第4話 謎の来訪者

「うーん……」

 椅子に座りながら、一枚の紙を睨み付けて唸っているのはシュヴァルだ。

 「だんな。何時までそんなもんとにらめっこし続けるつもりですかい」

 テレビゲームをしながら言うのはハウンドだ。メルと一緒に対戦ゲームをしているようで、二人はテレビとにらめっこしている。

 「そんなに気になるなら調べればいいじゃねぇですかい」

 「うーん……」

 その紙は、朝応接室の机の上に置かれていた。内容は【近々迎えに行きます】と書かれているだけだった。不気味なので捨てようと思ったのだが、何かがひっかかり今も手元に残っている。

 「あっ。負けた」

 「へっへー。まだまだお嬢には負けやせんよ」

 「むー」

 ゲームの勝敗がついたようで、二人はコントローラーを下に置きゲームの電源を切った。

 「でも、結構上手くなってきてやすから、これはうかうかしてられねぇですぜ」

 「ほんとか?ハウンドに勝てそうか?」

 「それはどうでしょうねー。勝たせる気はねぇですぜ」

 「むー。いつか勝ってやるぞ」

 「それは楽しみでさ」

 二人はシュヴァルの近くに寄って行く。

 「だんな。取り敢えず、外に出てみやせんか?何かわかるかもしれやせんぜ」

 「聞き込みと言うやつだな」

 「んー……そうだなー……」

 持っていた紙を勢いよく机に置き、そのまま立ち上がる。

 「まっ。こんなとこで悩んでても何も変わらないしな。行くか」

 三人は部屋を出て行った。



 「あそこはこうやってこうなんですぜ」

 「そうなのか。では次はそうしてみる」

 ハウンドがメルに身振り手振りで何かを教えている。先程のゲームの事だろう。メルがどんどん変な方向に影響を受けている事に危機感を覚えつつも、凄く楽しそうなので何も言えないでいる。

 「メル、そいつから何か教わんのも程々にしろよ。変な事ばっか教えやがって」

 「変な事なんて何一つ教えてやせんよ。ねぇお嬢」

 「うむ」

 「それはメルが何も知らないから、変な事かどうかが分からないだけだろうが。メル、ハウンドに最近教えてもらった事を言ってみろ」

 「うーむ」

 立ち止まって腕を組み少し考えて

 「この街のどこかに、お宝商品ばかり売っている極秘の店があるっていうのを教えてもらったな」

 無表情だが、どや顔を向けてきているのが分かる。

 「なんだそれ。どこで使うんだそんな知識」

 「だんな。知識はあるだけあった方が良いんですぜ」

 「だとしても、もっと使えるやつを教えてやれよ。てか、お前は何処でそんな事を知ったんだ」

 「『役には立たないけど誰かに言いたくなる知識』って本で。応接室の本棚に置いてありやすよ」

 「いつの間にそんなもん仕入れたんだ……てか、なんでこの街の事が書かれてるんだ……」

 「その本、私も読みたいぞ」

 「そんなもん読まんでいい」

 他愛もない話を繰り広げていた時だった。

 「あー。こちらにいらしたのですね。探しましたよ」

 三人の前に若い男が現れる。腰まで伸びる長い髪を結んでおり、すらっとした爽やかな青年が笑顔を浮かべて立っていた。

 「あー?何だお前?」

 いきなり目の前に現れた男に何か嫌な物を感じる。

 「俺達になんか用ですかい」

 「はい。そのお嬢ちゃんを探していたんですよ」

 「メルに?」

 「お嬢。お知り合いですかい?」

 「いや。知らぬ。誰だお前は」

 (メルが知らないって事は、少なくともあの白衣の野郎とは違うとこの組織って事か?)

