あきすとぜねこ
有理
あきすとぜねこ
代々木 千聖 (よよぎ ちさと)
須藤 彰 (すどう あきら)
千聖「愛してる。」
彰「うん。」
千聖「あきらくん。愛してる。」
彰「うん、ありがと。」
千聖「…」
彰「…ちさ。」
千聖「うん。」
彰「あきすとぜねこ、やろ。」
千聖N「私達は、結ばれるはずだった。」
彰N「そう占ったから、叶うはずだった。」
千聖「あきらくん。」
彰「ちさ。」
千聖(たいとるこーる)「あきすとぜねこ」
……………………………………………
彰「うん。はいはい、分かってます。今読んでんだからちゃんと。はい。はーい。中谷さんもお疲れ様です。」
千聖「あきらくん。はい、お白湯。」
彰「うん、ありがと。」
千聖「新しい台本?」
彰「そ。月九。」
千聖「え!おめでとう!」
彰「うん。」
千聖N「目の前で難しい顔をしているこのイケメンは私の幼馴染だ。ローテーブルに広げられている数冊の本。旅行のパンフレットから心理学の本、ジャンルは全て違うもの。」
彰「ね、ちさ。これみて。」
千聖「沖縄?綺麗だねー海。」
彰「…行きたいと思う?」
千聖「ま、まあ。旅行にはうってつけだよね!ゆっくりできそうだし!」
彰「ふーん。」
千聖「…あきらくんは?」
彰「俺はこういう自然ばっかりなとこはいいや。」
千聖「そう?」
彰「うん。でも、ちさが行きたいなら行くよ。」
千聖「ふふ、行く暇ないじゃん。」
彰「ないよ。…誰のせい?」
千聖「…はは。」
彰「俺、いつまでやんの?これ。」
千聖「…」
彰N「アイドルが好き、初めての告白はそうやって断られた。だからムカついて、勢いのままなってやった。彼女の好きなアイドルになって2度目の告白をした。返ってきた答えは」
千聖「あきらくんは、もう、みんなのなんだから。」
彰N「でもよかったら、応援させて欲しい。そういう罰の悪そうな顔の彼女につけ込んだ。このまま成り行きでうまくいけばいいと思ったから。」
千聖「簡単に、やめちゃ悪いよ。」
彰「俺は簡単にちさと旅行できないならやめるよ?」
千聖「またそんなこと言う。」
彰「何のためにこんなこと続けてると思ってんの?」
千聖「…、それは」
彰「ちさのためだよ。」
千聖「…それ、セリフの練習でしょ。」
彰「…」
千聖「すっごい上手!ドキドキしちゃった」
彰「ちさ、」
千聖「歌手活動は減っちゃったけど、ドラマの起用が止まらないわけだね。」
彰「…」
千聖「私、あきらくんがテレビの中で頑張ってるの観るのも好きだけど、テレビの外でもっと頑張ってるのとか見られて幸せ。」
彰「…そ。」
千聖N「こんなイケメンが私に釣り合うわけない。だからマネージャーとして、そういう建前が常に必要だった。」
彰「ちさ、飯食わね?」
千聖「うん!」
彰「何?今日」
千聖「今日は、むね肉のサラダと野菜スープと魚の」
彰「また野菜?」
千聖「だって、来週雑誌の撮影でしょ?キープしなきゃ」
彰「飯くらい好きなの食いたい。」
千聖「撮影終わったら!ね!」
彰「パンケーキも?食っていいの?」
千聖「あ、いや、パンケーキは」
彰「ちさだって行きたいでしょ?こういう店とか」
千聖「あきらくんの撮影で何回かついて行ったことあるけど私には似合わないよ。そんなとこ。」
彰「店に似合うとかある?」
千聖「うん。浮いちゃう。」
彰「…俺は行きたいけどな。こういうとこ。ちさと。」
千聖N「まっすぐな愛情表現をずっと私は濁してきた。自信のなさを言い訳にして。あきらくんは全部分かってて私に居場所を与えてくれた。」
彰「ね。拓海に聞いたんだけどさ。手っ取り早く売れる方法、何かわかる?」
千聖「え?なんだろ、地方まわってファン層増やして、とか?」
彰「ううん。もっとゲスなやり方。」
千聖「え?なに?」
彰「共演者も関係者も全部食う。」
千聖「…なにそれー。噂立っちゃうよ、よくない。」
彰「俺ずっとこの仕事したいわけじゃないしさ。」
彰「試してみようかな。」
千聖N「最近、あきらくんは、少し変だ。」
彰N「最近、ちさは、俺をみない。」
千聖N「だから怖くなった。」
彰N「だから怖くなった。」
……………………………………………
千聖「あきらくん、今日、」
彰「原野監督が、のみにいこうって。」
千聖「え、あ、そうなの?」
彰「出演者も何人か来るし。あんまり食わないようにするから、安心して。」
千聖「今日朝早くから撮影続きだったし顔色もよくないから早めに帰ってね。」
彰「大丈夫だよ。これも仕事だろ。」
千聖「え、でも」
