第4話 大剣鬼襲来

 俺たちを迎えたのは、怒声と喧騒けんそうの嵐だった……。

 

 ギルドの中は混乱に包まれている。


 ——迷宮の様子はどうなってんだ!?

 ——終わりだ……みんな、殺される……

 ——俺は化け物と戦うなんて御免だ!誰がわざわざ死にに行くんだ!!

 ——待ってください!!死ぬと決まったわけじゃ……あっ、行かないで!!


 どうやら探索者達をギルドの職員が必死に引き留めようとしているところのようだ……何が起きているのか把握する必要がある。俺はアマネに声をかける。


「アマネ、この騒ぎはいったどうしたんだ?」

「リクさん!良かった……迷宮に潜られていたんですよね?」

「そうだが……上層で剣鬼に襲われた、俺達は何とかなったが……迷宮で何が起きているんだ?」


 きっとギルドのこの騒ぎと迷宮の異常は無関係ではあるまい。


「それが……私の口からは何も……」


 アマネが口を濁す……その時だった。


「静まれい!!馬鹿者共がぁ!!!!」


 身体の芯まで響いてくるような……大きな一喝がギルドの二階から聞こえてくる。

 声の出所を見ると、一人の壮年の男が階段をゆっくりと降りてきた。


「マスター!!」


 アマネが安心した表情を見せるその人物。


 彼こそ『ギルドマスター』ゴウテツ。

 白髪が目立つ年齢ながらも……その肉体、立ち居振る舞いに一切の衰えを感じさせない豪傑である。

 かつて、大戦時代に傭兵としてして数多の戦場に参加、生き残ったとされるその実績からも疑いようのない実力の持ち主だ。


 大戦後、この迷宮都市に腰を落ち着けると探索者として活躍……金級冒険者まで上り詰めたが、後進の育成と探索者達の権利向上のために現役を退き、ギルドマスターに就任。

 ギルドの事務方の代表ではあるがその実績と、今なお衰えてないとされる実力によって現役の探検者達からの支持も厚い……。


 ——そんなゴウテツが一体……?



「ギルドに所属する銅級以上の全探索者に告ぐ!!……これより、緊急クエストを

発令する。これは要請ではない……命令だ」


 ——緊急クエスト!?

 

 基本的に探索者はどんなクエストにも受注の自由が与えられている。しかし、緊急クエストは違う……ギルドから直接発令されるこのクエストには拒否権がない、招集を受けた探索者は強制的に参加させられることになる。


「迷宮の上層に普段は出るはずのない剣鬼が出るようになっているのは皆も知ってのこと……これを不審に思ったギルドは迷宮下層への偵察を派遣した。迷宮十層まで辿り着いた偵察隊はそこでこの事態を引き起こしている魔獣を発見した……」


 ゴウテツの言葉が途切れる。どうした?


「心して聞け……迷宮十層で………上級魔獣『大剣鬼だいけんき』が発見された!!

しかも、大剣鬼は今も階層を上がっており……この迷宮都市に向かっておる!!」


 …………ギルドを静寂が包む。

 

 ——最悪だ……俺だけじゃない……ギルドにいる殆どの面々の顔から血の気が引いている。

 

 大剣鬼——剣鬼の上位種と言われ家よりも大きな巨躯で大剣を振るう強力な魔獣だ……間違っても迷宮の上層に上がってきていい存在ではない。


 大剣鬼自身も強力ではあるが、最大の脅威はその群れである……大剣鬼は剣鬼の群れを率いる。群れの規模は個体毎に前後するが、およそ百……先程相対した剣鬼のことを思い出す。

 

 ——あの強さの魔獣が百……それだけじゃなく上級魔獣……あ、悪夢だ。

 