 そんな事を思っていると、ハウンドが質問をする。

 「それで、あんたは一体どこの誰なんですかい」

 「僕かい?僕は神様だよ」

 「「……は?」」

 シュヴァルとハウンドは突拍子も無さすぎて言葉を失ってしまう。

 「神様って、あの神様か?」

 メルだけは特に驚くことも無く聞き返していた。

 「そうだよー。あの神様だよー」

 「おー。それは凄いな」

 「そうでしょー。僕はとっても凄いんだよ」

 我に返った二人は馬鹿にしたように話し出す。

 「だんなだんな。あいつ、よりにもよって神を名乗りやしたぜ。この街で神って」

 「ああ。この街じゃ一番合わねぇ存在だ。むしろ、神なんざ名乗った日にゃ殺そうとするか利用しようとする奴らばっかが暮らしてるのに」

 「本当の事なんだけどなー」

 「で、その神様がなんだって?メルに会いに来たんだったか?」

 「あーうん。そうなんだよね――」

 瞬間、シュヴァルとハウンドはその場の空気が変わったのを感じ取った。

 「その子、メルちゃんを、天界に連れて帰ろうと思ってね」

 笑顔だが、目は笑っていない。

 「お前、突拍子も無さすぎて、そろそろ笑えないぞ」

 「あんたの脳内設定を話すのは構いやしやせんが、俺達じゃなくて他の奴らに話して貰ってもいいですかね」

 「まー信用して貰えないよねー。しょうがないなー」

 男はそう言うと両手を広げた。と同時に、背中からメルと同じような透き通るような綺麗な透明に見える翼が生えてきた。ただ、枚数が六枚羽と違うとこもある。

 「なっ!?」 

 「……」

 「おー。羽が多いな」

 「これで、信用してくれたかな?僕が神様だって」

 翼を消して顎に手を当てて笑みを絶やさずに人を見下してるような目つきになる。

 「神様かどうかは知らねぇけど、メルと同じ力を持ってるのだけは認めてやるよ」

 「はぁ……まーだ信用してくれないのか」

 「そもそも、お前が神様だからなんだって言うんだ。メルを天界に連れて行くとか、一体どこにあるんだよそれは」

 「天界は天界だよ。君達人間にはたどり着けない場所。僕は神様だからね。天使であるメルちゃんを下界から助けに来たんだよ」

 「はぁ……下らねぇ。行くぞ。聞いてらんなくなってきた」

 三人は歩き出そうとする。

 「しょうがないか。穏便に済ましたかったんだけどな」

 そう言うと、神と名乗る男は両手を突き出して、その手をゆっくりと握っていく。すると

 「!?」

 ハウンドが突然胸を押さえながら倒れこんだ。

 「ハウンド?おい、どうした!ハウンド!」

 「ぐっ……ぐがっ……」

 「シュヴァル!これは」

 「てめぇ!ハウンドに何してやがる!」

 「あれ?おかしいな。赤髪の君は何とも無いのかい?」

 思ってた結果とは違ったのか、驚いた表情をしている。

 「あぁ!?何言ってんのか知らねぇが、今すぐにハウンドにやってる事を止めろ!」

 言い終わるや否や、左手で刀を抜きながら神と名乗る男に向かって走っていた。

 「うらぁ!」

 十分な距離に近付いてから斬り付ける。

 「おっと」

 神と名乗る男は軽く避けた。

 「かはぁ!?はぁ……はぁ……」

 男の態勢を崩したからか、ハウンドは苦しみから解放されたようだ。

 「ハウンド!平気か!」

 「えぇ……何とか……」

 「ハウンド……」

 「お嬢。離れててくだせぇ。あいつ、頭がやべぇ奴だけじゃないかもしれやせん」

 「あらあら。別にそこまで怖がらせるつもりは無いんだけどなー」

 笑顔が張り付いてるかのように、全く表情が崩れる気配がない。

 「お前、その顔を苦痛に歪ませて誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやるから覚悟しろよ」

 もう一本の刀を取り出して、二刀流になりつつ怒りをこめて言う。

 「怖いなー。僕はメルちゃんを迎えに来ただけなんだけどなー」

 「ほざけ。今の今まで姿を見せなかった癖によく言うぜ」

 「しょうがないでしょ。こっちにはこっちの事情があったんだから」

 「ほー。その事情って言うのを教えて欲しいもんだな!」

 一歩踏み込んで左手の刀で斬り付ける。男は右手から長剣のような物を出現させてそれを防ぐ。

 「事情を話そうとしてるのに攻撃してくるなんて酷いじゃないか」

 「うるせえ。しっかり防いでるじゃねぇか」

 「それは斬られたくないからね。まぁ、物理的に斬れないだろうけど」

 シュヴァルは次に右手の刀を力を込めて突きだした。男は左手の甲に盾を出現させて受け止める。

 「天界の者が、そうほいほい下界の事に口出したり手を出したりしてはいけないんだよ」

 「あぁ?」

 「さっきの事情だよ。事情」

 男は鍔迫り合いの状態だったのを振り払う。吹き飛ばされてよろめいているその隙を突かれ、男は右手の長剣を左から斬り払った。シュヴァルはそれを瞬時に逆手持ちに変えた右手の刀で受ける。

