ブレイジングソング

あさひ

第1話 井戸から飛び立つ蜻蛉

 激しいサウンドが少しの明かりの中で

鳴り響いている。

 その中心にある舞台で一人の男性が

ダンスのような動きで叫んでいた。

【明日は世界に飛び立つ】

 ひとつのワードに関連した歌詞が

頭に浸透するぐらいの音量で耳が少し痛いのが

普通の感想だろう。

 しかし舞台を取り囲む群衆は

それが心地いいらしく酔いしれるように

ゆらゆら目をつぶり踊っていた。

 浜辺に開かれた広場に仮設の舞台が

ずんとそびえ立っている。

「ここは世界一の砂浜っ! ロック海岸っ!」

【イエェェェェイッ!】

 一つの号令に答える船員が叫ぶ

情景的にはそう見えた。

 地方では有名なローカルバンド

 【ブレイジング】

ボーカルの熱さが売りでバンドメンバーは

週替わりで担当が変わる。

 ボーカルには悩みがあった

バンドメンバーがライブ終わりに仲良くなり

勝手に上京するということ。

 生憎だが今回も

バンドを一つ作り出し

送り出すことになった。

「カンタさん! 

俺たちこれから【ラスターマスタード】で活動します!」

「おっおう! がんばれよ!」

 若者の熱に押されるおじさんが

免許皆伝が如くもはやお決まりの流れ過ぎて

スタッフがクスクス笑っている。

「がんばれよ……」

「あんたもね!」

 呟くように見送っている最中に

後ろから同い年くらいのお姉さんから叩かれた。

京古きょうこ姉さん…… 痛いっすよ……」

「ん? 今日はやけにへこむね?」

 今日のバンドはハッキリ言うと最高だった

ボーカルの声に合わせ変調まで出来た上に

こんなに盛り上がったのは初めてになる。

「なんだそんなことか!」

 顔に出ていた心の声を受信されるかのように

答えを目の前のお姉さんが語り始めた。

 どうやら

もともと有名な歌手と組んでいたバンドが

自信を無くし、この町にいる復活おじさんを頼りに来たという。

「てことは?」

 お姉さんに向かい自身に指を向けて

自分がそれかを確認する。

 驚いた顔をされたが親指をグッと返された。

「姉さん…… 結婚しよう」

「いやだね」

「え?」

「バカ言うんじゃないよ? 目標金額まだじゃん」

 目標金額とは一か月に稼ぐ金額が

三十万を超えること

それぐらいないと安心できないからと

断られている。

「いやでもようやく五万になったのに?」

「のに? じゃないからね?」

 キレイで勝気な本気で男が憧れる女性

灯夜京子ひやきょうこ

 ずっとそういう話を横に流し

暇な時のみ舞台のスタッフをしていた。

「ねえ? 東京行きなよ」

「なっなんで?」

 心配そうな顔で女性を見る男性

その顔を見て抑えられない笑いが噴き出す。

「心配すんなって! 私はずっといるから!」

「そうじゃなくて……」

 笑いながら男性に詰め寄り

壁際まで追い詰められた後に壁ドンされた。

「忘れなれねえからな? お前のビートを」

「ひゃいっ!」

 男性と女性が逆転した光景が広がっている

しかし周りには誰もいない。

「東京に行ってこい」

「はい! 皿屋栞太さらやかんた二十九歳! 

東京に行ってきます!」

 ギラっとした視線を受けながら

唐突に大きな決断を下す。

 これが昨日の夜にあったこと

ただいま車内でよだれを垂らしながら

居眠り中だ。

【東京駅に到着いたします】

 アナウンスで流れる声が

新幹線の内部に起こる振動の差に

思わず目を覚ます。

「ぐぁっ」

 寝ぼけ眼で辺りを見回すと

電子の掲示板に視線を向けた。

 表示には東京駅にまもなく到着するため

下車する方は準備をという催促が書かれていた。

「着いたか……」

 目の前に置いてあるキャリーケースを

確認すると身なりを少しだけ整える。

 一応だがなくなっているものが

無いかを確かめた。

「よしっ!」

 そうこうしている間に

ゆっくりと新幹線が止まる感覚が体中を伝う。

「さすが文明の利器だな……」

 ジェットコースターのように

腰を浮かし衝撃に備えた。

「何をしてるんですか?」

 横にいた女性が不審そうに

尋ねてきた。

「停車する衝撃を緩和できたらと思いまして……」

 クスクス笑われた後に

前屈みになりジェットコースターを演出する。

 しかし予想とは反し

衝撃なく止まった。

「あれ?」

「当たり前です」

 そうなのという反応を見せた

あまりにおかしいのかクスクス笑っている。

「面白い人ですね」

「そうですか?」

 ツボにハマったのか

笑いが止まらない。

「お客さん降りられますよね」

「あっすみません」

 行きますよと

女性を引っ張って下車する。

 笑いが止まらない女性を

少し引き気味でベンチに座らせた。

「変な人ですねぇ」

「ん? 引いてます?」

 静かにこくりと頷いた

その様子にショックを隠せない。

「やっぱしわたすは都会の人から見ると

田舎もんっぺな……」

 いきなりの方言に驚いたが

同胞に初日から会えるのは心強いというのはある。

「どこ出身ですか?」

 表情がキラッと光ったことで

どうやら気づいたらしく

同じく輝きだした。

「私は秋田から東京さ来たっぺ」

「俺は青森から来ました」

 ほぉっと関心したのは

標準語がしっかりとした口調だったからである。

「都会の経験があるっぺか?」

「ぜんぜんですけど……」

「あと敬語やめてください」

 そこは真顔で言ってきた。

「そうだよな」

「うっうん……」

 対応が一変したためか

恥ずかしそうに顔を俯かせる。

「どうした? 熱でもあるのか?」

 デコにかかる髪を上に少し上げて

額を合わせる。

「ひゃあぁあぁあっ!」

 いきなり奇声を出す女性に

周りがぎょっとこちらを見やる。

 そしてバカにした顔で元に戻っていく

中にはおば様方がひそひそ何かを話していた。

「ちょっと行こうか?」

「おっ怒ってますよね」

「いいえ」

 手を強く引っ張り

改札口の外まで連れ去る。

「まるで俺が痴漢みたいじゃないですか?」

「ごもっともです……」

「あと俺には約束の女性がいましてね」

「大丈夫ですよぉ」

 人の話を聞きなさいと

心がツッコミをしたことにスルーをかました。

「とりあえず家どこですか?」

「えぇ…… 新居ですね」

「ん?」

 いえいえと手を振り誤魔化した女性をよそに

家まで送りますよのつもりで知らない道を共に探す。

 いろいろ探したところ

民宿のようなアパートに辿り着いた。

「ここですか……」

 偶然にも同じアパートで隣の人で

洗濯機を共有する部屋の連なりである。

 顔が青くなりかけの男性を置いてけぼりに

手をぎゅっと握った女性が言い放った。

「逃がしませんよ? 先輩……」

 見たことあるどころか

スタッフの新人【桐咲美彩きりさきみさ】だと

今さらに気が付く。

「マジか……」

 その言葉にドアが開き

美彩がひょこっと顔を出しながら呟いた。

「はいっ」

 微妙に可愛げがあるのが

なおさら怖い。

「ははっ」

 表情が固まったままで

自身の部屋に入る。

 そっと携帯を取り出すと

京子姉さんから連絡が入っていた。

【なんか新人ちゃんがお目付け役で追いかけたよ】

「人生ごと追いかけてきましたけど?」

 思わず静かにツッコミをかます。


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ブレイジングソング あさひ @osakabehime

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