 群れが迷宮から溢れた時のことを想像する。建物は次々と破壊され、都市は火に

包まれることになるだろう……大勢死ぬ。老いも若いも関係なく多くの人間が命を落とす。


「金級探索者はどうしたんだ!!こんな時のためのあいつらだろ!?」

「残念なことに……ギルド所属の金級探索者は全員迷宮下層に潜っている最中……

救援を呼ぶために下層まで行くにも大剣鬼の率いる群れを突破する必要がある」


 肩を落す探検者……誰しもが諦めたその時だった。




「私が参ります」


 

 凛とした真っすぐな声をがギルドの中に響き渡る。

 俺は思わず後ろを振り返る……声を上げたのはアイビスだった。


「アイ……ビス?」


 驚く俺に僅かに微笑んで見せるアイビス、ギルドマスターの方に向き直ると彼女はこう言う。


「おぬしは……?」

「非才の身ではありますが教会より『慈愛の聖女』の冠名を賜っております……

アイビス=アルバスと申します。私が、大剣鬼の討伐に向かいます……討伐が叶わずともギルドが体制を整える時間稼ぎ位にはなりましょう」

「冠名付きの聖女……いや、しかし……」


 アイビスの提案にためらいを見せるゴウテツ。

 実力はある……しかし、自分より二回りも若い彼女に迷宮都市の命運を託すのかと……


「元より死ぬ気はありません……信じるもの為にこの身を捧げる所存ですので…」


 微笑んで見せる彼女の言葉を聞いたゴウテツは宣言する。


「あいわかった……聖女の意志を無駄にしてはならぬ!急ぎ準備を整えるのだ!!」


 ——うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

 聖女の献身に心打たれた探索者達は、歓声を上げながら戦いの準備を始める。

 

 今、迷宮都市の命運をかけた戦いの火蓋が切って落とされた!!




 ◇◆◇◆◇◆




 ギルドの中は入ってきた時とは違う騒がしさに包まれている。

 

 自分達の力で迷宮都市を守る!!と、探索者達の士気の高さが目に見える。

 アマネを含めたギルドの職員も物資や装備の準備に忙しそうだ……。


 喧騒に包まれているギルドの中とは対照的に……凍り付いたように固まる人間が二人存在している——俺たちだ。


「アイビス……どうしてこんなことを……?いくら君でも、簡単に勝てる相手じゃない!!……攻魔も使えないのに……」


 どう考えても生きて帰れるはずがない。まるで……自殺行為じゃないか……。


「勇者様——」


 ……アイビスは答える。


「——勇者様ならこういう時……どうされるかと、考えました……」


 アイビスの答えに頭を金槌で殴られたような衝撃を受ける。

 ——勇者ならどうするか……だって?


「かつて、魔王を倒したとされる勇者様は常にお一人だったはずです……一人で長い間戦い、苦難の末に魔王を倒し、世界を救った……どれほどの苦しみを抱えていたのか私達には想像することもできません……」


 ——違う……違うんだ!!

 今こそ自分が勇者と言えないこと深く後悔する……

 

 アイビスの話は続く。


「世界の全てを背負った勇者様に比べれば、私が背負うものなど軽いものです……

後に続いてくれる者もいます。」


 ——声を大にして言いたい。そんな高い志なんてなかった……俺は……俺は!!


「アイビス!!俺も連れて行ってくれ……足手まといになるかもしれない……

盾にして使ってくれてもいい!!……だから!!」


 俺の言葉にはアイビスが首を横に振る……


「ダメですよ……リク様は…………んですから」


「それでも!!」


 ——どうしてこんなにアイビスの存在に心惹かれるのか俺にも分からない…

 しかし、彼女が死んでほしくない一心で俺は説得を続ける。


 まるで子供のようにアイビスに駄々をこねる俺だったが——次の瞬間。視界が真っ暗になる。


「リク様……短いお付き合いでしたが……ありがとうございました。お元気で……」


 ——待って……待ってくれ!!


「いつの日になるか分かりませんが……勇者様。愛があなたを救います」


 意識が闇に吸い込まれる……あぁ、俺はまた——

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