第9話 芸者と第一夜 後編

私を送ってくれた彼女たちはもう気づいている



衛が盲目である事を


しかしそんなことは大した問題ではない

そう、私たちにとってはそれが日常でありいたって普通のことなのだから


衛は盲目だが家事でできないことは殆どないくらい努力をしてきた


二人の客人にお茶とお菓子を出し持て成す衛を床から見つめ彼を呼んだ


もう話さなければいけないようで

本当は黙っていようと思ったが私が思っているより時間がなかったようで・・・


『衛・・・こっちへ来て』

声を出して気づくこともあって、声がとても小さくなってしまったこと


彼はどんなに小さな音も聞き逃さない

もちろん愛する彼女の声、場所は手に取るようにわかる


彼は彼女の元へ行き、膝を下ろした


細く白い女性の腕が伸び彼の頬を撫でる


『衛・・・私はもう死ぬわ』


そういった彼女の顔はとても美しく死を目の前にした人はこんなにも美しく見えるものかと思うくらいの鮮やかさを纏っていた


『・・・そう、死ぬようには感じないけど』

クスッ

『それでも死ぬのよ』

彼女は彼の言葉に少し笑って答えた


『死んだらいつ会えるかな?』

彼は静かな涙を流しながら言った

それは彼自身も彼女の死を感じたからだろう


『100年待っててくれる?

今日の夜眠って、明日目覚めて・・・それを100年繰り返すの

そうしたら必ず逢いに来ると約束するわ』


三夜と漱石は黙ってその光景を見ていた


何か美しい映画を見ているような気持ちにさえなる



この部屋には今・・・

時間は存在しない

三夜は知っていた




無言が続く部屋の中その沈黙を破ったのは衛に携帯だった


その場にいた全員が携帯に眼をむける


衛はリビングに置いたままの携帯へ向かい

電話に出た


『はい・・・はいそうです

木崎美咲の夫です』


『わかりました

これから向かいます』


電話を切り衛は三夜と漱石に言った


『病院からでした』

『美咲が道で倒れていて通りすがりの人が救急車を呼んでくださったそうですが


救急車のなかで

もう意識がなかったそうです』


『さっき息を引き取ったと』


『これから病院へ行ってきます』


『・・・美咲を送ってくださってありがとうございました』


衛は頭を下げているが涙が床へ落ちていく

ただただ静かな空間に衛の涙の落ちる音だけが聞こえる



三夜は美咲が落とした真珠貝を静かにテーブルの上に置き立ち上がった

漱石も何を言うでもなく三夜に続き玄関へ向かう


玄関には流れ星の写真が一枚飾られていて妙な存在感を出していた


部屋へ入った時に蕾だった百合の花はいつの間にか大輪の花を咲かせていた


三夜と漱石が玄関を出ると夏目がアパートの階段の日陰て眠っていた


『夏目・・・起きて

100年寝てたよ 起きて・・・帰るよ』


そう言って二人と一匹は帰路へついた


日は沈みかけていた



芸者と第一夜 完




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