第7話 三夜と第八夜 後編
金魚売?
あぁ・・・なるほどだから金魚がいたのか
三夜は納得し、答えた
『見てないです』
そして、続けて
『その金魚売が何か?』
白い着物の男はそれ以上は何も言わなかった
その刹那突如大きな声で
『危ない!!!!!』
という声が耳に入った
その声に驚いた三夜は目を見開き鏡を見た
鏡には白い着物の男の袖下から自転車の車輪と車が見えた
なぜそんな状況に???
その刹那白い男に鏡の視野を塞がれてしまった・・・
白い着物の男がまた姿を消し鏡越しに窓が見えるようになった頃
三夜の耳に男の歌う声が聞こえてきた
それはとても懐かしいような聞いていると胸を締め付けられるような
三夜はネックレスについている指輪を指で触った
そしてどうしてもその声の主が見たくなった
それでも鏡の中に男は姿を見せない
三夜はいてもたってもいられなくなり椅子から立ち上がり店の外に出ようとした
振り返った三夜の目に入ったのは帳場格子に腰掛けている母の姿だった
長いまつ毛、漆黒の艶のある長い髪を無造作にまとめていても妖艶な雰囲気を醸し出す三夜の母
暫く会っていなかったが相変わらず美しい人だと子供の三夜すら思う
母は帳場格子のなかでひたすら金勘定をしていた
三夜は目を逸らし男の声のする方へ走り店を後にした
どこかで鶏が鳴いていた
行き良いよく店の外へ飛び出し声の聞こえる方へ走って行ったが川へぶつかりわたることが出来ない
あたりを見渡しどこか渡れるところはないか探してみたが目で見える範囲では渡れそうも無い
そんなことをしているうちに男の歌う声はもう聞こえなくなっていた
川岸の草むらに蛇の尾が見えた
三夜は暫くその場から動けずにいたが日が暮れかかる頃振り返り元来た道を戻ろうと歩き出し床屋がある手前でその姿を見て思い出した
“金魚売だ・・・店主が言ってたな”
金魚売の前には桶が5つ並んでおりその中には美しい赤い色の金魚
縁があり個性豊かな金魚
細く痩せている金魚
太く尾を靡かせている金魚
その泳ぐ姿はとても幻想的でずっと見ていたいほど綺麗だった
桶の奥に金魚売がおり三夜とは目を合わせない
ずっと黙って金魚の入った桶を見ており頬杖をついている
三夜の後ろにはかなり慌ただしい人の往来があったが全く気にもとめない様子でびくとも動かない
その時、三夜の目の前を一匹の金魚か通り過ぎていった
三夜はその金魚に目を奪われ視線が泳いだ
カシャン!!
はっとその音にびっくりした三夜は一瞬何が起きたか分からず放心状態になっていた
『・・・い』
『・・せい!』
『先生!!』
『先生大丈夫ですか?』
目の前に漱石の顔が出てきた
その表情はとても心配そうでこちらを伺っている
『・・・大丈夫・・・』
そうか・・・戻ったのか
視線を下げるとテーブルの上には音の主であるアップルパイの刺さったフォークが落ちていた
『・・・アップルパイ食べながらうたた寝しちゃったみたい』
そんなことを言ってわざと目を丸くしながらおどけて見せた
それを見た漱石はホッとしたように小さなため息を一つつき優しく微笑んだ
吾輩は少し浅い眠りから醒め横たわったままその光景を眺めていた
そんな春の日の第八の夢であった
三夜と第八夜 完
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