第6話 燦然世界

 何かを剣が叩く衝撃で目が覚めた。

 大剣鬼の攻撃を受けた衝撃で意識を失っていたのだろう。目の前にはアイビスの泣きそうな顔が映っている。

 身体の感覚がほとんど残っていない。唯一無事な左目を動かす。


 どうやら俺はアイビスに膝枕の体勢で覗きこまれているようだ、頭の後ろにアイビスの柔らかさを感じる。


 ——俺の脚は……あぁ、そういうことか。


 両脚は——原型を留めていなかった。アイビスを庇った時に大剣鬼に潰されたに

違いない。


 俺とアイビスは白く透明な壁の中にいた。恐らく、アイビスの錬魔か何かだろう。


 壁の向こうには剣を叩きつける剣鬼達の姿、大剣鬼は俺たちへの興味を失っていた。


 最後に、アイビスを見る。俺に何かを言っているようだが、耳の潰れた俺には何も伝わることはない。

 

 ゆっくりと俺は目を閉じる。



 ——そうか……俺……死ぬのか。



 死線をくぐってきたのは一度や二度ではない、勇者だったころも剣鬼と戦った時も同じだ。しかし、こんなにも自分の死を身近に感じるのは初めてのことだった。



 死ぬのは……別に怖くない。

 驚く程簡単に死を受けいれた俺は……安心すら感じるほどであった。

 


 体から何かが抜けていく死の感覚に俺はこの身を任せようとしていた。



 ——父さん……母さん……師匠……今行くよ……



 俺の——元勇者リクの人生はそこで終わる——







 



 ——うん?



 何かが顔に落ちてくる……俺は……もう一度目を開く。


 アイビスが……

 勇者の燃えカスでしかない俺なんかの為に……


 ふと、俺は考える。

 ——俺はここで死ぬ……じゃあ……アイビスは?

 アイビスは……死ぬ。負傷を負い、多勢に無勢、迷宮の奥地で助けが来るはずもない……当然のことだろう。


 ——いいのかリク?ここで諦めて……本当に満足なのか?

 お前のために……勇者のためにここまで命を賭してくれる彼女を……こんな最後で許していいのか?


 彼女への想いが燻っていた俺の心に火を着ける。


 ——アイビスを……俺のために泣いてくれる彼女を……死なせたくない!

 




 俺の心に、あの日と同じ炎が灯る。



 ——許せない。


 ——許してはいけない……剣鬼も……世界も……も!!!!


 

 心が炎に包まれた次の瞬間——世界が光に包まれた。




 ◇◆◇◆◇◆




 大剣鬼は退屈であった。

 産み出された目的に従って人間共を殺し……喰らい……全てを壊すのが彼の役目。


 

 しかし、人間はあまりにも弱かった。腕を一振りすればまるで塵の如く命を散らし、

 僕の剣鬼達にすら遅れをとる始末。


 最後に立ち向かってきた人間の女も、今までの雑魚とは違っていたがそれでも人間。

 わが身を傷付けること叶わず、途中で割り込んできた雑魚と同じくここで命を散らすことになるだろう。



 ——人との戦い。なんとつまらぬことよ……。


 大剣鬼の心が虚しさに襲われる——その時だった。


 

 ——世界が光に包まれる。

 

 しもべ達が取り囲んでいた透明な壁が突然輝き始め、あまりの眩しさに目を覆うしかない大剣鬼。


 光が収まった時……彼らの前には光輝く炎を纏った勇者の姿があった。




 ◇◆◇◆◇◆




 俺の全身を炎が覆う。

 

 ——懐かしい感覚だ……。


 心地よい熱さに身を任せると、失われたはずの俺の身体が元に戻っていく……

 耳、両脚——加護の代償に捧げたはずの右目と左腕もだ。

 

