第3話 メルの小さな大冒険

何でも屋の三階、ここで働いている者の為に居住区画として空けている部屋が三つある。一つはハウンドが使っていて、シュヴァルは応接室の隣の部屋を使っているので、空きが二つほどあった。そこの一つを、メルが新しく使うことになってから数週間が経っていた。最初こそこの街の物騒な音楽に戸惑っていたが、順応が早く、今ではその中でもぐっすりと寝れるようになる程には、慣れてきていた。

 そんなある日、自分の部屋で眠っていたメルはぱちりと目を開けてむくりと起き上がる。何時も見ていた無駄に綺麗な白い天井に白い壁。自分にはちょっと大きめなベットしかない殺風景な部屋で、また一日が始まる、と、ほんの少し嫌な気分で起き上がっていた日々。

 だが、今は違う。所々汚れていたり変色すら起こしていたりする天井や壁、ハウンドが悪ふざけでシュヴァルに買わせたダブルベッドが一つとゲームセンターでハウンドに取って貰った白い熊のぬいぐるみがあるだけの殺風景だけど全然違う自分の部屋。本当にあそことは違う所に居るんだという実感が毎日のように湧いてきて、楽しいという感情が出てくる日々に変わりつつあった。

 『おい!子供にダブルベットとかいる訳ねぇだろ!』

 『だんな。ここは思い切って買ってあげてくだせぇ』

 『いや思い切って買う意味が分んねぇよ!』

 『シュヴァル。私もこれがいいのだ』

 『お前らほんと馬鹿なんじゃねぇの!?』

 ベットを買ってもらった時の事を思い出して、今でもくすりと心の中で笑ってしまう。

 ぬいぐるみを数回なでてからベットから降り、パジャマからワンピースに着替えてから部屋から出て行く。

 階段を下りて二階の扉を開きながら挨拶をした。

 「おはようなのだ」

 しかし、返事は返ってこなかった。

 「む、二人共まだ寝ているのか」

 応接室には姿が無いので、隣の部屋に通じている扉を開ける。

 「シュヴァル?」

 ベットに寝ていると思っていたシュヴァルの姿は無かった。

 「ん。いない。何処かに行っているのか?」

 扉を閉めて応接室を見渡してみる。すると、シュヴァルがいつも使っている机の上に紙が置かれているのを見付ける。

 「おー?なんだこれは」

 そこには『メルへ ちょっと出かけてくるからそこで大人しく待っててくれ。今日は店を閉めておくからゲームでもして外に行くんじゃないぞ。行くとしても周りの奴に気を付けろよ シュヴァル』と書かれていた。

 「うーむ。だからいないのか」

 シュヴァルからの書置きを持ってソファーに座る。そのままぼーっと天井を見続け始める。10分程経った時、ふと我に返り

 「よし。外に遊びに行くか」

 ソファーの上に書置きを置いて元気に何でも屋を出て行った。



 どこか目的地がある訳でも無く、そもそも、まだまだこの街の事を知らないのでどこに行くかを決めれずに、メルはただ歩いていた。

 何でも屋がある街の南側はこの街では一番荒れているが、大通りに出れば人の目もあるからか他のとこと治安はあまり変わらない。ただし、道を一つでも間違えた場合を除く。

 「ほー」

 ぽけーっとしながら街の景色を眺めつつわくわくした気持ちを持って進む。シュヴァル達と何度も見てはいるのだが全然飽きがこない。シュヴァルにも「よく飽きないな」と言われる始末である。それだけ、外の世界が新鮮で楽しく感じている。

 「む、あれは」

 行く道の先に、下半分を黒に上半分を白に塗って上にパトランプを付けている車両がいるのを見付けた。それの外に女が一人中にもう一人いる。

 『いいですかいお嬢。白と黒に塗られた車とそれの周りにいる紺色だか青色だかの服を着た奴らには気を付けてくだせぇ。奴らは権力を振りかざして我が物顔で街を闊歩してる、ある意味悪い集団ですからね』

 『お前、もう少し違う言い方を思いつかなかったのか?』

 『そいつらはですね――』

 「あれが、けいさつかんと言う奴らか」

 ここら辺の事を教わってる時に、注意した方が良い組織として、ハウンドが最初に教えてくれた人達だ。

 メルはハウンドに教わった通り、注意しながら横を通ろうとするのだが

 「あら。お嬢ちゃん一人?迷子かな?」

 あっさりと声を掛けられてしまった。

 (うーむ……どうしよう)

