第5話 外伝1 姉妹
街の東側の一角、薄暗い路地に二人の少女がいた。綺麗な金髪なのだがぼさぼさで服も汚れている。ここら辺は金持ちが多く、それ故に貧富の差も目に見えて激しい。
「お姉様。やっぱり止めませんか?」
「大丈夫よ。上手くやるわ。それに、こうしなきゃ生きていけないの。相手は老人よ?しかも、ご丁寧に護衛すらいない。楽勝楽勝」
少女達は、二人の男女の老人を見ながら話し合っている。夫婦だろうか、仲睦まじく寄り添いながら遅い足取りでゆっくりと進んでいる。とても綺麗な身なりでどうしてこんな所を歩いているのか分からないくらいである。
「……よし」
自分に気合を入れて勢いよく飛び出し全速力で走る。車道側にいるお爺さんにわざと軽くぶつかりながら横をすり抜けつつ、ポケットに入っていた財布を盗んだ。
「ごめんなさい!急いでたから!」
そう言いながら、少女は横道に走り去って行った。
「ふふふ。元気な子ですねー」
「ほほほ。全くな」
老夫婦は優しく微笑みながら、何事も無かったかのように再び歩き始める。
「……ごめんなさい」
その様子を見ていたもう一人の少女は、ぼそりと呟き軽く頭を下げて、路地の奥へと消えていった。
少女達は、先程の場所から離れた所で合流していた。
「ふふん。どうよ。あの華麗な動作は。完ぺきだったでしょ」
「そうですね……でも、やっぱり盗みはいけないですよ」
「生きていくには仕方ないのよ。金持ちそうだったし、これくらいどうってことないわよ。それに、あなたは何もしてないんだから平気よ。全部私がやった事なんだから。罰を受けるのは私だけ」
「それも嫌なんです!お姉様に全部背負わせてるのが嫌なんです……」
「もう。マリアは考えすぎ!ほら!戦利品を見てみましょ」
「んー……はい……」
マリアと呼ばれた少女は不安げな様子だが、首を横に振って強引に別の事に気を向かせる。
盗んだ財布は何かの革製品でとても高級そうである。開いて中を見てみるとお札がたくさん入っていた。
「こ、こんなに……」
「ふふん。やっぱりお金持ちだったわね。見立て通りだったわ」
札束を財布の中に入れたまま数えていると、間に何かを見付ける。
「何かしらこれ」
「なんですか?」
取り出してみると、小さい紙だった。そこには【はずれ】と書かれている。
「何これ?」
「はずれ?何がでしょう?」
「外れはそのまま外れと言う意味じゃよ」
「!?」
姉妹の後ろから不意に声が掛かった。驚いて振り返ると、そこに居たのは先程財布を盗ったお爺さんだった。綺麗な白髪に老いを感じさせない風貌で、立派な白髭を貯えている。
「な、何か用かしら?」
咄嗟に、持っていた財布を体の後ろに隠す。
「ん。財布の行方を追ってきての」
「お財布?なんの事かしら」
じりじりと老人から離れようして、突如体を反転させて逃げようとしたのだが
「おやおや。どちらに行くのかしら?」
「くっ!?」
行く先にはお婆さんが現れた。こちらも、髭こそ無いが雰囲気がお爺さんに似ている。気品も溢れており、どこか、ただ者ではない空気を感じる。
「あんた達は一体なんなの!?」
「ただの老いぼれ夫婦だよ」
「はぁ!?何よそれ!」
「お爺さん。どうですか?」
「良い目をしておる。この状況に置いても、全く諦める気が無さそうじゃ」
姉妹を無視して会話をし始める。そんな夫婦を警戒しながら、姉妹は小声で話す。
(マリア。私が隙を作るから、それで貴女だけでも逃げなさい)
(お姉様!?何言ってるんですか!?)
(言ったでしょ。やったのは私で貴女は何もしていない。罪を償うのは私だけでいいの)
(嫌です!捕まるのなら一緒ですよ!)
(姉の言う事は聞きなさい!)
(嫌です!嫌です嫌です!そんな言う事は聞きたくありません!)