 ——全身にかつての力が漲ってくる。あの技も使えるかもしれない……。


「リク様……」


 アイビスの視線が俺にくぎ付けになる。

 先程まで泣いていたからだろうか?頬を紅く染めている。


「……アイビス。帰ったら話があるんだ……待っていてくれるか……?」

「はい!お待ちしております」


 彼女の返事を聞いた俺は大剣鬼達へ向き直る。


「行くぞ!!」




 先程までそっぽを向いていた大剣鬼だが、俺の様子がおかしいとこちらを向いている。


 「面白い……力を見せよ、人間!!」


 声を上げる大剣鬼に呼応して、剣鬼達が俺に向かってくる。


 俺は意識を右手に持つ剣に集中させ……身体の一部として捉える。

 すると身体だけを覆っていた炎が剣にも集まるようになった。


 ——行ける!!


 俺は向かってくる剣鬼達に向かって次々と剣を振るっていく。

 アイビスの援護を貰っていない俺の剣だが、剣鬼達を一刀の元に切り捨てていく。

 辛うじて急所を外したとしても、切られた所から炎が燃え広がり身体を蝕んでいく。


 ——これが、勇者に与えられた加護の一つ——『再炎さいえん』だ。


 この炎は勇者に蘇りの力を与え、敵対する魔の者全てを焼き尽くす。

 代償で失ったはずの目と腕も、この加護が発動している間は俺の身体に戻ってくる。


 『再炎』の加護は俺の体内の魔素がある限りその効果が切れることはない

 ——つまり、体内の魔素が尽きない限り俺は不死身ということだ。


 先程まで路傍ろぼうの石だと思っていた人間が圧倒的な強さを見せることに、大剣鬼は心を躍らせる。


「いいぞ人間……我に向かいその力を示すがよい!!」

 

 ——来る!!


 大剣鬼の薙ぎ払いを読んだ俺は、迫りくる大剣を宙に跳んでかわす。

 剣をかわした俺を叩き潰すために左腕が繰り出されるが、これを利用する。


 腕に向かって跳躍した俺は大剣鬼の頭を狙って駆けていく。

 

 ——後は頭上を取ることができれば……。


 腕の上を駆けていると、大剣鬼が息を大きく吸い込んでいるの見えた。


 ——さっきの咆哮か、ここで止まるわけには行かない!!


「逆巻け!!『炎纏えんてん』!!」


 俺の声に呼応して全身の炎の勢いが強まっていく。勢いを増した炎は渦を作りながら俺の身体を包み込んでいく。

 全身を炎の結界で覆った俺は、さながら小さな太陽のようだった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオア!!!!」


 咆哮と炎の塊になった俺の身体がぶつかる。

 勇者の意地と鬼の誇りがぶつかり合った次の瞬間——勝利の女神は勇者に微笑んだ。


「これで、終わりだッ!!」


 咆哮の直後に生まれた好機を逃すことはできない。

 腕から大きく跳躍した俺は大剣鬼を見下ろす形になった。ここから必殺の一撃を繰り出す。

 攻撃の直前どこか満足したような大剣鬼の表情が俺の目に映った。


神威剣壱ノ型かむいのけんいちのかた。『流星りゅうせい』!!」


 俺は上段に構えた剣で鬼の身体を頭から一刀の元に断ち切る。まるで夜空に輝く星々が、地面に流れ落ちるかのように。

 技を受けた大剣鬼の顔面から股にかけるまで垂直な線が走ったかと思うと、次の瞬間その巨躯が炎に包まれた。


 ——やったぞ!

 

 俺は大剣鬼を倒したことに安堵すると剣を放り出しその場に仰向けに倒れこむ。

 久方ぶりの加護の使用に疲れ切った身体は今にも意識を手放しそうだった。

 

「皆……俺はまだそっちに行けないけど。許してくれるよな?」

 

 迷宮の冷たい地面が熱い身体に心地いい。

 薄れゆく意識の向こうで、笑っているアイビスの姿が見えた気がした。

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