第3話 聖女とくず拾い

 アイビスに勇者のことを聞かれた俺は適当に誤魔化すことにした。

 元勇者であることを名乗り出ても意味がないからだ。


 ——どう説明すればいいんだ……俺が勇者だったことなんて……今の俺を見て勇者だと信じてくれる人間など万に一人もいないだろう。


 曖昧な答えを返した俺だが、アイビスはこれからも俺の力を貸して欲しいと言ってくれる。

 パーティーを組むのを断られる立場の俺からしてみれば、大変ありがたい話だ。


 迷宮からギルドに戻ると受付にアマネの姿が見える。


「リクさん!!どこに行かれてたんですか!?」

「どこって……アイビスと迷宮に、だが……」


 ——しまった、と思った時には既に遅かった。


「……アイビス?……いつまにか仲がよろしくなったようで……」


 にやにやとした目を俺に向けてくるアマネ。

 

 ——周囲から男共の刺々しい視線を感じる……


「はぁ……明日からもアイビスと組んで迷宮に潜ることにした。パーティー登録だけ頼む」

「分かりました!アイビス様もよろしいですね!」

「えぇ、こちらこそよろしくお願い致します」


 ——何年ぶりだろうか……探索の仲間が増えたことに、俺は心が湧き立つのを抑えられなかった。




 ◇◆◇◆◇◆




「見つけた……絶対に逃がさない……」




 ◇◆◇◆◇◆



 翌日、俺はアイビスと組んで迷宮に潜っている。

 

 久しぶりの討伐クエストの受注だ、アイビスの強力な『活性魔』の援護があれば、今まで手を出すのが難しかったクエストの達成も可能だろうと思ったからだ。

 

 ——アイビスがなんで俺と組んでくれるのかは分からないが……都合がいい。

 この好機を逃す手はない、銅級に昇格してみせる……。


「今日は一体どんなクエストを……?」

「あぁ、昨日倒した小鬼を十体ばかり討伐すればいい、証明部位は耳だな」

 

 そう説明すると、俺たちは小鬼の姿を探しながら討伐を進める……

 


 アイビスの援護を受けた俺は、驚く程順調に小鬼の討伐部位を集めていく。

 ——順調過ぎて今までの苦労が嘘みたいだな……


 討伐に余裕ができたからか、アイビスのことが気になった。


 「そういえば……アイビスが勇者を探しているのって教会の命令……それとも

『神託』か?」

  

 強力な加護持ちはそれだけ、『神霊』との結び付きが強いとされている。

 『神霊』から直接言葉を受け取る——これを『神託』と呼んでいる。

 七年前に魔王討伐を人類に報せたのもこの『神託』だ。当時は殆どの加護持ちに同じ内容の『神託』が降ったらしい……。

 

 冠名付きの聖女であるアイビスのことだ加護の力は強く、『神託』を受け取ることは可能であろう。

 『神霊』の力は人間の想像の遥か上を往く……時に未来を予言したとも言えるような情報がもたらされるのが『神託』……というわけだ。


「そうですね……私は、私に加護を授けてくださった『神霊』様の『神託』に従ってここにいます……しかし、それは『神霊』様の指示で動いている……というわけではないのです……」

 

 ——妙な物言いだ。『神託』には従っているがそれは『神霊』の指示ではない……

 教会の聖女が『神霊』の言うことを信じていないというのか……?