彰「中谷さんも行けっていうからさ。」
千聖「そ、そっか。」
千聖N「私とあきらくんの関係はギクシャクしたまま月九ドラマはクランクインした。出演者同士も仲が良く撮影以外も交流が増えた。」
千聖N「毎日帰ってくるものの、一緒に帰ることは減った。私の部屋は給与に見合わず15階建のマンションの14階。2LDK。家賃はあきらくんの事務所が払っている。専属のマネージャーとして働き始めて4年が経つ。」
彰「ちさ。」
千聖N「金澤あきら。大手事務所に所属する、今1番売り出されているアイドル。私の知っているあきらくんは毎日少しずつ離れていく。」
彰「ちさ。」
千聖N「あの日、何度もあったあの日。私が素直になっていれば、勇気を持って答えていれば、こんな夜を過ごさなくて良かったのかもしれない。」
千聖N「私は、金澤あきらが嫌いだ。」
……………………………………………
彰N「今の俺を作ったのは、紛れもない俺自身なはずなのに、どんどん思うようにいかなくなった。ちさを振り向かせるために入った芸能界は、俺の欲しかったはずの日常をとんでもなく引っ掻き回した。」
千聖「あきらくん、クマ酷いよ。大丈夫?」
彰「うん。昨日帰り遅くて。隠れる?これ。」
千聖「メイクさんに伝えとくね。」
彰「うん。」
千聖「…ねえ。あきらくん」
彰「ん?」
千聖「首元、赤くなってるよ。」
彰「…ああ、虫かな。」
千聖「…そっか、」
彰N「でもふと思った。ちさが好きなのは、上っ面を着飾ったあいつなのかもしれない。俺と同じ顔をした、俺とはかけ離れた、金澤あきら。俺があいつでなくなったらちさはどんな顔をするだろう。それでも変わらず一緒にいてくれるのだろうか。」
千聖「スケジュールあけてもらおうか?」
彰「いや。大丈夫。」
千聖「…無理しないでね。」
彰「うん。」
千聖「…昨日飲みに行ってたのって、共演者のサユリさん?」
彰「ああ、あれ、俺言ったっけ?」
千聖「ううん。なんとなく、」
彰「そう。」
千聖「あの香水独特だから。」
彰「うつってる?俺」
千聖「コート、ソファに置きっぱなしだったから。」
彰「…そ」
千聖「ねえ、あきらくん。」
彰「なに?」
千聖「…やめなよ。」
彰「なに」
千聖「…ダメになっちゃうよ。」
彰「…なにが」
千聖「金澤あきらが、ダメになっちゃう。」
彰「ちさ。」
千聖「っ、」
彰「俺、ちさがすきだよ。」
千聖「な、に」
彰「好きだよ。」
千聖「…あきらくんは、みんなのなんだから、」
彰「うるさい。」
彰「いつから俺、誰かのものになったの?」
千聖「…でも」
彰「でもじゃない。」
千聖「だって、」
彰「だってでもない。」
千聖「…」
彰「子供の頃、遊んだ占い。覚えてる?」
千聖「占い…」
彰「クラスで流行ってた、あきすとぜねこ」
千聖「…」
彰「約束、しただろ?」
千聖「でも」
彰「すきだよ。ちさ。」
千聖N「覆い被さった彼の目は、あの頃とは違う。今にも泣きそうな顔だった。」
彰N「覆い被さった彼女の目は、あの頃と同じ。今にも泣きそうな顔だった。」
千聖「…ダメだよ。」
彰「…ごめん。」
千聖「いや、あの」
彰「俺、疲れてんのかな。ごめん」
千聖「あきらく、」
彰「千聖さん、5分だけ仮眠させて。」
千聖「え、」
彰「間に合わない?」
千聖「いや、間に合うけど」
彰「じゃあ、ごめん。」
千聖N「千聖さん、初めて家で呼ばれたその名前は生ぬるくて気持ち悪かった。何かが、この日。たしかに軋んだ音がした。」
……………………………………
彰「お疲れ様でしたー。」
千聖N「視聴率もよく、ドラマは次作を期待されながらクランクアップした。」
彰「いや、流石に今日は直帰しますよ。明日写真集の撮影で。はは、伊豆っすよ。着物テーマなんで次。」
千聖N「金澤あきらの名は若年層のみではなく大いに広まった。悪い噂ももちろんたった。けれどお芝居に懸命に打ち込む姿は悪い煙すら掻き消すほどだった。」
彰「…明日何時出発?」
千聖「7:50には迎え呼んであるよ。」
彰「早いね。」
千聖「あきらくん、ご飯は」
彰「今日は疲れたから、台本読んでもう寝るよ。」
千聖「でも、」
彰「マネージャーもお疲れ様。」
千聖「あ、うん」
彰「もしもし、中谷さん?お疲れ様です、金澤です」
千聖N「あきらくんは、金澤と当たり前に名乗るようになった。私の知っているあきらくんはもう、どこにもいなかった。」
彰「雰囲気変わったっすか?俺?そうかな」
千聖N「私の好きなあきらくんは、役に飲まれたまま帰ってこない。」
