第2話 白い少女

いつもの音楽を奏でている街には不釣り合いなほど、本日の空は青く澄み渡っている。

 そんな街の片隅にある何でも屋に、一人の客が訪れていた。白衣を着ている男で、三十代くらいだろうか、誠実そうに見えるのだが何処か胡散臭くも感じる雰囲気を出している。

 そんな男と、シュヴァルは対面で座り、依頼を聞き出していた。

 「本日のご用件はなんでしょうか」

 「はい。実はこの女の子を探して欲しいのです」

 男は笑顔で淡々と言い、懐から写真を取り出しシュヴァルに渡した。

 写真に写っている子は、小学校高学年くらいだろうか、白いワンピースを着て白く長い髪を腰辺りまで垂らした子が無表情でこちらに振り向いている姿だった。

 「ふーん。迷子かなんかですか?」

 事情を聞こうとすると

 「あまり、詮索はしないようにして貰えると助かりますね」

 白衣の男は、不敵な笑みを浮かべてシュヴァルを見た。

 「……」

 その笑みの中に、何か嫌な物を感じ取ったが

 「分かりました。引き受けましょう」

 結局、依頼を引き受ける事にした。

 「本当ですか?ありがとうございます」

 白衣の男はそのままの状態で頭を下げる。

 「んで、この子の名前ぐらいは、教えてもらえるんですよね?」

 シュヴァルがジト目で聞くと

 「その子の名は、メル・スライスと言います」

 あの笑みのまま答えた。

 「それでは、私は失礼しますね。見つけて保護が出来たのなら、こちらに連絡をして下さい」

 ポケットから名刺入れを出し一枚取り出して手渡してきた。電話番号とメールアドレスしか書かれてなく、何処の誰かは書かれていない。

 (ご丁寧なこって)

 男は出入り口のドアの前で立ち止まり一礼をした後に、部屋から出て行った。

 沈黙を続けていたハウンドが名刺を横取りしながら口を開いた。

 「良かったんですかい?あんな怪しい奴の依頼を受けちまって」

 「怪しかろうが何だろうが依頼は依頼だからな。まっ、用心すればいいだろ」

 「お気楽ですね~だんなは」

 「お前に言われたくねぇよ」

 シュヴァルは写真と奪い返した名刺をポケットに入れながら立ち上がり、ドアに向かって行く。

 「待ってくだせぇだんな。俺も行きやすぜ」

 シュヴァルを追って行き、一緒に部屋から出て行く。

 「まずはどこを探すかなぁ」

 階段を下りながらシュヴァルは言い、隣で一緒に下りながらハウンドは答えた。

 「子供の捜索ってなると、西エリアなんかに行ってみやすかい?」

 「西かぁ。そもそも、この街にいるのかが問題なんだがな」

 「それは探してみないと分かりやせんよ」

 階段を下り終え、会話に出ていた街の西エリアに、二人は向かってみる事にした。

 街の西側は大人の遊び場が多く集まる、いわゆる風俗街である。真っ当な店やマニアックな店、見付かったらヤバイ店、色取り取りの店がひしめき合っている。

 そんな場所だが、まだ日が高い今の時間帯だとそこまで賑わっているようには見えない。そこを歩く何でも屋の二人は、周りからはどう見えているのだろうか。

 そんな中をしばらく歩いていると、一際目立つ看板を掲げているビルが見えてきた。薄着のセクシーな女性が背中を向けて横たわりその周りに『楽しんでイってね』と書かれている物だ。

 そこの下に、煙草を吸いながら街を見ている妖艶な美女が居る。豊満な胸を見せつけるような大胆な服装と容姿が合わさって思わず見とれてしまいそうになる。

 「よっ、姉さん」

 そんな美女に、シュヴァルは気さくに話しかけた。

 「あら、シュヴァルじゃない。それにハウンドも。こっちに二人一緒に来るのは珍しいんじゃない?」

 「うぃっす~。姉さん、今日もお綺麗ですぜ」

 「うふふ、ありがと」

 煙草を吹かして、笑顔を向ける。

 「それで、何か用?どうせ、お店に来てくれたって訳じゃ無いんでしょ?そっちの方が嬉しいんだけど」

 「がっかりさせて悪いけど違う。人探しだ。西エリアに詳しい姉さんだったらこの子を知ってるかなって思ってさ」

 「ん?どんな子?」

 懐から先程仕舞った写真を取り出し、美女に見せる。

 「あら、可愛い子。シュヴァルの子供?」

 「ちげぇよ。ちょっと依頼があって探してるんだ。ここら辺で見なかったかな」

 「ん~。こんなに可愛いと、裏のお店の方で噂になってるだろうけど、残念ながら聞いた事は無いわね」

 「そうか。姉さんが知らないんじゃ、こっちにはいないっぽいな」

 「ごめんなさいね。力になれなくて。その代わりにサービスしてあげるわよ」

 「いや。それは遠慮しとくわ。それよりも、こっちこそごめんな。休憩中みたいだったし」

 「良いのよ。二人共カッコいいし。たまにはお店によって欲しいんだけどね」

 「その内な。それじゃまた」

 「姉さんまたー」

 「はーい。女の子が無事に見つかる事を祈ってるわ」

 三人は挨拶を交わし合い別れた。

 「んー、やっぱ世の中そんなに上手くいかねぇな」

 来た道を戻っている最中、シュヴァルが口を開いた。

 「でも、商品として売られてないって事が分かっただけでも良い事じゃねぇですかい」

 「まぁそこはな。良かったとこだけど。次はどこのエリアに行くか…」

 うーんと唸るシュヴァルをよそに、ハウンドは横道にちらりと目を向けた。

 「ん、あれは…」

 遠くに、白い服を着た少女とその子をどこかに案内しようとしている男達が道の角を曲がる様子が見えた。

 その事をすぐさまシュヴァルに報告をする。

 「だんな、見付けたかもしれやせん」

 「ん、何処にいた?」

 シュヴァルの返事を待たずに、ハウンドは走り出していた。

 「あっ、おい!ったく」

 その後を急いで追いかける。

 ハウンドが角を曲がると、四人の男達が探していた写真の少女・メルを笑顔で『いいところに連れて行ってあげるよ』とか『大丈夫だよ。怖くないよ』とか言いながら、どこかへ導いている姿を確認できた。