 「いっ!?」

 男を見ると、左の掌からほんのり光り輝くピンポン玉くらいの物体を出していた。それを人差し指の上で宙に浮かせる。シュヴァルが何をしてくるのか察して距離を離そうとしたその時、男の頭目掛けて苦無が飛んできた。体を逸らせながら飛んできた方向に目をやる。ハウンドが恨めしそうに睨み付けていた。

 「根性があると言いますか、愚かと言いますか」

 「どこ見てんだよ」

 視線を戻すと、左手を振りかぶっており、気付いて下がろうとした時には打ち下ろしていた。

 「!?」

 男は変わらず笑顔を浮かべている。斬った感触は確かにあったはずなのに、男の体に傷跡どころか斬った跡すら無い。

 「どうなってやがる!?」

 「言ったはずだよ。僕の事は斬れないって」

 「ちっ!」

 距離を縮めつつ連続で斬り付け始める。それを上手く受け流されながら男は喋り始めた。

 「僕達の周りには見えない薄い膜みたいなのがあって、全体を覆ってくれているんだ。メルちゃんにもあるはずだよ。それは、色んな物を防いでくれるんだ。斬撃や銃弾、爆発による熱や衝撃等々ね。ただし、威力がありすぎるのは流石に防ぎきれないんだけどね」

 「はー。成程な!」

 二人は再び鍔迫り合いの状態になった。

 「だから、この争いは無駄なんだから諦めてくれないかな」

 「そんな事言われて、はいそうですかって言うと思ってんのか」

 「全く。これだから、人間と関係を持つようなことはしたくないんだよねー」

 シュヴァルを押し出して鍔迫り合いを解除する。

 「稀にいるんだよ。君みたいな、凄く諦めの悪い人間。ひじょーにめんどくさいねー」

 「残念だったな。凄く諦めが悪い人間で」

 「うーん」

 両手の武具を消し腕組みをして何か考え事をし始める。。この状況でとても間抜けに見えるが、何か近づきがたい空気を感じ取り攻撃が出来ないでいる。そして、そのままの態勢で男は口を開いた。

 「僕はね、別に暇だからここに来てるわけじゃ無いんだよ。だから、もう終わらそうか」

 言うや否や、背中から翼を出して羽ばたき上空へと舞い上がる。空中で制止して右手を開いた状態で突き出した。

 「あいつ!」

 何をするのか分かったので咄嗟に二本の刀を仕舞い、変わりに二丁の拳銃を取り出して狙いを定めて撃ち始める。しかし、全く効いてる様子はない。

 「さっき言ってた見えない膜ってやつか!?」

 右手を握り始めると、先程と同様にハウンドが苦しみ始める。

 「一人減らせば後は簡単だ。さようなら。黒髪の……えーっと、誰だか分からないけど、興味も無いからどうでもいっか」

 「くっそ……っ!」

 弾倉を変えて撃ち続けるが状況は変わらない。頭をフル回転して考えを巡らせているその時、横を勢いよく何かが通り過ぎて行った。メルだった。右手に剣を出しながら翼を出して力いっぱい羽ばたいて空中にいる男に急接近する。

