第5話 あの日の願い

 あの日のことは今でも思い出す……そう、俺が——のことだ。


 俺の生まれた場所は国のはじにある開拓村だった。


 長閑のどか穏和おんわな自然が美しい村で、両親や友達にも恵まれ平和な日々を送っていた。

 世界では人と魔の争いが続いていたけど俺たちの村は大きな町や都市から遠く離れている……魔王軍もこんな辺鄙へんぴな所には来ない——はずだった。


 最初に犠牲になったのは村の門番だった向かいの家のおじさんだったと思う。

 おじさんの断末魔が聞こえたと思ったら魔獣の群れが村に襲い掛かる。


 鋭い爪で裂かれる優しかったお姉さん、生きたまま魔獣に食われた友達、そして……俺を生かすために地下の蔵の入口で倒れるように死んだ父さんと母さん……


 皆……皆、死んでいった。


 蔵の中で怖くて泣いていた俺は、何日そこにいたか分からなかった。

 外に出るのが怖くて怖くてたまらなかったが、のどの渇きを我慢できなくて

 両親の死体を押しのけて家から出る。


 外に広がっていたのは地獄だった……。


 生き残ってる人がいないか探すのに三日、死体を片づけるのに一週間かかった。



 

 ——俺は、村を滅ぼした魔王軍が憎くて憎くてたまらなかった。何も守れず一人生き残った自分も憎かった。

 

 世界を……全てを……生き残った無力な自分自身さえも呪った。

 


 ——そうして……俺は出会ったんだ女神『  』と……



『人の子よ……そんなに魔王が憎いですか?』


『あぁ……そうだよ!憎くて憎くてたまらない!!世界も、魔王も、……力の無い俺もだ!!』


『力があれば……力さえあれば運命を変えられますか?』


『変えられる!!憎い魔王を倒せる力が手に入るなら俺はなんだってやる!!なんでもくれてやる!!だから……だから!!』


『いいでしょう……これは契約。魔王を倒せる力、あなたに預けます』


 女神と契約を結んだ俺は加護を手に入れた……



 ——代償は……右目と左腕……そして魔王を倒した時の加護の喪失そうしつだった……。



◇◆◇◆◇◆




「アイビス!!」

 

 意識が戻った俺は、開口一番アイビスの名前を呼ぶ。

 しかし、アイビスから返事が帰ってくることは無かった。


 ——そんな俺を心配そうな目でアマネが看てくれている。


「リクさん?……よかった、リクさん!!」


 我に帰った俺はあたりを見渡す。

 ——ここは……ギルドの医務室か。


 アイビスはどうやら俺を昏倒させた後、アマネに預けたらしい。


「アマネ、あれからどれだけ経ったんだ?」

「……一時間、ですけど」


 ——クソっ!今頃アイビスは迷宮の中だろう……こうしてはいられない。


 寝具から跳ね起きた俺はアイビスの元に向かおうとする。


「待ってください!!……リクさん、まさか迷宮に向かうつもりなんじゃ?」

「そうだ」

「ダメです!!絶対死んじゃいます……死んだら全部……全部終わりなんですよ?」


 アマネが泣きながら俺を引き留めようとしてくる。


「大丈夫……俺は悪運だけは強いんだ、アマネも知ってるだろ?

 採集クエストだけとはいえ五年も迷宮に潜って生きてこられたんだ。今回だって、

 大剣鬼を倒そうだなんて考えてない……アイビスと一緒に戻ってくるだけさ」

「そんな簡単に……」


 アマネは俺に縋りついて中々引いてくれそうにはなかった。仕方ない……


「アマネ、聞いてくれ」

「……?」


 不思議そうな顔をしてこちらを見上げてくる。


「今までの俺は……体は生きているけど、心はずっと死んだままだった……

 目的もなく毎日を繰り返して……何を見つけたいのかも分からないまま探し物を続けていたんだ」


 俺の鬼気迫る表情に息を飲むアマネ。


「でも!!今見つけたんだ、命の使い方を!!」

「リクさん……」


 ——これ以上は何も言うまい…


「心配してくれてありがとう……ごめん!!」


 俺はアマネの静止を振り切ってギルドを飛び出す。

 何か言ってくれてるようだが、今の俺にはもう何も聞こえない……。


 ——待ってろ、アイビス!!今行く。




 ◇◆◇◆◇◆




 迷宮の中に入った俺は下の階層を目指していく。

 

 ——大剣鬼はいったいどこまで上ってきている……?


