何でも屋2

風雷

第1話 前日

白い壁がどこまでも続く廊下を、小学校高学年くらいの、白い髪を腰辺りまで垂らしている白いワンピースを着た両目の光を失っている少女が壁に手を付きながら歩いていた。足が不自由とか、目が見えないとかではなく、そういう気分でそうしている。

 その少女の後ろから、同い歳くらいでこちらは黒い髪を腰辺りまで垂らして、黒いワンピースを着た別の少女が声を掛けてきた。機嫌が悪いのか仏頂面をしている。

 「メル、何やってるの」

 後ろを振り返り、白い少女は応対をする。

 「ショコラ。別に、ただ歩いていただけだぞ」

 「そう。それより、博士が呼んでたわよ」

 「おーそうか。わざわざすまぬな」

 メルは、ショコラの横を通り過ぎて博士がいる場所に向かおうとする。

 「待ちなさい」

 「ん?どうかしたのか?」

 立ち止まって振り返る。

 「……」

 「……?」

 仏頂面で見つめていたショコラは、不思議そうに首を傾げていたメルの腕を急に掴み、どこかへ引っ張って行こうとする。

 「ショコラ?どこへ行くのだ?そっちに博士がいるのか?」

 無言で引っ張られが、その事に特に不快感を感じずになすがまま付いて行く。

 白い壁が続く廊下を歩いていると、突然機械の扉が現れる。

 「ここから先には行ってはいけないのではなかったか?」

 メルが扉を無表情で見上げている。

 「今日は良いのよ。さっさと行くわよ」

 ポケットからカードを取り出して、扉の横に付いている認証機に向かって精一杯背伸びをして、カードを読み込ませて扉を開けた。

 その先には、階段があるだけで他には何もない。上がって行くと、広い空間に出た。受付のような場所もあるのだが所々さび付いていたり草や苔が生えており、人が寄り付かなくなって年数が経っている廃墟感が見て取れる。

 二人は、外に通じているドアに真っ直ぐ向かって歩いて行く。地下は電気が通っているようだが地上にはきていないのか、自動ドアは開きっぱなしになっており、簡単に外に出れた。

 「良かったのか?外に出ては駄目では無かったか?」

 メルは顔を変えずにだが、心配そうに言う。

 「前に、外に出たいって言ってたでしょ。だからこっそりとね」

 外は建物周辺が多少整備されているだけで、殆どが木々に囲まれている。車が通る道もある事にはあるのだが、舗装が完璧とは言い難い。

 「これが、外なのか」

 メルは初めて見るかのように目をキラキラ輝かせている。

 「こんなの、極々一部よ。この先には、もっと色んな物があるわ」

 「おー。それは面白そうだな」

 メルの横顔を見てから、ショコラは俯いて続ける。

 「ここから逃げなさい」

 「え?」

 言葉の意味がよく分からないという表情をする。

 「ここの生活は、もう嫌なんでしょ」

 「……」

 「だから、行きなさいよ」

 「しかし、そんな事をしたらショコラが」

 「私は大丈夫。なんとだって言い訳出来るし、それに、博士に気に入られてるからね」

 顔を上げて、何とも言えない笑顔をメルに向ける。

 「だが…」

 「うじうじ考えるな。あんたは、考えずに行動する方が上手くいくんだから」

 「……」

 メルは前を向いて、一歩、また一歩、ゆっくりと歩いて建物から遠ざかって行く。そして、後ろを振り返り

 「すまぬな。ありがとう」

 そう言葉を言って、背中から透き通るような真っ白い羽根を生やし、羽ばたかせて空に上がり、何処か彼方へと飛び去って行った。

 その姿を見送ったショコラは

 「あーあ。行かせちゃった」

 まるで他人事のように言った後に

 「でも、これでいいはず」

 ぽつりと付け足して、建物の中へと帰って行った。



 「そうですか。逃げてしまったのですね」

 ショコラは博士と呼んでいた白衣を着た男に呼ばれて話し合っていた。見た目は三十代くらい、メガネをかけていて、痩せこけており虚ろな目は焦点が合っていないように見える。

 「ええ。逃げちゃった」

 「嘘を言わなくてもいいですよ。監視カメラで見ていました。ショコラちゃんが逃がしたように見えましたが?」

 「そう見えたんならそうなんでしょうね」

 ふてぶてしく振る舞う。

 「別に怒っている訳ではありませんよ。こういう行動をとるのかと興味深かったですし」

 「あっそ。実験以外は興味無い癖に」

 「そんな事はありませんよ」

 「どうだが」

 ショコラの反応に顔をぽりぽりと掻き困惑しているように振る舞う博士。

 「で、今後あの子をどうするか考えたりしてるの?」

 自分がやったという事を棚に上げて聞いてみる。

 「そうですねぇ」

 顎に手を当てて考えようとした時、二人がいる部屋のドアが開き、白衣を着た別の男が入ってきた。

 「私が、メルちゃんを追いかけますよ」

 入ってきてそうそうそんな事を言った。

 「聞いてたの?行儀が悪いわね」

 「聞こえてしまったんですよ。機嫌を悪くしないで下さい」

 にこやかに話しかけてくる男の顔が妙に胡散臭く感じ、ショコラはこわばった表情を向ける。

 「それで、具体的にはどうするのですか?」

 博士が口を出した。

 「はい。ここから一番近い街、デスシティーと言いましたか、そこに向かったはずですから、そこの現地民に協力を要請して、見付けてもらうんです」

 「あまり事を荒立てたくはありませんねぇ」

 「大丈夫ですよ。見つけてもらった後は、消えてもらえばいいのですから。なんなら、街ごとね」

 「ふーむ。成程成程。では、それでいきましょう」

 あっさりと方針が決まって、ショコラの顔は呆れているように見える。

 「ありがとうございます。では、さっそく行ってきますね」

 「はい。行ってらっしゃい」

 男は、足早に部屋を出て行った。

 「いやー。これで事態が好転すればいいですねー」

 「……」

 心にも思っていない事を言っていると分かっているので、何も答えてあげなかった。

 (メル……)

 友人の無事を、ただ祈る事しか出来ない自分を、恨めしく感じた

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