「相談は済んだのかの?」
姉妹は同時にお爺さんの顔を見る。
姉の少女はマリアの前に出て、両手を広げて必死になって訴えかけた。
「この子は関係無いの!だから、逃がしてあげて下さい!お願いします!」
「お姉様!」
「別に、取って食おうと言う訳ではないのだがのう」
顎髭を触りながら、困り顔を浮かべている。
「婆さんや」
「はいはい」
言われたお婆さんは、ケースに入れられたままのナイフを姉妹の足元に投げて渡してきた。
「何よ……これ」
夫婦の意図が分からずに聞いてみる。
「逃げたいのであろう?それを使って、この状況を打破してみたらどうじゃ?」
「……」
足元にあるケースを拾い上げてナイフを取り出し、右手で構える。
「お姉様……」
「大丈夫……大丈夫だから……」
まるで自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟く。
「お前さんは手を出すなよ」
「分かっていますよ」
「はぁ……はぁ……」
この場の緊張感が少女にのしかかり呼吸が荒くなる。
「そんなんで大丈夫かえ?」
「うるさい!」
言葉を言い放った直後に、お爺さんとの距離を詰める為に走り出した。
十分近付いた所で、ナイフを突き刺そうとする。それは簡単に躱されるが、すぐに横に斬り払う。その攻撃は髭の毛が数本舞うだけに終わり、しばらく、同じような攻防戦が繰り広げられる。
再びナイフを突き出した時、腕を叩かれてナイフを落としてしまう。あっ、と、思わず声を出してしまった。
「本気の殺し合いなら、手から落ちた武器を拾っている時間など与えてもらえぬが、今は拾って良いぞ」
「はぁ……はぁ……」
お爺さんを睨み付けながら無言でナイフを拾い構え直す。しかし、体力が限界に近く手元が震えている。
「はぁ……っ!」
気合を入れて、ナイフを突き出すが、躱されただけでなくその場に転んでしまう。
「いっ!?」
「ふむ……もう限界かの」
倒れた少女を見下ろして、お爺さんは言う。
「くっ!」
勢いよく体をねじりながらナイフを投擲する。が、無情にも体を捻ったお爺さんの顔の前を通り過ぎていった。
「他に武器があったり、投擲技術に優れていたり、やれると確信している状況ならまだしも、唯一の武器を手放すとは、これは期待外れかの」
飛んでいくナイフを見届け、少女に顔を戻そうとしたその時
「ふっ!」
視界の端で少女が左手から何かを投げた後の様子が見えた。
「!?」
咄嗟に顔を両腕でガードする。当たったのはただの小石だった。
「……小石?こんなもので?」
地面に落ちた小石に驚きつつ、少女に目をやると、不敵な笑みを浮かべていた。
「ガードしたな!さっきまで避けてばっかだったのに!ガードしたな!今のがナイフだったら傷を付けてた!子供だからって油断してたな!」
『どうだ!』『見たか!』と、言わんばかりのどや顔を向ける。
「ほほ……ほほほ……」
おじいさんも不敵な笑みを浮かべる。
「良い!良いぞ!これは良い!」
大声で笑いながら手を叩き始める。
「決まったようですね」
「えっ?」
いつの間にか、マリアの真後ろにお婆さんが立っていた。
「マリア!」
急いで立ち上がって妹に駆け寄ろうとするのを止められる。
「落ち着きなさい。さっきも言ったろう。わし達は君らを取って食おうとしている訳ではないと」
「じゃあ何が目的なのよ!」
お爺さんに対して食って掛かる。
一つ咳ばらいをして話始めた。
「お主は、そんなはした金を盗むだけで満足なのか?」
「そんな訳ないじゃない!こんなの、すぐに使い切っちゃうわ……問題を先延ばしにしてるだけよ……」
さっきの勢いが嘘のように、元気を無くして項垂れてしまう。
「なら、わし達と一緒に来ないかな?」
「……えっ?」
一瞬、自分の耳を疑った。
「一緒に?何?」
「わし達の養子に来ないかって事じゃよ。嫌かな?」
「ちょ、ちょっと待って!?な、何言ってるの!?」
突然の申し出にちょっとしたパニックである。
「混乱するのも無理はないわ。私も、最初聞いた時は、このじじいとうとう頭がいかれたのかと思いましたもの。ほほほ」
お婆さんが下品な言葉を使って上品に笑っている。
「何じゃと。わしは本気じゃわい」
「本気だとしてもぶっ飛び過ぎているんですよ」
「そうか?」
「な、なんなのよ……」
この場の空気がすっかり夫婦の色になってしまっている。
「と、取り敢えず助けては貰えるって事ですよね?」
