第6話 三夜と第八夜 前編
三夜は口へと運ぶ途中のアップルパイの存在を忘れ、鏡に目を取られていた
鏡の中に映し出された窓は自分の後ろに映っているためよく目を凝らさないと様子が伺えない
三夜は鏡の中の窓が気になって目を逸らすことができない
ふと我に帰った時は、あの居間ではなく床屋の椅子に座っていた
『おぉ びっくりした
床屋か・・・
髪は切りたくないな・・・』
三夜は小声で呟いた
目の前にある鏡を見るとやはり自分の姿の後ろには先ほど見ていた窓がある
三夜の後ろにある窓は5つ
通る人の腰から上が見えるほどの大きめの半円縦長の窓
三夜は部屋を見渡すと四角い部屋になっており
目の前と横の壁に鏡が並んでいる
数えたら6つ鏡があった
『お客さん』
三夜は後ろからかけられた声に驚き振り返った
そこには白い着物を着た大柄な男が立っていた
“うわっ
やばい・・・髪きりたいわけじゃ無いんだよな〜”
『あ〜
ごめんなさい
この椅子が座り心地が良さそうでつい座ってしまって・・・』
“って、そんな言い訳あるか??”
三夜は口から勝手に出てきた何とも意味のわからない言い訳を自分で突っ込んでしまった
男の回答は意外なもので
『そうなんだよ
その椅子は座り心地がいいだろう
いい椅子を入れたんだ』
話は続いた
『今日は客が全く来ない・・・
座っていたければ好きなだけいればいい』
三夜は目を丸くして言葉に詰まったので小さく頷いた
正面を向き直すと自分の顔が鏡み映った
いくらか立派に見えた
鏡に映る三夜の後ろには大きな窓があり何気なくそこを見ていたら一人の男がこちらを覗いていた
三夜はなんでこちらを覗いているのか不思議に思っていたが特に気にせずそのままぼーっと眺めていたらその男は急に慌て出し手で何かを追い払う仕草を激しくし出した
何やら蜂が男の周りを飛んでいたようだ
男は頬を蜂に刺され慌ててその場を去って行った
三夜は驚き男を不憫に思ったが知らない相手だったのでそのまま男の無事を祈りその場に止まった
鏡越しに後方の窓を見ていたら漱石が見えた
髪の長い女性と二人で歩いている
“へぇ漱石にもそんな女の人がいたのかぁ
なかなかやるなぁ”
女性の顔が見えそうで見えない
三夜は首を横にずらしたり、傾けたりするが結局顔を見ることができず鏡から通り過ぎて行った
三夜は悔しい思いになったが変に捻った首が痛くなり少し項垂れた・・・
なんとも三夜は三夜である
痛めた首に右手を添えつつ視線をまた目の前の鏡に向け次の登場人物を待つ
程なくして、ある商人らしい男がとても賑々しく道をゆく姿が映った
男はその見目麗しい姿から数人の女性を連れ立ちその男の周りだけ色鮮やかに見えるようだった
しかしなぜだろう?
三夜の目には男の美しい美貌に影が差しているような、何かこの世界に足りないものがあるような・・・
そんな気にさせる感覚を覚えた
そんな時に時計がチーンと鳴った
その正体に気づかないまま男は鏡の中から通り過ぎていくと共に時計が二つ目のチーンを打った
キャバクラ嬢らしき女性が出た
まだ化粧をするまでだが、なぜだろうそんな気がする
というか彼女の醸し出す雰囲気がそう思わせるのか・・・
誰かと話しているようだが、相手は鏡の中には入ってこない
三夜は少し心配な思いになった
なぜなら、その嬢の色艶が気の毒なほどない
化粧をする前だとはいえ鏡越しでも気になる程だった
その酷く儚げな女性の手には浮世離れに美しい白い百合が一輪
三夜の目に焼き付いた
そんなことを思いながら椅子に座っていた三夜の背後に再度、白い着物を着た大男が現れ背後の窓を塞いだ
彼は三夜に尋ねた
『表の金魚売をご覧なすったか?』
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