「アイビスは……『神霊』を信仰している……わけじゃないのか?」


 俺の踏み込んだ質問に、アイビスは顔色一つ変えることなく、こう答える。


「もちろん、『神霊』様のことを疑うようなことはありませんよ……しかし、教会の教えにあるような信仰の形とは違うかもしれませんが……」


 ——どうやらアイビスにも事情があるらしい……教会の指示にも『神霊』の指示にも従っていない…こんなことを言う聖女もいるんだな。

 

「そうか……アイビスはどの『神霊』と契約しているんだ?」

「『白の癒神』アルブス様から加護を頂いておりますが——」


 『白の癒神』、教会所属の人間なら珍しい契約相手でもないが…


「——代償として攻魔の使用を禁じられております」

「今……なんて……言った?」


 …………俺は驚きのあまり、アイビスを凝視してしまう。

 

 ——こいつ、自分から代償を話すなんて……。


 『加護』の力は諸刃の剣……『神霊』との契約はタダではない……常に代償が必要となるのだ。

 得られる『加護』と代償は契約が成立するまで知ることはできない……つまり、契約を結んだら何が起こるのか分からないのだ。代償が軽ければいいが、問題は重かった時だ。

 

 過去には強力な『加護』の代償に恐ろしい代償を背負った者が大勢いる。

 先を見通す千里眼の代わりに聴力を失った者、空を翔ける飛翔の力の代わりに海に嫌われ塩水に触れることができなくなった者、絶世の美貌を得る代わりにあまねく人全てに嫌われるようになった者もいる。

 

 強力な『加護』を手にしたとしても、代償で人生を棒に振るうのでは意味がない……それが分かっていたとしても。魔王軍に追い詰められた人類は次々に『神霊』と契約していったのである……。


 ——代償は加護持ちにとって知られれば大きな弱点となり得る……家族に話すことを躊躇う者もいるぐらいだ……それを……こいつ。


「別に攻魔が使えないことなど大した問題ではありません……私には他にも戦う術はありますし……こうして、リク様という前衛がおられるではないですか」


 ——変わっている。聖女でありながら信仰に傾倒している様子も無く、加護の代償も簡単に話すなんて……。


 「あぁ…そうだな…」


 ——これ以上アイビスについて詮索することはやめよう……

 

 リクがそう思っていた時のことだった。


『嫌だぁぁ!!こんなところで死にたくないぃぃぃ!!』

『誰か助けてくれぇぇぇぇ!!』


「っ!!!!」


 俺とアイビスが通路の先から聞こえる、他の探索者達の救助を求める声に反応する。


「助けに向かうぞ!!」

「はい!!」




 ◇◆◇◆◇◆





 俺とアイビスがたどり着いた先には凄惨な光景があった。

 

 ——遅かったか……辺りには探検者だと思われる死体が転がっているようだが。


「間に合わなかったようだが……」

「リク様危ない!!」


 アイビスの声に反応して真正面に転がり込む。

 俺のいた場所に向かって天井から大きな剣が振り下ろされていた……。

 

 ——危ないところだった……天井から奇襲を仕掛けてくる高い知能に、振り下ろされた大剣の威力……いったいどんな魔獣が襲ってきたんだ……?


 土煙の中から現れた剣の主を見た俺は驚くことになる。

 

 ——『剣鬼けんき』!?こんな浅い階層に出てくるなんて!!


 迷宮では深い階層に潜るほど、出現する魔獣の強さも増していく。

 基本的に魔獣は階層を徘徊する番兵にあたるので、他の階層にまたがって出没することはないのだが……例外が存在する。

 魔獣の大量発生によって階層が埋めつくされてしまうと、他の階層に魔獣が流れていくのである。

 

 ——迷宮の外に魔獣が出ることのないように管理するのがギルドの役目のはず……くそっ!剣鬼の大量発生の情報なんて無かったぞ!!

 

 すぐに体勢を立て直し、構えを取りながら剣鬼の様子を窺う。

 

 人間の腰程の高さまでしかない小鬼と違い剣鬼の大きさは人間の背丈を超えるほどに大きい……感じる威圧感も段違いだ。

 特に、名前の由来にもなっている身の丈と同じ長さの大剣……あれをまともに喰らえば、人間の身体など一撃でただの肉塊に変わり果てるだろう……。


 銅級……いや、銀級冒険者でもなければ一対一で戦うのは危険な相手だ……が、帰りの道には奴が立っている……やるしかない。


「アイビス、援護を頼む……奴はここで倒す!!」

「はい、分かりましたリク様」


 荒い息を吐きながらこちらを見ている剣鬼、一狩り終えたばかりで興奮状態なのが分かる……俺は呼吸を整えながら……剣鬼の懐に飛び込もうとする!!