 「ちょっといいですかーい?」

 「あぁ?」

 声を掛けられて振り向いた顔はガンを飛ばしてきた。

 「俺達、その子に用事があるんだけど。いいかな?」

 後から来たシュヴァルが言った。

 「こっちだって用があるんだよ」

 「いやいや。どこに連れて行くのか見当は付くけど、止めといた方がいいんじゃないかー?警察だって無能ばっかじゃないからよ」

 「何のことを言ってんのか分かんねぇなぁ」

 「そうだ。俺達は迷子を交番にでも連れてって上げようとしてただけなんだが」

 「ここら辺に交番があるなんて聞いた事ねぇな」

 小馬鹿にするかのようなシュヴァル達の態度に男達の一人が痺れを切らして殴り掛かってきた。

 ハウンドは、それをいなすと掌底を下から打ち顎に入れた。男は力なく倒れた。

 「おい、殺すなよ。後がめんどくさいからな」

 「ちゃーんと手は抜いてやすよ。ただ、殺した方が楽だと思いやすがねー」

 「何ごちゃごちゃ言ってやがるんだ!」

 「殺っちまえ!」

 残りの男達が一斉にかかってきた。二人は軽くあしらいながら足を引っかけて転ばせたりして相手の体力と気力を削っていった。

 「まだやんのか?もう十分実力差を見せたと思うんだけど」

 あしらい続けて十分程経った時、シュヴァルが男達に向かって言葉をかけた。

 「はぁ……はぁ……」

 「クソ……行くぞ……」

 男達は、恨めしそうに見ながら、シュヴァル達から離れて行った。

 「喧嘩をする相手は見極めるんですぜー」

 「余計な事言わなくていいから」

 言葉で追い打ちをするハウンドを制しながら、ぼーっと成り行きを見ていたメルに近寄って行く。

 「よっ、危なかったな」

 「危なかったのか?」

 「ああ。危うく、やばいとこに連れていかれるとこだったんだぞ」

 「そうなのか?よく分からぬがありがとうなのだ」

 メルはお礼のつもりなのか片手を上げた。

 「それで、二人は誰なのだ?」

 可愛らしく首をちょっとだけ傾げる。

 「俺達は何でも屋って店で働いてる、シュヴァル・ブラッドと」

 「ハウンド・ベルトでさ。宜しくお願いしやすぜ。お嬢さん」

 「うむ。私はメル・スライスなのだ。ところで、なんで助けてくれたのだ?」

 「何となくだよ。何でも屋ってのはそういうとこなんだ」

 「よく分からぬがそうなのか」

 表情が変わらないので納得しているのかしていないのかが全く分からない。

 「お嬢はどこかに行く途中だったんですかい?」

 ハウンドはしゃがんでメルと同じ目線になって話す。

 「いや。どこかに行こうと思って歩いては無かったぞ」

 「そうなんですかい?じゃあ、お兄さん達と一緒にいいとこに行きやせんか」

 「おい。さっきの奴らとやってる事一緒じゃねぇか」

 「うむ。同じような事言われたのだ」

 「マジですかい。やり直しさせてもらってもいいですかい?」

 「やらなくていいから」

 頭を掻きながら溜息を付く。

 「で、何処に連れて行こうとしてたんだ?」

 「ゲーセンでさ」

 「ゲーセン?ゲーセンとは何なのだ?」

 「ゲーセンはゲーセンでさ。ゲームセンターですぜ。知らないんですかい?」

 メルは首を縦に振る。

 「おっ。それなら、今日はゲーセンデビューですね」

 「おー。デビューするのだ」

 「じゃあ行きやしょう」

 「おー」

 「なんだこれ」

 トントン拍子に決まり意気揚々とゲーセンに向かって歩き始めた二人に置いてけぼりを食らうシュヴァルだった。



 街の中心から少し北側に行ったとこにそれは合った。『GAME』とでかでかと書かれた看板を飾り、派手な色を塗られたビル。ハウンドが連れてきたかったゲームセンターである。

 「おー。ここがそうなのか?」

 建物を見上げながら、メルは言った。

 「そうですぜ。早速入りやしょうか」

 「うむ。楽しみなのだ」

 三人はビルの中へと入って行く。

 「これは何という物なのだ?」

 「これはクレーンゲームって言うんですぜ」

 中はとても広く、一階には、クレーンゲームが多く設置されている。ぬいぐるみや何かのアニメのグッズやお菓子等、ずらっと色々な物が景品として機械の中に並べられているのが分かる。

 「おー。これがゲーセンなのか」

 「お嬢。こんなのはまだまだ入り口にすぎやせんぜ。ひとまず、なんかやってみせやすよ」

 「うむ」

 「やるっつっても、これって簡単に、ってか絶対に取れねえようになってんじゃねぇのか?」

 一つの筐体を親指で指し険しい顔をするシュヴァル。

 「だんなぁ。一応は取れやすよ。それに、そこをどう攻略するかが腕の見せ所なんですぜ」

 「どうにか出来んのかよ」

 「このゲームマスターのハウンドに任せてくだせぇ」

 「お前ゲームマスターって名乗ってんの?馬鹿なんじゃねぇの」

 その言葉を無視して、ハウンドはある筐体に向かって行く。中の景品は可愛らしい少し大きめな白い熊のぬいぐるみが置かれている。一度じっくりと正面からや横から中を見て、意を決したように頷く。

 「いきやす」

 お金を入れると軽快な音楽が鳴りだした。ボタンを押すとウィィンと機械的な音を出しながらクレーンが動く。ぬいぐるみの上で止めるとクレーンが下がって行き一定のとこで止まりアームが動いた。そのままぬいぐるみと一緒に上に持ち上げられていくのだが、クレーンが上で止まった反動でぬいぐるみが落ちてしまう。

 「ハウンド、取れそうか?」

 無表情だが、心配そうにメルが言った。

 「お嬢、心配しねぇでくだせぇ。俺はゲームマスターですぜ」

 「お前それクソダサいから、名乗るの止めた方がいいぞ」

 再びシュヴァルの言葉を無視して、お金を入れてクレーンを動かし始めた。何度か同じようにしているうちにぬいぐるみの一部が穴に付けられている透明な仕切りに乗っかる。その時、ハウンドの目が光ったように見えた。

 お金を入れ、同じように動かす。ぬいぐるみが持ち上がりクレーンが止まった反動で落ちる。仕切りの上にぬいぐるみの半分ぐらいが乗りそのまま穴の中に落ちてきた。

 「おー!やったなハウンド!」

 「ほー。マジで取りやがった」

 「当然ですぜ。なってったって俺は――」

 「止めろ。それ以上言うな」

 ハウンドが何を言うか分かったのですぐに止める。無言で抗議の目を向けながら、景品取り出し口からぬいぐるみを持ち出し、メルに手渡した。それを、両手で抱きしめるように受け取る。