 「おや」

 右上に構えていた剣を振り下ろすが後ろに下がりながら躱される。返す刀で右に斬り払うが今度は大きく後退して距離を開けられてしまう。だが、ハウンドは助かったようだ。

 「お前、良い加減にするのだ。これ以上、私の大切な人達に手を出せば容赦はしないぞ」

 「おやおや。まさか、メルちゃんから攻撃を受けるとは思いませんでしたよ」

 「気安く私の名前を呼ぶな」

 距離を詰め同じように右上に構えて振り下ろす。男は、左手の甲に盾を出現させて受け止める。

 「同じようにやっても通用しないよ?」

 「同じだと思っているのはお前だけだ」

 「?」

 瞬間、剣を消す。そして、一瞬でまた剣を出現させて今度は左から右に横に斬り払う。

 「ほう……」

 眉が少し動くが、すぐにそれを冷静に今度は右手の甲に盾を出現させて防ぐ。が、また剣を消して、その勢いで体が少し右に向く。今度は両手に同じような剣を出して右上から振り下ろした。それは、左手の盾に防がれる。左手の剣を消し、また出現させて、勢いよく突き出した。それも、右手の盾で防がれてしまう。

 「いやいや。次から次へと流れるような攻撃、見事ですねー」

 「お前を倒せてないから意味が無いがな」

 お互いに距離を取る。すると突然

 「上から見下ろしてんじゃねぇ!」

 男の後ろから声がした。振り向くと、いつの間にか高いビルの屋上に上っていたハウンドが、飛び降りて向かってきていた。

 「なっ!?」

 「おらぁ!」

 右足で男の頭を蹴りにいく。左腕を使って防がれるが、落下の勢いのまま右手で顔面を掴んでそのまま落ちていく。

 「んっ!?」

 「さっさと落ちろよ!羽虫野郎!」

 二人は物凄い速度で地面にたたきつけられた。と思いきや、男をクッション代わりにしてハウンドが回転をしながらシュヴァルの方に飛び、滑りながらも綺麗に地面に着地した。

 「ふぅ。少しすっきりしやした」

 「お前、無茶すんなよ。てか、いつからあんなとこにいたんだ?」

 「お嬢が突っ込んでいった辺りでさ。注意を引き付けてくれてたんで、無事に隙を付けやした。まぁ、お嬢は無意識でしょうけど」

 「くっくっくっ……」

 地面に大の字に倒れたまんまの男は、突然笑い出した。

 「あっはっはっはっ!いやー凄い凄い。見事だねーいやー見事見事。まさか、メルちゃんの力を借りてるとはいえ、人間がこんなにもやれるなんて予想外だったよ」

 むくりと普通に起き上がって拍手すら始めた男を見て、シュヴァルは引きつった笑みを浮かべる。

 「ははは……あれでも効いてねぇのかよ……」

 「こりゃあ……どうしやすかねぇ……」

 二人の様子など眼中にないようで、拍手を止めて服に付いたゴミを払うような動作をしながら喋り始める。

 「いやいや。地面に顔を叩きつけられるとは。初めての体験をさせてもらいました。ありがとうございます」

 その笑顔に悪意を全く感じないとこが、逆に恐怖心を掻き立てられる。

 「今日はとても気分が良い。僕が生きてきた長い年月の中で一番楽しい日でした」

 「そうかよ。楽しんでもらえて何よりだ」

 「ですが、とても残念なのですが、そろそろお暇しなければなりません」

 シュヴァル達は身構える。

 「そんなに身構えないで下さい。これ以上何もしませんよ」

 「はぁ?」

 「こんなにも強くて無謀で楽しいあなた達をこの場で殺してしまうのはおしい。このまま行く末を見ていたくなりました」

 「それは、見逃してくれるって事ですかい」

 「そういう表現でも構わないですよ」

 「正直、助かりやすぜ」

 そう言いつつ、武器を下ろして警戒を解くつもりは無い。

 「メルちゃん。天界に興味をもったら何時でも来ていいからね。歓迎するよ」

 「行く訳なかろう」

 「あはは。嫌われちゃったかなぁ」

 いたずらっぽく笑う。羽をばたつかせて、ゆっくりと上昇していく。

 「それじゃあね。また会おう」

 「二度とくんじゃねぇ」

 「今度来たらその羽、全部むしり取って天界とやらに帰れねぇようにしてやりやすぜ」

 「怖い怖い。人間はやっぱり怖い生き物だねー」

 「私も手伝うぞ」