「『力の息吹き』」


 ——今日の狩りで何回もやったアイビスとの連携だ。俺が相手に飛び込むと同時に強化の錬魔を使用してもらう。

 

 先手必勝……相手が俺の速度に慣れる前に一撃で決める……錬魔の効果時間中しかまともに剣を振るうことができない俺が、最も勝ちを拾う可能性の高い戦法だ。

 

 鋭く剣鬼の後ろに回り込んだ俺は、がら空きの首筋に向かって剣を振り下ろす……剣によって頭と胴体が分かれ、剣鬼の首が宙に舞う——はずだった


 俺の剣は後ろ手に構えた剣に弾かれる。

 

 ——見切られた!?小鬼とは反応速度が違いすぎる……


 必殺——のはずだった。攻撃を防がれた俺は考える。

 ——どうする……身体強化の錬魔を貰っていても正面から打ち合って勝てる相手じゃない……。 


 攻めあぐねている俺を見て、剣鬼が咆哮をあげながら俺に向かって剣を横に振るってくる。

 

 ——くっ!……とりあえず後ろに避けて……。

 

 大きい音をあげながら風を切る大剣を避けた——はずだった。


「かはっっ!!」

「リク様!?」


 腹部から痛みが……と思った次の瞬間には吐血していた。どうやら、目測を見誤ったらしい。

 

 ——失敗した。恰好つけて避けようとしなければ…

 

 勇者だったころの感覚で攻撃を避けようとしたのが原因だった。

 出血と痛みで動きの取れない俺……。

 手負いの獲物に止めを刺そうと、剣鬼が大剣を振るおうとしたその時だ。


「『天足』『豪気』」


 錬魔を自身に付与したアイビスが物凄い勢いで剣鬼に向かっていく。


 後ろから迫ってくる、もう一人の敵に気づいた剣鬼が大剣を振るった次の瞬間!!


「はぁっ!!!!」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に、剣鬼に向かって回転しながら跳躍したアイビスの右足が……剣鬼の首を刈り取る……


 ——なんて技だ……はっきりと見えたわけじゃないが、アイビスは今とんでもない動きをしていた……

 

 自身に向かって振るわれた大剣——それをアイビスは踏み台にしたのだ……

 渾身の一振りを躱された上に、跳躍のための踏み台にされた剣鬼は前に大きく重心を崩し、続いて繰り出されたアイビスの回転蹴りをもろに受けることになる。

 決着は一瞬の出来事であった……。

 

 ——アイビスはこんなに強かったのか……錬魔による身体強化だけじゃない、あれだけの体術を修めているなんて……相当な実力の持ち主だ……

 

 アイビスの実力に驚きを隠せない俺だったが、痛みに襲われ顔を顰める。


「リク様!!ご無事ですか?……すぐに治癒を——」


 心配そうにこちらに駆け寄りながらアイビスが『癒しの息吹き』を使ってくれる。おかげで、腹部の痛みが引いていき身体が楽になっていく。


「助かったよ……そんなに強いのなら、俺の助けなんて必要ないんじゃないか?」

「たまたまですよ……剣鬼の注意をリク様が引いてくれていたおかげで上手く技が決まっただけです……」


 偶然だと自分の力をひた隠しにするアイビスだが、今の俺にとっては頼もしさしかない……それよりも気になることが……。

 

 ——アイビスのおかげで助かったが、こんな浅い階層に剣鬼が現れるなんて……

 ただ事じゃないぞ……一刻も早くギルドに向かい現状を確かめる必要がある。


 治療を終えた俺とアイビスは剣鬼の死体を置き去りにし、ギルドへと向かう——。

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