 「良いのか?ハウンド」

 「何言ってるんですかい。お嬢の為に取ったんですぜ。貰ってくれなきゃ困りやす」

 「……ありがとう」

 メルはお礼を言った後に、ぬいぐるみの頭に顔を埋めた。

 「さぁって、まだまだゲーセンツアーは始まったばかりですぜ。次に行きやしょう」

 「……うむ!」

 クレーンゲームを後にして二階に上がって行く三人。そこは、ガンシューティング・レーシングゲーム・リズムゲーム等の体感型のゲームが色々並べられている。

 「おー。下とは全然違うのだな」

 「そうですぜ。ゲームって言っても色んな種類があるんでさ」

 きょろきょろと辺りを見渡すメルに優しく声を掛ける。

 「どうですかい。何かやりたいもんでも見つけやしたか?」

 「うーん……」

 もう一度、ゆっくりと見渡し

 「むっ。あれはなんだ?」

 一つの筐体に目を向けた。

 「ああ、あれはダンスのやつですぜ。踊りでさ踊り」

 大きなモニターに大きなスピーカーが二つ取り付けられていて、その下には、上下左右のパネルが八つ並んでいる。

 「踊るのか?ただ踊ればいいのか?」

 「画面下からどのパネルを踏めばいいか指示されやすから、それ通りリズムに乗りながら下のパネルを踏んでくだけでさ」

 「おー。面白そうだな」

 「ほら、ぬいぐるみを持っててやるから、やってこい」

 シュヴァルは手を差し出し、メルが抱きかかえているぬいぐるみを受け取ろうとする。

 「うむ。やってみるのだ」

 ぬいぐるみを渡しパネルの上に立つ。

 「よっし、俺もやりやすぜ」

 「お前もやんのかよ」

 メルの隣に立ちお金を入れて、色々な設定をしてゲームが始まった。

 「よっ。よっ。ほっ。ほっ」

 「おお、上手い上手い。その調子だぞー」

 メルの頑張りを応援しながら、ハウンドの方を見る。無言でパネルを踏むその顔は真剣そのものだった。

 「いや、これ最低難易度だよな。なんでそこまでガチになれるんだこいつ」

 思いっきりドン引きしているうちに、一曲目が終わり画面に結果が出る。

 メルの方はAと出ており、ハウンドの方はAAAとPerfectという文字が出ていた。

 「おー。流石ハウンドだな」

 「……お前、ガチにやり過ぎだろ」

 「何言ってるんですかい。金を出してる以上は全力ですぜ」

 「なんか、今日のお前クソダサく見えるのは気のせいか?」

 その後、二曲目三曲目とやり、プレイが終わった。

 「どうだったよメル。楽しかったか?」

 「うむ!楽しかったのだ!」

 振り向いて胸の前で二つの拳を作り目をキラキラ輝かせて感想を言ってくる。

 「そうかそうか。それは良かったな」

 「う~ん……」

 その横で、どうも納得いってない様子の男が一人。

 「やっぱ最高難易度でやらねぇと。だんな。一緒にやりやしょうぜ」

 「はぁ?やった事ねぇのにそんなもん出来る訳ねぇだろうが」

 「何事もチャレンジですぜ」

 「シュヴァル、頑張るんだぞ」

 「……」

 メルにぬいぐるみを返して、しかめっ面でパネルの上に乗る。ハウンドが設定を済まして、ゲームが始まる。下から上に指示のマークが高速で流れ始める。

 「ぐっ!?あっ!?ふっ!?ほっ!?」

 必死の形相でステップを踏むシュヴァルを余所に、余裕の表情で踊るハウンド。

 「おー。二人共凄いな」

 二人を見ながら、メルは感嘆の声を上げた。

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 一曲目が終わり、シュヴァルは息も絶え絶えになっており、逆にハウンドは息一つ乱れていない。因みに評価は、シュヴァルがDでハウンドが先程と同じスコアになった。

 「だらしねぇなぁ。だんなぁ」

 「お前……初めてで……これだけ出来たんだぞ……少しは褒めろ……」

 「シュヴァル、大丈夫か?」

 後ろで見ていたメルが近寄ってきて心配そうに尋ねる。

 「あぁ……めっちゃきつい……」

 「お嬢、やってみやすかい?」

 「おっ、やって良いのか?」

 「おい……無茶ぶりは……やめてあげろよ……」

 「いいや。お嬢には何か光るものを感じるんですよね」

 「テキトーな事……言ってんじゃないだろうな」

 「私、やってみたいのだ」

 「……まぁ。本人がやりたいなら別にいいんだけどよ」

 上がっていた息が整ってきた。

 「シュヴァル、これ頼む」

 「お、おう」

 ぬいぐるみを渡されたので受け取る。パネルの上に乗る少女の後ろ姿を不覚にもカッコいいと思ってしまう。

 「お嬢。いいですかい?」

 「うむ。やってくれ」

 ゲームが始まり、高速でマークが登ってくるが、ハウンドは勿論のこと、メルも案外ついていけている。

 「マジかよ……」

 「やっぱ、お嬢には才能があるみたいですね」

 無言で踊り続けて、最後のマークでフィニッシュを決めた。

 「はっ……はっ……はっ……」

 とても清々しい、やり切ったという顔をしている。スコアは、ハウンドにこそ及ばなかったが、結構な高得点を取れていた。

 「うおー。やってやったぞ」

 「おう。まさか、踊り切るとは思って無かったわ」

 「お嬢はゲームの天才かもしれやせんね」

 二人は、素直に称えた。

 「楽しんでもらえやしたかい?」

 「うむ!楽しかったのだ!」

 「俺は二度とやりたくねぇわ」

 ダンスの機械から離れながら、各々の感想を言っていく。

 「だんなはもう少しゲームに触れた方がいいと思いやすぜ」

 「いいんだよ。別にやらなくても生きていけるんだから」

 「しかし、やってみないと何が面白いとか、分からない事もあるのではないか?」

 「ぐっ……そ、それは……」

 「好き嫌いは人それぞれだが、それを一回やっただけで決めつけるのはどうかと思うぞ」

 「うっ……」

 「だんな。流石に幼女に言い負かされるのはどうかと思いやす」

 「ぐぎぎ……」

 シュヴァルの心が砕かれそうになりながら、三人は三階に上がって行く。そこには、大戦型のカードゲームやビデオゲームが並んでいる。

 「今度は、また雰囲気が違うな」

 「でしょー。取り敢えず、ここが最後ですぜ」

 「おー。そうなのか」

 ゲーム機の間をゆっくりと進む。

 「お嬢は何に興味を示しやすかね」

 「さぁな。どれも一緒に見えてるんじゃないか」

 「その発言、聞く人が違ってたら殺意を向けられてもおかしくないですぜ」

 二人が見てる中、一つの筐体の前で止まった。

 「おっ。決まったみたいですね」

 「みたいだな」

 メルに近付いて行き、何に興味を引かれたかを確認する。

 「ハウンド、これはどうなんだ?」

 「うん。いいセンスだと思いやすぜ」

 それは、有名な格闘ゲームだった。筐体にはPVが流れており、二人の男のキャラクターが戦っており、そこに女や子供やロボット等の色々なキャラクターが出てきて、最後にタイトルロゴがババーンと流れている。