彰「じゃ。お疲れ、マネージャー。」
千聖「あ、お疲れ様」
千聖N「変わらないことと言えば、別れを告げるドアの閉まる音だけ。たった一枚のこの扉を私が開けることはなくなった。」
千聖N「いつまでも踏み出せない私に罰が降った。そう思う以外なかった。」
………………………………………
彰「っ、あ、やば」
彰N「飛び起きた時には、日が傾き始めていた。刺すような頭痛と世界が反転するめまいに襲われてベットに引き戻される。日頃の不摂生が原因か、それとも遂にバチが当たったのか。」
千聖「あきらくん、起きた?」
彰N「部屋から顔を出したのは今一番見たくない顔だった。」
彰「あ、俺、」
千聖「過労と睡眠不足だって。しばらく休めって事務所から連絡あったよ。」
彰「さ、撮影は」
千聖「スケジュールは調整したよ。勤勉な須藤くんのためならって、協力してくれた。」
彰「…そっか、」
千聖「最近無理してたのに、止められなくてごめん。」
彰「マネージャーのせいじゃ、」
千聖「ううん。マネージャー失格だよ。」
彰「…」
千聖「…名前、呼んでくれなくなったね。」
彰「…」
千聖「それだけ、プロ意識が出てきてるってことだよね。うん。」
彰「…」
千聖「あきらくん、私、私も頑張るね。ちゃんとマネージャーとして支えられるように。」
彰「いや、」
千聖「もっとちゃんとマネージメントしなきゃ、」
彰「なに、泣いてんの」
千聖「え、あ、これは、目に、ゴミが入ったんだよきっと!」
彰「…」
千聖「えっと、水置いとくからゆっくり休んで。何かあったら呼んでね。」
彰「帰るの?」
千聖「帰るって言っても部屋隣だしさ。」
彰「まって、」
千聖「ゆっくり寝てね。」
彰「まって、ちさ。」
彰「まって。」
千聖「…」
彰「きて。ここ。」
千聖「…なに。」
彰「ごめん。俺、」
千聖「いいんだよ。私が応援するって決めたんだから。」
彰「俺、ちゃんとやるから、やるからさ。」
彰「金澤あきらとして、ちゃんとずっといるから、離れてかないで。」
千聖「あきらく、」
彰「ごめん、今日みたいに俺が混じったりしないように、ちゃんと演じ切るから、俺ずっと芸能界で生きていくからさ。」
千聖「…」
彰「千聖さんの好きな金澤あきらで居続けるから。」
千聖「…らい。」
彰「なに?」
千聖「嫌いだよ。金澤あきら。大嫌い。」
彰「へ」
千聖「私が好きなのは。私がずっと好きなのは、」
彰「ちさ、」
千聖N「不恰好に積み上げた感情が雪崩れて、私を飲み込んだ。」
彰N「何かの糸が切れた気がした。」
…………………………………
女性「ねー、金澤あきらのニュース見た?」
男性「みたみた。一般女性と結婚ね」
女性「私好きだったのになー。電撃すぎてびっくりした。」
男性「あの顔じゃあモテたんだろうな」
女性「引退考えてるって言ってるんでしょ?さらにショックー。」
男性「束縛酷かったりするんじゃない?」
女性「えー変わってあげたい奥さん役!」
彰「束縛されたことない。」
千聖「ほら、立ち止まらないの!」
彰「ちさ、俺束縛されたことない。」
千聖「な、ちょ、っとあき、」
彰「束縛してよ、ちさ」
女性「え?ねえ、あの人めちゃくちゃかっこよくない?」
男性「わ、本当だモデルみたい」
女性「え、あれ、金澤あき」
彰N「あの日切れた理性の糸はもう2度と結ばない」
千聖「わ、わわ!あきらくん、車乗って!」
彰「束縛ー」
千聖「もう!」
彰「俺本当に引退しようかな。」
千聖「結婚だなんてしてないくせに。」
彰「するの。ちさと。」
千聖「まだしてもないのに、ラジオで言っちゃうんだもん。事務所がどれだけ対応に終われたか。」
彰「健全だろ?それが1番。」
千聖「でも、」
彰「でもは、終わり。俺沖縄旅行予約したから。」
千聖「また勝手に。」
彰「ちさ。」
千聖N「今、どっちのあきらくんが笑ってるんだろう。」
彰「ちさ。早くすどうになれよ。」
千聖「また占いのこと言ってるんでしょ?」
彰「うん。」
彰「あいつじゃ絶好だもんな。」
千聖「そうだったね。」
彰「ちさ。」
千聖「ん?」
彰「好きだよ。」
千聖「…私も。」
彰「結婚、しよう。」
千聖「プロポーズってそう何回もするもの?」
彰「ちさになら何回もするよ。」
千聖N「私達は、きっと結ばれる。」
彰N「そう占ったから、必ず叶う。」
彰「あきすとぜねこ、やろ?」
あきすとぜねこ 有理 @lily000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます