第8話 芸者と第一夜 前編
初夏の頃、朝早く三夜と夏目は家から目と鼻の先にある川沿いの桜並木を歩き行きつけのパン屋へ向かっていた
まだ朝は少し肌寒く頬を撫でる風は冷たい
今の季節の朝は水々しく潤った空気がとても気持ちがいい
そんな季節は少し早起きをして散歩するのがいい
葉桜になった桜並木を10分ほど歩くと微かにバターのなんとも言えないいい香りがしてくる
もうすぐ目的のパン屋だ
三夜はここのクロワッサンが好物だ
オーナーのこだわりのクロワッサンは大きめでサクサクしっとりした食感とバターの香りが病みつきになる
夏目はパンを好まないのでローストビーフを挟んであるサンドウィッチのクロワッサンを買って一緒に食べるのが最近の習慣だ
扉を開けるとカランカランとなるドアベルを通り過ぎ
店内に入る
店内を満たすパンとコーヒーの香り
一気に幸せな気持ちになる
いろいろな種類のパンが並んでいるが三夜の目的はクロワッサンのBLTサンドを手に取り会計を済ませるためレジへと向かった
週に三度は朝イチに来店するものだからすっかり顔見知りになったらしく店員の女性と軽く話すこともここ最近の三夜の日課になった
『いつもありがとうございます。
今日も外に猫ちゃんいるんですか?』
そんな他愛もない会話から始まった
『あそこにいるお客さんなんですけどいつもお仕事帰りに寄ってくださっているのんですけど日にひに顔色が悪くなっているような気がしてちょっと心配で先日声をかけてみたんです・・・』
三夜は店員さんの目線の先にいる人物を見るために小さく振り返った
そこに居たのは見るからに夜の仕事を終え帰宅するのであろう綺麗に着飾った女性がパンを見ていた
生憎、三夜の位置からは女性の顔色まで伺うことが困難だった
三夜は見ていることを悟られないように店員のほうへ向き返ると店員は小声で続けた
『本人は大丈夫だと言っていて私もそれ以上声をかけることが出来なかったんですけど、今日もやっぱり体調が優れなさそうで・・・
観てくれる人はいるのか・・・』
そりゃそうだ・・・パン屋とお客の間にあまり踏み込んだ内容は言いづらいだろう・・・
三夜はそう思ったが自分は今日の今まで彼女の存在にも気づかないくらいだったのでなんとも言いようがない感覚を持っただけだった
『なんとも無いといいですね』
それ以上返す言葉も浮かばず会計をすませ、店の外にいる夏目の元へと向かった
カランカラン・・・
すっと外の風に当たり店に入った時と出た時の空気の違いを感じていたら下から声がする
『珍しくゆっくりな買い物だったようだが何かあったのか?』
腹ペコだったのか、夏目が嫌味なことを言ってきたので、何もと軽く返事をして自宅の方へ足を向けた
天気が良く気持ちが良かったので今日は河原で朝食を取ることにした
夏草香る河原に腰を下ろし先ほど購入したサンドイッチを夏目と二人で食べていたら聞き慣れた声が三夜の名前を呼んだ
声のする方へ視線を向けると漱石が手を振りながらこちらへと向かってきていた
朝から元気な男だなぁと三夜と夏目は声に出さずとも思ったことは同じだろう
そんな漱石を後目に朝食の続きを始めた三夜達に駆け寄り無視しないでくださいよ〜などと言いながら夏目も隣に腰を下ろした
夏の日は早く登り、朝だと言うのに五月蝿いくらいの日差しを惜しみなく降り注ぐ
体が重い
帰路への道は歩いて15分くらいなはずなのに進んでも進んでもなかなか辿りつかなかくて、、、
高いハイヒールがコツコツ、、、なんとも頼りない音を立て右手にはスマートフォンとハンカチ、お財布だけが入った小ぶりのハンドバック
左手には先程、行きつけのパン屋で購入したクロワッサンとフレンチトースト
お店でお酒はかなり飲んだが酔っているわけではない
分かりたくなはないが自分の体の変化には少し前から気づき始めていた
あぁ、眩しい
あと少しで家なのに、、、
体が重いな
ふらふらする、、、
その刹那、体の力は抜け地面へと向かった
訪れるであろう衝撃を待ったがいつまで経っても衝撃は訪れず、瞑っていた目を開けた
目の前には自分が居るであろう地面が見えたが体はそこへは居らず視界には地面が見える、、、
視線を上げるとびっくりした顔を女性が大丈夫かと声をかけていた
その時自分が彼女に支えられていることを理解した
『ありがとうございます
大丈夫です』
自分が思ったより小さい声だったが彼女に届いたようだ
彼女の連れだろうか、今度は若い男性に支えられながら河原に腰を下ろしてやっと意識がはっきりしてきた
『良かった、顔色は少し良くなってきたみたい
救急車は呼ぶ?』
女性が心配そうに尋ねてきた
『救急車は呼ばないでください
早く帰りたいんです
ありがとうございます
助かりました』
深く頭を下げその場を立ち去ろうとしたが足元がおぼつかない
あぁ、参ったな
早く帰りたいのに
自分がが情けなくて笑えてきた
その場にへたり込んで笑っていたら涙が出てきた
俯き視界が涙で覆われて見えなくなりそれが遠ざかり地面へと跡を残すのを何度か見送った時
体がフワッと浮いて何が起きたか分からなかった
カラン
驚いて周りを見たら先程体を支えてくれた若い男性が抱き上げていた
『事情は知りませんが、帰りたいんですよね?
家まで送ります』
反対側にた女性が発したその言葉に
ありがとう、ありがとうと言うしかなかった
男性が私を抱き抱えてくれた時に私のバックからお守りのように持っていた真珠貝が落ちた
それに気づいた女性がそれを拾ってくれ持っていきますねと言った
少し落ち着いて住所を伝えて三人で歩き始めた
彼女の名前は三夜と言う名前で、抱きかかえてくれている男性は漱石と言うそうだ
そして先ほどから二人の足元についてくる一匹の猫
縁もゆかりもない2人の親切に心から感謝し安心して帰路に着いた
この漱石という男性一緒にいる女性を先生と呼んでいる
一体何の先生なんだろうと朧げな意識の中考えていたらアパートに着いた
部屋の前に着いた時玄関先に見慣れた人物が立っていた
『美咲!?』
呼ぶ声に弱々しく笑って返す
『どうしたの?何があったの?』
あぁ・・・そんなに慌てて クスクス
いつもおどおどしてあなたは優しすぎるのよね・・・
仕事から帰ってくるなり見知らぬ人と一緒にいたこと、時間になっても帰ってこなかったことに戸惑っただろう、私を助けた恩人を部屋へ招き入れ私を部屋へ寝かせるとお茶の準備を始めた彼は私の恋人の衛(まもる)
とても心が優しく私を愛してくれる私の大切な恋人
部屋へ入るといつも感じる部屋の匂い
甘くて、鼻と目の間に刺激を感じるようなそう、とても甘い香り
百合の花はまだ咲いていない
そうこれは第一の最後の夢
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