 「お嬢、これが気になるんですかい?」

 「うむ。これはどういうやつなのだ?」 

 「これでキャラを動かしながら、こっちでポチポチ押して攻撃するんでさ。で、特定の組み合わせで色んな技を出して、先に相手の体力を0にすれば勝ちなんですぜ」

 ハウンドは、筐体に付いているレバーを動かしたりボタンを押したりしながら説明する。

 「ほー。そうなのか」

 ハウンドの説明を聞きながら、コクコクと小さく何度も頷いている。

 「まっ、習うより慣れろって事で、やってみやしょうか」

 「うむ」

 席に座りお金を入れて貰う。その隣の同じ筐体に、ハウンドも座りお金を入れた。

 「お前さ、今日ゲーセン来たのって単に自分が遊びたかっただけだろ」

 「そんな事ありやせんよ。隣でプレイを見せれば技術を盗めるでしょうや」

 「ほんとかー?」

 「九割は自分がやりたいだけですがね」

 「おい!」

 キャラクター選択画面が映し出されて、ハウンドはメルに尋ねる。

 「お嬢が気になるキャラを選んでくだせぇ。俺も一緒の奴を選ぶんで」

 「うーむ」

 じっくりとキャラクター達を見定めて、一人のキャラクターを選んだ。それは、子供のキャラだった。

 「ほー。いいセンスですね。そのキャラなら初心者でもやりやすいと思いやすぜ」

 「そうなのか。なんとなくで選んだのだがな」

 メルと同じキャラを選びながら褒める。

 キャラを選択したらゲームが開始され対戦が始まったのだがやはり初心者なので、ぎこちなくレバーを動かしたり取り敢えずでボタンを押したりしてるのが見て分かる。1ラウンドを、時間をかけながらも勝利した姿を大人しく見ていたハウンドは

 「お嬢。お嬢。こっちを見ていてくだせぇ」

 「む?」

 自分のプレイを見ているように言った後、レバーを的確に動かしボタンをタイミングよく押す。画面のキャラクターが激しく、しかし、規則正しく動くさまは、とても美しく芸術にも思えてくる。

 「おー。すごいのだ」

 「はー。上手いもんだな」

 思わず拍手をしているメルの方に顔だけ向けて

 「まぁ、ざっとこんなもんですぜ。練習すればお嬢にも出来やすよ」

 「そうなのか。頑張るぞ」

 「ええ。頑張ってくだせぇ」

 画面に向き直り黙々とやり始める。

 シュヴァルは、ハウンドに顔を近づけて小声で耳打ちした。

 「お前、適当な事言ってんじゃないだろうな。持ち上げ過ぎるのも考え物だぞ」

 「まぁ見ててくだせぇよ。お嬢は天才かもしれやんから」

 「ったく……」

 根拠の無い自信を見せられ呆れてしまうが、不思議と同じような気持ちになっている自分がいる事に気付き、静かに見守る事にする。

 劇的に変わる訳ではないのだが、1ラウンド消化していく毎に、目に見えて上手くなっていっているのがゲームをやらないシュヴァルにも分かる。

 「だんな……俺は……ゲームの神が誕生する瞬間を目の当たりにしているのかもしれやせん……」

 「いや、大袈裟だろ……」

 最後の敵を倒し終える頃には、あとちょっとの所でノーダメージと言う所まで成長していた。

 「ほー。クリア出来たぞ」

 「おめでとうございやす。お嬢」

 「おう。初めてとは思えないプレイだったぞ」

 二人は素直に賛美を送った。

 「次のゲームマスターはお嬢で決定でさ」

 「おー。やったー」

 「おいやめろ。そんなクソダサい称号を贈ろうとすんな。メルも貰おうするな」

 「えー?いいと思うのだがな」

 「だんなにこの良さは分かりやせんよ」

 「分かんなくて結構だよ」

 ハウンドが席を立ち二人を見ながら言った。

 「このまま遊ばせてあげてぇですけど、そろそろ次に行きやしょうか」

 「次?どこに行くのだ?」

 「また変なとこに行くんじゃないだろうな」

 「ゲーセンは変なとこじゃねぇですぜ。取り敢えず、次はカラオケにでも行きやしょう」

 「カラオケ?」

 「そうでさ。カラオケもデビューしちまいやしょうぜ」

 「どういうとこなのだ?」

 「行ってから教えてあげやすよ」

 三人は、ゲームセンターを後にした。



 ゲームセンターから少し離れた所に、次の目的地があった。『カラオケ』と書かれた看板を掲げた建物がそびえ立っている。その目の前に三人は到着していた。

 「おー。カラオケとまんま書かれているな」

 「それ以外書くようなことは無いですからね」

 「で?どういうとこなのだ?」

 「好きな歌を誰にも迷惑かけることなく歌う事が出来るとこでさ」

 「どういう表現なんだそれ」

 「歌か……歌を何一つ知らないのだが」

 「マジですかい。じゃあ」

 ハウンドはポケットから音楽プレーヤーを取り出しメルに手渡す。それに付いているイヤホンを指差しながら

 「それを耳に入れて、スイッチを入れれば曲が流れやすから、今から聞いて覚えてくだせぇ」

 「うむ。分かったのだ」

 「そんなんで覚えられるのか?」

 言われた通りの事をしてメルは曲を聞き始めた。「おー!」と感嘆の声を上げながら初めての事に目をキラキラさせている。その姿を見て、ハウンドは何度も頷く。

 「なぁ」

 そんなハウンドに、シュヴァルが声を掛けた。

 「俺も曲なんてほとんど歌えないぞ。テレビでやってるのを聞いた事ある程度なんだが」

 「大丈夫ですぜだんな。ノープロブレムでさ」

 「はぁ?なんでそんなに自信満々なんだよ。意味が分からないぞ」

 「取り敢えず行きやしょう」

 ハウンドが先陣を切って建物に向かって歩いて行く。曲を聴きながらメルも付いて行く。

 「なんなんだ……はぁ……ほんとに大丈夫なのか……」

 不安を募らせながら、シュヴァルも歩き出した。

 受付を済ませ案内された部屋へと入る。中はテーブルが一つと三人掛けと二人掛けのソファーが一つずつある。三人で入るには少し広く感じるとこだった。暗いので電気を付けて各々席に座る。

 「さって、まずはだんなが歌ってくだせぇ」

 「だから、俺は歌えないって言ってるだろ」

 「大丈夫だって言ってるじゃねぇですかい。曲を聴けば分かりやすから」

 「お前何言ってんの?」

 ハウンドは曲を入れる機械を操作して何かの曲を入れた。

 軽快なイントロが流れ出した時、シュヴァルは違和感を感じた。

 「あれ?これ聞いた事あるぞ?」

 「でしょー。はいだんな。マイクでさ」

 「お、おぉ」

 マイクを受け取り、イントロが終わるのを待ち歌い始めた。あれだけ歌えないと言っていたのに、何故かちゃんとリズムを取って歌えている。

 「うんうん。やっぱ歌えるじゃねぇですかい」

 不思議がりながら一曲を歌い終わり、疑問を解決する為にハウンドに尋ねてみる。

 「おい。どうなってんだこれ」

 「実はですね。夜中こっそりだんなの部屋に忍び込んで、俺が厳選したアニメの曲を睡眠学習的な感じで聞かせてたんですよ」

 「お前何やってんの!?」

 「いやー。まさかここまで歌えるとは思っていやせんでしたよ。睡眠学習が凄いのかだんなが凄いのか分かりやせんけどね」

 「くっだらねぇことやりやがって!あっ!そういえば、見た事も無い物が部屋にあると思ったらお前か!?気付いたら無くなってて次の日にまた置いてあったスピーカーみたいなやつなんだが」