 「メルちゃんもかー。だいぶ嫌われちゃったようだねー」

 全力で羽ばたいた直後、物凄い速度で空へと舞い上がり、一瞬で姿が見えなくなった。

 「……助かった……みたいだな」

 「の、ようですね」

 シュヴァルとハウンドは大きなため息をついて地べたに座ってしまう。

 「二人共大丈夫か?」

 メルが心配そうに近寄ってくる。

 「ああ……何とかな」

 「お嬢こそ平気ですかい?」

 「うむ。私はなんともないぞ」

 「そうですかい。そりゃ良かった」

 一時の沈黙が流れる。

 「だんな、やべぇ奴に目を付けられやしたね」

 「ああ……ったく、めんどくせぇ」

 「すまぬな……シュヴァル。ハウンド。私のせいで」

 「ああ?何言ってんだ?メルのせいじゃねぇだろ」

 「し、しかし」

 「お嬢は気にし過ぎでさぁ。この街じゃ、人に迷惑をかけてなんぼの精神でいた方が良いですぜ」

 「それと」

 立ち上がって、メルの頭に手を置く。

 「今度あいつがやってきたら今日のようにはいかねぇよ。ぶちのめしてやる。今日は、たまたま苦戦しただけだ」

 「そうですぜ。初見は苦戦するもんでさ。次は余裕でボッコボコですぜ」

 それは、メルを安心させる為の強がりではない。根拠なんて何もないのだが、そういう言葉を口に出していた。

 「私も……私も、もっと強くなって、二人の出番を無くしてやろう」

 「おっ、言うじゃねぇか」

 「すげぇ助かりやすね」

 「そうだろう」

 メルは腰に手を当てて威張ってみる。

 「その意気で、この街にどんどん馴染んでいきやしょう」

 「おー」

 「いや、馴染み過ぎないように押さえてくれ」

 忠告を聞かずに盛り上がっている二人を見て、呆れながらも温かい笑顔を向けていた。



 自分を神と言っていた男は、雲のように見える床や所々に宮殿のような建物が建っていたりする、本人が天界と言っていた場所に帰ってきていた。

 「神様、お帰りなさい」

 「神様、下界の視察お疲れ様です」

 「うん。ただいまー」

 連れ違う羽を生やした人々に挨拶をされて、それに軽く返事や会釈をしながら歩いて行く。メルや男と違って、透き通っていない実体がある翼を生やしている。

 やがて、大きな建物の中に入って行く。中は、真ん中にとてもきらびやかな大きな椅子があるだけで、とても面白みのない空間だ。それでも、何故か神々しさが溢れている。男は椅子に腰かけて一息つく。

 「神よ。お帰りなさいませ。地上への見分、お疲れさまでした」

 そこに、羽根を生やした髪の長い美しい女が近付いてくる。歳は二十代中盤くらい、凛とした佇まいで他の天使達とは一線を画す雰囲気をしている。

 「うん。ただいま。地上は凄い楽しかったよ」

 「そうですか。それは良かったですね。所で、子供の天使を迎えに行ったのでは無かったでしたっけ?姿が見えないようですが」

 「ああ。ちょっとあってね。当分は置いておいてもいいかなって思ったんだ」

 「はあ。それはまたどうして?」

 「面白い人間達の傍にいるんだよ。僕に力を使われても物怖じしないし、むしろ敵意剥き出しで立ち向かってくる。そうだ。聞いてよ!僕ね、初めて地面に頭を叩きつけられたんだ!いやー、そんな事をしてくるなんて思わなかったよ!あっはっはっはっ!」

 その言葉を聞いて、女は血相を変える

 「なっ!?神に対してなんて事を!やはり、人間共に我々の力を示した方が宜しいのではないですか!?いいえ。それが良いです!愚かな人間共に制裁を加えてやりましょう!」

 「そんな事しなくていい。少なくとも、僕が気に入った二人には手を出さないでね?天使が何人か消えるかもしれないよ?」

 「!?」

 笑顔だが、空気が一瞬で変わる程の威圧感を受ける。

 「も、申し訳ございません。出過ぎた真似を」

 「良いよ良いよ。分かってくれれば」

 椅子に深く腰掛けて、虚空を見つめながら、先程の戦いを思い出していた。そして、静かに笑うその姿は、子供の様にも見え、また、悪魔の様にも見えて一層恐怖を感じるのだった。

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