 見上げた人物は二十代中盤くらいだろうか。すらっとしており真面目そうなその人は、しゃがんで子供と同じ目線で優しく話しかける。

 「どうしたのかな?自分のお名前とか言えるかな?」

 (うーん……こういう時は)

 メルはハウンドに教わった事を思い出していた。

 『お嬢。もしも警察に声を掛けられたら、迷わずダッシュで逃げるんですぜ』

 『それ逆に怪しまれるだけだろ。対処として間違ってるぞ』

 『だんな。奴らは狡猾でさ。隙を見せたら殺られやすぜ』

 『お前さ、警察となんかあった?俺が知らないとこで何かやらかした?』

 (良し。これでいこう)

 メルは意を決してと言うよりも、教えられた事をただ実行する形でその場から全速力で逃げ出してすぐの横道に入って行く。

 「……えっ?」

 突然の行動に呆気に取られてしばしその場で固まってしまう。

 しかし、すぐに我に返り

 「逃げた!怪しすぎる!後輩!すぐに追うわよ!」

 車両の中にいるもう一人の女に向かって叫ぶ。歳は同い年くらい、外の女と違ってどこか抜けていそうなその人は、あたふたしながら聞き返した。

 「追いかけると言ってもどこに!?」

 「私があの子を追ってどっかの道に追い込むから、あんたは指示したとこに待ち構えてなさい!」

 「えっ!?あっ、先輩!?」

 それだけ言い残し、少女を追って同じく全力で走り出して同じ横道に消えて行った。

 「……」

 取り残された後輩は、ゆっくりと車両のエンジンを掛けて、取り敢えずでその場から動くのだった。



 「はっ。はっ。はっ。はっ」

 後方をちらちらと見ながら、メルは走り続けていた。この街の構造は、全部ではないが教わっていたので、ハウンドが勧めてくれた、人を撒く道とやらをただひたすら走っていた。

 「流石ハウンドだな。奴は追って来れていないみたいだ」

 余裕をこき始めたその時だった。

 「待てー!」

 後ろからではなく別の道にちらっと先程の警察官の姿が見える。

 「おー。流石けいさつかんと言うやつだな。ハウンドが気を付けろと言うだけはあるのか」

 一人で感心しながらも足を止める事無く逃げ続ける。

 「こらー!私はあなたの味方よ!み・か・た!と言うか、なんで逃げるのよ!」

 「ハウンドに言われたからな。けいさつかんは簡単に信用してはいけないと」

 「ハウンド?……あっ!あの何でも屋とかいうとこのか!あいつなんつう事子供に教えてんのよ!」

 「知っているのか?ハウンドの事」

 「まぁね!あそことは何回か仕事してるし。そこそこ有名よ」

 「ほー」

 「ね!?分かったでしょ!?私は味方なのよ!」

 そう言いながら、あと少しで追いつきそうな所まで来ていた。

 「つっかまえた!?」

 手を伸ばして腕を掴もうとするが、体を捻り軽く躱されてしまう。

 「このっ!?」

 何度も手を伸ばしてみるが、ことごとく躱されてしまう。

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 「大丈夫か?」

 「ええ……まぁ……」

 追いかけている子供に心配すらされて自分が情けなくなっている様子だ。

 「ではな。私は行くのだ」

 手を振りながら路地裏へと入って行く。

 (ふふふ……かかったな。そこは一本道でその先には後輩がいる。勝った!)

 どうやら、無駄に振り回されていた訳ではなく、誘導をしつつ追いかけまわしていたようだ。

 そうとも知らず、メルは走り続けていた。一本道だが右に曲がったり左に曲がったりして進んでいくのだが、急に道の途中で足を止める。

 「……」

 何かを感じて、前後を確認して誰も居ないのを見てから、透明の白い羽を出して思いっきり羽ばたいて上空に向かって飛んだ。シュヴァルに『その力はむやみやたらに人前で見せない方が良い』と言われていたので使わなかったのだが『力を使うのはほんとにやばい時だけにしろ』と言う事も一緒に言われていたので、このタイミングで力を使った。建物の上に乗り身を潜める。