 「俺でさ」

 「俺でさ、じゃねぇんだよ!ふざけんなよお前!」

 「だんな。もう少し疑う事を覚えたほうがいいんじゃねぇですかい」

 「やかましいわ!どの口が言ってんだ!」

 言い争いの最中、次の曲が鳴り始めた。

 「よっしゃ、次は俺が歌いやす」

 「もうお前だけで歌ってろよ!」

 どこかしっとりとした曲が流れる。

 「なんだ?これもアニメかなんかの曲なのか?」

 「そうですぜ」

 「ふーん」

 ハウンドが歌いだして、シュヴァルは黙って聞き入る。さっきまで言い合っていたのが嘘のようだ。

 数分後。ハウンドが歌い終わり、メルの肩をぽんぽんと叩く。ハウンドの方を向くと、耳を指差すジェスチャーをしているのでイヤホンを取った。

 「どうしたのだ?」

 「数曲聞けたと思うんですが、何か気に入ったのありやしたかい?」

 「おお。あったぞ」

 「おっ。どれですかい」

 ハウンドはメルと片方ずつイヤホンと付け、音楽プレイヤーの戻るボタンを押して気に入ったと言った曲を探してあげる。

 「あっ。これなのだ」

 「ほう。これですかい。歌えそうですかい?」

 「うーむ……」

 「じゃあ、俺とだんながもう一曲ずつ歌っとくんで、その間聞いててくだせぇ」

 「分かったのだ」

 メルはまたイヤホンを両耳に付ける。

 「おい。何俺を巻き込んでんだよ」

 「お嬢の為ですぜ。歌ってくだせぇ」

 「メルの為って、本人聞いてねぇじゃねぇかよ」

 「ぶーたれてないで。それに時間稼ぎですから。ほら、次入れやしたよ」

 「おまっ……!?」

 なんやかんや言いつつも状況が状況で何よりも歌えてしまう自分が情けなくなってしまう。

 「くっそ……睡眠学習でこんなに歌えるもんなのか……?」

 「だんなはだんなで変な才能でもあるんじゃねぇですかい?」

 「だとするなら、こんな才能はいらないんだが……」

 その時、イヤホンを外しながらメルがいきなり手を上げた。

 「お嬢、どうしやした?」

 「いけるぞ!」

 「いける?歌えるって事ですかい?」

 「うむ!」

 自信に満ち溢れた表情で言うので、気に入っていた曲を入れてあげた。リズミカルな曲調の音が流れ始めてメルは歌い始めた。この短時間で覚えたとは思えないくらいしっかりと歌えており、二人共感心をしてしまう。

 曲が終わり、メルはやり切ったという満足気な表情を浮かべる。そんなメルに、ハウンドは親指を立てながら

 「お嬢、カラオケはまだまだ始まったばっかですぜ」

 「おー!じゃあまた覚えるのだ!」

 「だんな、また順番ですぜ」

 「もう好きにしてくれ……」

 三人は、同じような流れでカラオケを堪能したのだった。



 「はー。面白かったですねー」

 三人は時間になったので、店から出てきていた。

 「楽しかったな!これがカラオケの楽しさなのだな!」

 ぬいぐるみを抱きかかえながら弾んだ声で言った。表情では分からないが、声の調子と様子でとても楽しんだんだと見て取れる。

 「楽しんでもらえたようで何よりでさ」

 「はーあ。結局何曲も歌ってしまった」

 「よく睡眠学習だけであそこまで歌えやしたよね。だんなの隠れた才能にびっくりでさ」

 「俺が一番びっくりしてるわ」

 時間は、日が傾き夕方になろうとしていた。

 「さってと、そろそろ帰るかー」

 シュヴァルは伸びをしつつ間の抜けた呼びかけをする。

 「そうですねー。お嬢、お家はどこですかい?送って行きやすぜ」

 「えっ……あぁ……うむ……」

 どこか歯切れが悪い感じなので、シュヴァルはしゃがんでしっかりとメルの目を見て優しく問いかける。

 「どうしたよ。何か言いたいんだったら言ってみ」

 「うむ……あのな……」

 「おう」

 「……私を……何でも屋に……二人のそばにいさせて欲しいのだ……」

 「それは依頼って事か?」

 「いらい?いらいが何なのか分からぬが、それでもいい。私の一生をあげてもいい。だから……」

 「……」

 「私はな……私は……」

 苦しそうな顔で何かを言い淀んでいたメルの言葉を聞かずに、シュヴァルは立ち上がり

 「分かった。その依頼、引き受けてやるよ」

 メルのすがるような依頼を聞き入れる。

 「えっ……?」

 まさか、受け入れてくれるとは思っていなかったのか驚いて目を見開く。

 「良いのか?どこの誰かも分からない私のいらいとやらを聞いて」

 「なーに驚いてんだよ。最初に会った時にも言ったろ。何でも屋は何となくで仕事をするんだよ」

 「今に始まった事じゃねぇですんで、気にしなくていいですぜ。お嬢」

 「おい。まるで毎回何となくでやってるみたいな言い方止めろ」

 「実際そうでしょ。あの時だって――」

 何でも屋の過去の仕事の事で口論を始めてしまった。

 「……」

 ぬいぐるみに顔を埋めて何度か頭を左右に振った後

 「シュヴァル!ハウンド!」

 突然顔を上げて声を出した。それに対して二人は言い合いを止めて耳を傾ける。

 「ありがとう。とても嬉しいのだ。でも、私のことを知ってからどうするかを決めた方が――」

 「おい」

 再び、メルの言葉を遮り、シュヴァルは続ける。

 「んなもんどうでもいいんだよ。メルが何処の誰かなんて興味もねぇ。メルだって、俺達の事全然知らないだろうが。この街はな、そういう何処の誰かも分かんねぇ奴らが肩を寄せあって汚く楽しく生きてんだよ。だから、メルだってなんにも気にする必要なんかないんだぞ」

 「……」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 「だんなだんな、そんな事言って恥ずくならないんですかい」