 迷宮を駆け抜ける俺、アイビスの錬魔の援護がないため走り続けるだけでも息が苦しい。心臓が割れるように痛い。


 道中、魔獣——特に剣鬼に襲われることを覚悟していた俺だが……遭遇するのは頭のない死体だけ……アイビスが討伐したものだろうか?


 アイビスを探して迷宮を進んでいく俺。一人でクエストを受けていたころは来ることのなかった五層まで辿り着く。


 ——いる……五層に入った瞬間感じる強烈な死の気配……間違いなく大剣鬼はこの階にいる!!。


 確信を持った俺は、アイビスを探す。


 五層を走り回っていると、金属の打ち合う音が聞こえてくる。

 ——アイビスだ!!。


 俺は音を便りに奥の広間に入る——遂にアイビスの元に辿り着いた。

 俺は入口から中の様子を窺う。


 アイビスは錫杖を構えながら、大剣鬼に対峙してるようだ……

 大剣鬼の周りには王に付き従う近衛兵の如く、剣鬼達がいる……八、九、十体か!

 多勢に無勢、一人で戦っているアイビスにとっては苦しい戦況だ。


 アイビスに向かって剣鬼達が襲い掛かる!


 「つ!!『天足てんそく』『豪気ごうき』!!」


 剣鬼に対して、脚力と瞬発力を上げる錬魔を使うアイビス。

 攻撃を易々と躱し、向かってきた剣鬼の首を蹴り飛ばす!!


 頭部を失った剣鬼は倒れるはず……しかし、奇妙なことに剣鬼の胴体は倒れることはなく、胴体から再び首が生えてくるではないか!


「くっ!!キリがないですね……」



 焦るアイビス……。

 消耗していく彼女に喋りかける者がいた。


「人間の女、お前の力は認める……しかし、我がしもべは不死身。お前では勝ち目はないぞ」


 相対する大剣鬼である。

 

 高位の魔物は人語を理解する。かつて戦った上級魔獣もこちらに対して話をしてくることがあった。


「そのようですね……だからといって引くわけには参りません!!」


 意を決して、大剣鬼に向かっていくアイビス。

 もちろん、剣鬼達がその行く手を阻もうとするが……彼女の動きの方が速い!


 剣鬼達の間をすり抜け、大剣鬼に対して跳躍していく……彼女の狙いは恐らく目

 強靭な魔獣の体といえども剝き出しの眼球であれば攻撃も通るとの判断だろう……


 アイビスの手に持つ錫杖が大剣鬼の目に突き刺さるはずだった……。

 まるで鋼鉄を叩いたかのような音ともに錫杖が弾かれる。

 宙で驚きの表情を見せるアイビス、大剣鬼がその隙を見逃すはずもなく……。


「ふんっ!!!!」



 たかる虫を振り払うかの如く腕を払う大剣鬼……。

 聖女の羽のように軽い体が吹き飛ばされる。


 ——まずい、加勢の好機を見計らっていた俺だがアイビスの窮地に飛び込んでいく。


「うん?」

 

 こちらに気づいた大剣鬼であったが、俺はそちらには気にも止めず吹き飛ばされるアイビスに向かっていく。


「ぐえっ!!」

「リク様……!?何故ここに?」


 ——なんとか間に合った。

 吹き飛ばされる彼女が地面に激突する前に、なんとか間に割り込むことができた。

 

 痛みにこらえながら俺は答える。


「俺も……勇者になりたかったのさ……」

「ご冗談を……共にこの場は切り抜けましょう!!」

「あぁ、援護は任せる」


 俺とアイビスは大剣鬼達に向かって構えを取る。


「脆弱な人間が何人増えようと結果は変わらぬ……ケリを着けさせてもらう……」


 大剣鬼の様子がおかしいことに気づいた俺達。

 息を大きく吸い込み、胸の部分が盛り上がっている。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオア!!!!」


 すごい咆哮だ。あまりの衝撃波の大きさに体が竦んでしまう。抑えることのできなかった左耳から出血……鼓膜が破れてしまったようだ。残る右腕から手を話すことができない……。

 横目でアイビスの方を見ると彼女も同じようだ……このままではまずい。


 ——どうにかして、この状態から抜け出さないと……どうすればいい……?


 身動きの取れない俺達、大剣鬼が大木にも似たその巨腕をアイビスに叩きつけようとするのが見えた。


 ——いけない!!


 考える暇はなかった……衝動が体を突き動かす。

 自身の耳が使い物にならなくなるのも厭わず、俺はアイビスに向かって飛び込む。



 俺は目の前が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る