 少し遅れて、追いかけていた女がメルがいたとこを通り過ぎて行き、相方が待つ通りに出て行く。

 「あれ?あの子は?」

 「えっ?先輩が捕まえてたんじゃないんですか?」

 「えっ?こっちに来てないの?」

 「来てませんよ?」

 「どこ行ったのよ」

 「知らないですよ」

 二人は突然消えた少女に戸惑いと恐怖で立ち尽くしていた。メルはそれを黙って見つめて、自分の事を見失っているのを確認してからその場を後にした。



 「ふぅ。酷い目にあったのだ」

 翼を出して当ても無く飛んでいたのだが、そろそろ警官との距離も離れたと思たので、誰もいないのを確認して地上に降りる。

 「うーむ。ここら辺はどこなのだろう」

 きょろきょろと辺りを見回してみる。が、全く見覚えが無い。というか、どこがどう違うのかがまず分からない。街に暮らし始めて間もないので無理も無い。

 途方に暮れているように見えるが、特に焦る事も無くその場に立っていると、前から一つの影が近付いて来ていた。

 「おっ。丁度良いな」

 メルは臆することなくその影へと声を掛けた。

 「ちょっと良いか?」

 「あぁ?なんだクソガキ」

 その人影は、咥え煙草をしていてドスの効いた声で警察の制服を着てはいるがどう見ても真逆の立場にいるような見た目をしている男だった。

 「ハッ。お前は、シュヴァルとハウンドから聞いてるぞ。その服にその見た目、さてはドンってやつだろ」

 その男、ドンはとても不機嫌な様子で、メルを見下して言った。

 「シュヴァルとハウンド?なんであいつらが出てくるんだ」

 「あの二人と一緒に暮らしているのだ。そこで教えてもらったのだぞ」

 「あぁ?何言ってんだお前?」

 「けいさつの中でもドンだけは信用していいとも言われているな」

 「話が見えねぇな。お前の親はどっちなんだ」

 「む?二人は親ではないぞ。私と一緒にいてくれているのだ」

 煙を吐いて一旦間をおいてからまた話し出す

 「まぁいい。で、お前は俺に何の用なんだ」

 「ここがどこだか分からないのだが。帰り道を教えてくれぬか?」

 「はぁ?んなもん知らねぇよ。てか、あいつらはどこにいるんだ」

 「知らぬ。起きたらもうどっかに行ってたのだ」

 「何やってんだあいつらは」

 溜息をつき頭を掻いてその場から立ち去ろうとする。

 「どこに行くのだ?助けてくれぬのか?」

 「なんで俺がお前を助けなきゃならないんだ」

 「けいさつとはそういうものではないのか?」

 「それはお前の中での、だろ。俺は他の警官と違うんだよ」

 「うーむ。そういうものなのか」

 下を向いて考え込むメルを見て、再び歩き出す。

 「むっ。なぁなぁ。そんな事よりもお腹が空いたのだ」

 「あぁ?おいクソガキ。話の脈絡をちゃんと考えろよ。それと、調子に乗るな。なんで俺がお前におごらなきゃならねぇんだ」

 「そんなこと言ってもお腹が空いた事に変わりはないのだ」

 舌打ちをして、どこかに行こうとしてしまう。

 「むー……」

 ぼんやりと突っ立っていると、ドンがいきなり振り向いて

 「おい何やってんだ。さっさと行くぞ」

 顎をしゃくり付いて来いと言わんばかりである。

 「おー。今行くのだ」

 メルに配慮することもなくさっさと先に行ってしまうドンに、苦い顔もせずに健気に付いて行く。

 しばらく歩いていると、ドンが何の前触れも無く扉を開けて建物の中に入っていってしまう。そこは、普通の建物で看板だとか張り紙だとか何もない、怪しい感じが漂っている。

 建物を見上げていると、ドンから催促が飛んできた。

 「おい。何やってる。早く来い」

 「おっ。うむ。分かったのだ」

 恐れる事もなくするっと入る。