 「うるせ!さっさと帰るぞ!」

 「あっ、逃げねぇでくだせぇよだんなー」

 歩き出した二人の背中を、ただ黙って見つめ続ける。

 「おーい。早く行くぞー」

 「お嬢ー、置いていっちまいやすぜー」

 立ち止まって振り返り、立ち尽くしているメルを呼ぶ。

 「……うむ!今行くのだ!」

 とてとてと早足で駆け寄って行く。メルを真ん中に入れて、三人は歩き出した。



 「あー。腹減ったなー」

 何でも屋の近くまで帰ってきて、唐突にシュヴァルが言う。

 「もうこんなとこまで帰ってきちまったじゃねぇですかい。どっかで食べてから帰ってくりゃ良かったんじゃねぇんですかい」

 「まぁ、ちょっと用事があったからな」

 「何の用事なのだ?」

 「あぁ。人との待ち合わせだ」

 何でも屋があるビルの前に着いて、メルはそれを見上げる。

 「おー。ここが何でも屋なのだな」

 「ああ。そうだぞ」

 「なんでこんなとこで店を開けてるのか分からない、って事で街の七不思議の一つになってやすぜ」

 「そうなのか?」

 「なってねぇよ。そんな事を言われるほど有名じゃねぇ……って悲しい事言わせんな!」

 「だんなが勝手に言ったんですぜ」

 そんな他愛もない話をしていると、ハウンドがビルの前に止まっている一台の車両に目をやる。

 「あの車、なんかうちに用なんすかね」

 「む?」

 「ああ。あれが俺の待ち合わせの相手だ」

 シュヴァルは車両に近付いて行き、コンコンと後ろの窓を数回叩いた。

 「あっ……」

 後部座席から姿を現した人物に、メルは小さく声を漏らした。

 「いやー。探し出してくれてほんとに助かりましたよ」

 「見つけられたのは偶然だったけどな」

 喋りながら出てきたのは、昼間に何でも屋に依頼をしてきた白衣の男だった。

 「二人共……もしかして……」

 「すいやせんねお嬢。こっちも仕事ですんで」

 「……」

 白衣の男を見つめ続けながら、動かなくなってしまう。静かに怒っているのがハウンドには感じ取れた。

 「で、金はちゃんと払ってくれるんだろうな」

 「ええ。すでにあなた達の机の上に置いておきましたよ」

 「ふん。ならいいや」

 車両から離れて二人の元へ戻る。

 「と言う訳で、メル。これでお別れだな」

 「騙していたのか?」

 「騙す?」

 「私の事、知ってて近づいてきたのか?」

 「まぁそうだな。あそこで会えたのはたまたまだったけどな」

 「そばにいさせてくれると言うのも嘘だったのか?」

 「嘘じゃねぇよ。ここまで付いてきてくれないと困るからな」

 「……っ!?」

 何かを言いかけるが、苦悶の表情を浮かべて黙ってしまう。

 「メルお嬢様。これ以上迷惑をかけないで下さいね。逃げようとするのもお止め下さい。その方達に何かあっては困るでしょう?」

 後ろに居る白衣の男は笑顔を浮かべて言った。遠回しに脅迫をしているのが、その場に居た誰もが分かった。

 メルは無言でゆっくりと車両の方へと歩き始める。徐々に車両に近付いて行く途中でシュヴァル達の方に振り返りぬいぐるみを投げつけてきた。シュヴァルの体に当たり地面に落ちる。落ちたぬいぐるみを拾ってメルの方を見ると辛そうな顔を向けて絞り出すように一言発してきた。

 「嘘つき……!」

 その言葉を残して、車両に乗り込む。

 「それでは、我々はこれで」

 「ああ。また何かあったら来てくれよ」

 「ええ。その時は。まっ、二度と会わない事に越したことは無いんですけどね」

 不敵な笑みを向けてきた後、車両に乗りこんでそのまま走り去って行った。その際、ハウンドが何かを飛ばしたみたいだが誰にも気付かれていないようだった。

 シュヴァルは何も言わずにビルの階段を上がり始めて、ハウンドもそれに続いた。

 二階の扉を開け応接室に帰ってきて、シュヴァルが使っている机の上を見るとアタッシュケースが置かれているのに気付く。シュヴァルは無言で近付いて行くのだが、ハウンドは何故かまた下に降りていく。

 応接室にあるガラステーブルの上にぬいぐるみを置きつつアタッシュケースに近付く。鍵を開けて中を確認すると、そこには札束が敷き詰められていた。

 「……」

 なんの感情も出さずに冷ややかな目をして見つめた後に閉めて鍵を掛けなおす。そして、おもむろにそれを持ち上げて独り言を呟き始めた。

 「年端もいかねぇ少女から希望を奪ってまで手に入れたもんがこれとか。ほんと割に合わねぇなこの仕事はよ。ほんと……契約ってぇのはめんどくせぇな!」

 吐き捨てるように言いながら、アタッシュケースを窓も開けずに外に放り投げた。ガラスを突き破りながら飛んでいくそれは、やがて空中で爆発をした。

 「ふざけやがって。どこの誰に喧嘩を吹っ掛けたのか教えてやる」

 シュヴァルは、すぐさま外に駆け出した。

 「ハウンド!」

 先程、降りて行ったハウンドは一台の車両の横で手を振っていた。どうやら、タクシーを捕まえていたようだ。

 「だんな。すぐに行けやすぜ。追跡準備も良好でさ」

 レシーバーのような物の画面を見ながら言う。さっきの動作でメルを乗せた車両に何かを仕掛けたようである。

 「色々突っ込みたいところがあるが、今はそれどころじゃねぇな」

 二人は顔を見合わせて、迅速にタクシーに乗り込む。運転席には四十代くらいの男が煙草を吹かして座っていた。

 「お前ら、なんか慌ててるようだな。どうした」

 ドライバーはフランクに話しかけてくる。

 「おっちゃん、俺達急いでるんでい。状況的には、目の前の車を追ってくれってやつでさ」

 「ほう……成程な……」

 ドライバーは煙草の火を消しながら灰皿に捨て、ハンドルを強く握りしめる。

 「お前ら、どっかにしっかり掴まっとけよ。この街のタクシードライバーは荒いぞー」

 「それ自分で言うんですかい」

 「自覚あるなら安全運転してくれよ」

 「馬鹿言え。この街でそんな弱気な事言ってて生きていけるかよ」

 「まぁ……確かに」

 「ほら行くぞ!」

 アクセルペダルを思いっきり踏み、一気にスピードを上げて車両は走り出した。

 「おぉっ」

 「いぃっ!?」

 二人は、後ろに強く引っ張られるような感覚に落ちた。

 「おっちゃん。いいですねー」

 「これ……まじか……」

 ハウンドはどこか楽しそうだが、シュヴァルはこの車両に乗った事を後悔するのであった。



 メルを乗せた車両は、街の中間あたりで赤信号につかまり止まっていた。無言で姿勢よく後部座席の真ん中で真っ直ぐ前を見てむすっとした顔で座るメルに対して、白衣の男は楽しそうに話す。

