【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その17

***


「お母さんのもとへ、レッツゴー!」

「ご、ゴー……」


 次の日、授業が終わってからゆうきくんがいる四片公園よひらこうえんへ行き、あの約束を果たしに行った。


 ゆうきくんはずっとどこか落ち着きがなく、そわそわしているようだった。そりゃそうだ、今からずっと会いたかった母親と会えるんだから。そりゃ緊張もする。


「ママ……僕のこと気付いてくれるかな……気付いてくれなかったらどうしよう……うっひっく……」

「あ! こら、泣かない! せっかくお母さんと会えるんだから笑顔でいかないとね! ほら笑顔笑顔」

「うん……あっここ! ここが僕の家!」


 住宅街の中にある何の変哲もない、周りと同じようなただの一軒家。ただ違うのは家の庭に青色の紫陽花が咲き誇っていたことだった。きちんと手入れが行き届いていて、一つ一つの花が満開だった。

 ふと人の気配がした。


「あっママだ! ママがいる!」


 ゆうきくんが指をさした方向にいた女性はゆうきくんの面影がはっきりとあった。誰から見てもゆうきくんの母親だとわかるだろう。

 紫陽花の手入れをやっているようだ。ぱっとゆうきくんの母親がこちらを見た。


「……どちら様ですか? うちに何か用ですか?」


 とてつもなく不審な顔をして口を開いた。


「えと、河上ゆうきくんのおうちですかね? 俺たちはゆうきくんに頼まれてきました。ママに会いたいっていう願いをかなえるために」


 俺はできるだけ真剣な表情でそう言った。ここはできるだけ真剣な空気でやらなければ絶対に信じてもらえないからである。真剣に言っても聞く耳を持ってはくれないかもしれない。どうか、お願いだ、信じてくれ。

 でも、そう簡単にはいかなかった。


「その話を信じられる証拠はあるんですか? ゆうきはもう死んでるんです。死んだ人と話したっていうんですか? そんなバカなこと言わないでください。私たちはゆうきが死んで苦しんでいるんです。お帰りください」


 手入れしていた手を止めて、わなわなと体が震えていた。今にも泣きだしそうな顔だった。

 やはり信じてはくれないようだ。でも俺たちも簡単に帰るわけにはいかない。口を開いた時だった。


「話だけでも聞いてあげましょう、ね、ゆきこさん」


 庭の奥から一人のおばあさんが出てきた。ゆうきくんの祖母だと思う。

 

「お義母さん、でも……」

「頭ごなしに否定するのはよくないですよ」

「……わかりました」


 おばあさんは俺たちのほうを見ると微笑んだ。




***


「それで、死んだはずのゆうきに頼まれたというのは本当なのですか? いや、嘘に決まってるわ。どうせ、どこかの宗教団体の勧誘なのでしょう? 人の弱みに付け込んで……」

「ち、違うんです! ほんとにゆうきくんのお願いを果たしに来ただけなんですよ! 皆さんには見えないかもだけどここにはゆうきくんがいるんですよ! 絶対信じてもらえないかもだけど」

「いるわけないじゃない! ゆうきは死んだのよ! やっぱり帰っていただきます」


 ぎゃあぎゃあと智也ともやとゆうきくんの母親が言い合っていると、おばあさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。


「わざわざありがとねぇ。さあさあ、お茶でも飲んでくつろいでくださいな」

「お義母さん! ゆうきはもういないの……お願いだから帰ってよ……」


 そんな母親をおいて、おばあさんは俺たちにやさしく笑いかけ、話し始めた。

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