 中は、カウンター席が横にずらっとあるが数は少なく、床は大理石で作られていて、天井から発生している明かりはほんのりとしており少し暗めになっている。

 メルが入り口で店内を見回していると、ドンが真ん中あたりの席に座り「おい」と声を掛けた後に、自分の隣の席を顎で示す。それに従って席に座った。

 「おー。ここはどういうとこなのだ?」

 「黙って出されたもん食ってろ」

 カウンターの中では六十代くらいに見える板前が何も言われていないのに何か作業をし始めていた。メルはそれを黙って待ち、ドンは煙草を吹かしながら待った。

 数分の時が流れた後に、お皿が二人の前に差し出された。その上には、長方形に形作られたご飯の上に赤や白の切り身が乗せられている食べ物だった。

 「ドン、これはなんなのだ?」

 「あぁ?お前寿司を知らねぇのか?」

 「おお!これがすしと言うやつか!」

 目を輝かせて初めて見る食べ物をまじまじと観察してから、両手を合わせて「いただきます」と言ってから食べ始めた。

 「んー!んまいぞこれ!」

 「当たり前だろうが。不味い飯なんぞ出してたら、その店は潰れてるだろうが」

 「んー。ほうなのか」

 「ちゃんと食い終わってから喋れ」

 「んむ」

 煙草を吸い終わったドンも、ネタの一つ一つをゆっくりと味わい始める。と同時に、先に食べていたメルのお皿の上からはネタが無くなっていた。

 「ったく。大将。別のやつを握ってやってくれ」

 大将と言われた男は何も言わずに首を少しだけ傾けて作業を開始した。

 「ドンはいつもここに来ているのか?」

 作られるのを待っている間暇なので話かけてみた。

 「さあな」

 「むー。教えてくれてもいいではないか」

 「なんで、お前にわざわざんな事教えなきゃならないんだ」

 「それはあれか。ひみつしゅぎとか言うやつか」

 「どこでんな事習ったんだよ」

 「シュヴァルとハウンドが教えてくれたぞ」

 「あいつら……下らねぇ事教えやがって」

 そうこう話している内に、先程は無かった物が並んだ皿が目の前に運ばれてきた。さっきと同じような反応をして同じ作法をして食べ始める。

 「よく同じような反応が出来るな」

 いつの間にか食べ終えて一服をしていたドンがぼそりと呟いた。

 二皿目もぺろりと平らげてお腹をさすりながら一息ついた。

 「満足したか?クソガキ」

 「うむ。しかし、私はクソガキではないぞ。メル・スライスと言うのだ」

 「クソガキはクソガキだろうが。初対面でいきなり飯をたかってきたりしたくせに」

 「むー。だが、ほんとに二人に聞いていた通りの男なのだな」

 「あいつら、俺の事なんて言ってた」

 「ドンは逆らうと殺されるから逆らうな。怒らせても殺されるから怒らせるな。と、色々あるけど、たった一言だけで表せる男。めんどくせー男。だと言っていた」

 「次会ったら殺す」

 席を立ち、ドンに向かって頭を下げる。

 「今日は本当にありがとな。とっても美味しかったのだ」

 「それは俺じゃなくて大将に言え。俺が作ったんじゃねぇ」

 「そうか。大将。ありがとうなのだ」

 大将はにっこりと微笑み頭を下げる。

 「何故喋らないのだ?」

 「自分の唾が自分が作ったもんに入るかもしれないのが嫌なんだとよ。それと、ただ単に喋るのが苦手なんだよ」

 「そうなのか。それじゃ。またな」

 「俺はまだここにいるから、お前だけで行け」

 「しかし、道が分からぬのだ」

 「店出たら左にまっすぐ行け。そうすりゃ大通りに出られる。そこからは自力で帰れるだろ」

 「うむ。それだけ分かればいける」

 「教えたのは俺だが、どっから出るんだその自信は」

 扉を開けて一度振り返り