 「メルお嬢様。今後はこういう事をなさらないで下さいね」

 「……」

 「ショコラお嬢様が手引きしたとはいえ、その提案に簡単に乗るのもお止め下さい」

 「……」

 「ショコラお嬢様は全く反省の色が見えませんでしたし、博士も特に怒る様子がありませんし。全く、お嬢様達に甘いんですから」

 「……」

 無視を続けるメルに、ニヤリと笑い話を続ける。

 「いやーにしても、彼らも不幸ですよねー。我々と関わらなければ、もう少し長生きが出来たでしょうに」

 「……何を言っているのだ?」

 怪訝な顔をして白衣の男を見る。

 「今頃、彼らは建物ごと吹き飛んでいるでしょう。可哀想ですねー」

 「お前……!?」

 男を睨み付けて右手で左腰にある刀を抜くような動作をするが、男がずいっと顔を近づけてきた。

 「どうするのですか?力を使ってここから逃げますか?お嬢様に優しくしてくれた男達はもういないのにどこに行くのですか?」

 「……っ!」

 「その力だって見せていなかったのでしょう?普通の子供だからこそ接してきてくれただけなのに勘違いしてはいけませんよ」

 「……」

 男を睨んだ後に姿勢を戻して再び前を見る。信号が青に変わり車両が動き出したその時

 「ん?」

 ドライバーがサイドミラーを除くと、後ろから猛スピードで突っ込んでくる車両が見える。

 「ちっ、あぶねぇな」

 ドライバーはぼそりと呟く。

 「どうしましたか?」

 「いえ、後方から運転の荒い車が来ていて」

 「全く、この街は本当に野蛮ですね」

 その車両がメルを乗せた車両を抜かしてから、突然目の前で急ブレーキをかけて一気に減速をした。

 「何なんですか一体!酔っ払いかなんかですか!」

 白衣の男は苛立ちを隠さずに言う。

 暴走車は少し前に付いて隣に並び同じスピードで走り始める。すると、後部座席の窓が開きそこから拳銃を構えた腕が出てきて、いきなり全弾撃ち尽くす勢いで発砲してきた。

 「!?」

 急な事に驚き、慌ててハンドルを切りすぎてふらふらと左右に揺れてガードレールに勢いよくぶつかり止まった。

 「お、おおお……何事なのだろうか」

 ドアに背中を打ち付けるような形になっているメルが言い、同乗者全員状況を飲み込めずに戸惑う。

 「いたたた……一体なんなんだ!誰がこんな事を!」

 白衣の男がドアを開けて外に出ると、暴走車も止まっており、そこから見慣れた二人の男が降りてきていた。

 「おい!この幼女誘拐犯!メルを返しやがれ!」

 「お嬢を返せー」

 「お前達!生きていたのか……!」

 そこに居たのは、あの仕掛けで殺したと思っていた、何でも屋の二人だった。

 「あんなんで殺せると思ってるって事は、お前この街に住んでないな?あれで死ぬのはあそこら辺じゃアホだけだ」

 「いつ殺されるかいつでも警戒しとくのが、この街の生き方ですぜ。特に俺達が住んでる辺りはね」

 「ぐうぅぅ……!」

 「シュヴァル!?ハウンド!?」

 外で会話している声に聞き覚えがあり、メルは急いで車から出る。そこに立っている二人を見て安堵と共に困惑してしまう。

 「二人共!どうして?どうして来たのだ?」

 「メル。元気にしてたか。ごめんな、メルを売るような形でそいつに渡しちまって。大人の世界はよ、契約を大事にしねぇとめんどくさいんだよ。そいつの依頼が先だったから優先しちまった。俺達の事を恨んでくれていい。許さなくていい。ほんとにごめん」

 頭を下げて謝罪の言葉を述べるが、すぐに頭を上げて続けた。

 「でもな、次の依頼、メルの依頼を叶えに来たんだ。俺達の傍に居たいって言う依頼。好きなだけ、飽きるまで居ろ!」

 ハウンドも叫ぶ。

 「お嬢。まだまだいろんな遊びがこの世にはありやすぜ。全部教えてあげやすから、一緒にやりやしょう」

 「……うむ!」

 メルは力強く頷く。

 「さて。おい、変態白衣、話はまとまったからメルは連れてくぞ」

 「何を言っているんだ!勝手な事を抜かして!」

 「うるせぇ!お前の意見なんざ聞く気はねぇよ!」

 「これじゃ、どっちが誘拐犯か分かりやせんね」

 このやり取りを、高いビルの屋上から見ている女の子がいた。ショコラだ。携帯を耳に当てて誰かと連絡を取っているようだ。

 「やれやれ。あれはやられちゃうわね。博士、どうするの」

 相手は博士と言われている男のようである。

 「そうですかー。それは、残念ながら、諦めて次の手を使うしかないですね」

 「良いの?メルを巻き込むの確定なんだけど」

 「メルちゃんなら心配いらないでしょう。あの子は強いですからね」

 「まぁ。危なそうなら私が助けに入ればいっか」

 「そうしてください。それでは、お願いしますね」

 そう言って、通話が切れる。

 「はぁ。お気楽なんだから」

 ショコラは、何かリモコンのような物を取り出して

 「ごめんなさいね。どこの誰だか分からないけど。自分達の不幸を呪ってね」

 スイッチを押した。

 「ぐがぁ!?がぁ……ぐげぇ……」

 「な、なんだ?」

 いきなり白衣の男が胸を押さえて苦しみだした。

 「だんな、これは尋常じゃねぇですぜ」

 「ああ。ハウンド。メルを頼む」

 言われて、すぐにメルに近付いて行く。地面にのたうち回っている男の横をすり抜け、メルの手を引いて行き離れていく。

 それを見届けて、シュヴァルはここまで乗せてきてくれたドライバーに向けて

 「おっちゃん。ここまでありがとな。やばそうだからここから離れてくれ」

 「おう。お前ら、達者でな」

 その場から走り去る車両を見送り、運転は最悪だったけど最後まで気持ちのいいドライバーだったと、シュヴァルは感じていた。

 「さて……そろそろ向き合うか」

 再びしっかりと見た時には、うめき声も発さなくなっており、体のあちこちが膨れ上がりもはや人間の形を保っていなかった。

 「これはひでぇな。さっさと楽にしてやらねぇと」

 メルが乗っていた車両から人が怯えながら出てきた。それを、元白衣の男だった異形の存在が太い腕のような部分を振り上げて、勢いよく叩きつけて、車両を巻き込みながら潰してしまった。