マリアが安心したような顔で質問した。もう一人の少女は警戒を解かずに大人しくしている。
「まぁ、そういう事になるかの」
「何をやらせるつもりよ」
「うーん……」
二人の老人はほぼ同時に動いて、何処からか取り出したナイフを目にも止まらぬ速さで姉妹の喉元に突き付ける。
「こういう事を教えてやるぞ」
「……」
マリアの方は安心した矢先のこの状況なので、完全に怯えてしまっているが、もう一人の少女は、睨み付けながらも笑みを浮かべていた。
「面白いじゃない。その技術、盗んでやるわ!」
「ほほほ。その意気じゃ。ところでお主、名前は?」
目の前の老人に向かって人差し指を向けながら言い放った。
「サリアよ!覚えときなさい!」
姉妹は大きな屋敷に案内されていた。門から距離がある事にも驚いたが、広い庭にプール、木々が茂っていたり、つくづく住む世界が違うんだと、サリアは思っていた。しかし、今日からは違う。期待に胸を膨らませて屋敷の扉をくぐる。
「あっ!旦那様!奥様!お帰りなさい!あれ?その子達はどなたですか?」
奥から出てきたのはメイド服を着た女だった。華奢な体つきで歳は十代くらいだろうか、ブラウンの髪をポニーテールにしている。
「わし達の養子に向かい入れる事にしたからの。宜しく頼むぞ」
「えっ!?そうなんですか!?またなんとも急ですね」
「この人は馬鹿なんですよ」
「何じゃと?」
「何ですか?」
夫婦の間に火花が散っているように見える。そんな二人を横目に、メイドが姉妹に近付き屈む。
「お嬢様方のお名前は何ですか?」
「えっ?えっと、私がサリアでこっちは妹のマリアよ」
「よ、宜しくお願いします」
「はい。私はエミリーって言います。宜しくお願いしますね」
「そんな事よりも、良いの?あの二人は」
三人は隣を見る。お互い、片手にナイフを持ち今にも殺し合いが始まりそうな一触即発の状態になっている老夫婦がいる。
「あー。あの二人はいつもあんな感じだから、大丈夫ですよー」
「そ、そうなんですか……?」
(ここの人達……ほんとに大丈夫なのかしら……)
老夫婦もそうだが、この状況に慣れてしまっているのか、意に介さないメイドにも不安が募る。
「さぁさぁ。二人の事はほっといて、お嬢様方はまず、そのお姿を綺麗にしにお風呂に行きましょう!」
「えっ……はい……」
すでに鍔迫り合いを始めている二人を尻目に、エミリーに案内されてお風呂へと向かう。
「「うわー……」」
風呂場を見た姉妹は感嘆の声を上げた。広さもそうだが、浴槽も大きく、ライオンの銅像らしい物から水なのかお湯なのかが出てきている。
「す、凄いですね……」
「想像はしてたとは言え、実際に見るとやっぱり驚くわね……」
入り口で立ち尽くす二人の肩をポンと叩き
「さぁさぁ。そんな所にいたら風邪引いちゃいますよ。ほら、入りましょう入りましょう」
エミリーが手を取り少々強引に引っ張っていった。
お風呂から出て、食堂に連れていかれると、大きな空間に大きなテーブルが一つとそんなに必要なのかと言いたくなるくらいの椅子があり、テーブルの上には等間隔に枝付き燭台が置かれていてその上に蝋燭が立っている。
「ずっと驚かされていますね……」
「う、うん……」
入り口で立ち止まっていると
「ほれ、こちらに来なさい」
テーブルの奥にいるお爺さんが手招きをして近くの椅子に座るように促す。
二人は顔を見合わせて、恐る恐る促された椅子へと座った。目の前には肉や野菜や汁物等の豪華な食事が並んでいて、思わず生唾を飲んでしまう。
「では、いただこうかの」
夫婦が両手を合わせて「いただきます」と挨拶をしたのを見て、姉妹も慌てて同じような事をする。
食べた事の無い料理、味わった事の無い味、姉妹は存分に楽しんだ。
食事を済ました後は、緊張の糸が切れたのか、急な眠気に誘われる。
一室に案内してもらい、そこにあったベットに姉妹で一緒に使うことになった。
「それではお嬢様方、お休みなさいませ」
「おやすみー」
「おやすみなさい。エミリーさん」
姉妹の返事を聞いてから、部屋を出て行った。
「お姉様。明日からどんな日になるんでしょうね」
眠たそうな顔をしながらサリアを見て、サリアもまた同じような顔で見つめ返す。
「そうねー。まー、楽しい日々になるんじゃないかしら」
「そうだと良いですね」
「さっ、明日の事は明日考えて。もう寝ましょ。おやすみ。マリア」
「はい。おやすみなさい。お姉様」