 「ほんとに今日はありがとう。それじゃあな」

 元気よく店から出て行った。

 「ったく。うるさいガキだったな」

 煙を吐きながらドンはぽつりと言った。



 言われた通りの道を進み大通りに出たのだが、そこはまだ来たことない所だった。

 「うーむ。どっちに行けばいいのだろうか」

 その場で立ち止まりあちこち見回していると、一人の女が近づいてくる。

 「どうしたのですか?迷子か何かですか?」

 その人は、ハウンドに教えてもらった一人で、メイド服を着ていて周りからは浮いているように感じる人物だった。

 「お前は、頭のおかしい姉妹に仕えているメイドの一人か」

 「なんの話をしているのですか」

 「あれ。違うのか?」

 「ええ違います。頭がおかしいのは姉だけですよ」

 「そうなのか。それは失礼したのだ」

 「いいえ。平気ですよ」

 メイドは顎に手を当てて何かを考えている。そして、何かを思いついたのか口を開いた。

 「取り敢えず、私が働いているお屋敷に来ませんか?どうやら、ゆっくりとお話を聞いた方が良さそうですし」

 「良いのか?そういうのをゆうかいと言うのではないのか?」

 「それは知らない人に連れていかれた時の事を言うのであって、我々はある意味知り合いですので、誘拐には当てはまりません」

 「そうなのか」

 「そうですよ」

 メイドは一度咳ばらいをした。

 「では、言い方を変えて……家に遊びに来ませんか?」

 「おー!それなら行ってみたいぞ!」

 「では。参りましょう。えっと、お嬢様、お名前は何というのですか?」

 「私はメル・スライスと言うんだ。お前は?」

 「私はアメリアと言います。以後、お見知りおきを」

 「うむ分かった。じゃあ行こう」

 「はい」

 二人は屋敷に向かって歩き始めた。



 「あ、あんた……まさか……誘拐をしてくるとは思わなかったわ……」

 見知らぬ子供を連れて帰ってきた従者を見て、屋敷の主は驚いてる。

 「サリアお嬢様。落ち着いて下さい。これは誘拐ではありません」

 「いや、どっからどう見ても誘拐でしょうよ」

 「家に遊びに来ませんかとお誘いしただけでございます」

 「それ、誘拐犯の常套句でしょうが」

 「まぁまぁお姉様。ちゃんと話を聞きましょう」

 そういう女の顔は笑顔だが引きつっており、体は震えているように見える。

 「おー。これがしゅらばと言うやつか」

 「メルお嬢様。そんな言葉を一体どこで習っているのですか」

 「とにかく!元いた場所に返してきなさい!まだ間に合う!」

 「捨てられた動物じゃないんですから……」

 焦っている女達を余所に、その後ろにいたもう一人のメイド服姿の女が近づいてきた。膝を曲げて子供の目線になってから口を開いた。

 「えーっと、メルちゃんでいいのかな?」

 「うむ。お前は?」

 「エミリーって言うんだー。宜しくね」

 「宜しくなのだ」

 「それで、メルちゃんはどこの家の子なのかな?」

 「家かどうかは分からぬが、何でも屋ってとこに住んでるぞ」

 「「「「何でも屋?」」」」

 その場にいた全員が口を揃えて言った。その中でも、サリアと呼ばれていた女が不機嫌顔になって見てくる。

 「何でも屋ってあの何でも屋かしら?あいつら、こんな子供を誘拐していたなんて」

 「誘拐されている訳ではないぞ」

 「そうなんですの?信用できませんわね」

 「一緒にいてくれているのだ」

 「全く腑に落ちないんですけど」

 その時、アメリアが一回手を叩いた。

 「取り敢えず、こんな所で立ち話もなんですから、お食事をしながら話し合いをしませんか?」

 その提案に、女達は顔を見合わせて

 「そうね。そうしましょうか」