 「あーりゃりゃ。こりゃーここで止めねぇとやべぇですね」

 「ハウンド、大丈夫か?」

 「お嬢。心配はいりやせんよ。だんなと俺に任してくだせぇ」

 見ると、シュヴァルがすでに拳銃の引き金を引いて攻撃を開始している。しかし、効いてる様子が無い。

 それを見て、ハウンドは苦無に似た武器を構えて、投擲をする。異形の存在に刺さりはするがやはり効いてる様子が無い。

 「ヴヴヴヴヴ……」

 異形の存在が唸り声を上げてメルの方へ向き、ゆっくりと動き始めた。

 「そんな姿になってまでお嬢を探そうとするのは立派ですがね」

 苦無を目玉のような物体に目掛けて投げる。動きがのろく簡単に当てる事が出来た。両目を潰すと悲鳴とも言えない声を出してその場で暴れだした。その過程で背中から触手のような物が生えてきて、先を尖らせてシュヴァル達目掛けて突き刺すように伸ばしてきた。

 「ちっ!」

 シュヴァルは拳銃をしまい二本の刀を引き抜き、ハウンドは小刀を構える。襲い来る無数の触手を上手く捌きながら躱していく。しかし、一向に止む気配の無い攻撃に二人は一瞬の隙を作ってしまう。一本の触手がメルに向かって伸びるのを見逃してしまった。

 「メル!」

 「お嬢!」

 メルは目の前まで迫りくる触手に怯む事無く、左手の甲を見せた。そこには白く透明な美しい盾が瞬時に出来上がっていた。それで触手を防ぎ弾きながら右手の上に光り輝く白い球を出現させ、触手に向かって投げるようなモーションで飛ばす。それは命中して弾けて引きちぎる様に吹き飛ばした。

 「なっ!?」

 「おおー」

 二人は驚きながらも、すぐに我に返り

 「メル!戦えるんだったら手伝ってくれ!こいつをさっさと片付けるぞ!」

 「お嬢、無理をしねぇようにしてくだせぇ」

 「この力を見てなんとも思わないのか?」

 「何事だとは思いやすが、戦力が増えて頼もしいですぜ」

 言いながら苦無を数本投擲して触手を数本切り取った。その時、異形の存在の様子を見て何かを感じ取った。

 「だんな、こいつそろそろいけそうじゃねぇですかい」

 「ああ。弱ってるっぽいな」

 シュヴァルも気付いていたようで、攻撃に勢いが無くなってきており体の一部も腐り落ちるように溶けてきている。

 「このまま何もしなくても死にそうじゃねぇですかい?」

 「油断すんなよ」

 その言葉が合図かのように、異形の存在が這いながらメルに向かって動き始めた。

 「ほんと仕事熱心だな。でも、そろそろ明ける事の無い休日でも貰っとけ」

 触手の攻撃を掻い潜り、高くジャンプをしつつ左手の刀の持ち方を変えて異形の存在の首元と思われる場所目掛けて突き刺した。

 「グオオオオオオ!」

 攻撃が効いているのか、その場に止まり体をくねらせながらシュヴァルを引きはがそうともがき始めた。更に、シュヴァル目掛けて無数の触手を伸ばす。

 「だんな!」

 小刀を仕舞い、持てるだけの苦無を取り出し構えて投げる。数本の触手を切り落とし攻撃を減らす事は出来たのだが、数が多くて捌ききれていない。

 「くっ!?」

 もう一度苦無を取り出しながら走り出そうとした時、メルが勢いよく走りだしていた。

 「お嬢!?」

 右手の上に白い球を次々と出して自分の周りに浮遊するように止めて、白い透明の翼を生やし強く羽ばたかせて上空に飛び、腕を胸の前で交差して力を溜める様に一拍置いてから一気に腕を伸ばして光の玉を一斉に飛ばして触手の数を減らしていく。

 右手に白い透明の剣を出し羽を消してそのまま落下していく。その勢いのままシュヴァルに向かっていた最後に残った触手を切り落とした。

 「すまねぇなメル!」

 言い終わるや否や、右手の刀を構え直してすでに突き刺している刀と同じようなところに力を込めて突き刺して

 「さっさと寝ろ!」

 二本の刀を物凄い勢いで左右に引いた。

 「グガァ……ガァ……」

 異形の存在の動きが段々と弱くなっていき、ついには動かなくなった。

 「はぁ……はぁ……」

 「倒せたのか?」

 それは、どんどん体が萎むように小さくなっていき、とうとう跡形も無くなってしまう。

 「だんな。お嬢。大丈夫ですかい」

 ハウンドが歩きながら近づいてくる。

 「ああ。なんとかな」

 「私はなんともないぞ」

 「お嬢が元気で何よりでさ」

 今までの激しい戦いが嘘のように静かになった場所で三人は佇んでしまう。

 「結局、今のは一体なんだったんだ」

 「博士の事だから、あいつに何かをやっていたのかもしれぬ。博士は実験が好きだからな」

 「そうなんですかい?」

 「うむ。博士はな、変わってる奴だった」

 「あー。やめやめ。取り敢えずは終わった事だし、もう疲れたし帰ろうぜ。腹も減ったしよ」

 不機嫌そうに歩き始めるシュヴァル。

 「おっ。だんな。今日は焼肉ですかい?寿司ですかい?」

 「あぁ?安いコンビニ弁当とかでいいだろ」

 「そんなんじゃ腹は膨れやせんよ。肉食いたいですぜ肉」

 「シュヴァル!ハウンド!」

 歩き始めた二人を呼び止める。

 「んー?どうしたーメル?」

 「何も聞かぬのか?」

 「まーだなんか悩んでんのかよ」

 「お嬢は凄い力を持ってる。それでいいんですぜ」

 「何度も言わせんなよ。メルが何処の誰かなんてどうでもいいんだ」

 振り返って戻り、メルと同じ目線になって続ける。

 「俺達にとってメルは、世間知らずで好奇心旺盛な、凄い力を持ってる普通の女の子。今日一日遊んだ俺達の素直な感想だ」

 シュヴァルの言葉に真っ直ぐな目を向けて黙って聞いていた。

 「だから、もう余計な事なんか考えるな」

 立ち上がって再び歩き出した。

 「お嬢、行きやしょうぜ」

 その場に立ち尽くしているメルに向かって、ハウンドは手招きをして見せる。

 「……うむ!今行くのだ!」

 とてとてと子供の歩幅で近付いて行き、二人もまたそれに合わせるように歩き始める。

 「あー。何食うかなぁ」

 「だからー、肉ですって。焼き肉」

 「だからそれは」

 「お嬢は何食べたいですかい?」

 「焼き肉と言うのが何か分からぬのだが」

 「おっ、それは好都合でさ。だんな、決まりですぜ」

 「まじかよ。そんな金使ってらんねぇだろ」

 「「やっきにく!やっきにく!やっきにく!」」

 「うぜー!なんですでに示し合わせたかのように息が合ってんだよ!仕組んだのか!?」

 三人は焼肉屋に向かって街の人混みに消えて行った。

 そんな三人を見つめ続けていたショコラは

 「……良かったわねメル。良い人達に巡り会えたみたいで」

 ぽつりと呟いて、背中から黒い透明の羽を生やして、羽ばたかせて空の彼方へと消えて行った。

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