姉妹は同時に目をつむり、同時に眠りについた。
しかし、二人はまだ知らなかった。わくわくしたのはこの日が最後で、起きたら楽しい日々が始まるのではなく辛い日々が始まる事を。
翌日。姉妹の生活は一変した。食事が済んだら、拳銃の扱い方や刃物の扱い方、武器が無い時の対処だったり近接格闘だったり、色々な戦闘技術を教え込まれる日々が始まった。
朝食が終われば訓練、昼食を挟んでまた訓練、休憩を挟み夕食が済んだらまた訓練。
食事訓練食事訓練食事訓練食事訓練。
そんな毎日が数週間続いたある日。
「はぁ……はぁ……じ、地獄だわ……」
サリアは庭で跪き頭を垂らしてぼそりと呟いていた。近くでは地面に横向きになって倒れて息を切らして喋る気力すら無くしているマリアもいる。
「もう音を上げるのかえ?」
「数週間もったのはいい方だと思いますよ。エミリーなんて、半日もたなかったじゃないですか」
「そうだったのぉ。あれは酷かった」
老夫婦が倒れている姉妹を見下ろしながら言った。その傍にはエミリーも居て、笑顔を引きつらせている。
「そうだ!休憩!休憩しましょう!そうしましょう!」
手を叩いてエミリーが提案をした。
無言で見つめてくる老夫婦から逃げるように、エミリーは屋敷へと走っていく。
「全く。あの子は本当にこのままで大丈夫なんじゃろうか」
「良いんじゃないですか?機械関連をいじらせたら凄いんですから。大目に見てあげても」
「まぁのぉ。そこは確かに凄いんじゃが」
「ちょっと」
いつの間にか立ち上がっていたサリアが怖い顔をしながら言った。
「私達の事、忘れてんじゃないでしょうね」
「忘れてなんていないぞ。だが、まだやれるかえ?」
「あ、当たり前よ!」
立ってるのもやっとといったくらい足が震えてしまっている。
「ほほ、無理するな」
おでこを軽く押されただけで、後ろに力無く倒れてしまう。
「あーもう!」
「ほほほ。まぁ無理もないか。連日こんだけ訓練してたらのぉ。むしろ、よくついてこられておるわ」
「と、当然でしょ!」
「倒れながら強がられてものー」
「マリア?生きていますか?」
「はい。お婆様。凄く体が痛いですけど」
体を半分起こして苦笑いで答える。
「みなさーん!お茶をお持ちしましたよー!」
ワゴンにティーセットやケーキを積んでエミリーが戻って来た。
「では、ティータイムにしましょうね」
「はい」
「はーい」
姉妹は倒れながら仲良く返事をした。
「ところで、ずっと聞こうと思って忘れてたんだが」
ガーデンテーブルを囲みガーデンチェアに座りケーキも食べ終わり、ゆっくり過ごしている時にお爺さんが言った。
「お前達、なんであんなとこにいたんじゃ?親はどうしたんじゃ?」
「……」
サリアが持っていたカップを置いてぼそっと言う。
「殺された。何処の誰かも分からない奴らに。そいつらはすぐに警察に捕まったけど、遅いのよ……」
「……そうか」
「でも、悲しんでなんかいられなかった。もう私しかいない。私がマリアを守らなきゃって思って」
「お姉様……」
「頼れる人もいないし、頼ろうとも思わなかった」
「……」
「だから!」
テーブルを叩き急にサリアが立ち上がる。
「お爺様!お婆様!もっともっと戦い方を教えて!誰にも負けないくらいに強くなりたい!」
マリアも立ち上がって叫ぶ。
「私も強くなります!お姉様に守られてばかりはいられません!」
二人の真剣な眼差しが夫婦を突き刺す。
「ほほほ。そのつもりじゃから安心せい。それに、そこにいるメイドはすでに超えとるよ」
「えっ!?私ですか!?そんなに下に見られてるんですか!?」
「瞬殺でしょうねぇ」
「瞬殺!?」
その言葉を聞いて、エミリーがサリアの横で跪いて涙目で懇願した。
「お嬢様方!どうか!どうか見捨てないで下さーい!」
「いや……見捨てる気は無いけど……」
あまりにも必死な姿に流石にドン引きしてしまう。
「ぷっ……あは!あははははは!」
突如、マリアが大笑いをし始めた。
「マリアお嬢様?」
「だって。ふふ。凄い。ふふふ。必死なんですもの。あはは。その姿があまりにも必死過ぎて」
「まぁ確かに……この家のメイドなんだから、もう少し堂々と出来ないのかなと思う時はあるけど」
「ふええぇぇ……」
エミリー以外の笑い声が一斉に発せられた。
この日はいつにも増して笑顔が多い一日となった。
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