 「はい。ではすぐに用意しますね」

 「宜しくね。ほら、えっと、メルちゃんだっけ?行きますわよ」

 「うむ」

 二人は食堂へ、三人は台所へと向かった。



 「おー。これは凄いな」

 目の前に置かれた皿の上には、見た事の無い料理が乗っていた。肉が並べられて傍には野菜のような物が添えられていて肉の周りにはソースが円を描くようにかけられている。

 「これは私の妹、マリアが作った料理ですのよ」

 「そうなのか」

 「お口に合うと良いんですけどね」

 早速フォークを手に取り、肉に差して口に運ぶ。口には出さないが感嘆の声が漏れており喜んでいるのが分かる。その姿を見て、二人も食べ始めた。

 かちゃかちゃと音が鳴る空間に、全て食べ終えたメルが急に声を出した。

 「美味しすぎて忘れていたが、もしかしてこれ、何かルールとかマナーがあったのではないか?そんな雰囲気がしている気がするのだが」

 口元を拭いて、サリアが答えた。

 「メルちゃん。お食事は美味しかった?」

 「うむ。美味しかったぞ」

 「今楽しい?」

 「うむ。凄い楽しいのだ」

 「だったらそれでいいのよ。食事のルールやマナーなんてたった一つ。その場が楽しいならそれでいいの」

 「おー。なんか、名言っぽいな」

 「ふっふーん。そうでしょー」

 「サリアお嬢様。宜しいでしょうか」

 アメリアが手を上げて発言をしていいかの確認を取った。

 「どうしたのよ」

 「その場が楽しいならそれでいいのであれば暴れようかと思いまして」

 「いや駄目に決まってるでしょ。何言ってるの」

 「その場が楽しいなら何をしてもいいのでは?」

 「程度を考えなさいよ程度を」

 「さっきと言ってる事違うじゃないですか」

 「うるさいわね!もう!だったら、その場が楽しいならいい、けど時と場合を考えろ、これでいいでしょ!」

 「最初からそう言ってください」

 アメリアは頬を膨らましてそっぽを向いた。

 「何その態度!その仕草全然可愛くないからね!」

 そんな二人のやり取りを見ていたメルはマリアと呼ばれた女に向かって言った。

 「ここの連中は仲が良いのだな」

 「ふふふ。そうですよ。みんな仲良しです」

 「シュヴァルとハウンドも同じような感じなのだ」

 「んー……それはお姉様に言わないでくださいね」

 「どうしてだ?」

 「どうしてもです」

 笑顔だが圧を感じていたその時、食堂の扉が開き、エミリーがワゴンを押しながら入ってきた。

 「みなさーん。デザートですよー」

 「おー。デザート」

 三人の前にケーキを乗せた皿が並べられた。それを真っ先に食べ始めたのはメルで、姉妹は少し遅れて食べ始める。食べながら、サリアが会話を始めた。

 「メルちゃんはこの後どうするの?何でも屋の奴らはどこにいるの?」

 「うーむ。どこ行ってるかは知らないな。今日家に帰っても二人が帰って来るかは分からぬ」

 「はぁ?こんな小さい子を置いて、あいつらはどこに何しに行ってんのよ」

 「仕事ではないか?」

 「あいつら……もう少し考えなさいよね……」

 「メルちゃん、今日は泊まっていってくださいね」

 「良いのか?」

 「そうねそれがいいわ。こんな可愛い子を一人にしたら危ないからね。アメ、お泊りの準備をしてあげて」

 「かしこまりました」

 お辞儀をして食堂を出て行く。

 「メルちゃん!今日は朝までパーティーよ!」

 「おー!楽しみなのだ!」

 「二人共、程々にしてくださいね」

 この後、皆で風呂に行きそこの大きさにメルが大興奮したり、風呂から出た後はカードゲームやテレビゲームと色々とやって遊び倒し、飽きたら家の事やメイドの事を聞き、気付くと全員いつの間にか眠っていた。

