな一時を感じています。

 

 全ての目論見が上手くいき、勇者と聖女の物語の始まりを予感する私は、

これからのめくるめく愛の日々への期待に胸を膨らませるのでした。

 ——陶酔している私の前に、生ごみ達が姿を見せるまでは。



「おいおい!!こりゃぁ驚いた……まさか、生きて帰ってくるなんてよぅ……」


 横の通路からぞろぞろと現れる見るからにまともではないと分かる集団。

 

 ——たしか……グズマ、でしたか?

 

 リク様に手を出すという、万死に値する罪を犯した男。


「あんたの死体を漁れば金目の物が手に入る……そう思って危ない橋を渡ってみたが……正解だったぜ」

「荷物だけじゃなくて……聖女様まで手に入るなんてなぁ!!」


 ——ぎゃははははははははははは!!

 

 他の生ごみ達と一緒に高笑いしながら下碑た視線をこちらに向けてくるグズマ。

 

 ——仕方がありませんね。


「私……今、大変幸福な気持ちに包まれておりますので、あなた方の不埒ふらちな行いにも目を瞑ります……何も言わず、この場を立ち去れば……命だけはお助けしましょう」


 ——ぎゃははははははははははは!!


 私の言葉を嗤う彼ら。

 

「ひひひ!い、命だけは助けるなんて!!笑いが止まらねぇぜ!!」

「聖女様よぉ……ギルドで聞いたぜぇ……あんた、攻魔が使えないんだろ?」

「いくら力が強いからって!攻魔も使えない女がこの人数をどうにかできると思ってんのかぁ!?」


 たしかに、攻魔も使えない後衛の人間が身体強化だけでこの人数を相手にするのは難しいでしょう。私が——ただの聖女であったのなら。


 ——仕方ありません、ね……リク様を起こすわけにもいきませんし。





 愛に狂った聖女、その恐ろしい力の一端が今発揮されようとしていた。




 ◇◆◇◆◇◆






「さぁてと……まずは、その服から脱いでもらおうかなぁ!?」


 欲望に駆られた男たちの一人が聖女に向けて足を進める。


「『慈愛の聖女』様は、いったいどんな素晴らしい身体をお持ちかなぁ……

うん?なんだぁ?」


 ——ドックン……ドックン。


 突然、どこからともなく音が聞こえてくる。

なにかが身体を巡っているような、脈打つような音だ。


「おい……なんだこの音は」

「お前も聞こえるのか!?」

「どっから聞こえるんだ!?この奇妙な音は!!」


 ——ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


「か、身体!!この音、俺たちの身体から出てるぞ!!」


 彼らが気づいた時には異変は身体にも現れていた。

 痙攣で動けなくなる者、嘔吐を繰り返す者。音が大きくなるにつれて症状はどんどんひどくなっていく。

 慌てふためく彼らを見ていても、聖女は顔色一つ変えることはない。

 

「し、心臓の音だ!!この音、俺たちの心臓の鼓動の音だ!!」


 他の人間に音が聞こえるほど心臓の鼓動が大きくなったころには完全に身動きが取れなくなる男たち。


「た、助けてくれぇ……」

「頼むぅ…命だけはぁ……」


 助けを求める彼らに聖女はわずかに微笑んでみせるのみ。


 ——ドックンドックンドックンドックンドックンドックンドックンドックンドックン


 鼓動が最高潮に達した次の瞬間。





 ——パァンッ!!





 乾いた音と共に彼らの頭が、地面に叩きつけられた果実のように破裂した。




 ◇◆◇◆◇◆




 物言わぬ骸と化した彼らを見た私はこう思った。


 ——汚い花火ですね。


 活性魔『狂い咲きくるいざき』。


 相手の心臓の働きと血管の強度を強化することで、体内に異常な速度の血流を発生させる。急激な血圧の上昇によって人体の動きを封じることができる。しかし、この術の効果はこれで終わりではない。

 

 最大限に血流が高まった状態で頭部の血管の強化を解除するのである。

 すると、体の中で暴れ狂っていた血液は勢いのままに血管を突き破り、頭蓋を割り、皮膚を裂く。結果的に頭部が爆発しているように見えるわけではある。


「さて、余計な時間を取りました。早く地上に戻りませんと」




 ——愛に狂った聖女の慈悲は、勇者以外に向けられることはない。




 ◇◆◇◆◇◆




 ——さん。


 誰かが俺を呼ぶ声がする。


 ——クさん


 そうだ、俺の名前は。


 ——リクさん!


 「アイビス!!」


 名前を呼ぶ声に反応して目を覚ます俺、辺りを見回すとアマネが寝具の横に腰かけている。また、ギルドの医務室に連れてこられたようだ。


 「リクさん!……ご無事で安心しました……でも、ひどいですよぅ…看病していたのは私なのに…」


 アマネが膨れっ面でこちらを見る。

 飛び起きた俺の第一声が自分ではないことに不満があるようだ。


「すまない……それよりアイビスは?」


 謝る俺であったが、まずはアイビスの安否の確認が最優先だ。


「聖女様ならご無事ですよ……というか、リクさん覚えておられないんですか?

リクさんを治療してギルドまで連れてこられたのは彼女ですよ」


 ——そうだ、俺。加護を取り戻して……


 アマネの返事に、なにがあったかを思い出す俺。


 


 

 アマネから事の顛末を説明される俺。

 

 どうやらあれから三日経っているようだ。

 大剣鬼討伐のために単身迷宮に潜った聖女は無事に魔獣の討伐に成功する。

 しかし、聖女様を助けようと勘違いした馬鹿が迷宮に入っていき魔獣に襲われ負傷、帰り道だった彼女に命を救われ共にギルドに帰還。

 

『慈愛の聖女』様はギルドから報酬として大金貨百枚と金級冒険者の位を貰い、

俺は勇気と蛮勇をはき違えたの称号を貰ったわけだ。


「ギルドの皆はひどいです……全てを聖女様に任せた癖に、リクさんのことを馬鹿にするなんて……」

「いいんだアマネ……たしかに、よそから見れば俺のやったことに意味は無かったかもしれない……でも、大切なものが見つかったんだ!」

「リクさん……!」

 

 懐は寒いが、心は暖かかった。

 

 ——今の俺は『くず拾い』じゃない……アイビス、彼女の力になると決めたんだ。始めよう、世界を救う勇者と聖女の物語を!!

 


 陽はまた昇る。迷宮都市に勇気の光りが差しこみ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錆色の勇者と愛の女神達~元勇者です。気づいたら(愛が)重い女達に囲われています~ どやりん @doyaneko814

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