 そして、朝の十時くらいに、屋敷のインターホンが鳴り響く。それは、段々鳴る感覚が短くなっていき、とうとう連打になっていた。

 「うっるさいですわね!何事ですの!」

 けたたましく鳴り響く音に、飛び起きるサリア。

 「サリアお嬢様。どうやら、表に何でも屋の二人が来ているようです」

 先に起きていたアメリアが告げる。

 「あの二人が?何しに来たんですの?てか、なんでこの場所がばれてますの?」

 「それは、この場所がとても分かりやすいからですよ」

 「えっ?ほんとに?」

 「……」

 サリアの事を無視して、眠り続けているメルを起こしに行く。

 「メルお嬢様。お迎えが来ておりますよ」

 「ちょっと。なんで無視するのよ」

 「一々反応してたらきりが無いからです」

 「どういう意味よそれ」

 「むー……」

 体を揺さぶられていたメルが、むくりと起きる。それに合わせるように、マリアとエミリーも起き上がった。

 「どうかしたのか?」

 「メルお嬢様。お迎えが来ておりますよ」

 「お迎え?……あっ、シュヴァルとハウンドか」

 二人が来ていると分かった途端、急いで着替え始める。

 「あー!五月蠅い!全く鳴り止まないじゃないの!私達もあいつらに文句を言いに行きますわよ!」

 この間、ずっと鳴らされ続けているチャイムを止めさせるためにサリア達も着替えを始めた。



 「おい。ほんとにここに居んのか?」

 「間違いねぇですぜ。そういう情報がありやすから」

 屋敷の門の前にシュヴァルとハウンドは立っている。

 「つうか、あいつらってこんな分かりやすいとこに住んでんのかよ」

 「表札もありやすし、ここら辺じゃ有名らしいですぜ」

 「まじかよ。なんか腹立つな。こんな、いかにも金を持ってますよって主張されてるみたいでよ」

 「なんだったらぶっ壊しやすかい。ここら辺一体を」

 「そうだな。やるか」

 「何馬鹿な事言ってますの!」

 屋敷の方からサリア達がやって来た。その中にはメルの姿もある。

 「シュヴァルー。ハウンドー」

 「おーメル。平気かー。何かされてないかー」

 「お嬢ー。無事で何よりでさ」

 「あんた達、ここを何だと思ってるのよ」

 「誘拐した子供達を売買する集団のアジト」

 「ぶち殺されたいんですの?」

 「お姉様。口が悪すぎますよ」

 全員が門をくぐって出てくる。

 「と言うか、何時までチャイムを鳴らしているのよ!早く止めなさいよ!」

 「チャイムを鳴らし続けたらいつか家が爆発するって仕掛けとかないのか?」

 「ある訳ないでしょ!そんな頭の悪い自爆装置!」

 シュヴァルとサリアが睨み合いを始める横で、ハウンドがメルの冒険談を聞かされる。

 「お嬢。凄い大冒険をしてきたんですかい?」

 「うむ!聞いてくれるか!」

 「ちゃんと聞きやすぜ」

 「あのな!家から出たらすぐに警察に追われたのだ!」

 「ありゃー。それは災難でしたね」

 「ハウンドに言われた対処法を試したのだがな」

 「俺何言いやしたっけ」

 「けいさつに会ったら、迷わずダッシュで逃げろって」

 「あー。そういやそんな事を言いやしたね」

 「何てこと教えてますの……」

 サリアは呆れてしまう。

 「でも、ちゃんと逃げ切れたのだ」

 「おっ、それは偉いですねー」

 「それは、褒めてはいけないのでななくて?」

 「それでな、逃げた先でドンに会ったぞ」

 「えっ、まじですかい」

 「嘘だろ!?あの神出鬼没のドンにか!?」

 「誰ですの。ドンって」

 「でな。でな。おすしというのを食べさせてもらったのだ」

 「はぁ!?ドンにか!?それほんとにドンだったのか?偽物なんじゃないかそいつ」

 「二人に言われた通りの見た目と口調だったぞ」

 「お嬢は運が良いんでしょうね」

 「ですから、誰ですのドンって」

 「それで、ドンと別れて、ここに来たのだ」

 「誘拐されたって事だな」

 「ですから、誘拐してないって言ってますでしょ」

 再び、二人の間に火花が散る。

 「お嬢。大冒険は楽しかったですかい」

 「うむ!楽しかったのだ!」

 目を輝かせて大きく発言をした。その場に居た全員の顔が綻ぶ。

 「そうですかい。それは良かったですね」

 「そんじゃ。こんなとこはさっさと退散しようぜ」

 「何なんですのその言い草」

 「サリア!マリア!アメリア!エミリー!ありがとな!楽しかったぞ!」

 「はい。私達も楽しかったですよ」

 「またお待ちしております。メルお嬢様」

 「また来てね!」

 「メルちゃんは何時でも遊びに来なさい。あんた達は二度と来るんじゃないわよ」

 「頼まれても来ねぇよ」

 「じゃねー」

 「ばいばーい」

 軽く挨拶を交わしながら、何でも屋はパンプキン家から離れて行く。



 自分達の家に向かう途中。

 「二人は一体どこ行っていたのだ?」

 ずっと思っていたことを聞いてみた。

 「警察の仕事を手伝ってたんだ。胸糞悪い仕事だったよ」

 シュヴァルが心底嫌な顔をする。

 「そうだったのか。お疲れ様だな」

 「ほんとだよ。ったく」

 「だんなー。そんな事よりも腹減りやした」

 「そうだな。私もお腹すいたのだー」

 「お気楽だな。お前らは」

 「腹が減っては戦は出来ねぇんですぜ」

 「どこの戦に行くつもりだよ」

 「シュヴァル。シュヴァル。あそこの店が気になるのだ」

 シンプルに【飲食】と書かれているだけの看板が出ている怪しげな建物を指差す。

 「いや怪しすぎないかあれ」

 「よし。お嬢が気になったのならそこに行きやしょう」

 「やったー」

 「お前ら自由過ぎるぞ!」

 何の躊躇も無く店の中へと入って行く二人を見て

 「はぁ……」

 溜息をつき、重い足取りで後を付いて行く。

 メルの大冒険は、何でも屋と怪しい飲食店で朝食をとって楽しく過ごすという結末を迎えたのだった。

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